朝が来た。
 絶望の、朝が。
 昨日散々なこと――主に左右田と罪木、あと田中――になってしまった上に、左右田と田中が怪しい関係になりつつあって、俺の胃が限界突破で風穴が空きそうだ。
 起きたくない。けど、起きなければ。今日も採集があるのだから。
 俺は重い身体を起こし、身支度をさっさと済ませ――コテージを出た。すると其処には――。

「やあ、日向君。おはよう!」

 ――やけに元気な狛枝が立っていた。

「あ、ああ。おはよう」
「あ? 何か辛気臭いね。もっとばりばりエンジン全開でいこうよ!」

 ――はい?

「ち、ちょっ、狛枝?」
「ど、どうしたの日向君。そ、そんな――僕のこと、変なものを見るような目で見ないでよ! 泣くよ? 泣いちゃうよ!」

 えっ、と――。

「――狛枝、希望は好きか?」
「勿の論だよ!」
「解体とか、改造とかもか?」
「そうだなあ。希望には負けるけど好きだね!」

 ああ、うん。

「狛枝」
「ん? 何?」

 残念ですが、貴方は左右田病に罹ってしまいました――と、俺は痛み出した腹を押さえながら、狛枝にそう告げた。




――――




「あははははっ! 俺みたいな凡骨以下の糞野郎の性格が、超高校級の幸運である狛枝に付加されちまうなんて――申し訳なさすぎて自殺しちまいたくなるぜぇっ!」
「っだああああっ! やめてよその口上! 怖いよ! 自殺とかやめてよ!」
「ああ、ごめんな。こんな屑が自殺したら――死体の処理に困るよな。大丈夫、迷惑を掛けないようにちゃんと自分で自分を燃やすから」
「いやいやいや、まず死ぬのをやめようよ! 自殺前提で話すのやめようよ!」

 何だろう。この逆転現象は。
 いつも狂った呆けをかましていた狛枝が突っ込んで、いつも律儀に突っ込んでいた左右田が狂った呆けをかましている。
 何だろうか、この状況は。

「ふはっ! 左右田よ、貴様はもう俺様の所有物――勝手に死ぬことは許さんぞ!」
「ああ――死ぬことも許されないなんて! 俺は他人様に迷惑しか掛けられない、どうしようもなく無能で、残念な、最低最悪の害悪だぁっ!」
「もおぉぉっ、五月蠅いですってばぁっ! 土下座しか出来ない身体にしちゃいますよぉっ!」
「土下座! はははっ、良いなあそれ。俺のような身の程知らずの愚かで醜い害虫は、一生土下座して生きているのがお似合いだぜ!」
「だから五月蠅いですってばぁっ!」

 うわあ、カオス。
 というか、やっぱり昨晩何かあったのかなあ。何か田中と左右田の距離が近いよ。左右田も田中に罵詈雑言吐いてないし。
 やだよもう、お家帰りたい。誰も助けてくれないし、泣きたい。

「日向君っ、助けてよ! 左右田君が怖いんだよ!」

 俺はお前が怖いよ狛枝。

「ああ、うん。頑張れ」
「ひ、酷いよ日向君っ! 助けてくれないなら、死ぬまでずっとねちねち言うからね!」

 うわあ、左右田だ。紛う事無き左右田だわこれ。

「判ったよ、判った判った。助けるから」
「サンキュー日向君っ!」

 狛枝がサンキューって。
 ――まあ良い、とりあえず左右田を黙らせよう。さっさと朝食を取って、採集に行かなきゃならないのだから。

「左右田」
「ん? ああ、日向。どうしたんだよ、こんな――塵屑以下の、焼却場でも処分して貰えなさそうな俺如きに!」

 ああ、もう既に頭が痛い。

「ちょっと落ち着け。自虐は止めろ」
「自虐? 違えよ日向、これは真実なんだよ! どうしようもないくらいに俺が屑だから、こうやって表現するしかねえんだよ!」

 ああ、何て俺は最低最悪な生物なんだろう――と、左右田は恍惚とした表情で宣った。もうやだ怖いよこの人。

「左右田」
「――わっ」

 俺が頭を抱えそうになりかけた時、田中が左右田の名を呼び、そして――左右田を抱き締め、宥めるように優しく頭を撫で始めた。

「た、田中、何を――」
「――よしよし」
「――っ」

 あっ、左右田が温和しくなった。頬を紅潮させながら、ぷるぷる震えているけども。

「なっ、何なの? 二人共、そういうご関係になっちゃったの?」

 狛枝が左右田みたいに口を手で隠し、おろおろしながら俺と二人を交互に見ている。こっち見んな。巻き込むな、俺は関係ない。

「そういうご関係、だと? ふははっ! 正解だ!」
「ぎにゃあああっ! ふ、二人がそっちの世界に逝っちゃったあああっ!」
「はあ? ふざけてんじゃねえよハムスターちゃん。ちょっと添い寝してやったくらいで調子に乗ってんじゃねえよ。身の程を弁えろよ」

 添い寝はしたんだ。

「そ、添い寝? あは、あははは。吃驚したぁっ、大人の階段を駆け上がっちゃったのかと思ったよ」
「駆け上がりたかったのだが、左右田が泣いて嫌がったのでな」
「泣いてねえし。妄想も大概にしろよ」

 いや、今ちょっと半泣きになってますよ左右田さん。

「勝手に駆け上がるなりずり落ちるなりしてくれて構いませんけどぉっ、変な病気になって私に迷惑とか掛けないでくださいよねぇっ」

 罪木よ、お前が既に変な病気に罹ってんだよ。

「ははっ、ごめんなぁ罪木ぃっ。俺みたいな屑が――」
「――っだああああっ! もう良いって左右田君っ! ほら、早くご飯食べて! 田中君も!」
「ふはっ! 俺様に指図をするとはな。貴様、良い度胸をしているな。どうだ、今宵俺様と魔力を高める儀式を――」
「――は? 超高校級の幸運である狛枝を誘うとか、烏滸がましいにも程があるぜ」
「ふっ、妬いたか」
「妬いてねえし」
「あ? でも左右田君、顔が赤い――」
「――あはははは! 狛枝ぁっ、流石超高校級の幸運と呼ばれる人類の希望だ! 冗談が上手いなあ!」
「ぎにゃああああっ! 左右田君っ、目が、目が怖いよ! ぐるぐるしてるっ! ぐるぐるしてるよぉっ!」

 うわあ、何だこれ。
 突っ込みが追い付かない、追い付かないよこれ。まあ、俺はもう突っ込みを放棄している訳だが。
 ああ、いつになったらこの混沌は終わるのだろう。
 あの馬鹿兎は自然治癒とか言っていたけど、段々被害が広がってきてやばい。主に俺の胃が。あと頭痛。
 頼むから、これ以上は増えないでくれよ。




――――




「糞ですわああああああああっ!」

 駄目でしたのぉぉっ!
 朝食取って、採集行って、さあ自由行動で希望の欠片を集めよう――と思った矢先にこれだよ!
 しかも、選りに選ってソニアが――弐大病になるだなんて。
 もうこれ病気じゃなくて呪いなんじゃないの。

「糞々って、五月蠅いですぅっ! お下品ですよソニアさぁんっ、本当に王女様なんですかぁ?」
「墳っ! 王女であろうとも、糞はするのです! 私も生きた人間ですから糞をするのです! おほほほほっ!」
「糞々言っちゃ駄目だよ! 女の子なんだから!」
「ははははっ! すげえやソニアさん。流石、超高校級の王女だ! 下品なことを言っているのに、何故か気品を感じるぜぇっ!」
「いやいやいや、どう考えても下品だよ! 王女様補正を足しても下品だよ!」
「ふはっ! 汚物に塗れし狂気の宴か。俺様のレベルではまだ無理だな」
「な、何を考えてるの? そんなレベルに達しなくて良いからね!」

 うわあ、狛枝が突っ込み頑張ってる。
 放っておけば良いのに――って、ああ。今の狛枝は左右田病なんだったな。
 突っ込まずにはいられない性格って、損だよなあ。左右田って。今は狛枝病の所為で、完全に狂ってるけど。

「ううっ、日向君っ! 僕じゃあ皆を止められないよぉっ!」

 狛枝が半泣きになりながら俺に泣き付いてきた。放っておけばええがな、もう。

「いや、止めなくて良いって」
「でも、突っ込まずにはいられなくって――何か身体がむずむずするんだよぉっ!」

 左右田の突っ込み癖は呪いか何かなのか、そうか。

「突っ込まずにはいられない――だと? そうか、貴様は攻め側の人間だったのだな! ふははっ! 面白い、面白いぞ狛枝凪斗! 貴様の欲望の猛り、俺様が受け止め――ぐえっ」
「あははははっ! ふざけるのも大概にしろよなハムスターちゃぁん! 超高校級の幸運である狛枝が、お前みたいな変態コミュ障野郎を相手にする訳ないだろぉっ!」
「左右田さぁんっ、絞めるなら此処ですよぅ。頸動脈をぐっと絞めると一発ですぅっ」
「無っ! これは所謂――修羅場というやつですね! ぬわああああっ、血が騒ぎますわぁっ!」
「っだああああっ! 左右田君やめたげてよぉっ! 田中君が死んじゃう! 死んじゃうから!」

 もうやだ。誰かまじで此奴等何とかして。

「日向、其処で諦めたらゲーム終了――だと思うぜ?」

 そう言って俺の傍に寄ってきたのは七海――じゃない?
 えっ、九頭龍?

「難易度高えかも知れねえけど、日向なら何とか出来る筈だぜ」

 何だろう。いつもと同じ九頭龍な筈なのに、何かぽやんとしてる。というか眠そう。

「く、九頭龍?」
「ん? どうした――ふぁぁっ、ねんみぃ」

 大きな欠伸をした九頭龍は、眠そうに目を擦った。
 これって、まさか――。

「――九頭龍、かりんとうは好きか?」
「ん? ああ、好きだぜ」
「ゲームは、好きか?」
「おう。クソゲーも守備範囲だぜ」

 クソゲーってか。態々そんなこと言ってくるのって――七海だよなあ。
 うわああああああああもうやだああああああああ何でどんどん増えていくんだよおおおおおおおお止めてくれよおおおおおおおお誰でも良いからこの地獄から俺を助け――。

「――はわわっ、何だかとんでもないことになってまちゅ」

 俺の足元で声がした。下を見る。其処には狼狽しまくっているウサミが居た。
 お前この野郎。

「――こんの、糞兎ぃぃっ! 今の今まで何処に行ってた! よくもこんな、こんな――畜生! それでもお前は教師か! 生徒を見捨てて逃げやがって!」

 理不尽に理不尽を重ねた理不尽に見舞われ続けた俺は、理不尽な怒りを理不尽にウサミへぶつけてやった。
 俺が雑巾絞りの要領でウサミを捻り上げると、ウサミは悲痛な声で叫んだ。

「んぎゃああっ! 痛いでちゅ、痛いでちゅううっ!」
「俺の受けた胃痛と頭痛は、この程度じゃないぞ!」
「いやああああんっ、ごめんなちゃい日向君っ! 皆を元に戻ちまちゅので、ご勘弁くだちゃああいっ!」

 ――今、何と言った?

「ちょっと待て。今、皆を元に戻すって言ったか?」
「は、はい。言いまちたよ。何とか治せないかと思いまちて、治療法を調べてたんでちゅ」

 お、おおおお――。

「――すまないウサミ。お前は立派な教師だ、最高の先生だ! 流石は超高校級な生徒達の先生を務めているだけのことはある!」
「す、すっごい調子良いでちゅ! いっそ清々しい程に調子良いでちゅ!」
「ええい、良いからさっさと治療しろ! 頭のアンテナぶっ刺すぞ!」
「暴力的でちゅ! 地味に暴力的でちゅ!」

 それから暫くウサミに虐待行為を働き、すっきりしたところで皆を元に戻して貰った。

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