指とは比べ物にならない圧迫感と、吃驚するくらいのそれの熱さに、俺は呼吸が出来なくなった。
 酸欠になった魚のように口を開閉させ、必死に息を吸おうとしているのに、ずぶずぶと挿入ってくる異物のせいで、どうにも上手くいかない。
 このまま死んでしまうのではないか――と思った時、田中が俺に覆い被さった。田中のそれが根元まで中に挿入り込み、田中の肌が俺の肌と密着する。
 苦しくて痛くて仕方ないのに、田中の肌から伝わってくる温かさに、妙な安心感と満足感を覚えてしまう。
 でもそのお蔭か、俺は何とか落ち着きを取り戻し、漸くまともな呼吸をすることが出来るようになった。

「――っは、あっ――貴様の中は、絶望的に狭い、な」

 自分のことで一杯々々だったので気付かなかったが、どうやら田中も苦痛を感じているらしく、眉を顰めながら無理矢理口角を上げ、俺の眼前で笑っている。

「っは、はははっ。童貞よりも先に処女を――しかも親友に奪われた気分はどうだ?」

 笑いながら、田中が俺に聞く。
 何でそんなことを聞くのだろう。
 答えなんて、もう、一つしかないというのに。

「――さい、あく」
「そうか」

 絶望的だな――と言って田中は嬉しそうに笑い、ゆっくりと腰を動かし始めた。
 ぐちゅぐちゅという、聞きたくもない卑猥な水音が鼓膜を犯してくる。田中のそれが何度も何度も俺の中を抉り、苦しさと気持ち悪さで吐きそうになった。

「っは――具合が良くなって、きたな」

 田中は俺を見つめ、気持ち良そうに腰を打ち付けてくる。
 段々激しさを増してくるその律動に、不快感と苦痛を感じながらも、俺は只管に堪え忍んだ。早く終われ、早く終われと念じながら――けれど。

「貴様の表情、絶望的ではあるが――つまらんな」

 俺の思惑を察したのか、田中は動きを止めてしまった。挿入ったままの田中のそれが、中でどくんどくんと脈打っていて気持ち悪い。

「そうだな。貴様の表情には――悦楽が足りない」

 そう言って田中は、俺の口を自分のそれで塞いだ。ぬるりと、また田中の舌が入ってきて――俺は少し、快感を覚えてしまった。

「ん、はぁっ――中が締まったな、口内を犯されるのが好きか」

 良い玩具を見つけた子供のような笑みを浮かべ、田中はしつこく俺の口内を何度も何度も蹂躙する。
 それがどうしようもないくらい気持ちが良くて、気付いたら俺は――田中に縋り付いていて、只管に口付けを強請っていた。
 下半身から伝わってくる不快感を誤魔化すように舌を動かせば、田中がそれに応えて舌を絡ませてくる。ぬるぬるとした粘膜質の絡み合いが快感を生み出し、頭の中が真っ白になっていく。
 田中が腰の律動を再開したが、口付けで頭が麻痺してしまったのか、苦しさも気持ち悪さも感じなくて、寧ろ――腹の底から湧き上がるような、じんわりとした心地良さを感じる。

「左右田、今の貴様は――完璧だ」

 そう言って田中は、満足そうに微笑んだ。
 がくがくと揺さぶられながら中を、口を犯されて――もう、何が何だか判らなくなってきた。
 背中から移った体温で、床はもう冷たさを失っている。
 宙に浮いているような感覚に陥ってしまい、自分が下にいるのか、上にいるのか判らない。
 自分のことを愛おしそうに見つめてくる、狂気と絶望で濁り切った田中の瞳に吸い込まれてしまいそうだ。
 ふと、横を見る。昨日完成させた、田中の依頼品――骨ごとぶった切れる巨大なチェーンソーが転がっていた。
 ――ああ、この意味のない性交が終われば、田中はこれを携えて、また絶望を生み出すため、殺しに行ってしまうのか。
 そう思うと何だか悲しくなって、行って欲しくなくって、ずっとこのまま、犯されていた方が増しな気がして――。

「――左右、田」

 切羽詰まったような田中の声がして、終わりが近付いていることを悟る。
 終わった後にもう一度と強請れば、田中はまた俺を犯してくれるのだろうか。
 もう、絶望しになんて行かないでくれるのだろうか。
 ――解らない。
 俺にはもう、何も解らない。
 ぎゅっと田中に抱き締められ、中に生温かい液体が吐き出された。
 案外呆気ないものなんだなあ――と他人事のように思いながら、何となく田中を抱き締め返してみた。




――――




 結局、田中は行ってしまった。俺の造ったチェーンソーを持って。
 ――事後処理は任せた。
 そう言って田中は、やるだけやって行ってしまったのだ。
 一応もう一回と強請ってみたのだが、また今度な――と言われ、何の意味もなかった。
 やり逃げされた女の気持ちが、今なら何となく判る気がする。
 大体、任せたと言われても、俺にはそういう経験や知識がないので、どうすれば良いのか判らない。
 しかも苦痛と不快感と気持ち悪さしか感じていなかったのに、口付けの所為で気持ち良くされてしまい、かと言ってそれは達せる程でもなく――中途半端に終わらせされ、何だかとてももやもやする。
 どうしたら良いのか、どうしたら――。
 ああ――。
 ――作業に戻ろう。
 俺は事後処理とやらも、中途半端に高ぶった己の身体も放置することにした。
 俺の身体なんて、どうなろうと構わないのだ。
 それよりも、田中や――他の皆に頼まれた物を造らなければならない。
 行く前に田中が渡してきた紙には、造って欲しい機械や武器の構想が纏めてあった。それを読み取り、具現化するのが俺の役割だ。
 皆からの頼み物もそうだ。俺が――俺だけが、皆の需要に対し供給出来る人間なのだ。だから、応えなければならない。
 だってまだ、皆は俺のことを裏切っていないから。
 俺のことを、捨てないでくれているから。
 田中だって、さっきあんなことを俺にしてしまったけど、あれは俺のことが好きだからだ。裏切った訳じゃない。第一にまたこうして紙を渡し、俺を必要としてくれている。
 だから俺はまだ、裏切られていないのだ。
 皆だってそうだ。俺に絶望させようと変なことを言ってきたりするけど、それは俺を想ってのことなのだ。それに皆、俺のことを大事にしてくれる。
 よく遊びに来る澪田は、俺に自作の歌を歌ってくれる。歌詞も歌い方も怖いし、何よりも俺に噛み付いてくるのが痛いけど、それが澪田なりの友情表現なのだ。
 花村は調理器具のメンテナンスに来る時、俺に肉料理を振る舞ってくれる。何の肉なのか判らないけど、花村が調理しているお蔭でとても美味しい。毎回セクハラをしてきたりもするが、それは俺に対して友愛を感じてくれている証拠なのだ。
 偶に来る小泉は、俺に写真を見せてくれる。写真はどれもこれも悲痛な表情の人間や死体ばかりで、これはあんたの機械が生み出した絶望だよ――と言ってくる。悲しい気持ち悪いけど、小泉は俺に事実を伝えてくれているだけなのだ。
 狛枝は一週間に一回は必ず来て、俺を励ましてくれる。君なら絶望を乗り越えて希望になれるから、もっと絶望して希望を更に輝かせよう――と言ってくる。絶望はしたくないけど、狛枝なりに俺のことを助けようとしてくれているだけなのだ。
 俺の健康診断、生存確認で毎日のように来る罪木は、俺に絶望の素晴らしさを説いてくれる。正直さっぱり理解出来ないが、罪木は俺のことを想って絶望させたいだけなのだ。
 不定期でやってくる九頭龍と辺古山は、俺に色んな人間の部品を持ってきてくれる。俺が骨格フェチだと知っている二人は、俺の目の前で骨を取り出し、それをプレゼントしてくれる。血塗れの骨はとても不気味だけど、二人は俺を喜ばせようとしているだけなのだ。
 暇だから来てあげたと言ってやってくる西園寺は、俺に舞を見せてくれる。血塗れの着物で舞う西園寺は、綺麗だけど怖い。舞が終わると、昔みたいに罵詈雑言を浴びせてくる。何でまだ絶望しないの――と、半泣きになりながら叩いてくることもある。理不尽かも知れないけど、西園寺は素直になれないだけなのだ。
 頻繁に遊びに来る弐大は、俺にあれをしてくれる。機械弄りばかりじゃなく、身体を動かすのも大事じゃぞ――と、絶望を生む殺戮へ参加するように言ってくる。殺戮に参加するよう言われるのは嫌だけど、弐大は俺が独りで工場に引き籠もっているのが心配なだけなのだ。
 来たり来なかったりする終里は、生きた人間を引き摺ってやって来る。俺に殺しを見せてくれるのだ。泣いて命乞いをする人間を、終里が一方的に叩き潰すだけの殺戮ショーだ。偶に俺に命乞いをしてくる奴もいるが、俺にはどうすることも出来ないので困ってしまう。後片付けも俺がしなければならないので、困るし怖い。けれど、終里は俺を楽しませようとしているだけなのだ。
 名も無き詐欺師は、毎回違う姿でやって来る。最初は誰か判らなくて毎回警戒していたが、最近は姿が違っても何となく誰か判るようになってきた。そんな彼は――彼女かも知れない――来る度に、俺に色んな話をしてくれる。騙されに騙された哀れな人間の話や、騙されて絶望し自殺した人間の話などを。聞いていて楽しいものではないけれど、彼は俺を退屈させないようにしてくれているだけなのだ。
 俺の憧れであるソニアさんは、よく判らない取り巻きを引き連れてやって来る。殺し合いというものは、とても絶望的ですよ――と言って、その取り巻き達に殺し合いをさせたりする。生き残った奴が後片付けをしてくれる分、終里の時よりは楽だが、目の前で行われる殺し合いには一向に慣れない。でもこれは、俺の精神を強くしてやろうという、ソニアさんなりの考えなのだ。


 ――ほら。皆、俺のことを裏切ってなんかいない。


 皆、俺のことを裏切っていない。俺を裏切ろうとしていない。
 だから俺は――信じるのだ。
 信じたから、信じてしまったから。
 だから、信じて信じて――裏切られるまで、信じ続けるのだ。
 だってほら――信じる者は救われる――って言うじゃないか。
 だから俺は、皆が昔の皆に戻ってくれると信じている。
 ずっと信じている。
 いつか元に戻ると。
 救われる筈だと。
 信じていれば、救われる筈だと――。
 ――救われる?
 ――すくわれる?
 ああ、そうか――。

「――もう、すくわれてるか」

 自嘲気味にそう呟いてから俺は、誰も居ない工場で独り――静かに、涙を流した。

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