メタ発言はありか? ありなら端的に言おう。
 現在、本編ED後。つまり俺と日向、九頭龍に終里、そしてソニアさんが起きて――死んでいるのか生きているのか判らない彼奴等を起こしている辺りだ。


 メカニックである俺が生き残ったのは、本当に良かったと思う。
 何せ俺以外、機械弄りが出来ないのだから。
 日向は「日向創」に戻ったせいか、植え付けられた才能が全部飛んだ。
 別にそれはそれで構わないと思うし、つまらないつまらないとほざく、あの鬱陶しい奴に戻られても困る。
 そんな訳で俺は機械を弄くり回し、色々試しまくって、ほぼ全員起こした――のだが。


 一人だけ、起きない。


 誰かって?
 田中だ。田中眼蛇夢だ。あの馬鹿だけが起きないのだ。
 ソニアさんが毎日様子を見に行っているというのに、全く起きる気配がない。
 機械で出来た寝台の中で、ぐうすかぴいすか寝ていやがるのだ。
 どれだけ機械を弄っても、アルターエゴと相談してデータを弄ってみても、全く起きようとしない。
 もう何百、何千通りのやり方を試したのに――。

「――左右田さん」

 俺が一心不乱に機械を弄っていると、後ろから声が掛けられた。
 振り返ってみると、其処にはソニアさんが不安そうに、俺と――田中の入ったカプセルを見ている。

「どうした?」

 俺はソニアさんを見つめ、小首を傾げてみせた。
 現実世界に戻ってきた時、更生プログラムに入る前の記憶――学園に入学してから絶望して此処に来るまで――が完璧に蘇ってしまった俺は、ソニアさんへの敬語を止めた。
 昔を思い出して、ソニアさんを嫌いになったとかではない。学園で一緒に遊んでいた頃は、敬語なんて使っていなかったから――何となく、止めただけだ。
 ただ、さん付けまでは止められなかったが。

「あの、田中さんは――」
「――ああ、まだ無理っぽいわ」

 あ、しまった。ソニアさんの発言を切り捨てるような言い方になってしまった。
 どうも絶望していた時の記憶も頭にあるせいか、優しさとか思い遣りとか、人として大事なものが麻痺してしまっている気がする。
 起きてすぐ、苗木達に精神鑑定をされた時も「限りなく絶望に近い状態」とか言われてしまったし。
 プログラム内の記憶がなくて、メカニックでなければ、拘束されて監禁されていたかも知れない。
 別に監禁されようが殺されようがどうでも良いのだが、日向に「左右田じゃないみたいだ」と言われてしまったことは一番嫌だった。
 ああ――他の奴等が羨ましい。
 俺以外全員、朧気にしか絶望を覚えていないのだから。
 狛枝に至っては何も覚えていないのだから、彼奴は確かに超高校級の幸運なのだろう。
 この碌でもない――最低最悪の絶望を、綺麗さっぱり忘れられたのだから。

「無理、ですか」

 膠も無い俺の発言にソニアさんは傷付いてしまったようで、目を伏せて小さな声で呟いた。
 ああ、何て言えば良かったのだろうか。日向が居れば助けてくれるのに、生憎今は此処に居ない。

「ああっと――まだ、な。いつか必ず起こすから」

 出来るだけ優しく取り繕って、ソニアさんににこっと笑ってみせた。
 けれどソニアさんは笑い返すことなく、俺のことを悲しそうに見詰めてくるだけだった。
 そういえば日向に「今のお前、歪な笑顔しか出来てないぞ」とか言われていたっけ。失敗したなあ、笑わなきゃ良かった。

「ええっと、その――ソニアさん。今の俺はちょぉっとおかしいから、気にすることねえよ?」

 だから温和しく、俺が田中を起こすまで待っとけよ――と俺が言った瞬間、ソニアさんは綺麗な顔を歪めて――作り物みたいな碧い眼から、涙を零れさせた。
 ――あれ?

「何で泣いてんの?」
「――っ、ごめんなさい」

 そう言ってソニアさんは、堰を切ったように涙を溢れさせる。
 えっ、えっ――えっ?

「な、何か俺、拙いこと言ったか?」
「っ、ちがっ、違うんですっ」

 私が悪いんです――と、ソニアさんは悲痛な声で呟いた。

「私が、何も出来ないっ、無力な女、だからっ。一番、辛いっ、左右田さんにっ、ふ、負担をかけ、て――」

 そう言ったきり、ソニアさんは泣きじゃくり始めた。
 あっちゃあ――もしかして、負い目を感じてる?
 ソニアさんの大好きな田中を起こそうと必死に頑張ってる俺に、負い目とかを感じちゃっている訳?
 自分が何も出来ない、ただ見ていることしか出来ない人間だから?
 ――ああ、人間の感情ってのは面白いなあ。

「――気にすんなって! 辛いも何も、感じてねえし。負担じゃねえよ。機械弄りは楽しいし」

 そう、俺は何も感じていない。
 辛いとか苦しいなんて――中途半端に絶望を思い出した、此奴等しか感じていない感情だ。
 俺は違う。辛くも苦しくもない。
 だって――何も感じられないのだから。
 今の俺は、ソニアさんを殺さなければならない状況になったら、何の躊躇いもなく殺すだろう。
 悲しみも、恐怖も、喜びすらも――何もかもが絶望の所為で、麻痺してしまっているから。
 まるで自分の大好きな――機械にでもなった気分だ。

「左右田、さん」

 泣き止んだソニアさんが俺を見る。憐憫の色を含んだ、碧い瞳で。
 ソニアさんには、俺が哀れに見えているのだろうか。
 それとも、俺自身が俺を哀れだと思っているから――ソニアさんがそういう目で、俺を見ているような気がしているだけなのだろうか。
 ――判らない。
 理解、出来ない。

「――私は、何も出来ない無力な女です」

 ですが、左右田さんを助けることは出来ます――と、ソニアさんは赤く腫れた目元を拭い、俺をしっかりと見据えて言った。
 ――助ける?
 何から?

「ええっと、ソニアさん。俺、別に助けなんて要らねえんだけど」
「いいえ、貴方は助けを求めています。ただ――その自覚がないだけです」

 ――自覚がない?
 彼女は何を言っているのだろうか。
 俺は何も求めていない。求めてなんか――。

「――左右田さん」

 ソニアさんが一歩、また一歩、俺に近付いてくる。
 何をする気なのだろうか。久しぶりに少し、期待と不安というものを感じた気がする。
 俺が好奇の目でソニアさんを見ていると、いつの間にかソニアさんは俺のすぐ傍までやってきていた。
 やけに真剣な表情で、ソニアさんが俺を見詰めてくる。絶望の所為で恋愛感情とやらが死滅してしまったが、何だか少し擽ったい気分になった。
 意を決したように、ソニアさんが俺に手を伸ばしてきた。何だろうか。頭に向かって伸びている気がする。
 もしかして――絞殺でもするのだろうか。
 そうなると、さっきの「助ける」という発言に納得がいく。
 この面倒臭くてくだらない世界から、俺を文字通り「助ける」ために殺すというのだろう。
 別に今更命など惜しくないし、俺を助けたいというのなら、絞殺なり撲殺なり好きにしてくれれば良い。
 俺は覚悟を決めて、目を瞑った――のだが。

「――よしよし」

 伸ばされた手は、俺の頭頂部を撫でていた。
 ――あれ?
 おかしいな。絞殺するのではなかったのか?
 理解出来ずに硬直していると、ソニアさんがまた泣きそうに顔を歪めて微笑んだ。

「左右田さん。こうやって、撫でて貰っていましたよね」

 誰に――何てことは、聞かなくても判った。
 田中だ。田中眼蛇夢だ。
 でも撫でて貰っていたのは、プログラム内じゃなくて――。

「――学園の頃、思い出したのか?」

 俺がそう尋ねると、ソニアさんは小さく――でも、確かに頷いた。

「最初はぼんやりとした記憶でしたが、昨日はっきり――学園で、左右田さんや田中さんと一緒に過ごしていた日々を、思い出しました」

 絶望については、全く思い出せないのですがね――と、ソニアさんは少し悲しそうに呟いた。

「――絶望なんて、思い出さなくて良いじゃねえか」
「でも、左右田さんは覚えているんでしょう?」

 そうだな――と他人事のように俺が答えると、ソニアさんは髪を梳くように、俺の頭を優しく撫でた。

「私は、左右田さんと同じ目線に立ちたいのです。そして――あの頃みたいに、腹をかっ捌いて本音を言い合いたいのです」

 かっ捌いたら駄目だろ――なんて言う雰囲気じゃなくて、俺はソニアさんの綺麗な碧眼を見詰めることしか出来ない。

「――学園に居た頃は、プログラム内に居た時とは全く違いましたよね」

 ソニアさんが、あの頃のことを懐古する。

「最初の頃、左右田さんは私に敬語で接してきましたが、段々ため口になって――家臣のような振る舞いも、いつの間にかなくなってましたよね」
「――そう、だったな」

 それは何となく、ソニアさんが一般人のように接して欲しそうだったから、そうしただけで――。

「私のことを普通の高校生として接してくれるようになって、嬉しかったです」
「そうか」
「でも、私が左右田さんに殺人鬼の話をする度に、私の目覚まし時計を時計じゃない何かに変身させるようになったのは、止めて欲しかったです」
「んん? そんなこと、あったかなあ?」

 惚けないでくださいよ――と、ソニアさんは乱暴に、俺の頭をがしがしと撫でる。

「目覚まし時計のスイッチを押したら、いきなり飛行機に変身して飛んでいった時は、吃驚して腰が折れてしまいましたよ」
「折れちゃ駄目だろ、抜けるもんだろ」
「うふふ、そうでしたね。うっかり九兵衛でした」
「一、多いぞ」
「ふふっ、日本語は難しいですね」

 ソニアさんは楽しそうに笑いながら、俺の顎下を掻くように撫でる。

「いつも田中さんに、こうされてましたよね」
「ああ――猫扱いすんなって何回言っても止めなかったなあ、あの馬鹿」
「仕方ないですよ。左右田さん、にゃんこさんみたいでしたし」
「何処がだよ、猫要素なんて一粍もねえよ」
「気紛れ屋さんなところとか」
「ああ――」

 そうかもなあ――と俺が言えば、ソニアさんは、そうですよ――と笑った。
 ソニアさんの細く撓やかな指が、そうっと俺の頬を擽るように撫でる。
 とても懐かしい。懐かしい、感覚だ。懐かし過ぎて――胸が苦しくなった。
 まるで卵の殻が割れたみたいに、中身が――感情が、どろりと溢れ出す。
 こうして戯れ合った、あの頃が懐かしい。
 だから――苦しい、悲しい。
 此処に、この場に――田中が居ないことが。
 今まで麻痺していた感情と涙腺が、じくじくとした痛みを伴って緩み出す。
 気付いた時には、涙が頬を伝っていた。

「――やっと、泣きましたね」

 俺の涙を指で拭い、ソニアさんが破顔一笑した。

「――泣かせたかったのかよ、性格悪ぃな」
「ですが――」

 此方に戻ってきてから、左右田さんは一度も泣いていませんでしたし――と、ソニアさんが苦笑する。

「泣かないと、笑うことも出来ませんよ」
「だからって泣かすなよ」
「良いではありませんか。プログラム内では、めちゃんこ泣いてましたし」
「それとこれとは別だろう」

 そう言ってソニアさんの額にでこぴんを食らわしてやると、ソニアさんは額を押さえて嬉しそうに笑った。

「痛いですよ、左右田さん」
「その割には笑ってんじゃねえか。まさかマゾヒズムに目覚めたか?」
「冗談はよしこちゃんです、私は――」

 左右田さんがやっと笑ってくれたから、嬉しいだけですよ――と言って、ソニアさんは朗笑した。
 ――笑ってくれた?
 そっと、自分の顔を撫でてみる。よく判らないが――何となく、笑顔の形になっている気がする。
 ああ、そうか――俺、ちゃんと笑えたんだ。

「やっぱり左右田さんには、笑顔がよく似合います」
「そういう台詞は、男が女に言うもんだろ」

 俺が軽く突っ込みを入れると、ソニアさんはまた俺の頭を撫で始めた。

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