「お、お前っ、何を――」
「君からしてきたんだから、僕にもする権利くらいあるよね」

 また顔を隠されると邪魔なので、左右田君の手を掴んだまま、何度も何度も彼に口付けを浴びせた。優しく食むように頬を啄み、態と音を立てるように吸い、舌先で擽る。
 そんなことをされて恥ずかしいのか、彼はぷるぷると震えながら目に涙を溜めて僕を睨んでいた。まるで僕が左右田君を虐めているみたいだ。実際そうなんだけど。
 でも――。

「嫌なら暴れれば良いのに。そうしないってことは――そういうことだよね?」

 そう笑い掛けると、彼は眉根を顰めて自身の唇をぎゅっと噛んだ。
 鋭利な彼の歯が唇に食い込んでいる。このままだと、あの歯は唇に突き刺さって血が出るんだろうな。真っ赤な血に濡れた左右田君の唇――想像しただけで胸がどくりと高鳴った。
 でも彼が怪我をするのは好ましくない。血塗りの唇を想像して興奮してしまったのは事実だけど、彼に痛い思いをさせてまで見たいものじゃない。一刻も早く止めないと。

「ほら、噛んじゃ駄目だよ」

 僕はそう言いながら左右田君の唇に舌を這わせた。
 途端に彼がひっと短い悲鳴を上げて口を開いたので、僕はその隙を逃すまいと自身の舌を彼の口内に捩じ込んだ。突然侵入してきた異物に驚いたのか、彼の身体がびくりと跳ねる。

「ん――んぅっ」

 くぐもった声を上げ、彼が身動く。逃げようとしているのだろう。それでも僕はお構い無しに彼を押さえ付け、貪るように深く深く口付けた。
 溢れてくる唾液で滑った舌を彼の舌に無理矢理絡め、優しく激しく緩急を付けて愛撫する。舌と舌が擦れ合う度に彼は身体を戦慄かせ、鼻から抜ける甘ったるい声を上げた。

「ふ、うぅっ――」

 彼は今にも溺れ死んでしまいそうな犬のように藻掻き、僕の背中に手を回して引っ掻くように縋り付いた。情欲に火を灯すように彼の両足が僕の身体を撫で擦り、腰に絡み付いてくる。
 僕の愛撫を受け止めていた彼の舌がたどたどしく蠢き、僕の舌にゆっくりと纏わり付いてきた。彼は呼吸もままならない身で僕の背中に爪を立て、親から餌を与えられた雛鳥のように、彼と僕のものが混ざり合った唾液をごくりと飲み込む。
 唾液を飲み込んだ彼は僕の胸を軽く押して引き剥がし、弱々しく口から息を吸い込んだ。

「呼吸の仕方が判らないの?」

 僕が尋ねると、彼は肩で息をしながら僕から目を逸らし、小さくこくりと頷いた。

「鼻で息をすれば良いんだよ」

 そう言いながら僕は彼が息を吸い込んだ時を狙い、再び唇を奪った。
 無遠慮に舌を口内に滑り込ませ、硬口蓋を舌先で擽るように舐める。すると彼はびくりと身体を震わせ、涙の浮かんだ眼で僕を見詰めながら、僕の舌の裏を撫でるように舐めてきた。
 表面だけを撫でるように絡み付いてくる彼の舌が気持ち良く、どくりと下半身が疼く。ぐりぐりと股間を彼の臀部に押し付けてみると、彼は僕の股間が硬くなっていることに気付いたのか、赤い顔を更に赤らめて身体を硬直させた。
 彼が目だけを動かして、何か言いたげな視線を僕に送る。僕はそんな彼を見詰めながらにっこりと目を細め、股間を押し付けながら彼の口内に舌を這わせた。
 歯列を確かめるように歯肉を舐め上げ、未だに硬直したままの彼の舌を軽く突く。すると彼は怖ず怖ずと舌を動かし始め、僕の舌に巻き付けてきた。
 だけど彼は僕の股間が気になるようで、ちらちらと下の方を見ては僕の顔を見て、直ぐに目を逸らしている。そんな彼が何だか面白くて、僕はキスをしながら腰を振ってみることにした。
 服越しに彼を犯しているかのような錯覚に陥り、僕は酷く興奮した。衣擦れの音すらも卑猥に聞こえ、股間がまたどくりと疼く。
 このまま突っ込んでしまえたら、どれだけ気持ち良いのだろう。邪な考えが浮かび上がり、僕は本能のままに彼のズボンを掴んだ。

「――ん、んんっ」

 僕がしようとしていることに気付いた彼は、自身のズボンを掴んでいる僕の手を握り、抗議の声を上げて首を横に振った。
 ――どうして今更拒絶するのかな? 君だって興奮しているのに。
 彼の手を振り払った僕は、彼の股間を優しく握った。いきなり急所を握られた彼はびくりと肩を震わせる。僕程ではないが、彼の陰茎は服越しからでも判るくらいに熱を帯びて硬くなっていた。
 ――ほら、やっぱり興奮してるじゃないか。
 ゆっくりと解すように彼の股間を揉むと、彼は慌てて身を捩り、僕の肩を掴んでぐいと押し退けた。唾液で出来た銀糸が僕の口と彼の口を繋ぎ、ぷつりと切れて彼の唇に落ちる。

「や、やめろって。やばいから、なぁ」

 荒い呼吸を繰り返しながら、彼は僕に訴えた。言いたいことは何となく判ったけど、判らない振りをすることにする。

「何がやばいの?」
「だから、これ以上は拙いって」
「何が拙いの?」
「それは――」

 彼は言い澱んだ。察してくれと言わんばかりに僕を見てくるが、僕はそれに気付かない振りをして彼の返答を待った。
 暫くすると彼は先程唇に垂れ落ちた唾液を舐め取り、今にも泣きそうな――それでいて妖艶な笑みを浮かべた。

「――お前が不細工だったら、こんなことしなかったのに」

 そう言いながら彼は僕の頬に右手を添え、親指の腹で僕の唇をなぞる。

「こんな綺麗な面して迫ってくるから、魔が差しちまったんだ」

 まるで僕を責めるかのような言い草に、少しだけ腹が立った。僕だって、僕だって――。

「僕だって君が可愛くなければ、こんなことしなかったよ」

 予想外の反論だったのか、彼は目を丸くして僕を見ている。だけど僕は彼に構うことなく続けた。

「僕が迫ったくらいで真っ赤になって、涙目になって、睫毛が長くて、それが凄く色っぽくて、虐めたくなっちゃうくらい可愛くて――だからさ、君も悪いんだよ」

 そう言って僕は彼の頬を撫で、にっこりと微笑んだ。我に返った彼は僕から目を逸らす。暫くすると彼は何かが吹っ切れたような、はにかんだ笑みを浮かべて此方を見た。

「――じゃあ、お互い様だよな」

 彼は長くて赤い舌を自身の唇にべろりと這わせながら、熱の籠もった厭らしい声音で囁いた。僕の頬に添えられた彼の手が後ろに回り、僕の後ろ髪を梳くように撫でる。
 優しく愛おしむような手付きで髪を梳かれながら、僕はまた彼の唇に口付けを――。

「すみませんかん大和! 事後のエッチスケッチワンタッチがまだでしたので描か、せ――」

 口付けをした瞬間、部屋の扉が勢い良く開いてソニアさんが現れた。
 僕達を見て硬直するソニアさんと、ソニアさんを見て硬直する僕達。正にシュール。いや、ある意味修羅場かも知れない。
 だってこんなところを見られてしまったのだから。
 嗚呼、このまま時間が止まるか巻き戻しされるかすれば良いのになぁ――なんて現実逃避をしていると、突然ソニアさんがぷるぷると身を震わせ始め、そして力強く右拳を天に向かって突き上げた。

「我が人生に一片の悔い無し!」

 高らかに吼えたソニアさんの顔は、今まで見てきた中で一番の最高に幸せそうな笑顔だった。

「あぁあぁぁあぁっ! リアルホモ! リアルBL! んもぅっ、左右田さんと狛枝さんったら! ガチならガチと仰りやがれですよ! 私、同性愛に偏見なんて持ってやがりませんですたい!」
「あ、いや、ソニアさん、あの――お、おち、落ち着いて」

 漸く硬直が解けた左右田君が、僕を押し退けてソニアさんに声を掛ける。だけどソニアさんの耳には届いていないらしく、彼女は溢れんばかりの素敵で愉快な腐れ妄想を垂れ流し始めた。

「左右田さんと狛枝さんは相思相愛の仲なのに、同性愛者に厳しい世の中の煽りを受けた左右田さんは『同性愛は可笑しい』と自分に言い聞かせて狛枝さんを諦めるのですが、ある日、狛枝さんが左右田さんに『好きだ』と言って『そんなこと言われたら諦められねぇじゃん』『諦めなくて良いんだよ』『でも、同性愛なんて可笑しい』『可笑しくても良いじゃない。僕と一緒に可笑しくなろ?』と言って二人は、二人は――むっはああああああああっ! 最高でございますわああああああああっ!」
「そ、ソニアさぁああああああああん! 戻ってきてくださぁああああああああいっ!」
「いや、待ちやがります? 今のシチュエーション的には私がデッサンの為にホモらせたのが切っ掛けで二人が目覚めたという感じの方が一番自然ですね」

 凄いよソニアさん、大正解だ。正にその通りだよ。
 心の中でソニアさんエスパー説を立ち上げていると、ソニアさんは急に黙り込み、僕達をじっと見詰め――にやりと微笑んだ。
 どう考えても王女様がやっちゃいけない類の笑顔だ。極悪人がする笑顔だ。

「左右田さん、狛枝さん」
「は、はい」
「な、何かな?」

 凄く嫌な予感がする。

「振りではない本物のキス、描かせて戴けますよね?」

 有無を言わさぬ超高校級の王女オーラを放ちながら宣うソニアさんに、小市民である僕達が逆らえる筈もなく――僕は若干遠い目をしている左右田君の唇に、出来るだけ優しく口付けを落とした。




 扉が開けっ放しだった所為でソニアさんの妄想讃歌が廊下に響き渡り、次の日には僕達の関係が皆にばれていて頭を抱えることになることを、今の僕達はまだ知らない。

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