朝のHRが始まる直前、私は頬杖をついてぼーっとしていた。
(津軽先輩、今日は来なかったな)
(寝坊かな)
(それか、風邪で休みとか?)
(昨日は元気そうだったけど)
(…明日は会えるのかな…)
私は寂しさを感じていた。
いつからか、津軽先輩と過ごす朝の時間を楽しみにしている自分がいる。
でも私たちは約束をしているわけじゃない。
(たまたま毎日電車が一緒なだけで、たまたま毎日話してるだけで)
(先輩的にも暇潰しなんだろうし)
(私一人で寂しがってるとか…)
(………)
そう考え込んでいた時。
「Firstnameちゃん!」
大きな声で名前を呼ばれて、びっくりして振り返る。
そこにいた人を見てさらに驚いた。
教室の外から私を呼んだのは、津軽先輩だった。
「先輩…!」
手招きする津軽先輩。
私は勢いよく立ち上がって廊下に出た。
「おはよ」
津軽先輩の肩は上下している。
髪も乱れていた。
「おはようございます。どうしたんですか?」
「ごめんね、Firstnameちゃん」
「はい?」
「俺、寝坊しちゃった」
津軽先輩は整わない息のままで言った。
「…もしかして、わざわざそれを言いに来たんですか?」
「うん」
「………」
頬が少しずつ熱くなる。
(ど、どうしよう)
(嬉しい…!)
ニヤけそうになって、私は必死で無表情を装った。
「ねえ今日さ、水曜だから部活ないんでしょ? 一緒に帰ろうよ」
胸が高鳴った。
「は…はい、ぜひ」
先輩はほっとしたような表情を見せた。
「じゃあ───」
「おい津軽、上行け〜」
いつの間にか教室の前方のドア付近にいた担任が、津軽先輩に声をかけた。
はーい、と先輩はゆるい声で返す。
「じゃあ、ホームルームが終わったら迎えに来るね」
私の頭にぽんと手を置いて、津軽先輩は踵を返した。
急ぐ様子もなく、ポケットに両手を突っ込んでゆっくりと廊下を歩いて行った。
私も教室へ戻る。
席につくと鳴子が振り返った。
「あとで聞かせてよね」
小声で、でも興奮を隠せない様子で言われた。
鳴子が前を向いたあと、私は火照った頬を隠すように両手で頬杖をついた。
担任からの連絡事項は全く頭に入って来なかった。
津軽先輩が寝坊して、電車で会えなかった日。
それが、私たちが初めて会う約束をした日だった。