料理に大切なものとは

 バレンタインデーから約一ヶ月。三日後にホワイトデーという時、彼等は僕に頼み込んできた。


 ――ホワイトデー用の菓子を作ってくれ、と。


 そんなのお安い御用さと、いつもなら引き受けてしまうのだけど――それじゃあ何だか面白くないよねと思い、提案したのである。
 僕が作り方を教えるから、皆で作ってみようよ――と。
 料理は味も大切だけれど、やっぱり一番大切なのは愛情だ。真心を込めながら自分自身で作らなければ、その愛は料理に宿らない。
 義理チョコの返しだからとか、そんなことは関係ない。喩え義理でも、ちゃんと愛は込められているのだから、此方も応えるべきなのだ。
 それに――ほら。ホワイトデーは、バレンタインで貰った分の三倍をお返しするって言うしね。
 愛も同じさ。貰った愛の三倍分を返さなきゃね!




――――




 という訳で、僕こと花村輝々は皆――狛枝君、九頭龍君、弐大君、田中君、左右田君。あと、十神君の姿をした詐欺師君――渾名が豚足なので以後、豚足君と表記する――を厨房へ連れて来て、早速菓子作りをしている訳なのだが。

「ふははっ! 漆黒の闇より生まれし混沌の甘き誘惑よ。俺様の行使する業火に焼かれ、醜く溶けるが良い!」

 田中君がチョコレートの塊を鍋にぶち込み、焜炉の火力を最大にして溶かそうとしていた。
 ちょっとおおおおおおおおっ、それあかんお約束やああああああああ!
 僕が慌てて止めようとした――その時。左右田君が素早く焜炉の火を消し、田中君の持っている鍋を取り上げた。

「馬鹿か、お前。んなことしたらチョコが焦げるだろ」
「なっ――何、だと?」
「チョコは刻んで、湯煎で溶かすもんだっつうの。ほら、やり直し」
「ぐぬぬ」

 意外や意外、左右田君はちゃんと知識があるらしい。てきぱきと準備をし、田中君が変なことをしないように誘導してくれている。
 あれなら心配なさそうだな――そう思った僕は、他の皆を見やる。
 弐大君が小麦粉に何か入れようとしてた。

「えっと、弐大君? それは何かな?」
「無っ、何かじゃと? がはは! これはプロテインじゃあ!」

 蛋白質は大事じゃからのう――と言って、弐大は豪快に笑ってみせた。
 いや、いやいやいや。蛋白質は大事だけど、菓子には要らないよね? 要らないよ!

「ちょっと待ちんしゃい! そげなもん入れたらいかんざき!」
「お、応? 花村、お前さんは何処の生まれなんじゃ」
「そ――そんなことはどうでも良いじゃないか! それよりもう、プロテイン入れちゃ駄目だからね!」
「お、応っ」

 僕がきつめに言うと、弐大君は不思議そうに首を傾げながらプロテインを片付けた。
 やれやれ、油断も隙もないよ。料理にあんなの入れたら、味や見た目が台無しになっちゃうよ。

「――花村、材料混ぜたぞ」

 ボウルを持った九頭龍君が、僕のところへやってきた。ボウルの中を見てみると、良い感じに捏ねられた生地が其処に在った。

「うん、良いね。ラップをして、暫く冷蔵庫で寝かせようか」
「おう、判った」

 そう言って九頭龍君は冷蔵庫へ向かう。うんうん、これなら美味しい花林糖が出来るだろうな――って、えっ?
 九頭龍君が、冷蔵庫に向かって歌を歌っていた。

「ち、ちょっと――九頭龍君? 何をしてるのかな?」
「あん? 見りゃあ判るだろ、生地を寝かせてんだよ。寝かせるっつったら、子守唄だろうが」

 そういう意味じゃないんですけど。

「あ、あのね。生地を寝かせるって云うのは――」
「――花村君っ」

 僕が九頭龍君の勘違いを正そうとした瞬間、狛枝君が割って入ってきた。何事かと思って狛枝君を見ると――。
 狛枝君が白濁色の液体塗れになっていた。

「――ありがとうございます!」
「えっ? 何でお礼を? いや、そんなことよりもごめんね。生クリームを混ぜようとしたら泡立て器が爆発して、生クリームが全部僕に掛かっちゃったんだよ」
「ありがとうございます!」
「な、何で感謝されてるのかな――愚かで役立たずな僕には理解出来ないよ」

 狛枝君は困惑しているが、そんなこと僕には関係なかった。美青年が白濁色の液体塗れなんて――御褒美じゃないですか!
 男体盛りは狛枝君が良いかも――などと考えていると、後ろからもぐもぐという音が聞こえた。何だと思って振り返ってみると――。
 豚神君が調理用のチョコレートを食べていた。
 ちょっ、おまっ。

「駄目だよ豚神君っ! それは調理用のなんだよ!」
「す、すまない。つい腹が減って」

 ついで食べてしまったにしては、食べた量があまりにも多過ぎるのだけども。チョコレートが半分以上なくなってますけど。

「豚神君、これじゃあ予定していた量を作れないよ」
「す、すまん」
「あはっ、大丈夫だよ。僕が買いに行ってくるから。生クリームも足りなくなっちゃったし、行ってくるね」

 そう言って狛枝君が、白濁色の液体塗れのまま厨房を出て行った。
 何故だろう。彼はもう、此処に戻って来れない気がする。

「――と、兎に角。狛枝君が買いに行ってくれたし、残ってる材料で出来るだけやっちゃおうか」
「ああ、次はもう食べないようにしよう」

 豚神君はそう言って、チョコレートを溶かす作業をし始めた。心配だけど、彼ばかり見ていられない。九頭龍君とか弐大君とか――田中君は左右田君に任せるとして――まだ危険人物が居るのだから。
 僕が頑張らなきゃ、本当にやばいよ。

「――は、花村ぁっ」

 気合いを入れて自分を奮い立たせていると、両手を後ろに隠しながら、困ったように眉を顰めた左右田が、躊躇いがちに僕へ話し掛けてきた。
 一体何だろうか、田中君が何かまた遣らかしたのだろうか。

「どうしたんだい? 何か遭ったの?」
「いやあ、その――」

 気拙そうに苦笑いを浮かべ、左右田君が両手を僕の前に差し出す。その手には、真っ黒な光沢を放つミニカーが乗っていた。

「――うん? ミニカーじゃないか。どうしたの? 拾ったの?」
「いや、造った」

 ――はい?

「えっ、いつ?」
「今」

 今って――今は料理中だよね?

「何で料理中に造ったの! 暇だったの? メカニックの血が騒いじゃったの?」
「いや、料理中だから造ったんだよ」

 ――はい? 料理中だから造った?
 僕は左右田君からミニカーを受け取り、それをよく観察してみた。金属のように堅く、金属のように滑らかな肌触りだ。
 だけど、チョコレートの甘い香りがする。これってまさか――。

「チョコレート?」
「おう」

 どうしてこうなった。

「えっ、これ堅いよ? 素手で持っても溶けないよ? フライパンで叩くとかんかんって金属音がするよ?」
「チョコレート溶かして、形を作ってたら――いつの間にかそうなってたんだよ」

 いつの間にかでなるようなものじゃないでしょ。

「左右田君って、錬金術師か何かなの?」
「違えよ、メカニックだ」

 お前のようなメカニックが居るか。

「もう鋼の錬金術師でも超高校級のメカニックでも良いから、ちゃんと食べられるものを――」
「花村よ、俺様が魔力を込めて生成した贄が完成したぞ!」

 僕の言葉を遮って、嬉々としながら田中君がボウルを持って近寄ってくる。途端に、凄まじい異臭が僕の鼻を突き刺した。

「くっ、臭い! ちょっと田中君っ、何を持ってるの!」
「何を、だと? 先程左右田が俺様に融解の技を伝授した、漆黒の闇より生まれし混沌の甘き誘惑ではないか。見たら判るだろう」

 そう言って田中が中身を見せてくる。ごぽりごぽりと泡を吹き上げ、得体の知れない物体が混ざり合う、吐き気を催す臭気を放つそれは――どう見ても、チョコレート以外の何かだった。

「あとはこれを凍結させ、魔力を凝縮するだけなのだが――花村よ、味見をしてくれ」
「ちょっ、嫌だよ! 明らかに毒物的な何かでしょこれ!」
「な、なっ――毒物だと? 確かに俺様には毒の血が流れているが、食べ物には――移さないよう――結界張って――作った、もん」

 田中の口調が段々弱くなっていき、最後辺りは涙声になってキャラが崩壊していた。
 可愛いけど、毒物は食べたくない。

「ざ、残念だけど、それはもう駄目だと――」
「戴きます」

 えっ――と思った時には、左右田君がボウルに指を突っ込み、それを口に銜えていた。
 えっ。

「ちょっ、左右田君! 何してんの、死んじゃうよ!」
「――いや、大丈夫。案外大丈夫」

 顔面蒼白ですけども貴方。

「そ、左右田よ。大丈夫か? ま、不味かったのか?」
「いや、大丈夫。大丈夫だ。でもそれは、俺以外が食べると死ぬ呪いが掛かってるから、固めたら俺にくれ。良いよな?」
「あ――ああ! それなら仕方ないな、有り難く受け取るが良いぞ!」

 ふはははは――と上機嫌で高笑いをしながら、田中はボウルを持って戻っていった。多分固めるつもりなのだろう。
 左右田君を見る。相変わらずの顔面蒼白で、今にも倒れてしまいそうだった。

「だ、大丈夫?」
「大丈夫。俺は友情の為なら、我が身を犠牲に出来る人間だから」

 犠牲にしたら駄目だと思うよ左右田君。それは友情とは違う気がするよ。
 左右田君は、チョコレート作り直してくるわ――と僕に告げて、ふらふらとした足取りで田中君の後を追った。いつか左右田君、田中君の所為で死ぬんじゃないだろうか。

「――ぬわああああああああっ!」

 左右田君の未来を憂いていると、突然弐大君の雄叫びが厨房に響き渡った。どうしたんだと思って音源の方を見ると――弐大君が腹を抑えて蹲っていた。

「く、糞じゃああああああああっ!」

 言うや否や、弐大君は全力疾走で厨房を飛び出していった。確実にトイレだろう。しかもあの様子だと、一時間は出て来ない。人手がまた足りなくなった。
 材料は足りなくなるし、人手は足りなくなるし――ああっ、もうやだ。
 僕が絶望一歩手前に陥っていると、九頭龍君がぽんっと僕の肩を叩いた。何だろうと思って彼を見ると――。

「――すまねえ、俺もトイレ」

 牛乳なんて飲むんじゃ無かった――と唸りながら、彼は蹌踉として厨房を出て行った。
 うん、もう駄目だわ。僕は全てを諦めた。




――――




 全員を厨房から追い出した僕は買い物へ行き、頼まれていた菓子を全身全霊を込めて作り、皆に渡した。
 僕は学んだ。愛を込めることも大事だけど、先ず一番大切なのは――食べられるかどうかだと。
 そして材料と、ちゃんとした人手の確保だと。
 嗚呼、シェフはいつでも孤独だなあ――と感慨に耽り、僕は厨房の後片付けをし始めた。




 狛枝君は買い物の途中で自転車に激突されたらしく、病院送りになって戻って来なかった。

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