@

 ――今日の夜、遊びに行くね。


 その発言通り、狛枝は確かに俺のコテージへやって来た。
 満身創痍の状態で。

「――こ、狛枝。採集後に、一体何があったんだ」

 とりあえず狛枝を寝台に座らせて、俺もその隣に座り、恐る恐る尋ねると――奴は嬉しそうに笑いながら、マシンガンのように言弾を撃ち始めた。

「あははっ。左右田君と一緒に帰って来た後、お風呂に入る為にコテージに戻ったんだけど、洗剤を全部切らしていてね。泥だらけのまま、ロケットパンチマーケットに行ったんだ。そうしたら罪木さんが居て、僕の姿に吃驚した彼女がずっ転けて、彼女の持っていた裁縫道具が僕に降り注ぎ――鋏とか針とかがぐさぐさぁっとね!」
「まじかよ」
「まじだよ。でも、それだけじゃないんだ。僕は謝る罪木さんを宥めて、洗剤を持って帰ってお風呂に入ったんだけど――床が濡れていてね。滑って転んで、背中を打ったんだ」
「お前、背中打つ率高くね?」
「そうかも知れないね! で、何とかお風呂に入って、服と身体を綺麗にしたんだけど――バスタオルと着替えを準備するのを忘れていてね。濡れた身体のまま部屋を徘徊したから、床やら着替えがびしょびしょに濡れちゃって」
「うわあ」
「南国の島だし、外を歩いていれば乾くかなって思って着たんだよ。そしてコテージを出て、砂浜辺りを散歩していたら、終里さんがいきなり『暇だからバトろうぜ!』って言ってきて――うん」
「その傷の大半は、終里の所為ってことか」
「うん」

 悲惨なくらいずたぼろになっているというのに、狛枝はずっと笑顔を絶やさず不幸話を語っていた。
 以前の俺なら気味悪がるのみだったが――今の俺なら判る。此奴が何故、笑っていられるのかを。

「――左右田君」

 ぎゅっと、狛枝が俺に抱き付いてきた。甘えるように擦り寄り、啄木鳥のように何度も俺の頬に口付けを落とす。

「満身創痍という名の不運は、今という幸運の為の伏線だったんだ――」

 はああ――と満足そうに甘く息を吐き、狛枝が俺の耳元で囁いた。耳から背中を通って腰辺りがぞわぞわしたが、俺はぐっと堪え、奴を労るように抱き締めてやった。

「本当、厄介な才能だよな」
「うん。でもそのお蔭で僕は、左右田君や皆と出会えた訳だし――この糞みたいな最低最悪の才能も、強ち厄介でもないよ」

 ――果して、そうなのだろうか。
 毎回こうして幸福に浸る度、毎回不幸に見舞われるなど――不運以外の何物でもない気がする。
 ――代償を払わず、ずっと幸福に浸ることは出来ないのか?
 都合の良過ぎる考えだが、俺は考えずには居られなかった。


 不覚にも、此奴をちょっとだけ好きになってしまった以上、何とか幸せになって欲しい――と思うのは必然であり、至極当然の思考なのである。
 不運に巻き込まれるのは構わないが、此奴が不運に飲まれるのは面白くない。いや、別に此奴がどうなろうと構わないのだが――何だかとても、面白くないのである。
 なので、何とかしてやりたいのだが――此奴の才能は謎が多過ぎる。何を基準に幸運と不運を分けているのかが判らないのだ。不運はまだ判り易いが、幸運の方は判らない。
 先ず、此奴にとっての幸運が判らないからだ。俺といちゃつくのが幸運というのは何となく判ったが、その境界線が判らない。何処からがいちゃつくの範囲なのか、範囲外なのか――判断に困るのだ。
 触れるだけでも幸運なのか、寄り添うだけでも幸運なのか。キス以上が幸運なのか――よく判らない。
 判らない尽くしで、俺の頭が爆発してしまいそうである。

「――判んねえ」
「何が?」
「いやあ。俺とどうこうなる度に不運を味わうの、何とかなんねえかなと」

 俺がそう言うと、狛枝は思案するように唸り、困ったように微笑んだ。

「無理だよ。だって、僕にとって左右田と一緒に居ることは、奇跡に近い幸運そのものなんだから」
「そんな――」

 大袈裟な――と言い掛けて、ふと気付く。狛枝の発言に、なかなか有効そうな攻略法があることを。
 俺と一緒に居ることが、奇跡に近い幸運であるならば――俺と一緒に居ることが当たり前になれば、どうだろうか。
 ありふれた日常の一齣に成り下がれば、少なくとも――不運という名の代償は、払わなくて済むのではないか?

「――俺と一緒に居るのが当たり前になったら、不運とか幸運とか関係なく、一緒に居られるようになるんじゃね?」

 何となくの思い付きではあったものの、一つの案として狛枝に提示してみた。すると奴は、ううんと唸って首を横に振る。

「無理だよ。だって、居て当たり前だった両親が死んだ――あっ」

 さあっと顔を青くした狛枝は、自分の口を手で塞ぎ、怖ず怖ずと俺の方へ目をやる。その目はまるで、脅えた子犬のようにいじらしい目だった。

「あ、あはは――ごめんね、やっぱり怖いよね。僕みたいな疫病神と一緒になんて、居たくないよね。ごめん、内緒にしていて。僕のような屑如きが、人並みの恋愛をするなんて烏滸がま」
「はいはいはい自虐止めぃ!」

 俺は狛枝の自虐を途中で遮り、奴の背中をばしりと叩いてやった。軽く遣ったつもりだったが、狛枝は痛そうに身悶えている。そういえば満身創痍だったな、済まない。

「悪ぃ、痛かったよな」
「いや、良いんだよ。君を騙して危険な橋を渡らせようとした僕なんて、拷問されたって文句は言えないよ」
「其処まで卑屈になることねえだろ」
「だって」
「だってじゃねえよ」

 今度は優しく、狛枝の背中を撫でてやった。

「まあ、お前の不運がまじでやばいのは判った。でも俺は、筋金入りのびびりだぜ? 喩えお前が死んでも、俺は絶対生き残る。つうか生き残れる気がする」
「君子危うきに近寄らずだと思うんだけど」
「虎穴に入らずんば虎子を得ずだろ」

 俺がそういうと、狛枝は困惑の表情を浮かべた。

「僕なんかに、命を賭ける価値はないよ」
「んなこと言われても、もうお前のこと好――気に入っちまったし」

 うっかり本音が出そうになるも、俺は冷静に誤魔化した。しかし狛枝が、嬉しいのか悲しいのか楽しいのか判らない、変な顔をして――。

「――やっぱり左右田君って、優しいね」

 なんて、涙を浮かべて宣うものだから――俺は反射的に狛枝の頭を撫でてしまった。ふわふわの、綿毛のような触り心地だった。

「そ、左右田君?」
「泣くなよ、俺まで泣けてくっから。俺は昔っから涙腺が弱えんだよ、貰い泣きしちまうだろ」
「っ――左右田君っ」

 えっ? と思った時には天井を見ていて――寝台の軋む音が聞こえ、漸く俺は狛枝に押し倒されたのだと気付いた。

「あ、あれ? えっ?」
「そんなに優しくされたら、僕――君を不運に巻き込んででも、ずっと傍に居たくなるじゃないか」

 狛枝がうっとりとした表情で囁き、服越しに俺の胸を指先で撫でる。ぞくりと、昨日遣られた時に感じた擽ったさではない何かが、俺の身体に疾った。服越しなのに、何で――。

「――左右田君。今、凄く厭らしい顔をしてる」

 食べちゃいたいくらい可愛いよ――。
 そう言った狛枝は、鼻に抜けるような息を漏らし――俺を見詰めながら舌舐めずりをした。
 ――もしかして、食われる?

「――実はね、今夜話そうかと思ってたんだよ」
「えっ、何を?」
「さっき僕が言ってたことだよ、両親が死んだこととかね。それで君が僕を拒絶したら、涙を飲んで諦めるつもりだったけど――良いんだよね? 喩え僕が死んでも生きてくれるんだよね? 先に死んじゃったりしないんだよね? 僕を置いて逝かないんだよね? ずっと傍に居てくれるよね?」

 鬼気迫る態度で矢継ぎ早に訊ねながら、狛枝は俺のつなぎ服のファスナーを弄くり始めた。どうしたものかと思いつつも、必死に縋ってくる狛枝が少し可愛くて――。

「ま、まあ、お前がどうしてもって言うなら傍に居てやっても――んぐっ」

 言い終わる前に、狛枝が俺の口を自分のそれで塞いできた。そして、ぬるぬるとした温かい何かが口に入ってきて――嗚呼、これは舌か。


 というか、何もかもがいきなり過ぎやしないか?
 確かに、夜に来るという時点でそれなりに覚悟はしていたし、期待もして――いや、してない。今のは無しだ無し。
 兎に角だ。もう少しこう、良い感じの雰囲気というか、そういう中で進んでいくものではないのか。
 俺は恋愛経験も皆無だが、何だか俺達の遣り取りは、一般的なものとは違う気が――いや、違う。俺は別に、別に此奴と恋愛云々をしたいのではなくて――じゃあ、此奴と気持ち良いことをしたいだけ――なのか?
 此奴のことは、まあまあそれなりに好きだし。此奴が望むのなら、色々遣ってやっても良いかな――くらいは思っているが。
 果してこれは、愛なのだろうか。


 身体目的なだけだろうと言われると、そんな気もしてくるし、狛枝が好きなんだろうと言われると、そんな気もしてくる。どちらなのか判断出来ない。圧倒的に経験と知識が足りない。
 唯一はっきりと判ることは、ソニアさんに抱いていた感情とは全く違うものだと云うことだ。
 見ているだけでは満足出来ない、ずっと傍に置いておきたい。甘やかしたい反面、苛めたい――と思うのだ。
 ――果して、これは愛なのか?

「っ――狛枝ぁっ」

 やんわりと狛枝を引き剥がし、奴の目を見ながら声を掛ける。狛枝は不思議そうに首を傾げ、どうしたの? と聞いてきた。

「お前はさ、俺のこと好きなんだよな?」
「勿論だよ! 好きじゃなかったらこんなことしないよ。どうしてそんなことを聞くの?」
「いやあ――お前の『好き』と俺の『好き』が、果して同じなのかなあって」

 ぴくりと、狛枝の眉が痙攣した。

「そ――それって、どういう意味かな?」
「そのままの意味だよ。何つうかさあ、こういうことするのが好きだからお前が好きなのか、お前が好きだからこういうことするのが好きなのか――よく判んねえ」

 俺がそう言うと、狛枝は複雑な表情を顔に貼り付けて口を噤んだ。
 矢張り言っては拙かったか?
 だがしかし、疑問を解かねば釈然としない。俺は再び口を開いた。

「確かにな、お前と――その、色々遣るのは好きだ。好きになっちまった。でもさ、何つうかこう――お前が傍に居るだけでも良いというか、傍に置きたいっつうか。でも、お前とそういうことすんのも好きだし――うわああっ、判んねえ。お前の身体が好きなのか、お前の中身が好」
「左右田君」

 俺の言葉を遮って、狛枝が声を上げた。さっきと違う、呆れたような――困ったような表情をしながら。

「左右田君ってさ、頭が固いんだね」
「――は?」

 何を言っているのだ此奴は。

「確かに俺の頭は鉄並に硬えけどよ、それと今の話に何の関係があるんだよ」
「えっ、と――それはもしかして、ギャグで言ってる?」
「は?」

 ――何故こんな状況でギャグを言わなければならないのだ。
 俺があからさまに不機嫌そうな顔をしてやると、狛枝は苦笑いを浮かべて自分の頬を掻いた。

「あ、うん。ごめんね。でも、そんな左右田君も好きだよ」
「そんな左右田君って何だよ、どんなんだよ」
「いや、それは一先ず置いて――左右田君、両方好きって選択肢はないのかな?」

 ん? 両方? 両方とは、つまり――身体も中身も、ということか?
 ――その発想はなかった。

[ 150/256 ]

[*戻る] [進む#]
[目次]
[栞を挟む]


戻る


「#オリジナル」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -