早退した翌日、Firstnameは登庁した。


顔色は相変わらず良くない。

何度聞いても大丈夫としか返さないのは心配を掛けたくないからなんだと思う。



けど俺は話すことすら拒絶されているように感じてしまって、それ以上何も言えなかった。





Firstnameの調子が悪いとなると難波室の面々はいつも以上に構う。


食欲がないというFirstnameにやれ栄養ドリンクだゼリー飲料だと差し入れ、彼女のデスクは物資でいっぱいになっていた。


彼らが心配するのはわかるし過干渉なのもいつものことだ。


でも今までのように割って入ることができない俺は、少し離れた所から見ているだけ。



重く沈んでいる心に嫉妬が加わり、俺の気も知らないでと恨めしい気持ちになる。



「津軽さん」



思案に耽っているとモモに呼ばれた。



「ごめん聞いてなかった。何だっけ?」

「協力者工作の件です」



モモは表情を変えることなく言う。



「この女を取り込むのが最適だと思います」



提出された最終報告書と写真に目を落とす。


零細企業のOL。
独身、恋人なし。
週末は一人でバーにいることが多い。



「そうだね。接触も簡単そうだし」



行確報告書を指でトントンと叩く。



一般人を装って同じバーに通い、対象者に俺を印象付ける。

タイミングを見て口説く。

親密になったところで公安だと明かす。

俺のためなら、と対象者が協力者になる。



幾度となく繰り返している作業だ。


何の感情も抱かず、完全に割り切れる。



俺は報告書から視線を外してモモ越しにFirstnameを見た。


透くんに話しかけられている。



「Firstnameさんほんと大丈夫ですか? 無理はだめですよー」

「昨日の分が残ってるので頑張らないと…」

「ちょっと休憩しましょうよ。俺、お茶淹れてきます」

「いいですよ黒澤さん、自分でできますから」

「俺もちょうど飲みたかったんですよ。Firstnameさんは座っててください」

「それなら私が───」



給湯室へ向かう黒澤を追いかけるようにFirstnameが立ち上がる。


その体がぐらりと傾いた。


Firstnameは咄嗟にデスクに手をついたが、体を支えることはできなかった。



デスクにもたれるように崩れ、フロアにへたり込んだ。



「Firstnameさん!?」



モモが背後を振り返るより早く、俺はデスクを飛び出した。



「大丈夫ですか!?」



Firstnameに駆け寄った黒澤の肩を力任せに掴む。


乱暴に退かせ、Firstnameの前に膝をついた。



「ウサ」



額に手を当てて俯くFirstnameの、細い肩に触れる。



「ウサ、わかる? 俺の声聞こえる?」



Firstnameは頷いた。



「医務室行くよ」

「…大丈夫です…」

「全然大丈夫に見えないよ」



弱々しい声。


こんな状態になってもそれしか言わないFirstnameに唇を噛みたくなる。



「立てる?」



Firstnameは力無く首を横に振った。



「津軽さん、医務室から看護師呼びますか」



寄ってきたモモが聞いてくる。



「いや。俺が連れてく」



ここだと横になれない。


運ぶ方が早いと判断する。



「ウサ、抱き上げるよ」



俺はFirstnameを横抱きにして立ち上がった。


小さな手が俺のスーツの胸元を掴む。



胸が締め付けられるような感覚を覚えた。



「モモ、手になって」

「はい」



モモに公安課のドアを開けさせ、Firstnameを抱えた俺は医務室へ急いだ。



























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