今、愛に逝きます

 



「狛枝、どうして――」

 どうして、左右田を殺したんだ――と、日向君が僕に聞いた。


 彼のコテージで、彼の首を絞めて殺した僕は、彼に寄り添って眠り、ずっとずっと傍に居た。なかなか姿を見せない彼を心配した皆が、コテージの扉を何度も叩き、痺れを切らした終里さんが扉を蹴破って――僕と、彼の死体が見付かった。
 そして死体発見のモノクマアナウンスが流れ、結果の判り切った捜査を終えて学級裁判に至り――現在、後は投票のみとなっている。

「どうして? そんなこと、君には関係ないじゃない」

 予備学科の癖に――と胸中で毒突き、僕は彼の遺影を見詰めた。メカニックである彼への配慮か、それとも冒涜か――遺影に塗られた赤いバツ印は、スパナとドライバーの形をしていた。
 本当に、モノクマは良い性格をしているよ。

「関係ない、だと? 巫山戯るなよ! 十神と花村の件といい、お前はどうして、こんなことを」

 今にも泣き出しそうな顔で、日向君が呻く。だけど、日向君じゃ僕の心は揺さぶれない。
 やっぱり彼じゃないと、僕は駄目なんだ。

「こんなこと? こんなこと、ねえ。君にはやっぱり、一生判らないよ」

 僕は我が身を抱き締め、彼を想って身を震わせた。
 もうすぐだ、もうすぐだよ。だからちょっとだけ、もう少し待っていてね。

「い、意味判んねえ――おい、さっさと投票しちまおうぜ。今度こそ此奴が犯人、って判ってんだからよお」

 九頭龍君が苛立たしげに床を踏み鳴らし、吐き捨てるようにそう言った。
 嗚呼――。

「――そうだよ、早く。早く投票しようよ。早く、早く、早く!」

 皆を急かすように何度も言うと、全員が困惑の表情を浮かべた。

「な、何でお前、お仕置きされるのに――そんな、嬉しそうな顔してるんだよ」

 恐怖と困惑を宿した目で僕を見て、日向君が震えた声で問う。
 やっぱり君には、理解出来ないんだね。

「嬉しそうな? それは違うよ、嬉しいんだよ!」

 大袈裟なくらいに天を仰いで、僕は高らかに言い放った。

「愛する彼のところに逝けるんだよ? これが嬉しくなくて、一体何に喜びを感じれば良いのさ!」
「愛、する?」

 日向君の声は、これ以上ないくらいに掠れていた。日向君以外の皆は絶句し、呻き声すら上げない。

「愛するって、お前――男じゃないか」

 嗚呼、つまらない。これだから予備学科は。

「男だけど? それの何が問題なのかな。同性愛なんて、そんなに珍しくないと思うけど」
「そ、そうかも知れないけど――じゃあ何で、好きな奴を殺したんだよ!」

 僕を射殺すように睨め付ける日向君が、悲鳴に近い声を張り上げた。
 何で? そんなの、簡単なことじゃないか。

「――僕も彼も、それを望んだからだよ」

 陶然たる心地で囁くように告げると、日向君は顔面を蒼白にし、僕のことを見やった。理解出来ないものを見るような目で。
 駄目だなあ、予備学科は。

「ちょっと考えれば、すぐ判ることじゃないか。何で彼は、何の抵抗もせず、僕に首を絞められていたのさ」

 そう言いながら僕は上着の袖を捲り、皆に見えるように両手を掲げた。其処にはうっすらと、彼に縛られていた縄の跡だけが残っている。
 そう、縄の跡だけが。

「普通、首を絞められたら抵抗するよね? 抵抗するとしたら、首を絞めている手を剥がそうとするよね? 必死に、それこそ引っ掻いてでも、引き剥がそうとするよね?」

 でもさ――。

「――僕の手には、彼が抵抗した跡なんてないよ?」

 口角を吊り上げて日向君を見ると、日向君は口を噤んで僕から目を逸らした。
 嗚呼、君は本当につまらないね。

「何なら、全裸になってあげても良いよ? 彼の抵抗した跡があるかも知れないって、疑っているのならね。まあ、そんなものないけど」

 ある筈がない。だって、だって彼は――。

「――だって彼は、僕に『殺してくれ』と頼んだんだから!」

 あはははは――と哄笑し、僕は皆の顔を見渡した。面白いくらいに、皆同じ顔をしていた。
 正に――そう、絶望という名の表情を!

「そんなこと、だって、彼奴は、人一倍怖がりで」
「この数日間だけで、彼の全てを知った気にならないでよ」

 無駄な抵抗をする日向君の発言を切り捨て、僕は憎悪と嫌悪を込めて皆を睨み付けてやった。

「外見が派手なだけの小心者? すぐに泣く臆病者? 壁の中を知らない人間如きが――彼の全てを知った気になるな!」

 僕が大声で怒鳴り散らすと、裁判場は不気味なくらい静かになった。
 呼吸の音さえ聞こえない、完璧なる静寂。その所為で、自分自身の心臓が五月蠅く思えてくる。

「――彼はね、僕の、唯一の希望だったんだ」

 心臓の鼓動を掻き消すように、僕は想いを吐き出した。

「何もかもが絶望的に絶望していく中、彼だけは――彼の中だけは、希望で満ち溢れていたんだ」

 嗚呼、止まらない。

「だからずっと、ずっと一緒に居ようって、約束したんだよ」

 笑いが、止まらない。

「でも、彼が――僕の希望が死を望んだから。だから僕は、彼を――希望を、殺したんだ」

 自分でも判るくらい支離滅裂で、多分皆には、僕の想いなんて全く伝わっていないだろう。
 でも、それで良いんだ。僕の想いは、彼だけが知っていれば良い。

「――もう、僕には居場所がない。彼が死んでしまったから、中に籠もることも出来やしない。この世は絶望だ、絶望的に絶望的で絶望的だ。だから早く、早く僕を殺してよ。早く、彼の傍に逝かせてよ。ずっと一緒って、約束したんだから」

 僕がそう呟いたきり、裁判場は再び静寂に包まれた。誰も何も喋らない。
 これじゃあまるで、御葬式だね。

「――え、ええっと――もう良いかな? 投票始めちゃって良いのかな?」

 モノクマが態とらしく狼狽してみせて、静寂を切り裂くように声を上げた。誰も待ったを掛けない。それを肯定と受け取ったモノクマは、投票を開始した。
 そして――。

「――はいはぁい! 大正解! 今回の黒は、超高校級の幸運、狛枝凪斗君でしたぁっ! いやあ、今回の事件は強敵でしたねえ。うぷぷ」

 あっさりと、投票は終わった。
 皆無言で、僕を見詰めている。特に日向君は、僕へ何か言いたそうにしていた。
 多分、僕と彼の関係――正確に言うなら「奪われた記憶」について聞きたいんじゃないかな?
 思い出したことを匂わせる発言しちゃったし。


 でも、教えてあげない。教えてやるものか。
 精々足掻けば良いんだ、僕の大嫌いな「絶望」共よ。

「――うぷぷ。超高校級の幸運、狛枝凪斗君の為に、スペシャルなお仕置きを御用意しましたぁっ!」

 モノクマが、裁きの鉄槌を下した。
 嗚呼、左右田君――今、会いに行くね。
 僕は彼に会える希望を胸に、自らの足でお仕置き部屋へ歩いていった。

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