ソフトクリームと逆ナンパ

 
「たぁなかぁっ、ソフトクリーム買おうぜ。お前あれな、バニラとチョコ混ざったやつな」

 にこにこと無邪気に笑いながら俺様に毒を吐いているのは、我が魂の伴侶――つまり友人である左右田和一だ。悪意が無いだけに扱いに困る。
 因みに今日は学校が休みなので、暇潰しにぶらぶらと街を散策しているのだ。サボリではない。

「貴様、それは俺様の毛髪に対する侮辱か? 今は戦闘形態(バトルモード)ではないぞ」

 普段はそう――バニラ&チョコソフトクリームのようだと左右田に揶揄される髪型だが、今は髪を下ろしているので揶揄われる筋合いはない筈だ。
 だが左右田は、バトルモードってなんだよ――と言ってからからと笑うばかりである。これが他の人間なら覇王の威圧で黙らせるところだが、左右田なので許してやる。
 というか此奴には覇王の威圧が効かないので、黙らせるも糞もない訳だが。

「――お兄さん、ソフトクリーム二つね! バニラ&コーラと、バニラ&チョコ!」

 まだ食べるとも何とも言っていないのに、左右田は既にソフトクリーム屋で注文していた。しかも俺様のも勝手に。種類まで勝手に。というかバニラ&コーラとは何だ。聞いたことがないぞ。

「――ほれ、受け取れ」

 バニラ&コーラについて考えている間に、左右田はソフトクリームを二つ購入して此方へ戻ってきていた。差し出してきたのは勿論バニラ&チョコである。
 折角買ってきてくれたのだから要らんと言う訳にもいかず、有り難う御座います――と言いながら受け取るしかなかった。

「この白黒の甘き混沌に幾ら対価を支払った?」
「え、何? 奢りだから気にすんなよ」

 そう言いながら左右田は蛇のように長い舌で自身のソフトクリーム――バニラ&コーラとやらを舐め上げた。
 あの赤茶色い部分がコーラなのだろうか。バニラ&チョコのようなマーブルカラーのそれは、俺様が今持っているバニラ&チョコによく似ていた。

「しかし――」
「しかしも案山子もねぇよ。この前コーラ奢ってくれたお返し」

 左右田はぺろりと犬のようにソフトクリームを舐め、にっこりと舌を出したまま笑った。
 本当に犬みたいだなと思いつつ口には出さず、俺様はバニラ&チョコとやらを齧ってみた。
 甘くて冷たい。見た目は何だかむかつくが、味はとても宜しい。

「なぁ、一口くれ」

 溶けていくソフトクリームの残渣を口の中で転がしていると、左右田が俺様のソフトクリームを指差しながらそう言ってきた。
 元々左右田が買ったものなので俺様は了承の意を示す為にこくりと頷き、左右田にソフトクリームを手渡そうとした――のだが。

「あーっ」

 などと言いながら左右田は口を開けているものだから、思わず身体が硬直してしまった。

「――な、にを、している?」

 思考まで停止しかけたが何とか踏み留まり、左右田に問い掛ける。すると奴は小首を傾げ、食わせてくれねぇの? と宣いやがった。
 食わせる、だと?
 つまりそれは、所謂あれで、世間一般でいう「あーん」というやつで――。

「ふ、ふはっ。し、仕方の無い奴だな」

 俺様は上擦った声を上げながら、ぷるぷると震える手でソフトクリームを左右田の眼前に差し出した。
 何故だ。何故こんなにも緊張するのだ。友人に「あーん」するだけのことで、何故こんなにも動揺しているのだ俺様は。こんなことくらい他の奴等もやっていることだろう。こういった知識に疎いのでよく判らないが。
 大体、此奴の一挙手一投足が一々俺様の心臓をいつも締め付けてくるのは何なのだ。
 一口飲んだペットボトルを「飲むか?」と俺様に渡してきたりした時も――。
 俺様が食堂で食事している時に「隣良いか?」と座ってきた時も――。
 数学で判らないことがあった時「此処はこの公式使うんだぜ」と言いながらどや顔をしてきた時も――。
 ぎゅうぎゅうと胸が締め付けられて苦しいのだ。しかし不快ではない苦しさ故に、俺様は益々混乱する。
 一体この苦しみは何なのか。どうすれば治るのか。そして原因は何なのか――。

「ん」

 などと考えている間に、左右田が俺様の差し出したソフトクリームをぺろりと舐めた。
 赤く熟れた果実のような色をした長い舌が、ぬらりぬらりと何かを誘うように動いている。酷く妖艶で淫靡で蠱惑的で――俺様の喉がごくりと鳴った。
 ――はっ?
 いや、何を考えているのだ俺様は。確かに少しだけ、少しだけ厭らしい雰囲気を感じたりはしたが、此奴にそんなつもりはないだろうし――いや、大体何故厭らしいなどと感じたのだ俺様は。其処が可笑しい。根本的に可笑しい。

「んーっ、やっぱバニラとチョコ美味いな!」

 俺様が混乱中であるとは露も知らない左右田は、とても満足そうに笑っていた。
 そしてそんな左右田を見ていると、また胸がぎゅうぎゅう――いや、ぎちぎちと締め付けられる錯覚に陥る。苦しい。辛い。だけど心地好い。
 もしかして俺様ってMなのかな――などと嫌な想像が働きかけた瞬間、左右田が自分の持っているバニラ&コーラとやらを俺様の眼前に突き付けてきた。
 いきなりだったので驚き、俺様は勢い良く後ろへ身を反ってしまった。それを見た左右田は、ビビり過ぎだろ――と言ってけらけら笑っている。
 貴様がいきなり突き付けてくるからだと文句を言おうとしたのだが――。

「はい、あーん」

 などと言いながらソフトクリームを俺様の口に軽く当ててくるものだから、何も言えないまま口に当てられたソフトクリームを齧ることしか出来なかった。
 バニラとコーラの組み合わせは存外に良かった。しかしこれは此奴が舐めた後のソフトクリームで――嗚呼、また胸が苦しい。

「へへっ、美味いだろ?」

 左右田がにっかりと歯を見せながら笑い掛けてきたので、俺様は胸の苦しさをぐっと堪えながら頷いてみせた。
 折角の休日だ。此奴に心配を掛けさせてはならん。隠し通さねば、隠し通さねば――。

「お兄さん達、二人だけですか?」

 俺様が必死に堪えている最中、それ等は唐突に声を掛けてきた。
 見知らぬ女が二人――派手過ぎず地味過ぎぬ清楚な服装をした女達だった。二人共顔立ちが良く、健康的な体型をしている。第一印象だけで言うなら、所謂「良い女」というやつだろう。
 そんな女達が、人好きのする笑みを浮かべながら俺様達を見詰め、再び口を開いた。

「あの、もし今暇なら一緒に遊びません?」
「お兄さん達って格好良いし、遊んでくれたら嬉しいなぁ」

 こ、これはもしかして――ナンパ?
 しかも女からということは、所謂「逆ナン」というやつだろう。漫画やドラマの中だけだと思っていたが、本当にあるのだな。
 初めての経験に半ば放心していると、左右田が歯を見せないように口を閉じてにっこりと笑い、もしかしてナンパっすか? と女達に聞いた。

「そうだよぉ。あ、でも、本当に遊びたいだけで、身体目的とか詐欺目的とかじゃないからね!」
「うんうん。ただ二人共暇そうにソフトクリーム食べてたし、私達も暇だし、これも何かの縁かなぁっと思って声掛けたんだよ」
「譬でも身体目的とか詐欺目的とか言わないでくれよ! 怖ぇよ! でも面白いっすね、お二人さん」
「そう? じゃあもっとお話しようよ!」
「カラオケとか行く? それともゲーセン? 私はカラオケが良いなぁ」
「カラオケかぁ、良いっすねぇ」

 当事者である筈の俺様を置いてけ掘りにしたまま、話がどんどん進んでいる。何故か左右田も乗り気な感じで、呑気にソフトクリームを舐めながら応対している始末だ。俺様というものが在りながら、一体どういう了見だ。
 ――はっ?
 いや待て俺様。別に此奴がナンパに乗り気でも構わんだろうが、只の友人なのだから。何で俺様というものが在りながら――なんて女々しい考えが頭を過ぎる?
 あれか? 数少ない貴重な友人だから独占欲が湧いているのか? そうか、そうなのか。女々しくて幼稚なことに変わりないが納得した。
 ならば俺様は大人になって、寛大な心で、左右田の友人としてナンパに付き合ってやるのが男の友情――。

「わぁ、お兄さん逞しい腕ですね!」

 女の一人が左右田の腕を触っていていた。瞬間、俺様の中で何かが吹っ切れた。
 女共を振り払うように左右田を何も持っていない方の手で抱き寄せ、女共をぎろりと睨め付けながら吼えた。

「済まないが俺様達は一時の逢瀬を楽しんでいる故、邪魔をしないて戴きたい!」

 いきなり怒鳴られ、呆然として俺様を見ていた女共も何かを察したのか、デートの邪魔しちゃってごめんね――と笑いながら去っていった。心做しか生暖かいものを見るような目で見られた気がする。
 デート。そうか、デートか。今漸く解った気がする。俺様は左右田が好きなのだな。友人としてではなく、恋人として。
 だからナンパされて乗り気な左右田に腹が立ったし、今までの胸の苦しさも説明がいく。恋患い、というやつだったか。
 成る程成る程と納得していると、抱き寄せたままの左右田が、俺様の手をぺちぺちと叩いた。

「溶けてる」

 え? と思って自分の手を見てみると、それはもう悲惨なくらいどろどろに溶け、手を伝って地面に垂れ落ちている哀れな元ソフトクリームがあった。

「し、しまった」
「あーあー。さっさと食わねぇから」

 左右田はちゃっかり自分の分は食っていたようで、呆れたような半笑いを浮かべている。
 どうしたものかと狼狽していると、左右田がソフトクリームでべちゃべちゃになっている俺様の手を掴み、顔を寄せ――長い舌でぺろりと舐め上げた。

「んなっ!」

 吃驚して変な声が出てしまった。何だこれは、何だこの状況は。どうしたら良いのだ。判らん! 判らん!
 混乱している俺様を置き去りに、左右田は俺様の手に付いたソフトクリームの残骸を全て舐め取り、自身の唇に付いた残骸の残りを舌で舐め取った。
 嗚呼、矢張り此奴の舌は艶めかしくて厭らしい。

「――御馳走さん」

 コーン部分も平らげた左右田はそう言ってにかっと笑い、俺様の服をぐいぐいと引っ張った。

「ほら、一時の逢瀬なんだろ? 邪魔されたくないんだろ? なら早く次行こうぜ次。二人きりになれるところとかさぁ」

 ぼけっとしてんじゃねぇよ田中ぁっ――と言いながらからからと笑う左右田を見て、俺様は多分この先ずっと此奴に振り回されながら生きるのだろうなぁと思いつつ、温和しく左右田に付いて行くことにした。

[ 252/256 ]

[*戻る] [進む#]
[目次]
[栞を挟む]


戻る


「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -