A

 そっと手を伸ばして、恐る恐る狛枝の御立派様を触ってみる。
 他人の陰茎など今まで触ったことなどないし、勃起したものを見るのなんて初めての経験なのだ。自分のものとは少し違う形だし、大きさも少し違うし、何をどうすれば良いのか――正直全く判らない。
 だが、扱かなければならないので――判らないなりに、とりあえず触ってみたのである。


 熱い――それが最初に抱いた感想だった。そして硬い、と思った。
 俺も勃起はするし、自慰をしたこともあるのだが――他人のだからだろうか、何か違う気がする。
 男が男の陰茎を触っている。どう考えても異常な事態であるというのに、俺は好奇心に駆られてしまい――嫌悪感やら恐怖心が吹き飛んだ。興味深い、実に興味深い。
 好奇心のままに、ずいと陰茎との距離を詰める。其処で漸く、浮き出た血管や皺などが鮮明に確認出来て――自分が眼鏡もコンタクトもしていなかったことに気が付いた。
 寝るつもりだったのだし、本来なら今頃眠りに付いていた筈なのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが――見難い。月明かりだけが頼りなのに、狛枝の足で影になって、陰茎が益々見え難い。
 なので、もう少しだけ躙り寄ってみた。
 目と鼻の先に陰茎を見据え――ほう、と俺は感嘆する。男として悔しいが、矢張りこれは御立派様だった。
 傷も染みもないし、皮も被っていない。硬度も申し分ないし、大きさは言わずもがな――誰もが認めるであろう、御立派様そのものである。鈴口から透明な液体を垂らしているところも荘厳で、それはそれは素晴らしい御立派だ。

「――あ、あのっ、左右田君? 何だか、その――ち、近いよ? 主に顔が」

 鈴口から滴る尿道球腺液を両手の指で絡め取り、陰茎全体をぐちゅぐちゅと弄んでいると、陰茎の本体――狛枝が、呼吸を乱しながら話し掛けてきた。
 視線を狛枝の陰茎から顔に移すと、奴の顔は薄暗い中でも判るくらい紅潮していて――そういえば此奴の陰茎を扱いているんだったと、今更な現実を思い出した。
 思い出してしまったら、陰茎に躙り寄ってそれを扱いている自分が、酷く淫らに思えてきて――かあっと、顔面が熱くなる。
 何てことだ、俺は阿呆か。未知なる体験だからって、此処まで乗り気にならんでも良いだろうに。俺は娼婦か何かか。馬鹿、俺にそんな趣味はない。俺の馬鹿、変態――。

「――そ、左右田君」

 胸中で己を罵っていると、狛枝がまた話し掛けてきた。何か言いたそうにしながらも、言うのを躊躇っているかのように口を開閉させている。
 嗚呼、焦れったい。

「何だよ、何か文句でもあんのか」

 俺が己の痴態を誤魔化すように吼えてやると、狛枝は勢い良く頭を横に振って否定した。

「ち、違うよ。文句はないよ」
「文句はない? じゃあ――文句以外はあるってことか。何だよ、言ってみろよ」
「ほ、本当に良いの?」
「言うのは只だろ」
「そ、そっか。じゃ、じゃあ言うね――僕のこれ、舐めてくれないかな」

 そう言って狛枝が指差したのは――自身のご立派様だった。

「――ほう、どうやら手前は去勢されてえらしいな。良いぜ、俺の自慢の歯で噛み千切ってやるよ」
「えっ――ちょっ、止めてよ! 言うのは只って言ったじゃない!」
「言うのはな。だけど、言った後のことは只じゃ済まねえんだよ」
「ええっ――そんなの詐欺だよ、詭弁だよ」

 五月蠅えよ変態が――と言いながら俺は、狛枝の陰茎をぎゅっと握り締める。途端に狛枝は、ぐうっ――と呻いて身体を戦慄かせた。

「巫山戯んじゃねえよ、全く。こうやって触ってやってるだけでも有り難いと思えよ。こんな不衛生なもん、誰が舐めるかっつうの」
「ひ、酷いよ左右田君。ちゃんと毎日洗ってるし、さっきお風呂入ったから綺麗だよ」

 ――綺麗、ねえ。
 握り締める力を緩め、陰茎全体を観察してみる。確かにまあ、汚れてはいないし――変な臭いもしない。いや寧ろ、石鹸の甘い匂いがするくらいだ。此奴の言う通り、この御立派は綺麗なのだろう。
 しかし、綺麗なら舐められるのかと問われれば――それはまた違う問題だろう。気分的に嫌だ。

「綺麗だからって、舐められるもんじゃねえっつうの。不愉快だ」
「もしかしたら、愉しいかも知れないじゃない」
「ねえよ」
「でも、そういう動画とかでは、女の人が愉しそうに舐めてるよ」
「いや、あれは演技だろ」
「えっ、そうなの?」

 やばい此奴、現実と理想の区別が付いてない。

「え――演技だっつうの、あんなもん。有り得ねえだろ、こんなもん舐めるのが――良いなんて」

 そう、有り得ない。有り得ない――筈だ。
 こんな、こんな――尿と精液を吐き出すだけの肉棒なんぞを舐めて、一体何が愉しいと言うのだ。愉しいのは、舐めて貰っている側だけだろう。
 嗚呼――でも、気になる。そういう経験もないし、体験者の感想も聞いたことがない。だから実際のところ、愉しいか否かなんて俺には判らないのだ。
 何となく、舐めるのは辛いだろうなあ――という感想を抱いたから、演技だろうと言っただけで、本当のところは判らない。
 もしかしたら、演技じゃないのかも知れない。本当に愉しい――のかも知れない。
 いや、愉しい筈が――ああでも、ううん――。
 ――ちょっとだけなら、良いかも知れない。
 俺は好奇心に負けた。

「――狛枝」
「ん?」
「ち、ちょっとだけだからな」

 えっ? と間抜けな声を上げる狛枝を無視し、俺は常人よりも長い舌を伸ばして――べろりと、奴の陰茎の裏筋を舐めてみた。刹那、狛枝がぐっと息を飲む。
 一旦舌を引っ込めて、口内でごろごろと転がしてみた。少し、塩気を感じる。だが臭くはない。
 もう一度、陰茎を舐めてみる。根元から先端まで、舌先で擽るようにしながら。亀頭冠辺りを舐めてやると、狛枝が押し殺したような吐息を漏らしたので――此処が良いのだろうと確信し、しつこく重点的に攻めてやった。
 そうやって暫く舌で陰茎を弄んでいたが――ふと、狛枝の表情が気になった。一体此奴は、どんな顔で俺の口淫を受けているのだろうかと。
 舐めるのは止めず、上目遣いで奴の表情を窺ってみた。
 狛枝は口の端から涎を垂らし、獲物を前にした獣のように目を爛々とさせて――俺のことを、じっと見詰めていた。その視線が、俺の視線と搗ち合う。
 瞬間、ぞくり――と、俺の背中に奇妙な痺れが疾った。
 何だ、この感覚は。悪寒とはまた違う、気分が高揚してくるような痺れ――これはもしかして、興奮?
 もしかしてこれが、愉しいということか!


 だらだらと涎を垂らしている鈴口に、舌先を捩じ込んでやる。突然の衝撃に驚いたのか、狛枝は身体をびくりと震わせて、言葉にならない呻き声を上げた。
 やばい、愉しい。超愉しい。
 俺の行動一つ一つが、確実に狛枝を苛んでいる。これを愉しいと言わずして、一体何を愉しいと言うのだろう!
 更に舌を鈴口に突っ込んでやると、奴は腰をがくがく揺らして、俺の唇に陰茎を擦り付けてきた。
 ――く、銜えろということですか?
 一瞬どうしようかと迷ったが、此処まで遣ってしまったのだし、舐めるのも銜えるのも似たようなものだ――と判断して、亀頭部分だけをぱくりと銜えてみた。
 銜えたまま、舌で亀頭を撫で回す。そして鈴口を舌先でぐちゅぐちゅ攻め立てながら、両手で竿の部分を擦り上げていると――不意に、狛枝が俺の頭を掴んだ。
 何事だ――と思った瞬間。どろりとした大量の液体が、俺の舌に絡み付いてきた。
 これは、もしかしなくても――精液?
 此奴、勝手に口内射精しやがった!
 憤った俺は、何とか離れようと藻掻いたが、がっちり頭を掴まれていて逃げられなかった。というか、ダウン寸前の体力で逃げられる筈がない。
 なので俺は、狛枝が頭を離してくれるまで、温和しく待っていることしか出来なかった。


 一時間くらい経ったように感じた地獄も終わり、俺は漸く解放された。口内には、狛枝の精液が溜まっている。早く吐き出したい。ティッシュは何処だ。

「――っ、はぁっ。あは、あははっ。す、凄かったぁっ。左右田君って機械弄りだけじゃなくて、こういうのを弄るのも得意なんだね」

 褒めているのか貶しているのか、どっちだよ。よくも口の中に出しやがって。いや、それよりもティッシュか何かを――。

「――左右田君」

 そっと、狛枝が俺の顎下を撫でる。そして持ち上げるようにして、俺の顔を上に向かせた。必然的に、奴の顔が俺の視界に入る。
 奴は微笑んでいた。嬉しそうに、恥ずかしそうに、困ったように――幸せそうに、微笑んでいた。
 そんな表情を見ていたら、段々と狛枝が愛おしく思えてきて、思わずごくりと生唾を――あ――。

「――の、飲んじまった」

 何を? 精液だよ。

「えっ、もしかして飲んだの? 僕の精液を?」

 やけに興奮した様子で尋ねてくる狛枝に、俺はぎこちなく首を縦に振ってみせる。すると奴は、わあ――と歓声を上げた。

「何て幸運なんだろう。左右田君に手淫だけでなく口淫までして貰えて、更に精液まで飲んで貰えるなんて――僕は明日、死ぬんだね」
「いや、死なねえって多分。つうか死ぬなよ、俺が殺したみたいになるじゃねえか」
「死んでも悔いはないよ」
「だから死ぬなっつうの、死んだらもう――」

 もう――何だ?
 ちょっと待て、俺は何を言おうとした。
 もう、出来ねえじゃん――何を?
 何をだ、左右田和一。俺は何を考えた。出来ないとは、一体何のことだ。
 ――落ち着こう、まだ慌てる時間じゃない。
 俺は何も言っていない、大丈夫。狛枝には、俺の葛藤など判らない。冷静に考えれば、先程の発言を誤魔化すことは可能な筈だ。
 死んだらもう、皆と会えなくなるぞ――と、情に訴え掛けるのもありだな。いや、希望を見付けられなくなるぞ――と脅すのも良いか。

「――へえ。左右田君って、心の中だと随分雰囲気が違うんだね。いつも砕けた物言いだから、頭の中も砕けているのかと思ってたよ」
「俺が馬鹿だって言いてえのか、この腐れ――ん?」

 ――ちょっと待て。何故此奴は、俺の胸中を見聞きしたかのようなことをほざいているのだ?

「それは違うよ。見聞きしたかのような――じゃなくて、見聞きしたんだよ」

 ――何、だと?
 どういうことか判らない、理解出来ない。何が起こった?
 俺が呆然としていると、狛枝は愉快そうに笑った。

「あはっ、まさか噂の『ココロンパ』を経験出来るなんてね。でも、可笑しいなあ。お互いに好意を抱いていないと発動しないって、日向君が言ってたんだけど――」

 これって、どういうことなのかなあ――と、厭らしく口角を上げて、狛枝が俺に問い掛ける。
 知るか馬鹿。というか初耳だぞ、その情報。お互いに好意を――だと?

「――そんなご都合主義的設定の現象があってたまるかぁっ!」
「僕に言われてもなあ。それに今は、そんなことどうでも良いんだよ」
「ど、どうでも良いって――」
「ねえ、左右田君。さっきの『もう出来ない』の出来ないって――どういう意味なのかなあ?」

 希望について演説をしている時のように、歪で不気味な笑顔を貼り付けた狛枝が――ねっとりとした、脳髄にこびり付いてくる声で問う。
 ――嗚呼、絶望的だ。
 何故俺は、こんな変態野郎に好かれてしまったのだ。
 何故俺は、こんな変態野郎を――。

「――狛枝」
「ん?」
「俺はもう、ダウンしても良いという覚悟を決めた」
「え――えっ? そ、左右田君? その握り拳は何かな、ねえ」
「安らかに眠れ」
「ちょっと待っ――」

 ごつんと、鈍い音が響き渡った。

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