偶然、生き残った。
ただそれだけのことなのに、君は幸運だったと大人達は言った。
偶然という言葉に違う名前をつけるだけで随分と使い勝手が良くなるものだと、子供心に思ったことを覚えている。
生き残ったことに意味なんてない。
何かの間違いで生かされただけ。
そんな幸運を、誰が望んでいたと言うのだろう。
俺はただ、いつか死ぬために生きている。
そう、思っていた。
「…さん、津軽さん!」
真横を見ると、ウサが外から運転席を覗き込んでいた。
「あれ、ウサちゃん。おはよ」
「寝てたんですか? 目開けたまま」
「え、俺、魚じゃないけど」
「それは知ってますけど」
「おじさんだー!!」
ウサの後ろにいた子どもが勢いよく飛び出してきた。
「おじさん、久しぶり!」
「お兄さんだろ」
運転席の窓から手を伸ばして、ノアの頭をグリグリと強めに撫で回す。
ブロンドの髪がぐちゃぐちゃになったがノアは嬉しそうに声を上げた。
「お前、背伸びたんじゃない」
「ほんと? 大っきくなった?」
ウサはめちゃくちゃになったノアの髪を直してやっている。
「もうすぐおじさんと同じくらいになるかなあー?」
「お兄さん」
「どうかなぁ。おじさんくらいになるには、あと10年はかかるんじゃないかな?」
「………」
無言でウサにデコピンする。
「いった! 本気のやつやめてくれません!?」
「あーまたおねーちゃんイジめてるー」
「はいはい。さっさと乗ってくれる?」
二人が後部座席に乗り込む間にカーナビに目的地を設定する。
ノアが俺達と行きたがっている、国立科学博物館だ。
バックミラー越しにウサを見るとノアにシートベルトをしてやっているところで、一緒になってキャッキャとはしゃいでいる。
一体何がそんなに楽しいんだろうと思うけどその姿に口元が緩んだ。
「おにーさんがニヤニヤしてる!」
目ざとく気付いたノアが俺を指差して大きな声で言った。
「キラキラの間違いだろ」
「おねーさんのこと鏡で見てたの?」
反応したウサとバックミラー越しに目が合う。
「さあね」
微笑んでやると、ウサはさっと目を逸らした。
「そっかあ。仲良しなんだね!」
なぜだか嬉しそうに笑うノア。
普通の子どもとなんら変わらない、屈託の無い笑顔が眩しい。
「…そーだね。すっごい仲良し」
俺が生きているのはただの偶然。
意味なんてない。
理由だってない。
(だけど)
もう一度、バックミラー越しに彼女を見る。
(もし、俺が…)
君と出会ったことを、幸運と呼ぶことができるのなら。
今から始まろうとしている、自分の人生とは無関係だったはずの一日だって、悪くない。
眩しい日差しに目を細める。
「出発しんこうー!」
喜びに溢れた声を聞き届けて、車を出した。