「狛枝さん、もう少し左右田さんに寄ってください。そう、そんな感じです! あっ、左右田さんは狛枝さんの腕をぎゅっとしてください!」

 嗚呼、何でこんなことになったんだっけ。
 そうだ、確かソニアさんが「日本のナウでヤングな腐り人が好むBL漫画を描いてみたいです!」とか言ったのが切っ掛けだったかな。
 それを聞いた左右田君が「俺で良ければお手伝いしますよ!」って言って、聞き耳を立てていた僕も「僕もソニアさんの踏み台になるよ」って言ったんだよね。
 僕も、多分左右田君も描く手伝いをするって意味で申し出たんだけど――。

「狛枝さん! その態勢のまま左右田さんにキスです! あ、振りでも構いませんよ」

 まさかデッサンのモデルにされるとは思わなかったね。あはっ。
 因みに此処は僕の寮部屋だ。流石に女子であるソニアさんの部屋でするのもあれだし、左右田君の部屋は機械でごちゃごちゃしているから論外だし。
 そして今は左右田君と僕がベッドに腰掛け、ソニアさんが注文する「イチャコラポーズ」とやらをやっている最中だ。

「ソニアさぁん! 振り以外にどうしろって言うんですかぁっ!」
「本当にして戴いても構いませんということですわ! 寧ろその方が描き易いので助かりマンモス!」
「幾らソニアさんの頼みでも本当にキスするのは無理ですから!」

 涙目になりながらもソニアさんの為に僕なんかと絡む左右田君って、本当に自己犠牲的というか恋は盲目というかお人好しというか――まぁ、其処が彼の良いところでもある訳だけど。

「うぅっ、狛枝ぁっ、絶対キスすんなよ。絶対すんなよ。する振りだけだからな」

 左右田君はそう言って僕の方を向き、涙を堪えながら口を閉じた。

「そのノリはやれってことかな?」
「ちっげぇよ! やったらお前の唇に鉄板打ち付けるからな!」

 今の左右田君なら本気でやりそうで怖いなぁと思いつつ、彼なりの脅しをはいはいと流しながら自分の唇を彼のそれに近付けてみた。
 それだけで左右田君は面白いくらいに身体を強張らせ、様子を窺うように僕の眼を見詰めてきた。
 こんなに近くで見たことなかったから気付かなかったけど、左右田君って睫毛の量と長さが凄いんだね。
 彼の瞳は不安と恐怖で潤み、瞳孔が散瞳している。頬が赤い。おまけに涙で睫毛が少し濡れていて、淑やかでいじらしい色気を感じてしまう。
 ――振りだ、あくまでもする振りをしなきゃ。そう自分に言い聞かせながら左右田君に近付いていく。
 あと少し。あと少しで彼の唇と僕の唇が触れる。存外に柔らかそうな彼の唇に触れる――寸前で止め、ソニアさんの様子を窺った。

「す、素晴らしいです! 筆が止められない止まらないかっぱ巻きですわ!」

 彼女はとても興奮した様子で鉛筆を振るい、スケッチブックにがりがりと描き殴っていた。
 暫く動いたら駄目そうだなと思いながら左右田君を見てみると、彼も僕を見ていたらしく、視線と視線が搗ち合う。
 何となく目を逸らすことが出来ず、多分左右田君も僕と同じで――結果的にお互いを見詰め合うことになっていた。
 こうやって唇と唇が触れるか触れないかの距離で見詰め合っていると、何だか段々変な気分になってくるというか、恥ずかしくなってくる。
 左右田君も恥ずかしいのか、さっきよりも頬が赤い。耳まで赤くなっているし。潤んだ瞳が目付きの悪さを緩和していて、いつもより幼く見える。
 左右田君って結構可愛いなぁ――と思った瞬間、僕は半ば無意識にごくりと唾を飲んでいた。
 もし今キスをしたら、左右田君は一体どんな反応をするのだろう。見てみたい。
 泣くのかな。怒るのかな。それとも――。

「狛枝さん、左右田さん! イチャコラシーンは描き終わったので、次はベッドシーンをオナシャス! です!」

 危ない思考に陥り掛けていると、ソニアさんがとんでもないことを笑顔で宣ってきた。
 ベッド、シーン?

「ソニアさん! ベッドシーンって何ですか、ちょっと! ソニアさぁん!」

 突然の展開に驚愕した左右田君は、僕を押し退けてソニアさんに詰め寄り吼えた。しかし超高校級の王女様がその程度で怯む筈がなかった。

「まだ慌てるような時間ではありませんよ左右田さん! ベッドシーンはベッドシーンです! ぎしぎしあんあんでリア充死ね! なベッドシーンですわ!」
「ぎ、ぎしぎしあんあんって、ちょっと」

 左右田君はソニアさんの言葉を小さく復唱し、顔を真っ赤にしながら俯いた。下ネタ上等何でも来いって見た目しているのに、中身は結構初なんだよね。

「あの、ソニアさん。やっぱりその、俺達まだ高校生な訳ですし。やらしいことをしない、健全な内容の漫画を描いた方が、宜しいと思う訳ですよ」
「我が国では高校生くらいの年齢で大人の仲間入りですよ」
「郷に入れば郷に従ってくださいよソニアさぁん!」
「お断りします!」

 珍しくソニアさんに反抗した左右田君だったけど、結果は見ての通りだ。強硬姿勢を変えないソニアさんに対して左右田君はそれ以上何も言えず、がっくりと肩を落としている。
 何というか、御愁傷様?

「という訳で、早くお二人共脱いでください」
「えっ」

 他人事のように左右田君を哀れんでいた僕は思い出した。
 自分も当事者だったことを。

「ソニアさぁん! 流石にそれだけは! それだけは勘弁してくださぁいっ!」
「駄目です! 制服のままだと身体の輪郭が判り難いのです! パンツ一枚になりなさい! 葉っぱ一枚あれば良いのです!」
「無理です! 幾らソニアさんの頼みでも絶ッッ対に嫌です!」

 これだけは譲れないと言わんばかりの左右田君に鬼気迫るものを感じたのか、ソニアさんは落ち込んだ様子で左右田君の意見を飲んだ。
 僕としても脱ぐのだけは勘弁して欲しかったので助かった。嫌という訳じゃなくて、引き返せない道に突っ込んでしまいそうだからね。
 ただでさえさっきのキスする振りだけで堕ち掛けたのに。危ないよ。

「では服を着たままで結構ですので――狛枝さん、左右田さんを押し倒してください」
「えっ」

 うん。何となく判っていたけど、僕が男役なんだね。左右田君は見て判るくらい顔を真っ青にし、僕のことを見詰めてきた。赤くなったり青くなったり忙しいね。

「あはっ。でも服着たままなんだし。気にしない気にしない」
「い、嫌だぁっ! 何でまだ女を押し倒したことすらないのに、男に押し倒されなきゃならないんだ!」
「じゃあ僕が押し倒される側になろうか?」
「駄目です! 身長が高い狛枝さんがタチをやってくださらないと困ります! 覚悟を決めてください左右田さん!」
「で、でもぉっ」

 半泣きになりながらぐずぐずと僕とソニアさんを見遣る左右田君に、僕はにっこりと微笑み掛けてあげた。

「駄目だよ左右田君、手伝うって言ったんだからちゃんと手伝わないと」

 そう言いながら僕は左右田君の肩に手を掛けて勢い良くベッドに押し倒し、勢いのままにキスを――する寸前で止めた。
 直ぐ目の前にある左右田君の顔が、これ以上ないくらい真っ赤になっている。さっきは青かったのに直ぐ変わるんだね。
 何だか面白くてくすりと笑うと、左右田君は眉を顰めて僕を睨み付けた。普段の彼なら殺人鬼並みの眼力があったんだろうけど、眼が潤んでいるから全然怖くない。
 いや寧ろ――加虐心を擽られる。

「ナイスです狛枝さん! 次は正常位をお頼み申す!」
「そ、ソニアさぁん?」
「ほら、左右田さんも早く足を上げて股を開きなさい、股を! さぁ!」
「ふ、ふぇぇぇっ」

 僕が一旦離れると、左右田君は罪木さんみたいな弱々しい泣き声を上げながら、ソニアさんの言う通りに足を上げて股を開いた。
 何というか、うん。

「左右田君って安産型?」
「絶対、後でっ、潰すっ」

 完全に泣いている左右田君の脅しを笑って流した僕は、ソニアさんが注文した正常位のポーズをする為に彼の股の間に身体を入れて、彼の両足を軽く持ち上げ、自分の股間と彼の臀部をくっ付けてみせた。
 ズボン越しとは言え、なかなか込み上げてくるものがある。左右田君可愛いし。

「素晴らしいっ! 素晴らしいです! もし良ければそのまま腰を振って――」
「そんなのデッサンに要らないだろうがぁっ!」

 左右田君は色々と一杯々々なのか、ソニアさんに対して敬語も何もなくなってきている。人間余裕が無くなると素が出るよね。

「狛枝さん、正常位のまま左右田さんにキスして戴けますか?」
「怒鳴ってごめんなさい止めてくださいソニアさん」
「これで終わりですから我慢してください」

 これで終わりという言葉で少し気が楽になったのか、左右田君はぐっと涙を堪えて、早くしろよ――と震えた声で僕に向かって言った。
 一瞬本当に誘われてるのかと錯覚して顔が熱くなる。嗚呼、拙い。抑えが利くかな。
 理性と本能の激しい闘いを脳内で繰り広げながら、僕は左右田君の身体に伸し掛かってキスを――する寸前で止めた。
 精神的に疲れたのか左右田君はぐったりとしていて、僕のするがままになっている。そんな彼を見ていると邪な欲望が鎌首を擡げ始め、このまま本当にキスしてしまおうか――なんて考えが脳裏を巡り、抑えが利かなくなってきた。
 拙い、拙いなこれは――。

「――やったでございますわ! 感謝歓迎雨霞ですわ! 見てくださいお二人共! 私、無事に描きやがりましたわ!」

 沸々と滾ってくる想いを封じ込めてじっと我慢していると、僕達のポーズを描き上げたらしく、ソニアさんは嬉しそうに此方へスケッチブックを見せてきた。
 デッサンって言ってたのに、何で僕や左右田君って直ぐ判るような細かさで描いているんだろう。

「ちょっとソニアさん――」
「では私、今から徹夜覚悟で描いて参ります! 萌えは熱い内に描け! ですわ!」

 ツッコミを入れる間もなく、ソニアさんは嵐か台風のように部屋から飛び出していった。萌えがどうのと言っていたけど、ツッコミから逃げたのかも知れない。
 まぁ、それは扨置き。部屋に居るのはキス寸前の正常位で固まっている僕と左右田君だけな訳で――つまり、もう良いってことだよね。

「狛枝、もう離れ――」
「左右田君、キスしない?」
「え?」

 心のストッパーだったソニアさんが居なくなったので、僕はあっさりと欲望をぶち撒けることにした。
 左右田君は一瞬呆けた表情をしたかと思ったら、直ぐに顔を真っ赤にして僕から目を逸らしてしまった。
 何かしら怒鳴り散らしてくると思っていただけに、この反応は予想外で――未知なる希望が満ち溢れているね。

「嫌?」

 ぎしりとベッドを軋ませながら左右田君に詰め寄る。元々キス寸前の距離だったので、ちょっとの衝撃で唇と唇が触れ合ってしてしまいそうだ。
 左右田君はぎゅっと唇を固く閉じ、何か言いたげな視線を僕に投げ掛ける。僕も彼を見ているので、お互いを見詰め合う形になっている。
 これは良いってことなのかな? それとも嫌ってことなのかな?
 聞くべきなのかな? 黙って待つべきなのかな?
 ううん、どうしたら良いのかな。
 拒絶とも受容とも取れる彼の行動に僕はどうするべきか判らず、じっと待ちながら彼の睫毛の本数を数えていると、不意に彼の両手が僕の頭を掻き抱き、ぐいと引っ張られ――むにゅっとした柔らかいものが唇に当たった。どう考えても彼の唇だ。
 彼がこんなことをしてくるなんて予想もしていなかった僕は、呼吸すらも忘れて硬直してしまった。暫く固まったままでいると、彼は僕の胸をぐっと押して遠ざけ、外方を向いた。

「――やっぱ今の、無し」

 そう言って彼は自身の顔を両手で隠してしまった。
 隠し切れていない彼の頬は林檎のように真っ赤で、美味しそうだな――と思った僕は彼の手を無理矢理引き剥がし、露になった美味しそうな頬に口付けをした。

[ 249/256 ]

[*戻る] [進む#]
[目次]
[栞を挟む]


戻る


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -