下
「はらはらどっきんどっきんしましたわ! さあ、どんどん参りましょう! 次の王様は誰ですか?」
ソニアが興奮覚め遣らぬ様子で割り箸を纏め、それを皆が一斉に掴み取る。次の王様は――。
「――ふはははっ! 我が世の春が来たぁっ!」
田中か。色んな意味で嫌な予感しかしない。
というか、エプロンドレスで決めポーズされても困る。ソニアが腹を押さえてぷるぷる震えてるし。
「ふっ、制圧せし氷の覇王が命ずる。悪魔の数字を持ちし哀れな仔羊よ、幸運の数字を授かりし羊飼いの膝に頭を垂れ、悠久の安らぎに身を委ねるが良い!」
ごめん、特異点だけど何言ってんのか判らない。
「7番が6番に膝枕か。誰だよ7と6」
左右田お前、いつの間に翻訳機能搭載したの。特異点になったの?
「あのぉっ、私が7番ですぅっ」
「うげぇっ、ゲロブタが7番? 最悪なんだけど」
罪木が7番で、西園寺が6番か。ということは――。
「ちょっとクソビッチ、温和しくしてなさいよね!」
「はっ、はぃぃいっ! ちゃんと枕になりますぅっ!」
まあ、こうなるわな。罪木、可哀想に。
「ふんっ、動いたらただじゃ――柔らかっ! えっ、気持ち良いっ! ゲロブタの癖に何この寝心地、最高なんですけど!」
横になって罪木の太腿に頭を乗せた西園寺が、褒めているのか貶しているのか判らない言葉を罪木に浴びせた。
罪木が照れ笑いを浮かべているので、多分褒め言葉なんだろう。多分。
「ふっ、仔羊と羊飼いの微笑ましき戯れよ。さて、哀れな罪人達よ――審判の時だ」
田中は仰々しい物言いで割り箸を纏め、それを皆が一斉に掴み取る。次の王様は――。
「あっ」
俺だった。
「あはっ、日向君が王様だね。素晴らしいよ! どんな絶望的命令をされるのかな。その先の希望が楽しみで仕方ないよ!」
狛枝この野郎、変なプレッシャー掛けんな。
けど――参ったな、何も考えてないぞ。遣り尽くした感があるし、ううん――。
「――じゃあ、3番と6番。何か秘密を暴露してくれ」
しんと、空気が静まり返った。
あれ、俺なんかやばいこと言ったか?
「ま、まじかよ。秘密の暴露とか鬼畜過ぎるぜ」
「悪魔の所業だな」
「絶望的過ぎて希望が見えないよ」
「あんた、結構えぐいんだね」
「ふぇぇっ、日向さん怖いですぅっ」
「日向おにぃってば鬼畜だね!」
「ううん、これは困っちまいましたね」
何で俺、総攻撃受けてんの。秘密の暴露って、そんなにあれなのか?
何? 此奴等どんな闇を抱えてるの? やだ怖い。此奴等が怖い。
「――き、鬼畜な命令ではありますが、王様の命令は絶対です! 3番と6番の方は素直に白状なさるが良いです!」
ソニア。俺、そんなに鬼畜な命令したかなあ。泣きそうなんだけど。泣いて良いかなあ。
俺が半分泣きそうになっていると――狛枝と左右田が怖ず怖ずと手を挙げた。
「あはは、絶望的だね」
「ああ、まじかよ」
そんな嫌そうにしなくても良いじゃないか。ちょっとした秘密の暴露だろうに。
「ううん、じゃあ僕からいこうかな。良いかな左右田君」
「どうぞどうぞ」
「じゃあ言うね。実は僕――童貞なんだ」
おい。
「何だよその暴露! そんな情報要らないぞ!」
「酷いよ日向君、僕が決死の覚悟で暴露したのに!」
何が決死の覚悟だこの野郎。
「そんなこと言ったら、左右田だって田中だって――あと俺だって童貞だぞ! なあ、左右田! 田中!」
「ふ、ふっ。俺様はそのような行為に興味がないだけだ、別に――童貞とか――その――気にしてなど――いないし」
ごめん田中、気にしてたんだな。
――って、あれ? 左右田がいやに静かだ。
左右田を見る。気拙そうに頬を掻き、苦笑いを浮かべている。
えっ?
えっ? 左右田?
「えっと、良い機会だから暴露しちまうけど――俺、童貞じゃないんだわ」
えっ?
えっ?
ええええええええ。
「――う、嘘だ! 童貞モブ野郎っ、見栄張ってんじゃねえよ! さっき狛枝にキスされた時、初めてって言ってたじゃん!」
「いや、キスは初めてだったんだよ」
「はあぁっ? 意味判んない! キスより先に童貞卒業って、一体どんなシチュエーションなのよ!」
西園寺がヒートアップしていく中、左右田は困ったように笑って――とんでもないことをぶっちゃけた。
「いやあ――昔、逆レイプされちまったんだわ」
しんと、空気が静かになった。西園寺は先程の熱気が嘘だったかのように、凍り付いて固まっている。
「――そ、左右田。それ、まじか? 嘘、だろ?」
「嘘なら、良かったのにな」
そう呟く左右田は、何処か遠いところを見詰めていて――うん、ごめん。変な命令してごめん。俺が悪かった。鬼畜野郎で良いよもう。
「――き、気を取り直して次にいきましょう!」
ソニアが狼狽した様子で割り箸を纏め、それを皆がぎこちなく掴み取る。次の王様は――。
「私か」
さっきの左右田の暴露が効いたのか、かなりダメージを食らった様子の西園寺が呟いた。
今更かも知れないけど、この王様ゲーム――精神的ダメージでか過ぎないか?
さっきからダメージ食らってばかりなんだけど。
「じゃあ――」
ちらりと、西園寺が左右田を見た。
「左右田おにぃ、私の椅子になって」
ちょっ。
「西園寺、王様ゲームって名指しは――」
「うっさい童貞アンテナ一本電波不良!」
ぐはぁっ、精神的ダメージが! もう止めて、ライフが0になる!
「王様の命令は絶対なの! 良いよね左右田おにぃっ」
「あ? ああ――別に良いけどよ」
「じゃあ決まりね!」
そう言うや否や、西園寺は左右田の太腿に座り込んだ。こうして見ると、兄妹みたいだな。似てはいないけど。
「――左右田おにぃ」
「あ?」
「よ、余計なこと聞いてごめん」
「んだよ、気にすんなって。人生何があるか判んねえんだし、あれもまた必要な経験だったんだよ。多分」
ごにょごにょと、西園寺と左右田が内緒話をし始めた。
近くに居る俺には丸聞こえな訳だが――左右田、達観してるなあ。何だか遠い人になっちゃったよ。
「じゃあ――次ね」
西園寺は左右田に座ったまま割り箸を纏め、それを皆が一本ずつ掴み取る。次の王様は――。
「あら、私ですわ!」
ソニアか。また変な命令するんじゃないだろうなあ。
というか――もうこんな時間か。何だかんだでもうそろそろ夕食の時間だ。
花村が帰ってきたら、拙いよな。主にセクハラ的な意味で。
花村が加わったら、今以上の精神的ダメージを食らう羽目になる。それは何としても避けたい。
「ソニア」
「はい? どうしましたか日向さん」
「そろそろ良い時間だし――これを最後の命令にしないか?」
俺が提案すると、ソニアは時計をちらりと見て、そうですね――と言った。
「では、私が砦を務めさせて頂きますね!」
「砦じゃなくて取ですソニアさん!」
ナイス突っ込み非童貞。
「ではですね――皆さん、好きな方の名前を発表してください!」
刹那、ソニア以外の全員が悲鳴を上げた。田中って、にゃあああって叫ぶんだな。
「ほ、本気なのソニアさん? 僕なんかが言うのも失礼だろうけど、鬼畜だよ!」
「勿の論ですよ狛枝さん! 須く発表してください! 嘘は駄目ですからねっ」
まじかよ。
皆を見る。左右田以外は頭を抱えて唸っていた。
そりゃあそうだよなあ。左右田はソニア一筋って言ってるし、ダメージないよなあ。
「ふむふむ、皆さん恥ずかしがり屋さんですね! では――皆で一斉に言いましょう! 私も言いますので、覚悟してください!」
王様も言っちゃうのか。
「では、いきますよ――」
えっ、えっ? 有無を言わさず?
ちょっと待って――。
「破壊神暗黒四天王さん!」
「七海ぃっ!」
「ソニアさん!」
「雑種」
「左右田君」
「左右田おにぃっ!」
「ひ、日向っ!」
「日向さぁんっ!」
――ちょっと待て。
ええっと、破壊神暗黒四天王――はソニアだな。
七海って言ったのは俺で、ソニアさんと言ったのは左右田だ。
で、後はなんだ。
雑種と言ったのは田中だが――田中が示す雑種って、左右田しか居ないんですけど? お前、そんな素振りなかったじゃん。どうしたの。
あと狛枝、左右田君って。まじか? だからディープキスの時「幸運」だとか「ついてる」とか言ってたのか?
左右田おにぃと言った西園寺は、さっきの様子で納得なんだけど――小泉と罪木、俺狙いってまじですか。俺、七海狙いなんですけど。まじですか。
皆を見る。
ストールで顔を隠してぷるぷるしながら、左右田の服の袖を握っている田中。
左右田に寄り掛かって、にこにこしている狛枝。
狛枝を睨み付けながら、左右田に抱き付いている西園寺。
何が何だか判らないといった様子で、傍に居る三人を見回しておろおろしている左右田。
ぷるぷるしている田中の隣で、破壊神暗黒四天王と戯れ始めたソニア。
そして――俺を間に挟んで小泉、罪木が俺に寄り掛かっている。
何だこれは。
「日向、私――あんたのことが好きなんだ」
まじですか。
「日向さん、私を初めて許してくれた人――大好きです」
まじですか。
えっ、まじですか?
どうしたら良いの、この状況。
ハーレム? ハーレム築けってことか?
それなら七海も加えてだな――。
「――日向君」
背後から、七海の声がした。
ゆっくりと、振り返る。其処には――笑顔の仮面を貼り付け、殺意の波動を身に纏った七海が立っていた。
「日向君。浮気もハーレムも、良くない――よ」
あっ、死んだわ。
――――
あれから俺は、七海に避けられるようになった。その代わりに小泉と罪木が、よく構ってくれるようになった。
ソニアは相変わらず田中の破壊神暗黒四天王と戯れているが、田中は左右田と戯れるようになった。其処に狛枝と西園寺が加わり、微笑ましい五人組をよく見掛けるようになった。
何故だろう。
何故俺だけ、微妙に不幸なのだろうか。七海と仲良くしたかったのに、どうしてこうなった。
ハーレムとか考えてしまった罰?
それとも――ただ単に運がなかった?
俺は仲良し五人組と化したソニア、田中、左右田、狛枝、西園寺を眺めながら――小泉と罪木に挟まれて、七海と仲直り出来る日は遠いなあと、他人事のように考えて現実逃避するしかなかった。
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