「黄色の絨毯ですね! 綺麗…」



都内の有名な銀杏並木。


ウサが見たいと言うから二人で来た。



たくさんのフツウの人たちが、今しか見ることのできない色を愛でている。



「銀杏、臭いねー」

「それは言わないで津軽さん…」



黄色で埋め尽くされた道を踏みしめる。



頬を打つ風はだいぶ冷たくなって、ウサの手の温かさをはっきりと感じる。



季節が変わっていく。



「わざわざこの臭いのを嗅ぎに来たの?」

「私はイチョウが見たかったんです!」

「いいよ、全然。ウサちゃんが行きたい所に俺も行きたいから」



黄色のトンネルの中をゆっくりと歩く。




「…ほんとに綺麗ですねぇ…」



ウサの声に誘われて顔を上げる。



抜けるような青が黄色の隙間から覗いていた。



こんなにも美しい色彩を、俺は知らなかった。



コントラストに見惚れた。



「うん…綺麗だね」



辛い記憶しかないこの季節を、美しいと思ったのは初めてだ。



色づく木々に目を奪われたことなんて無い。



ただただ、あの日を思い出すだけの時季だった。




「なんか茶碗蒸し食べたくなってきますね」



俺はウサの発言に噴き出した。



「ウサちゃんだって情緒ないじゃん」

「津軽さんよりはありますよ」

「ないでしょ、全然」




風は冷たいけれど、木々の隙間から零れる日差しは優しい。



笑いながらウサの手を握り直した。







「おはよー、って、ウサちゃん、今日髪結ぶ日?」



俺が登庁するとウサはすでに書類仕事をしていた。


珍しく髪が一つに束ねられている。



「おはようございます。髪、伸びてきちゃって。ちょっと邪魔で」



そう答えたウサのうなじが目に入る。


普段は髪で隠れているせいで、日焼けを知らない白いうなじが。



「………」



俺は無言で手を伸ばし、ブタのしっぽを作っているヘアゴムを引き抜いた。


はらりと解けた髪が肩につく。



「えっ?」



髪を触ったウサが振り返る。



「何するんですか!?」

「ウサちゃんは下ろしてる方が似合うよ」



にこりと笑いかける。



(他の男に見せんなよ)



奪ったヘアゴムを弄びながら自分のデスクへ向かった。



「津軽さん、返してください!」

「やだ」



不満げな視線を背中に感じる。


女の子の一つ結びは好きだし、ウサにも似合っているけど。



……誰にも見せたくないんだから、こうするしかない。



.
.
.




「結ばないの?」



雑誌を読んでいるウサの髪を触る。



「邪魔じゃないの?」



垂れていた髪を耳にかけてやる。



「下ろしてる方がいいって津軽さんが言ったんじゃないですか」



ウサは雑誌から顔を上げずに言った。



「俺そんなこと言ったっけ?」

「言いましたよ」



髪を掻き分けると白いうなじが現れる。



たまらず鼻を寄せると、俺の好きな匂いが鼻腔に広がった。



「結んでるウサちゃん、可愛いよ」



音を立ててうなじにキスをする。


ぴくりとウサの肩が揺れる。



「…言ってること全然違うし…」



ウサの耳たぶが少しずつ赤くなってくる。



「うちにいる時だけ結んでよ」



ちゅ、とうなじにキスをもう一つ。



「だめ?」



しばらくしてからウサは無言で首を振った。



その反応に満足して、俺はうなじに吸い付いた。







「だからさー、石神班の用事にうちの子使わないでくれる?」

「本人が了承しているなら問題ないだろう」



対峙しているのは津軽さんと石神さん。


周囲の誰もが、見て見ぬ振りをしている。



「俺が了承してないっつーの」

「彼女が訓練生時代に携わった案件だ。どの道、手は借りた」

「…まーた、公安学校」



津軽さんの声が低くなる。


冷ややかな響きを持って。



「それでマウント取ったつもり?」

「言っている意味がわからない」

「昔の話をすれば俺が入れないからって?」

「…お前の思考回路は一体どうなっているんだ」



公安課の室温が下がったような気がした、その時。



「アンタも大変だな」

「後藤さん」



津軽さんの背後、少し離れた所にいる私に通りかかった後藤さんが声をかけた。



「はは… なんか厄介なことになってしまいまして…」

「まあ、みんなアンタを頼りにしているということだ」



ほら、と差し出される缶コーヒー。


後藤さんの優しさが嬉しくて、自然と笑顔が零れる。



ありがとうございますと両手で受け取った直後───



「ウサちゃん? 誠二くんに缶コーヒーもらわないで?」



津軽さんの背後で固まる後藤さんと私だった。



.
.
.




「ほんと縄張り意識強いよねあの人」

「東雲さん…」

「キミをとられるのが余程嫌なんだろうね」

「いえ、私は皆さんのお手伝いをしたいだけなんですが」

「歩くん。内緒話って聞こえないようにするものだと思わない?」



背中越しに言う津軽さんに、東雲さんは肩を竦めた。







「ねぇねぇ兵吾くん、ツラ貸して?」

「そんな暇はねえ」

「うちの子に構う暇はあるのに?」

「寄ってくんのはコイツの方だ。嫌ならてめえで首輪つけとけ」

「難波室ってほんと過干渉だよね。女に飢えてるのかな」

「あぁ?」



間に挟まれたウサが本物のウサギのように震えていた。



.
.
.



「モテモテですね」

「颯馬さん!」

「貴女のことになると津軽さんもただの男、ということでしょうか」

「…えーっと…」

「うちの子に何吹き込んでるのかなー、周介くん?」

「いいえ、何も。そんなことより津軽さんが妬いてくれて嬉しいと彼女が」

「そそそそ颯馬さん!!?」



.
.
.



「ふーん。俺にヤキモチ妬かせて楽しい?」

「それは颯馬さんが!ていうか…津軽さん、ヤキモチとか妬くんですか」

「……」

「そういうのとは無縁そうな人だと」

「悪い?」

「え?」

「妬くに決まってんじゃん。ウサちゃんをとられたくないって思って何が悪いの?」



.
.
.



「ウサちゃんのいじめっ子。ヤキモチ妬く俺を見て喜ぶなんてひどいね」

「だからそれは颯馬さんが!」

「他の男の名前呼ばないでよ」



じりじりと壁際に追い詰められる。



「いじめられて傷付いた。慰めて」

「慰める…って」

「俺のウサちゃんならわかるでしょ?」

「……(この展開は一体…)」

「早く」



不本意だがこの騒動を収めるためだと腹を括り、津軽さんの唇に触れるだけのキスをした。


けど次の瞬間体を壁に押し付けられて、塞がれた唇に舌が入り込んでくる。



「そんなので足りるわけないでしょ」

「ん…っ」



.
.
.


「おやおや。給湯室は取り込み中のようですね」

「チッ」

「…経緯は知らないが津軽のことだ。想像はつくな」

「透、●RECしないの?」

「したいのは山々ですけど抹殺されそうな気が…」

「あー。あの子のキス顔誰にも見せたくないとか思ってそう」

「……?(何かあったのか?)」








「運命の女性ってどこで出逢えるんですかね」



出し抜けにそんなことを言う黒澤さん。



「さあ… どこでしょうね」

「ねね、今度合コンしません? イケメン揃えますんでぜひとも可憐な女性達を…!」

「いえ私はそういうのは」

「いいじゃないですか〜やりましょうよ〜たまには外の空気を吸いましょうよ〜」

「楽しそうな話してるねー、透くん」



ずしっと頭が重くなる。


こんな風に私の頭に腕を乗せてくる人間は一人しかいない。



「津軽さん重いです! 首が…っ!!」

「それって俺も参加していいやつ?」

「いやー、はは、津軽さんが参加したら女の子全員持ってかれちゃうっていうか」

「じゃあウサちゃんは貸さない」

「ええ〜!」

「だいたいウチの班は忙しいから合コンなんかしてる暇ないし」

「く、首… 津軽さ…」

「でも息抜きって必要じゃないですかぁ」

「え、ウサちゃん津軽班で息が詰まってるの?」

「今… 今詰まって…ます…」



























- ナノ -