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あれから俺は、殺し合いの危険性なしと判断し、二人の尾行を止めて――渋る狛枝を引き摺りながら――再びジャバウォック公園に戻ってきた。
だから今、あの二人が何をしているのかも知らないし――知りたくもない。
「ねえ日向君、今頃二人は宜しくやってるのかな」
知りたくもないって言ってんだろ。脳内でだけど。
「そんなこと知るかよ」
「気にならないの?」
「俺は野次馬じゃない」
つまらないなあ日向君は――と言って、狛枝は大袈裟に天を仰いでみせた。
「希望溢れる超高校級のメカニックと超高校級の飼育委員が今、二人だけでらぶらぶしてるんだよ? 何をしているのかとか、これからどうなるのかとか――とても興味深いじゃないか!」
いっそ爽やかだと思ってしまうくらい、野次馬根性剥き出しだな此奴。
「らぶらぶって、全然らぶらぶじゃなかっただろ」
「そうかな? 田中君はでれでれだったし、左右田君はつんつんつんでれだったじゃないか」
つんつんつんでれって何だよ。
「にしても――左右田君、凄い天の邪鬼だったね。あ、言っておくけど僕は、好きな相手にあんなつんつんするような人間じゃないからね。あれは絶望病のせいじゃなくて、左右田君の人格に問題が――あ、いや、問題じゃなくてね、えっと――と、とにかく! あれは左右田君自身の性状なんだよ!」
だから僕はツンデレじゃないんだ――と、自虐と賞賛を忘れてしまうくらいに慌てながら、狛枝が必死に否定してきた。
何で必死なんだよ此奴。
「何でそんなに必死なんだよ」
「だって、僕みたいなこの世の害悪を凝縮したような屑が、好きな相手につんつんするなんて――そんな身の程知らずなことをする馬鹿だとは思われたくないし」
此奴、遠回しに左右田のことを馬鹿って言ってないか。
「――まあ、言いたいことは判った。お前がツンデレじゃないってのも判った。だから黙れ」
「あははっ、日向君。もしかして日向君も――ツンデレ?」
俺は無言で狛枝の頭を叩いた。
――――
「はああっ、今日はとっても楽しかったですぅっ」
「楽しかったねっ、蟹さん踏み潰すの!」
また明日もやろうよ、罪木おねぇ――と言って、西園寺は無邪気に笑った。言っていることは邪気に満ちているが。
狛枝と自由時間を過ごし終わった俺は今、こうして夕食をレストランで食べている。皆も同じようにレストランに集まり、夕食を食べている。
そう、皆だ。
「貴様、肉だけでなく野菜もしっかり食らうが良い」
「――は? 野菜も食べてるけど? 俺みたいな食物連鎖の最低辺に存在する微生物以下の屑如きが、超高校級の料理人である花村が作った素晴らしい料理を選り好みする訳ないだろ」
「なら何故、ピーマンを避けている」
「何でこういう時に限って標準語を――いや、これは後で食うんだよ。つうか、一々俺に構わないでくれねえかな。食事中くらい静かにしてくれよ、不愉快だから」
「ふっ、そう言って誤魔化すな。さあ、早く苦汁を孕みし緑の悪魔を食らうが良い! さすれば貴様に、覇王たる俺様の肉棒を食らう権利を与えてやるぞ!」
「五月蠅えなあ、噛み千切るぞ」
「ほう、銜える気はあるのか」
「ある訳ねえだろ、死ねよ」
そう、此奴等も当然の如く居る訳だ。
「ふはっ! 素直ではないな。だが、それが良い!」
「五月蠅えって言ってんだろ。はあっ、超高校級の飼育委員ともあろうお前が、食事中は静かにしましょうって常識も知らないなんて――絶望的だな」
「ふっ、俺様に常識など通じんのだ」
いや、常識は持とうよ覇王様。
というか――遊園地で何があったのか知らないが、妙に二人の距離が近い。隣同士で席に座っているし。田中が左右田に寄ってるせいで、尚近いように感じる。
相変わらず左右田は田中に辛辣だが、それでも田中の傍から離れないところを見ると――まあ、あれが所謂ツンデレなんだろう。俺の知っているツンデレとは全く違うけど。
「左右田よ、話を戻そう。早くピーマンを食え」
「五月蠅えなあ。食べるっつってんだろ」
そう言ってはいるが、左右田の手は一向にピーマンへ伸びない。
いや、寧ろ避けてる。避けてるよ左右田さん。器用にピーマン避けて食べてるよ、野菜炒めの。
「あはっ。左右田君、言動が一致してないね」
こっそりと、俺にだけ聞こえるように話し掛けてきたのは狛枝だった。
「彼の人格に僕の性格を付加した状態だから、色々とおかしくなってるのかな」
さっきのツンデレも、一般的ツンデレとは比較出来ないくらい変わってたし――と言って、狛枝は左右田を見つめる。俺もそれに倣い、左右田を見た。
相変わらずピーマンを避けているが、口では自虐と花村への賞賛の言葉を述べ、食べる食べると田中に言っている。
「何か、面白いな」
「言動の不一致と言えば、罪木さんもだよね」
ごめん、あんまり罪木のこと見てなかったから解んない。
「すまん、罪木の言動の不一致、解らない」
「日向君、片言、なってる」
真似すんなよ馬鹿枝。
「仕方ないなあ、観察眼をさぼり気味な日向君は。あのね、今の罪木さんの発言は、確かに西園寺さん並みに毒舌ではあるんだけど――」
やってることは、違うんだよね――と言って、狛枝はある場所を指差した。その指先には――罪木と終里と西園寺が居た。
「やっぱり花村の作る飯は美味えよな!」
「ああ、やだやだぁ。終里さん、食べ粕を撒き散らさないでくださいよぅ。飢えた野良犬みたいで浅ましいですぅっ」
「きゃはははっ! 罪木おねぇってば、的確な喩えだね! 本当この脳筋馬鹿女、食べ方きったなぁぁいっ」
いじめ、かっこわるい。
まあ、終里は全く気にしていないけどさ。
「日向君。罪木さんの発言だけじゃなくて、行動も見て」
あっはい。
罪木を見る。口では終里のことを襤褸糞に扱き下ろしているが――終里の食い散らかした物を片付けたり、終里に新しいご飯を与えたりしていた。
「ああ――言動、一致してないな」
「ねっ?」
きっと元の人格と付加された性格の隔たりが、言動の不一致として現れているんじゃないかな――と、いやに楽しそうに狛枝が笑う。
「何か楽しそうだな」
「だって、何だか面白くって」
面白がるなよ、一応病気なんだぞ彼奴等。
「――って、あれ? 田中って、言動の不一致なくないか?」
「元の人格と付加された性格との隔たりが、小さかったんじゃないかな」
それって、つまり――。
「――田中って、変態だったのか」
「その可能性もあるけど、性癖も付加されるみたいだから違う――筈だよ」
左右田君も僕と同じ希望中毒になってるみたいだしね――と、狛枝が続ける。
あっ、希望中毒の自覚あったんですね。
「あれじゃないかな。花村君の正直で素直な性格が、田中君の正直だけど少し素直じゃない人格と、上手く噛み合った――とか?」
「俺に聞かれてもなあ」
田中を見る。相変わらず左右田に構っ――って、えっ?
田中が左右田に、ピーマンを食わせてる。物理的に。
田中が箸でピーマンを摘み、それを左右田の口に放り込んでいる。
左右田はそれを拒絶することなく、口を開けてピーマンを受け止め、咀嚼している。嫌そうな顔で。
何がどうなってそうなったし。
「ふははっ、よぉしよし。良い子だ」
「気安く頭を撫でんじゃねえよ。大体、お前如きに食べさせて貰わなくても俺は食べたんだよ。餌付けのつもりなら不愉快極まりねえんだけど」
「ほう。その割には俺様からの施しを、甘んじて受けていたように見えたが?」
「は? お前の眼球腐ってんじゃねえの? あと頭撫でんな」
「ふはっ! 素直ではないなあ左右田和一よ。嫌なら振り払えば良いものを」
「一応お前も希望溢れる超高校級の人間だから、仕方なく我慢してやってんだよ。そんなことも解らねえのか?」
ああ、これだからコミュ障は――と毒を吐きまくり、嫌そうに眉を顰めている左右田だが、田中に頭を撫でられて頬を赤く染めているので、まるで説得力がない。
「ふっ、その捻くれたところも愛らしいが――後で俺様の魔城へ来い。俺様直々に、貴様の歪みを矯正してやろう」
一晩中、じっくりとな――と、田中がめっちゃ良い声で、左右田の耳に囁いた。
比較的近くに居た俺にも聞こえてしまい、思わず白目を剥いてしまった。狛枝にも聞こえたらしく、欲望に溢れてるね――と呟いていた。
囁かれた本人である左右田は暫く硬直した後、顔を真っ赤にしながらぷるぷると震え出し、そして――小さく頷いた。
何故頷いたし。
「左右田。お前、行ったら食われるぞ」
俺にとって左右田はソウルフレンドだし、とりあえず忠告しておいてやる。
しかし左右田は首を横に振り、真っ赤な顔をしたまま笑い出した。
「はは、ははははっ! 仮にも超高校級の飼育委員である田中の誘いを、愚かで役立たずで無知な俺なんかが断れる訳ないだろぉっ? それに俺は、性的倒錯者のコミュ障ハムスターちゃん如きに食われる程の価値なんてねえよ! だから大丈夫、大丈夫だ!」
自虐してんのか貶してんのか訳が解らないよ。もう滅茶苦茶だよ左右田さん。
「素直になれない人格が僕の性格によって攻撃的な態度に変化し、且つ僕の性格のせいで自虐せざるを得ない――故に、自虐と暴言が入り混じった、歪な言動として顕在化しているのかな? とても面白いよ!」
面白がってる場合じゃないだろう狛枝さん。
「ふははっ! 良い、良いぞ左右田和一! 解し甲斐のある、愛らしい雑種よ!」
「愛らしくねえよ、やっぱり眼球腐ってんじゃねえの?」
そう言いながら左右田はニット帽を目深に被り、生まれたての小鹿みたいにぷるぷる震えていた。
もう見てるのが可哀想になってくるくらい、顔を真っ赤にして。
「これは――面白いね」
今夜二人がどうなるのか、明日が楽しみで仕方ないよ――と言い、狛枝は目をきらきらと輝かせて愉しそうに笑った。
――俺は愉しくねえよ。
頼むから、頼むから俺の胃に穴が空くようなことだけはしないでくれよ。頼むから――。
俺は心の中で何度も何度も二人にお願いしながら、冷めてしまった野菜炒めを口へ放り込んだ。
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