「ちょ、よせ! そんなもん、近付けんなって!」

 日向創は南国の島での修学旅行が始まってからずっと、個性豊かな同級生達に贈り物をし、好感度を上げて希望の欠片を集めてきた。
 その過程の中で、誰が何を好きか、または嫌いかを知った。
 超高校級のメカニック、左右田和一が――エプロンドレスが大嫌いなことも。

「なあ、何でそんなにこれが嫌いなんだ?」

 日向は疑問に思っていた。何故この級友は、此処まで過剰に嫌がるのかを。
 他の級友達の中にも、エプロンドレスに良い顔をしない者も居ることは居る。しかし――此処まで嫌がり、完全なる拒絶を示すのは此奴、左右田和一だけなのである。
 それが日向にとって、とても興味深い疑問であった。故に、日向は左右田に問うた。何故これが嫌いなのかと。
 しかし、返ってきた答えは――。

「よく判んねえけど、兎に角嫌なんだよ!」

 ――確たる理由もない、漠然とした嫌悪のみであった。




――――




 遡ること数年。
 日向達が、修学旅行という名の更生プログラムにぶち込まれ、学園生活の記憶を失う前の――希望ヶ峰学園での話である。


 予備学科である日向創を除いた――超高校級の彼等が二年生になった頃の、十月下旬であった。
 希望ヶ峰学園という特殊な学校にも、学園祭なるものが存在する。青田買いがてらに、各国からお偉方が遊びにやってきたりする――そんな、超高校級な学園祭が。
 一般人も学園祭に招かれてはいるのだが、無差別に大量に来られて問題が発生しても困るので、各地域で抽選会が行われ、当たった人間だけが「超高校級の学園祭」を目の当たりにする権利を得られるのだ。
 勿論、超高校級達の家族は無条件で学園祭に行くことが許されている。


 そんな希望に満ちた、未来ある超高校級達の学園祭を間近にして――とある男は絶望を抱えていた。
 そう、その男の名は――左右田和一である。
 彼は超高校級のメカニックとして学園に入学し、才能をより一層磨き上げる為、日々勉学に勤しみ、真面目に誠実に機械と向き合ってきた――筋金入りのメカニックだ。
 鋭い目付きに鋭利な歯。爬虫類のような長い舌を己の唇に這わせて――とまあ、親でも平気で殺しそうな悪人面をしているが、彼は至ってまともな青年である。
 そして――ピンクの髪とカラーコンタクト、蛍光色の黄色いつなぎ服という派手な出で立ちの割には、小心者なのだ。
 何故、彼の外見と中身に隔たりがあるのかは――今は置いておこう。重要なのは、何故彼が絶望を抱えているかである。
 原因は至極明快、十一月初旬に行われる学園祭だ。
 彼は性根が真面目であるが故に、己の得意分野である機械を弄くり回し、様々な作品を早い内から造り上げた。
 最早後は学園祭を待つのみで、お偉方に見て貰い、自分の夢であるロケット制作への道を一歩前進――と、考えていたのだが。
 彼は真面目に、早く遣り過ぎた。


 ――左右田君、暇なら僕の料理店を手伝って欲しいな。ホールスタッフとしてね。左右田君じゃなきゃ駄目なんだ、お願いっ!


 級友である花村輝々に、このような頼み事をされてしまったのだ。
 確かに左右田は暇だった。
 早く製作してしまったが故に、学園祭が近付くにつれて慌て出す級友達と反比例し、慌てず騒がす時が来るのを待っていた。
 制作した機械も、自分が傍に居なくても問題ない代物で、学園祭が始まったらさっさと自室に籠もり、造りかけのエンジンを弄くり回そう――そう思っていたくらい暇になってしまっていたのだ。
 そんな暇人確定の性根は真面目な左右田が、級友である花村の頼みを断る筈がなかった。
 そう、断れる筈がなかったのだ。


 左右田は思う。嵌められたと。
 そんな彼の腕の中には、それはそれは可愛らしい、高級感漂う生地で作られたと思われる――エプロンドレスという名の白黒な絶望が存在した。
 嵌められた――と、左右田は再び思う。
 衣装はまだ用意出来てないから、学園祭が始まるぎりぎりになっちゃうかも――と、花村は言っていた。左右田はそれに対して何も言わず、ただ頷きを返しただけであった。
 左右田は思う。あの時、断れば良かったと。
 今からでも断れないかと思いはするも、学園祭が始まるのはもう三日後だ。今更、やっぱり無理――なんて言ってしまえば、花村は人手不足に嘆き、料理店を上手く回せなくなるかも知れない。
 花村が近年稀に見るとんでもない変態男であっても、左右田にとっては大事な級友である。
 喩えこのような仕打ちを受けても、そう簡単に級友を見捨てる程、この悪人面な男は顔に似合わず薄情ではないのだ。
 寧ろ情が深く、人が良いために、昔酷い目に遭ったのだが――それはまた今度語ろう。
 ――兎に角。そのような訳で彼は、着たくない衣装を着なければならない絶望を抱え、来るべき日――学園祭を憂う三日間が約束されてしまったのである。
 左右田は思う。学園祭、潰れないかなあと。


 しかし、現実は非情である。
 学園祭は刻一刻と距離を詰め、宛ら処刑台に自ら赴かされている死刑囚にでもなったかのような――そんな絶望と恐怖を、左右田の精神に植え付けていた。
 そして――時は来た。
 いや、来てしまった。
 学園祭、当日。
 左右田の目の前には、それはそれは嬉しそうな花村が居る。そして左右田は――渡されたエプロンドレスを、律儀に真面目に着ていた。
 おまけに花村の手によって、いつもの鶏冠のような髪型は下ろされ、フリルのあしらわれた髪留めを付けられている。黒のサイハイソックスとワンストラップシューズを履かされ、しかも花村から頼まれたという、超高校級のギャルとやらが化粧を施すという徹底ぶり。
 あまりにも花村が本気過ぎて、左右田は文句を言うべきか賞賛すべきか判らず、されるがままになってしまっていたのだ。
 左右田は、傍に置かれた姿見へ視線を向ける。其処にはエプロンドレスを着た、やや目付きの悪い――悪人面から少し怖い顔に格下げした――女子が立っていた。
 それが自分であると認識するのに、頭の回転が早い筈の左右田の脳は、約三十秒を必要とした。
 そして、認識した瞬間――彼は泣きたくなった。
 何故自分が、こんな目に遭わなければならないのかと。
 男として生まれてきた筈なのに、何故女の格好をしなければならないのかと。
 それでもいつものように泣き出さなかったのは、彼の理性が緩い涙腺を無理矢理抑え込んだからである。化粧が落ちては拙いと、やけに冷静で強靱な理性が働いたのだ。

「左右田君、超可愛いよ! やっぱり僕が見込んだだけのことはあるっ!」

 そんな左右田の葛藤を露知らず、花村は鼻息を荒げて褒め称える。
 しかし男である左右田にとって、その賞賛は侮蔑以外の何物でもなく――彼は胸中で泣いた。
 涙腺の弱い彼が涙を堪えたことは、賞賛するべき点であろう。悲しいことに、誰もそのことに気付いてあげれられないのだが。

「んふふふっ、態々この日の為に黒髪に戻してくれるなんて――左右田君って判ってるね! やっぱり白黒で統一すべきだもん」

 花村は左右田の心意気に感激しているが、左右田の思惑は花村のそれと全く違う。
 ただ単に、普段と違う髪色にすれば――級友に出会しても、ばれにくいと思ったからである。
 なので今の彼はピンクのカラーコンタクトではなく、黒縁眼鏡を掛けている。ばれないようにという、徹底的な変装振りである。

「――は、花村。もう良いから、何をすれば良いかだけ教えてくれ」

 これ以上、余計なことを言われたら泣きそうだから――という言葉だけ飲み込んで、左右田は覚悟を決めた。
 此処までやってしまって――やられてしまって、今更逃げるなんてことは出来ない。
 級友の為、学園祭の為、そして――己の自尊心の為にも、こんなことで逃げ出す臆病のままではいけないのだ。
 逃げては駄目だ。逃げては、駄目だ。
 そう自分に言い聞かせながら、左右田は花村に――普段なら絶対にしないであろう、穏やかな作り笑いをしてみせた。




――――




 学園祭が始まった。
 超高校級達の開催する、学園祭が。
 左右田は思う。
 何故、超高校級のメカニックである俺が、こんな格好で給仕をしているのだろうかと。
 花村の頼みを聞いてしまったからだよ――という絶望的な事実から目を背け、彼は思う。
 何故、人は生きているのかと。
 現実逃避も甚だしい、無意味で無駄な疑問である。
 しかしそんな現実逃避をしながらも、しっかり給仕を行い、作り笑いを浮かべている彼は――もしかしたら、給仕係の才能も持ち合わせているのかも知れない。

「左右田さん、大丈夫ですか?」

 ふと、同じ給仕係の男子が話し掛けてきた。予備学科の彼もまた、花村の犠牲者である。
 左右田と同じようにエプロンドレスを身に纏い、給仕係としての役割を全うしているのだ。

「ああ、大丈夫です」

 左右田は端的にそう答え、にっこりと微笑んだ。
 作り笑いが板に付いてきてしまっているところを見ると、彼はもう悟りの境地に辿り着こうとしているのかも知れない。

「そ、そうですか――あっ、何かあったら言ってくださいね! 重い料理とかは、僕が運びますから!」

 予備学科の彼は顔を赤らめ、左右田に対してそう言った。
 左右田は思った。何故彼は、そのようなことを言うのだろうかと。
 腕をゆったりと覆う長袖と、膝下まであるスカートとサイハイソックスの所為で判り難いかも知れないが――左右田は、一般的な男子の体躯よりも立派なものを持っている。
 小学校の頃から、遠方の山に不法投棄されている電化製品を家まで持って帰り、中学生の頃からはバイクを担ぎ上げて持って帰り、様々な機械を弄くりに弄くり回し、相対的に鍛え上げられた彼の身体には――見た目は一般的男子よりもやや細いが――ぎっしりと筋肉が詰まっている。
 所謂、私脱いだら凄いんです型の人間なのだ。


 それに比べて予備学科の彼は――こんなことを言うのもあれだが、お世辞にも筋骨隆々とは言い難い。寧ろ貧弱とも言える、残念な身体をしている。
 細身な左右田よりも細いのだから、左右田より貧弱なのは明らかだろう。
 そんな彼が――何故自分よりも力がある男に、力仕事を自分に任せるよう言ったのか。それが左右田には判らなかった。
 だが、その理由はすぐに判ることとなる。

「――左右田さんは女の子なんですから、呼び込みとかだけで良いですよ!」

 予備学科の彼が媚びたような笑顔を左右田に向け、そう言ったからだ。
 左右田は衝撃を受けた。まさか自分が――女の子扱いされてしまうなどとは、微塵も思っていなかったからである。
 確かに、予備学科の彼と左右田は面識がない。左右田が超高校級のメカニックということは、花村を通して知ることが出来ても、性別まで判るかは別問題だったのだ。
 現にこうして女と間違われているのだから、きっと彼は超高校級のメカニックが男であるとは知らなかったのだ。
 親しい級友である花村からも名字で呼ばれているので、下の名前すらも彼は知らないのだろう。知っていたとしたら、性別を間違う筈がない。
 和一なんて男らしい名前の女など、居る筈がないのだから。


 にしても――と、左右田は思う。何故彼は、声で男だと判らないのかと。
 一般的男子よりはやや高めの声ではあるが、明らかに男のそれである。
 ばれないようにと、少し高めにして小さい声で喋ってはいるが――何となく判るだろうに。
 貧弱な上に鈍感とは、この男も哀れだな――と思い、左右田は情けを掛けてしまった。
 そう、掛けてしまったのだ。

「――ありがとうございます。じゃあ、頑張って呼び込みしてきますね」

 莞爾として左右田は彼にそう言い、男であることを告げず――否定をせずに――呼び込みへ行ってしまったのだ。
 此処で否定なり何なりして、呼び込みなどに行かなければ――と、後に左右田は絶望することになる。

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