(店内の女の人全員が津軽さんを見ている…)



買い物の途中で休憩に入ったコーヒーショップで、私は痛いほどの視線を感じていた。


仕事中の店員さんですらチラチラと見てくる。


津軽さんはというと当然気付いているんだろうけど、気にしている素振りは全く無い。



いつもと変わらない様子でコーヒーを飲んでいる。



(ほんとすごいな。イケメンはこれが日常なんだろうな)



津軽さんに注がれる熱のこもった視線。


…と、私に向けられるそうではない視線。



(そりゃあ月とスッポンですけど! わかってますけど!)



居心地はあまり良くはない。


こんなことを気にしてたら彼みたいな人とは一緒にいられないんだろうけど、なんせ津軽さんと付き合い始めたばかりの私はまだ慣れていなかった。



(早いとこ悟りの境地に達したい…)



「ねえ、Firstnameちゃん聞いてる?」

「!」



紙のコーヒーカップを握りしめていた私の手を、一回り大きい津軽さんの手が包んだ。



「俺が話してるのに上の空なんて贅沢な子だね」

「あ…ごめんなさい。いや贅沢って」

「贅沢でしょ? 俺を独り占めしておきながらさ」



津軽さんの指が私の手の甲を撫でてから離れる。


そしてその綺麗な手でカップを持ち、やや伏し目でコーヒーを口に運ぶ。



その姿は文句なしに格好良くて───



「津軽さんて本当に私の彼氏なんですかね…」

「!?」



津軽さんは盛大にむせた。



「大丈夫ですか!?」

「ちょ、Firstnameちゃ、何言って」



ゲホゲホと苦しそうに咳き込んで完全に涙目になっている。



「喋らない方がいいですよ!」



津軽さんはどうにか息を整え、大きく深呼吸をした。


大丈夫かともう一度聞こうとしたけどそれは遮られる。



「彼氏でしょ!?」

「え? あ、はい。そうなんですけどなんか現実味がないっていうか」



津軽さんが固まった。


その視線がさまよい始める。



「…俺とはしっくりこないってこと?」

「いえ、そんなことはないですけど」



津軽さんと合う人なんて地球上にいるんだろうか…と疑問を抱いたけどそれは呑み込みつつ、いまいち現実味がないのは本当だ。


自分みたいな普通の人間が、こんな風にどこでも女性の注目を集める男性と恋人同士になるとは想像していなかった。



(恋愛に見た目は関係ないと思うけど…。釣り合ってない自覚はあるんだよね)



津軽さんは私が何か言うのを待っているように見えるけど、外見のことを言うのはあまり気乗りしなくて、どう伝えたものかとカップに口をつける。



「俺、Firstnameちゃんのセフレなの?」



私はコーヒーを噴いた。



「うわ、きたなっ!」

「セフレってどうしてそういう発想になるんですか!?」

「相性はいいけど彼氏っぽくないみたいな事言ったじゃん!」

「私は津軽さんみたいな目立つ人と付き合ってるのが不思議っていうか想像してなかった人生で! 注目されるのに慣れてないですしなんかその、差がありすぎて、目の前に津軽さんがいるのがなんかリアリティが無いっていうか…針のむしろ的なところも…っていやそんな言うほど気にしてるわけじゃないんですけど」



そう一息にまくし立てると、津軽さんは瞬きをした。



「あ、なんだ。そーゆーこと?」



びっくりさせないでよー、と言って背もたれにズルズルと凭れる。



「スイマセン…」

「本当だよ。自分だけ付き合ってるつもりとか最悪」



津軽さんは長い息を吐くとテーブルに頬杖をついた。


その表情はもういつもの津軽さんだった。



「まあ確かに俺とFirstnameちゃんは美女と野獣だけどさ」

「でしょうね」

「周りの目なんてどーでもいいでしょ? 俺が好きなのは野獣ちゃんなんだから」

「それフォローになってるようでなってないですよ!」

「そう?」



津軽さんは楽しそうに笑った。



「もっかい言おうか?」

「だからフォローになってないんですってば」

「愛してるよ、Firstname」



さらっと言われて聞き流しそうになる。



けど、のらくらな声音に反した優しい目がそれをさせなかった。



「ん?」



頬杖をついたまま私を見つめてくる。



「あ…りがとうございます」

「私も愛してます! でしょそこは」



いつまでも外されない視線に恥ずかしくなって、私は空になったコーヒーカップを手で弄んだ。



「そろそろ行こっか。俺ストール見たいなー」



腕時計を確認した津軽さんが言った。



「新しいの欲しいって言ってましたもんね」

「二人で色違いとか買っちゃう?」



立ち上がってコートを羽織っていると、ちゅっと音を立てて唇にキスをされる。



「津軽さんこんな所で…!」

「いいじゃん別に。見せつけてやれば」



そう言ってごく自然に指を絡めてくる津軽さんの目はやっぱり優しくて、私だけを見ていた。



「行こ。Firstnameちゃん」



にやける口元を引き締めるのに必死で頷くのが精一杯だった。



でも前を向いた津軽さんの肩が揺れているから、その努力は確実にバレている。



(は、はずかし…)




賑やかなお店を後にした。



























- ナノ -