上
――王様ゲームとやらをしてみたいです。
昼下がりのレストラン。昼食も取り終わり、疎らに残っていたメンバー達にそう言ったのは――ソニア・ネヴァーマインドだった。
昨日図書館にて娯楽系の雑誌を読んだらしく、早速実践してみたいそうだ。
別にすることもなく暇だった俺達――俺こと日向創、狛枝凪斗、田中眼蛇夢、左右田和一、小泉真昼、西園寺日寄子、罪木蜜柑――は、ソニアの提案に乗ることにしたのであった。
そう、乗ってしまったのだ。
このメンバーの――王様ゲームに。
――――
狛枝が用意した人数分の割り箸に、一本だけ色を付けた。それを取った者が王様になり、命令を下せるのだ。
王様は名指しではなく、番号を適当に言って命令を下す。
残りの割り箸には番号が書かれており、命令を下された番号の割り箸を持っている人間が、命令に従って実行する。
勿論、王様に何番が何々をしろというのも可能だ。
これが王様ゲーム。多人数で簡単に盛り上がれる、便利で恐ろしい遊びだ。
何が恐ろしいって? それは――。
「あはっ、僕みたいなゴミ屑が王様だなんて恐れ多いよ! という訳で――1番が5番に希望溢れる抱擁をしてね」
こんな命令をされるからだ。因みに俺は1番だ。5番は一体誰なんだ――。
「げっ、私5番だ」
小泉か! 良かった。西園寺だったらやばかった。何を言われるか判ったもんじゃないからな。
「すまん、俺1番」
「あっ、日向か。じゃあ――どうぞ」
そう言って少し照れながら受け入れ体勢になっている小泉可愛い――っと、危ない。これはゲームだ、落ち着け俺。
焦る心を鎮めながら、俺は小泉をぎゅっと抱き締めた。西園寺から向けられる殺気が痛い。
「あはっ、素晴らしいよ! 希望に満ち溢れているね!」
西園寺からの殺気は痛かったが、小泉を抱擁出来たのは貴重な経験だった。狛枝ありがとう。
「では、次に参りましょう! 王様誰ですか?」
ソニアが纏めた割り箸を、皆が一斉に掴み取る。次の王様は――。
「くすくすっ、私が王様だよ」
うわあ、終わった。
西園寺は皆を品定めするように見渡し、にやりと笑った。
「えっとねえ――2番と6番がディープキスね!」
お前――悪魔か。
左右田が顔面蒼白になりながら震えている。ああ、お前か。ご愁傷様に。で、もう一人は――。
「あはっ! まさか僕が2番だなんて――何て幸運なんだろう!」
この状況を幸運だなんて思える狛枝って、結構前向きな思考の持ち主だったんだな。
「ごめんね、左右田君。僕のような生ゴミ以下の汚物なんかとディープキスしたくないだろうけど――命令だから仕方ないよね! ねっ! 絶望の向こうには希望があるから! ねっ!」
「か――勘弁してください助けてください止めてください嫌です怖いです悍ましいです初めてが狛枝なんて嫌――んぐっ」
人格崩壊を起こしてお前誰状態になった左右田が、息を荒げて迫る狛枝を必死に押し留めるも――希望狂いには勝てなかったよ。
狛枝に抱き竦められて熱いディープキスを喰らわされている左右田は、この世の終わりを垣間見たかのような絶望に満ちていた。
というか、聞こえてくる水音が生々しくて嫌だ。
「――っぷはぁっ、ご馳走様! 左右田君、さっきチョコレート食べた? 初めてのキスがチョコレート味だなんて――僕はなんてついているんだろう!」
お前も初めてだったのかよ。というかついてない、多分これ不運の延長線だよ狛枝さん。
左右田は左右田で無表情のまま、人工甘味料の味がする――と呟いて自分の唇を指で撫でている。
「あっ、ごめんね左右田君。僕さっき糖類ゼロのコーラを飲んだんだ」
「選りに選って糖類ゼロ――」
左右田は先程のディープキスよりも、糖類ゼロを口に含んでしまったことがショックだったようで、口元を押さえて吐きそうになっている。
そんなに嫌いか、糖類ゼロ。ああ、そういえば生徒手帳に嫌いって書いてあったっけ。
「――あははっ、じゃあ次にいこっか。王様は誰かな?」
左右田の背中を撫で擦りながら、狛枝が割り箸を纏めた。皆がそれを一斉に掴み取る。次の王様は――。
「ふ、ふゅぅぅっ! わっ、私が王様ですかぁぁっ?」
罪木か。これなら安心だな。罪木ならとんでもない命令はしてこない筈――。
「えへへっ、じゃあ3番と5番は恥ずかしいポーズをしてくださぁいっ」
してきやがったぞ此奴。というか恥ずかしいポーズって何だ、いつも罪木がやってるあれか。あれなのか!
皆を見渡す。田中が白目を剥いていて、西園寺が顔面蒼白になっていた。
ああ、お前等か。
「――ふ、ふはっ! この俺様に痴態を晒せとは、命知らずだな人の子よ!」
「ふざけんなよゲロブタァッ! 誰がそんなこと――」
「――王様の命令は絶対ですよぉ?」
喚く田中と西園寺の言葉を、罪木は容赦なく叩き斬った。ごっつええ顔で。
罪木、怖い。
「ふ、ふはっ。仕方あるまい、これも因果律の定めか」
「くっ――後で泣かしてやるっ」
「えへへっ、じゃあ二人共――仰向けで床に転がって大股開きしながら『ふええっ、転んじゃいましたぁっ』って言ってくださいねぇ」
罪木さああああああああん。
あの田中が無言で涙を流し、あの西園寺が白目を剥いてがたがた震えている。
罪木さああああああああん。
「ほら、早くしてくださいよぅ」
罪木の鬼畜な催促に、田中と西園寺は錆びた機械のような動きで床に寝転び、そして――大股開きしながら「ふええっ、転んじゃいましたぁっ」と自棄糞気味に叫んだ。
罪木は、それはそれは楽しそうにそれを見て微笑んでいた。
此奴、隠れ鬼畜だわ。
「ふゅぅぅっ、良いものが見れました。えへへっ、じゃあ――次にいきましょうか。王様は誰でしょう?」
罪木が纏めた割り箸を、皆が一斉に掴み取る。次の王様は――。
「――っ、俺か」
左右田か。何か未だに顔色悪いんだけど、大丈夫かこれ。そんなに糖類ゼロが駄目なのか。
にしても、左右田が王様か。碌でもないこと言ってくるんじゃ――。
「3番の奴、コーラ持ってきて。糖類ゼロでも糖質ゼロでもない、糖類入ったやつ」
まともだった。というか必死過ぎるだろ。何処まで糖類に拘ってんだよ。
「あら、私が3番ですわ」
そう言って割り箸を挙げたのはソニアだった。まさかのソニアがパシりである。
左右田のことだから、ソニアをパシりにはしないだろうなあ――と思ったのだが。
「では、ちゃっかり持ってきますね! ロケットパンチマーケットまでぶっ飛んできます!」
「いってらっしゃい」
普通に見送っちゃったよ。いってらっしゃいって。そんなにダメージ食らったのか、糖類ゼロで。
暫くすると、ソニアが全速力で戻ってきた。手には大量のコーラが提げられていた。よくそんなに持ってこれたな。
「はいっ、左右田さん! コーラですよっ、糖類ゼロでも糖質ゼロでもないコーラですよっ!」
「あ――ありがとうございますソニアさぁんっ! これで生き返ります!」
「さあ、存分に飲むが良いです!」
たかがコーラで大袈裟だろう――と突っ込みたかったが、ソニアも左右田も至極真面目に振る舞っているので突っ込めない。
お前等、ある意味良いコンビになれるよ。漫才的な意味で。
「――おっしゃあっ! まともなコーラでエンジン全開! さあ、次の王様は誰だ?」
左右田がコーラを呷りながら割り箸を纏め、それを皆が一斉に掴み取る。次の王様は――。
「あっ、また僕?」
狛枝かよ。さっきの不運分、また運を使ったのか?
「あははっ、ついてるなあ。じゃあね、1番と7番は――これを着て欲しいな」
そう言って狛枝が何処からともなく取り出したのは――二着のエプロンドレスだった。
おい。
皆を見渡す。田中が悟りを開いたような顔をしていて、小泉は頭を抱えてぷるぷる震えていた。
お前等か。ご愁傷様。特に田中。
「ははっ、じゃあ二人共――着替えて来てね」
容赦なく二人にエプロンドレスを押し付ける狛枝は、とてもとても楽しそうでした。まる。
二人は処刑台に上がる囚人の如き歩みで自分のコテージへ戻り――命令通り、エプロンドレスを着て戻ってきた。
小泉は良いけど、田中わいそう。悲惨すぎる。ソニアまで頬を膨らませて笑いを堪えているし。本当に可哀想。
「あはっ、二人も戻ってきたことだし――次の王様は誰かな?」
狛枝が意気揚々と割り箸を纏め、それを皆が一斉に掴み取る。次の王様は――。
「わ、私だ」
小泉きたああああああああ。まともな人間その2! 因みに1は俺だ。異論は認めない。
小泉ならきっと、可愛らしい命令をするに違いない――。
「4番と6番、アヘ顔ダブルピースして。写真撮るから」
小泉さああああああああん。
ちょっ、小泉さああああああああん。
「なっ、何でそんなものを撮るんだよ!」
「もう自棄よ、こんな格好させられて――恥の道連れにしてやる!」
うわあ、小泉さん怖い。というか4番って俺なんですけど。泣いて良いですか。
「えへへっ、6番は私ですぅっ」
何で嬉しそうなんだ罪木さん。
「こ、小泉さんに撮って貰えるなんて――えへへ、張り切ってアヘ顔ダブルピースしますね!」
張り切らんでええがな。
「ほら、日向。あんた4番でしょ? さっさとアヘ顔ダブルピースしなさいよ」
もう、好きにして――。
俺は罪木と並んでアヘ顔ダブルピースをし、それを小泉に撮られた。
死にたい。とても、死にたい。
「さあ、次いくわよ次!」
小泉が乱暴に割り箸を纏め、それを皆が一斉に掴み取る。次の王様は――。
「あら、私ですわ!」
ソニアか。ソニア、か。
うん、やばい予感しかしない。
「では命令を下します――2番と5番はポッキーゲームをしなさい!」
やっぱりな! やっぱりな!
で、誰が犠牲者だ? 俺じゃないことは確かだが――。
「お、俺か」
「げっ、左右田おにぃと私?」
まさかの男女。まさかの左右田と西園寺。
同性同士で悲惨なことになると思っていたのに。
「西園寺とかよ、まじやべえな」
「ふ、ふんっ! 言っとくけど、命令だから仕方なくなんだからね! きっ、キスとかしないでよね! この童貞モブ野郎!」
「う、うっせうっせ!」
おや? 西園寺の顔が真っ赤なのは――気のせいか?
まさかか。まさかそういうことなのか?
普段の罵倒は照れ隠しなのか?
やばい、何か見てるこっちがどきどきしてきた。
「さあ、先程コーラと一緒にポッキーを持ってきたので――どうぞもひもひするが良いです!」
そう言ってソニアは、ポッキーの菓子箱を二人に差し出した。左右田と西園寺はお互いを見合わせ――恐る恐るそれを受け取った。
「ぎりぎりちょっぴまで接近ですよ!」
「わ、判ってるわよ白豚!」
「ソニアさんを白豚扱いすんなっつうの!」
やいのやいのと騒ぎながら、西園寺はポッキーを――気を遣ったのか、チョコレートの付いていない方を――銜えて、左右田に向き直った。
「はっ、早くしなさいよ。へたれチキン」
「お、おう」
左右田は恐々と西園寺の銜えるポッキーを齧り、そのままゆっくりと、確実に西園寺の方へと進んでいく。
西園寺は顔を茹で蛸のようにして、ポッキーを銜えた状態で固まってしまっている。
おお――と、渦中の二人以外が息を飲んだ。
あと少し、あとちょっとで唇と唇が触れる――と思った瞬間、左右田と西園寺が同時に首を捻り、キスを回避しやがった。
回避、しやがった。つまらない。
「――っあ、危ねえとこだった」
「ばばばっ、馬鹿じゃないの! このロリコン変態野郎! さっさと折れってえの!」
そう叫ぶ西園寺が、何となく悔しそうなのは気のせいなのだろうか。
いやあ、ツンデレは大変ですなあ。
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