上
偶に、違和感を覚える時がある。
謎の修学旅行が始まり、同じように連れて来られた仲間達と、南国の島で暮らしていて――偶に、違和感を覚える。
どうやって此処に来たとか、自分の才能が何なのかとか、モノクマがひょっこり生えてきてはウサミが叩き潰しているとか――そういうことではない。
些細で、決定的な何かがおかしいのだ。
その違和感は、超高校級のメカニック――左右田和一と関わっていく中で、益々膨れ上がった。
何かが、おかしいと。
「――左右田」
俺がそう呼び掛けると、左右田は此方を見て、にかっと笑う。違和感はない。
「どうしたんだよ日向、何か用か?」
「用というか、暇なら一緒に何処か行かないか?」
今は自由時間なのに、左右田は一人で公園に居た。なので暇なのだろうと決め付けた俺は、違和感を探るべく、こうして左右田に近付いたのである。
「おお、暇も暇。暇過ぎて死にそうだったんだよ!」
軍事施設行こうぜ――とけらけら笑う左右田に、俺はこくりと頷き、二人で軍事施設へ向かうことにした。
違和感は、まだない。
――――
軍事施設に着いた瞬間、左右田は戦車に駆け寄って、子供みたいにはしゃぎ出した。相変わらずの戦車好きである。
「なあ、日向! 戦車に乗ろうぜ! 中とか弄くり回してえ」
いつの間にかドライバーとスパナを取り出していた左右田は、目を輝かせながら俺を誘った。
果してそれらで弄くり回せるのか判らないが、断る理由もないので了承し、俺は左右田と共に戦車へ乗り込んだ。
俺は戦車に詳しくないのでよく判らないが、ごちゃごちゃしている割には、中は案外広かった。
まあ、人が乗り込む為の空間なのだから、当たり前と言えば当たり前なのだが――。
「うっひゃああっ、やっぱり戦車ってすっげえよな! 機密の塊って感じがよぉっ!」
左右田はかなり興奮しているようで、近くの鉄板に付いていたボルトを外し、中をごそごそ弄り出した。
正直戦車に興味がない俺にとっては、左右田が解体している間、とても暇である。
俺は邪魔にならないよう端に座り、左右田をじっと見つめる。とても楽しそうで、まるで玩具を与えられた子供のようだ。
違和感はない。
やはり、気のせいだったのだろうか。
左右田が偶に、別人に掏り替わっていたような気がしたのは――。
「――日向」
ぞくりと、鳥肌が立った。
左右田が俺を呼んだだけなのに――何故だろう、違和感を覚える。とてつもない、違和感を。
「ど、どうした?」
努めて平静を装い、左右田に返事をする。すると左右田は此方を見て――にこりと、笑った。
違和感が、発生した。
「そ――左右田?」
確かめるように名前を呼び、ゆっくりと立ち上がる。少しでも左右田から離れるために、少しずつ距離を取る。
それを不思議そうに見つめ、左右田はぱちぱちと瞬きをして頬を掻いた。
「ど、どうしたんだよ日向。何で警戒してんだよ」
――あれ?
違和感がなくなった。おかしい、さっきまであんなに違和感があったのに。
「――まあ良いや。ほら、こっち来いよ! すっげえんだぜ、戦車の中身!」
にこにこ楽しそうに笑う左右田は、やっぱりいつもの左右田和一で――。
――いや、やはりおかしい。
何かがおかしい。何かが。
左右田を見る。楽しそうに笑っている。けれど――何かが違う。
まるで、笑顔の仮面を被った赤の他人のようで――。
「――っごめん、左右田。用事を思い出した」
怖い。
得体の知れない恐怖に駆られた俺は、左右田から逃げるように戦車から出ようとして――。
「待てよ」
――俺は、床に倒れていた。
何が起こったか一瞬判らなかったが、どうやら俺は左右田に組み伏せられたようだ。
俺に跨がっている左右田は――いや、左右田の形をした何かが口を開く。
「何で逃げんだよ」
あくまで笑顔で、笑顔の仮面を被ったまま、それが喋る。
怖い。誰だ。此奴は、誰だ。
逃げろ逃げろと本能が警鐘を鳴らしている。
口の中が渇いて、ひゅうひゅうという情けない呼吸音が戦車内に響いている。
逃げなきゃ――そう思って身動ぐも、左右田が俺の腕を掴み、足と身体で俺の下半身を押さえ込んでいる所為で、全く動けない。
何も、出来ない。
「逃げるなんて酷いじゃねえか。俺達、ソウルフレンドだろ?」
違う。
此奴とは、此奴とはソウルフレンドなんかじゃない。
誰だ。
この人間は――誰だ?
「――誰、なんだよ」
勇気を、声を振り絞るように尋ねると――それは目を丸くして、不気味なくらい優しい笑みを湛えた。
「おや、気付いていたのですか?」
左右田と同じ声なのに、左右田と全く違う口調で、それが喋った。
「一体いつから――ああ、そういえば和一とソウルフレンドになった時から、疑心に満ちた視線を寄越すようになりましたね。あの頃からですか、なかなか勘の鋭い人ですね」
然も愉快と言わんばかりに、それはからからと笑い、俺を睨め付ける。
「しかし――その勘の鋭さが命取りになりましたね。温和しく殺されてくれれば、貴方も楽に逝けたでしょうに」
――殺されてくれれば?
「お、お前――俺を、殺すつもりなのか?」
反射的に聞き返した俺の声は、情けないくらいに震えていた。それが面白かったのか、それはまたからからと笑い――こくりと頷いた。
「ええ、殺します」
「な、んで」
「何で? それは私の口からは言えませんね」
依頼人の秘密は漏らしてはいけないのですよ――と、それは困ったように眉を顰めて微笑んだ。
「い、依頼人? 誰だよ、それ。お前も誰だよ、左右田を返せよ!」
圧倒的不利な状況であるにも拘わらず、恐怖し過ぎて思考が麻痺してしまったのか、俺は――それに向かって怒鳴り散らしていた。怒らせてしまったらどうしようとか、そんな考えは完璧に飛んでいた。
俺の豹変振りに驚いたのか、それは目を見開いて、ううんと唸った。
「命知らずというか何というか――面白いですね、日向創」
流石、和一が心を許した人間だ――と、感心したようにそれはうんうんと頷いた。
「ふむ、そうですね――冥土の土産に教えてあげましょうか。日向創、貴方は解離性同一性障害というものをご存知ですか?」
解離性同一性障害?
「それって――多重人格ってことか?」
「それです。もう、察しましたよね?」
ああ、嫌ってくらいに察しましたよ。
「つまり、お前は左右田の――もう一人の人格ってことか」
「正解」
そう言ってそれは艶笑した。
「――昔の和一はですね。人付き合いというものが下手で、小さい頃から虐められていたのですよ」
虫を食べさせられたり、紐無しバンジーをさせられたこともありましたねえ――と、それは歪に口角を上げた。
「そんな和一はですね、嫌な現実を消すために――私を生み出してしまった訳ですよ」
「現実を、消す?」
「そう――嫌な奴等を殺すために、私を生み出したのです」
私は暗殺者。左右田和一によって生み出された、生粋の暗殺者なのですよ――と、それは愉快そうに笑う。
「という訳で、私は暗殺者なのです。所謂――超高校級の暗殺者ってやつですかね。狙った獲物は全員暗殺してきましたし。さて――」
冥土の土産も渡したので、もう殺して良いですよね――と、それは俺に向かってドライバーを振り翳した。
瞬間、俺は恐怖を思い出した。
「ちょっ、待てよ! 何で俺が殺されなきゃならないんだよ! 依頼人って、左右田なのか? 何で俺を――」
「和一は何も知りませんよ。彼は私を知りません。私は彼の知っていることを知っていますが、彼は私の知っていることを知りません」
依頼人は左右田じゃない?
記憶の共有もしていない?
なら――。
「なら、誰だよ。依頼人って」
「だから言えませんってば」
しつこいですね、貴方は――と、不愉快そうにそれは呟いた。
「大体、今から死ぬ貴方が知っても無意味ですよ」
「無意味なら、教えてくれても良いんじゃないか?」
俺は恐怖をぐっと堪え、田中のように不敵な笑みを浮かべてみせた。するとそれは、苛立った様子で溜め息を吐いた。
「度胸があるというか、ここまでくると恐ろしいですね」
その愚かさを評価して、ヒントだけあげましょう――と言い、それは満面の笑みを湛えながら答えた。
「モノクマです」
――モノクマ?
それって、ヒントどころではないような。
「えっ、と――モノクマの後ろに居る奴が、依頼人ってことか?」
「正解です。私は依頼人から、殺し合いを始めさせる切っ掛けになれと言われたのです」
――殺し合いの切っ掛け?
あの馬鹿熊、まだ諦めていなかったのか。
「左右田――じゃない、えっと――お前。そんなことしたら、お前だってただじゃ済まないだろ。お仕置きとか」
「ばれなきゃ犯罪にはならないのですよ」
それはにこりと――この世の負という負の感情を凝縮したような笑顔を、左右田の顔に貼り付けた。
恐ろしさのあまり、呼吸が止まった。
「さて。もうお喋りはこの辺にして――逝きましょうか」
それはゆっくりと動き、ドライバーを俺に――。
「――おや?」
振り下ろさなかった。
「あれ、あれ? 身体が、動か――日向っ!」
突然、聞き慣れた左右田の口調が俺の耳に届いた。
「そ、左右田?」
「ちょっ、まじやっべえ。何これ、もう一人の自分とか――ちょっと? 何で和一が私に干渉出来るようになって――日向! とりあえず俺を縛ってくれ! やばいってまじで此奴――止めなさい! 私はMじゃないですよ! 私はS――っだああああっ! 俺の声で変なこと言うなぁっ!」
――何だこれは。
まるで一人芝居をしているかのように、左右田が独り言のような会話をし始めた。
左右田のお蔭で身体の拘束は解かれたので、俺は身体を起こした。
「あっ、ちょっ、待ちなさい日向創! 今行かれたら私――行け日向! 逃げろ! そんで皆呼んで来い! あと縄か何か持ってきて俺を――嫌ですっ、縛られるのは嫌です! 待ってください日向創っ、直に縛られるのは嫌です! せめてお布団に巻いてからぐるぐると縛ってください!」
――本当に何だこれは。
先程まで畏怖の対象でしかなかったそれが、滑稽な何かに変わってしまった。
あまりにも馬鹿らしくなって呆けていると、左右田――いや、それが再びドライバーを掴んで振り翳し――あっ、やばい。
振り下ろされたドライバーをぎりぎり避け、俺は慌てて戦車から脱出した。
戦車の中から聞こえる二人分――声は同じだが――の絶叫を背に、俺は皆に助けを求めるべくホテルへと駆けた。
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