生理だと嘘をついて津軽さんを拒んだことで、全てが現実味を帯びたような気がした。
もし本当に子どもができてたら津軽さんはどんな反応をするんだろう───
漠然とした不安の一部だったそれが、今は明らかな重さを持って真ん中にある。
私は津軽さんの反応が怖い。
津軽さんがどんな顔をするのか、どんな言葉を返すのかまったく想像ができない。
そしてなぜそれが怖いのかもわかっている。
お腹に津軽さんとの子どもがいる可能性を、嬉しいと思う自分がいるからだ。
給湯室で茶葉の缶を片手に考える。
(…ちゃんと調べなくちゃ)
放っておいたってこの不安は消えない。
何を考えたって仕方がないし、はっきりさせるのが先決だ。
それ以外にやるべきことはないと思う。
(もし妊娠してたら、津軽さんに昨日のことを謝って)
(子どもができたって言って…)
(………)
(…言ったら、津軽さんは…)
再び沈み込んでいく思考にはっとして、勢いよく頭を振る。
そうじゃなくて!と自分を叱咤した。
検査薬を買いたいと思うけど、ドラッグストアが開いている時間に退庁するのは今は難しい。
仕事を抜けるにしても誰に目撃されるかわからない警察庁周辺ではとてもじゃないが買えない。
となると通販で買うしかない。
自宅や最寄りのコンビニ受け取りだと津軽さんの目に触れる可能性があるから、一つか二つか隣の駅にある店舗で受け取るのがいいと思う。
(よし、そうしよう)
決めたことで前進した気になり、気分が少し上向いた。
茶葉の缶の蓋を開ける。
「あ。ない」
中身は空っぽだった。
ストックを求め頭上の棚を見上げると、一番上の段にそれはあった。
私は背伸びして腕を伸ばす。
「…何でこんな高いところにっ」
いつもは二段目に置いてあるのに。
全身が攣りそうにながら茶葉に向かって伸びる。
上を向いてるからなのか何だかクラクラしてきた、その時。
「呼べばいいのに」
ゆるやかな声とともに後ろから腕が伸びてくる。
ふわっと津軽さんの香りがしたと思ったら、その手があっさりと袋を掴んだ。
「小っちゃいウサちゃんには無理でしょ。はい」
「あ、ありがとうございます」
津軽さんから茶葉を受け取る。
頬が少し熱くなるのを感じながら、この人の登場はどうしてこう心臓に悪いんだろう思った。
津軽さんは腕を組んでシンクに寄り掛かった。
「今ウサちゃんが作ってくれてる資料なんだけどさ」
「はい」
「それ、会議が明後日に延びたからそんなに急がなくていいよ」
「そうなんですか?」
「うん。だから今夜は残業しなくてオッケー」
ついてると思った。
それなら今日、ドラッグストアへ買いに行ける。
「うち来るでしょ? 一緒にご飯食べよ」
「え」
津軽さんの提案に動揺する。
断らなければ、と思った。
「えっと…」
私は目を泳がせながら言葉を探した。
「今日は… よ、予定があって…」
淀みつつそう言って、おずおずと津軽さんを見上げる。
「予定…って」
津軽さんの顔から笑みが消えていた。
「残業の予定だったのに?」
心臓が嫌な音を立てる。
津軽さんの顔を見ていられなくて目を伏せた。
ただ知られたくないだけなのに、どうしてうまく言えないんだろう。
「予定って何?」
黙り込むことしかできない。
「………」
「Firstname」
津軽さんの視線が痛い。
「…ごめんなさい…」
気まずい沈黙。
沸騰したケトルの蓋がカタカタと鳴っている。
「………」
津軽さんがゆっくりと動いた。
「お茶、俺のは要らないから」
そう静かに言い残して給湯室を出て行く。
ケトルが立てる音が大きくなっていく中、私はひとり立ち尽くした。