皆に事情を話した俺は、皆を引き連れて軍事施設へ行き――戦車内で一人芝居の真っ最中だった左右田を縛り上げ、レストランに引き摺ってきて、椅子に座らせて、全員で囲んで――現在に至る。

「お布団に巻いてからって言ったのに」

 縄でぐるぐる巻きにされた左右田は、目を潤ませて俺を睨んでいる。
 お布団がどうのと言っているので、今は左右田じゃない方の人格だろう。

「つうか日向、本当にこの左右田がお前を殺そうとしたのか?」

 九頭龍が俺と左右田を交互に見やり、訝しげに俺を見つめた。

「このびびりな小心者が、人を殺せるとは思えねえんだけど――」
「――ざけてんじゃねえぞ糞ちびがぁっ! てめえもばらばらに解体して山に埋めんぞ!」

 しんと、レストランが静まり返った。
 だがその静寂を破ったのは、元凶である筈の左右田だった。

「――っだあああっ! おまっ、九頭龍に何つうことを! 九頭龍は極道なんだぞっ!」
「――知ってますよ。知っているからこそですよ。さあ九頭龍冬彦、私を殺しなさい。極道と名乗るなら、そのくらい簡単でしょう? 武器なんて捨ててかかってきなさいな」
「――ぎにゃあああっ! 止めろ馬鹿っ! お前だけの身体じゃねえんだぞ! 九頭龍、殺るなよ、絶対殺るなよ!」
「――それは所謂『振り』というやつですね? ドリフのような」
「――ドリフって何だよ! あと振りじゃねえよ! ノリで死にたくねえよ!」

 ――何だこれは。
 多分、俺を含めた全員がそう思ったことだろう。
 罵声を浴びせられた九頭龍も、怒りを忘れて呆けている。

「あはっ。日向君の言う通り、左右田君は多重人格者だったんだね。あっ、疑っていた訳じゃなかったんだけどね――にしても、凄いね。希望に満ち溢れているよ!」

 狛枝はそう言うと左右田に近付き、左右田の顔を覗き込んだ。

「ねえ、もう一人の左右田君。君の名前は何て言うのかな? あっ、僕みたいな蛆虫以下のゴミ屑が尋ねるなんて、失礼にも程があるって理解しているんだけど――」
「その長い口上は止めなさい」

 ぴしゃりと、左右田が狛枝を切り捨てるように言い放った。

「――私に、名前なんてありませんよ」

 付ける気もありません――と、左右田は目を伏せて呟いた。

「そうなの? でも、何か渾名がないと呼び難いよね?」
「――何を考えている、狛枝凪斗」

 今まで聞いたこともなかった、左右田の低いどすの利いた声に驚き、俺の肩が少し跳ねた。
 狛枝は平然としていて、左右田ににこりと笑い掛けた。

「あはっ、何を考えているかって? そんなの決まってるじゃないか――」

 僕は希望のことしか考えてないよ――と、狛枝は狂ったように哄笑した。

「ああ――素晴らしいよ! その身体に二つの希望が存在しているなんて! 左右田君はメカニックで、君は――暗殺者だっけ? 素晴らしいよ! 一粒で二度美味しいってやつだよ! 是非ともその素晴らしい希望を更に輝かせるために僕を踏み台に欲しいなあ!」
「――き、気持ちだけで結構です」

 左右田は狛枝から目を逸らし、引き攣った笑みを零した。
 暗殺者にまで引かれるなんて、何て可哀想な男なのだろうか。

「気持ちだけだなんて、遠慮しなくて良いんだよ? 僕みたいな無価値無意味な屑野郎は、君のような希望の踏み台になることでしか価値を見出せないんだから! 僕を助けると思って、さあ!」
「――和一! 代わって、代わって!」

 代わってくださいよお――と左右田が絶叫した。
 どうやら左右田は身体の操縦権を元の左右田に渡したいようだが、元の左右田がそれを拒否しているみたいだ。
 二人から嫌がられる狛枝って、一体。

「くっ――狛枝凪斗、何て下劣で悍ましい男なのでしょう。気味が悪くて吐き気を催します」
「――ああっ! 左右田君の口から辛辣な言葉がっ! 凄いよ、こんな貴重な体験が出来るなんて――やっぱり僕は幸運なんだね! ああ――もっと罵ってよ、僕のことを下等生物だと思い知らせてよ!」
「もうやだこの人」

 左右田はがっくりと項垂れ、大きな溜め息を吐いた。

「Mも此処までくるとSですね。加虐乞食も大概にしなさいな」
「あはっ、僕はそんなつもりじゃないよ。僕はただ、希望のために尽くしたいだけなんだ」

 へえ――と、左右田が首を傾げる。

「なら、死んでくれますか?」
「それはお断りだよ」

 日向君と約束したしね――と、狛枝が俺を見て微笑んだ。
 覚えていたのか、この前した約束。
 実はこの前、殺し合い賛成派の狛枝を説得をしたのだ。
 説得を、な。

「だから、死ぬのは無理なんだ。ごめんね左右田――いや、えっと――ううん、やっぱり名前がないって不便だよ」
「――私に関わった人間は確実に殺すので、不便ではありません」
「へえ。でも、日向君を殺すの――失敗したよね?」

 狛枝の言葉に左右田は顔をひくひくと痙攣させ、無理矢理笑みの形に作り上げた。

「ふ、ふふ。面白いことを仰る。後で殺せばどうとでもなるのですよ」
「へえ。でも、縛られているのに――どうやって殺すの?」

 左右田は無言で痙笑した。

「無理、だよね?」
「――はい」

 狛枝の攻撃に屈したのか、左右田は目を潤ませながら頷いた。

「ほら、じゃあやっぱり名前が要るよね。何て呼ばれたい? というか、君って女の子? 男の子? 歳は幾つくらい――」
「――何を企んでいる、狛枝凪斗」

 左右田は涙声で唸り、潤んだ目で狛枝を睨み付けた。
 正直、全く怖くない。

「あはっ、企んでなんかいないよ。ただ――」

 君にも修学旅行に参加して貰わないといけないしね――と狛枝は、それはそれは嬉しそうに微笑んだ。
 ちょっと待て。

「狛枝、お前は何を考えているんだ。此奴は俺を殺そうとした奴だぞ?」
「そうかも知れないけど、日向君は殺されてないし――良いじゃない」

 良くねえよ。

「モノクマの手先なんだぞ。そんな危険人物と、一緒になんて居られるか!」
「でも、この身体は左右田君のでもあるんだよ? まさか左右田君ごと、このまま拘束しておくの?」

 それは――。

「それは、そうだけど」
「希望の欠片を、全員が全員分集め切らなきゃ、この島を出られないんだよ? 左右田君が欠けてしまったら、どうしようもないよ?」

 うう、正論だ。
 しかし――此奴が危険ということに変わりはない。
 どうする? 危険を承知で野に放つのか?
 それとも、拘束したまま放置か?
 どうする――。

「――あのぉ、皆さん。集まってどうちまちたか?」

 突然ひょっこりと生えてきたのは、この修学旅行の責任者である教師――ウサミだった。
 ウサミはてちてちと拙い歩き方で此方に近付き――はわわっ、と素っ頓狂な声を上げた。

「そ、左右田君が縛られてまちゅ! 何事でちゅか!」

 お前、監視カメラを見てないのかよ――と脳内で嘆きつつ、俺はウサミに事情を説明してやった。
 するとウサミは汗を――ぬいぐるみなのに――たらりと流し、ううんと唸って、どうちまちょう――と呟いた。
 それはこっちの台詞だ。

「まさか左右田君が多重人格だなんて、全く知りまちぇんでちた」
「俺だって、さっき知ったばっかりだっつうの――」

 まじで有り得ねえよ――とぼやいたのは、左右田だった。口調からして、メカニックの方の左右田だろう。

「つうかよお――ああ、もう! 何となく納得しちまってる俺が居る! ふと気付いたら知らねえとこに居たりしたのも、部屋に変なもんが増えてったのも――全部、此奴の仕業かよぉっ!」

 まじで有り得ねえよぉ――と、左右田は半泣きになりながら叫んだ。

「――仕業とは何ですか。貴方のために、一体何人ぶっ殺したと思っているのです」
「――頼んでねえよ! つうか、冗談だよな? 人殺しとか洒落になんねえよ!」
「――冗談ではありませんよ、事実です」
「――おいおいおい、まじかよ。俺、前科持ちになるじゃねえか」
「――ばれなきゃ犯罪にはならないのですよ」
「――そういう問題じゃねえよ!」

 またぶつぶつと一人芝居を始めた左右田を放置し、俺はウサミに話し掛けた。

「なあ、結局どうするんだ、これ」
「ど、どうちまちょうか。あたちとしては、皆さんとらぶらぶして欲ちいんでちゅけど」

 無理だろ、暗殺者だし。俺を殺そうとしたし。

「えっと――暗殺者、さん?」

 ウサミは恐る恐る、一人芝居をしている左右田に声を掛けた。すると左右田は、びくりと震え――ウサミから目を逸らして返事をした。

「なっ、なななんですか?」

 明らかに動揺してるぞ此奴。

「あ、あのぉ――何で目を逸らちてるんでちゅか?」
「気のせい、ですよ」

 気のせいじゃないですよ。

「もちかちて、あたちのこと――嫌いでちゅか?」
「それは違います!」

 突然、左右田が叫んだ。と、次の瞬間には顔を真っ赤にし、狼狽し始めた。
 何がしたいんだ此奴は。

「いや、その、ですね。嫌いじゃなくて、あの――」
「――お前もしかして、ウサミのこと可愛いとか思ってねえよな?」

 狼狽しまくっている左右田の口から、左右田の酷く冷静な声が漏れ出た。
 刹那、左右田が硬直した。

「――まじかよ! やっぱり部屋にあった変なぬいぐるみ、お前の仕業か!」
「――変とは何ですか! 崇高なる私の嗜好を侮辱することは、いくら貴方でも許しませんよ!」
「――うっせうっせ! ウサミの何処が良いんだよ!」
「――全部ですよ! 因みにモノクマも余裕で守備範囲内ですから!」
「――要らねえよそんな情報!」

 わあお。何だこりゃ。
 多重人格者の人格は、大体歪んでたり異常だったりするらしいが――これは酷い。
 メカニックで解体改造中毒で多重人格で暗殺者で可愛い物好きとは――。
 どの層に向けてのキャラクターですか?
 外見の濃さや性格も含めると、ごてごて過ぎてやばいです先生。

「ええっと――あたちのこと、好きなんでちゅか?」
「――正直に言うと、超好みです」

 左右田がそう言うと、ウサミはもじもじと身体を動かし、照れ笑いを浮かべた。

「えへへ、好みだなんて。初めて言われまちた」
「くっ――罪深い程に可愛らしいっ! 抱き締めたい!」

 左右田を縛っている縄が、ぎちぎちと悲鳴を上げている。どうやら引き千切ろうとしているらしい。
 本当に引き千切りそうで怖い。

「――抱き締めたい、でちゅか?」

 ウサミが突然、真剣な表情で左右田に聞いた。左右田は躊躇いがちに、こくりと頷く。

「なら、あたちのお願いを聞いて下ちゃい」
「何ですか?」
「あのでちゅね――」

 皆さんと、仲良くらぶらぶして下ちゃい――と、ウサミはにこにこ笑いながら宣った。
 おいぃっ?

「ちょっと待てよウサミ、こんな暗殺者を――」
「――承認しました、契約成立です。さあ、早くこの縄を解きなさい。そして抱き締めさせなさい」

 おい。

「ちょっと待てよ暗殺者、お前モノクマは――」
「あれは過去の男です」

 お前はモノクマの元彼女か。

「というか、抱き締めるのが報酬って」
「モノクマとも、同じ報酬を頂く契約でしたが」

 おいこの暗殺者、安いぞ。

「モノクマとの契約は後払いでしたし、今なら契約を破棄しても許される筈――なので、私はウサミ先生と契約します」

 おいこの暗殺者、自分勝手だぞ。

「じゃ、じゃあ契約成立ということで――皆さんとらぶらぶちて下ちゃいね」
「勿の論です――ああ、報酬は先払いにして頂けると有り難いです。裏切る確率も零になりますよ」
「あっ、じゃあ先払いにちまちゅ」
「では、縄を解いてください」
「判りまちた」

 何だこの展開は。
 魔法とやらで縄と解いたウサミと、縄が解けた瞬間にウサミを抱き締めた左右田を見ながら、これからの混沌とした修学旅行生活を想像し――俺は、盛大に溜め息を吐いた。

[ 127/256 ]

[*戻る] [進む#]
[目次]
[栞を挟む]


戻る


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -