「なっ、何だよ。可愛いって」

 困ったような、今にも泣きそうな表情で彼が僕を見詰める。怒ってるのかな。よく判らないや。

「馬鹿にしてんのか? それとも――」
「褒めたつもりだけど」
「へ、へぇ?」

 彼は訝しげに僕を見遣り、はぁと溜息を吐いた。何だか彼の頬が赤いような気がする。やっぱり怒ってるのかな。いや、もしかして照れてる?

「ったく――お前なぁ、そういうのは女に言えっつうの。大体、男に言われても嬉しくねぇよ」
「その割には左右田君、顔が赤く――」
「なってねぇよ!」

 瞬間彼は歯を剥き出しにし、今にも噛み付きそうな勢いで僕に怒鳴った。
 必死過ぎて何だか可愛い――じゃなくて可哀想になってきたので、これ以上弄るのは止めることにする。

「うん、僕の気の所為だったね。それより何かしようよ、折角来たんだし」
「そもそもお前が――はぁ。いや、もう良いわ。うん」

 彼は額に手を当てながらまた溜息を吐いた。

「何回も溜息を吐いたら幸せが逃げちゃうよ?」
「誰の所為だと思ってんだ、誰の」
「えっと――僕かな?」
「そうだよ。判ってんなら俺から逃げちまった分の幸せ、弁償しろっつうの」
「そ、それって――」

 いや、深読みしちゃ駄目だ。
 幸せの弁償――つまり僕が彼に幸せを与える――とか、何か遠回しの告白に聞こえないことも無きにしも非ずのような気がしないでもないような感じだったかも知れないけど、勘違いというか深読みし過ぎだよね。彼はほら、そのままの意味で言ったんだ。うん。そうだ、そうに違いない。
 などと脳内で自分と会話している間に、彼はとあるクレーンゲームの前に立ち、百円を投入しようとしていた。そのクレーンゲームは――。

「ウサミちゃん?」

 そう。さっき話題にしていたウサミちゃんの縫いぐるみが陳列されているクレーンゲームだ。

「するの?」
「手に入りゃあ嬉しいんだろ? 取れるか判んねぇけど」

 そう言いながら彼は百円を投入し、操作ボタンを押した。クレーンが横へ動いていく。

「この機種、結構弄ったことあるから――」

 彼が次のボタンを押し、クレーンが縦に移動する。クレーンが縫いぐるみの上辺りで止まり、アームを開いて量産型の機械らしいがたがたな動きで降下していく。

「わぁお」

 思わず声が出ちゃった。だってアームが見事に縫いぐるみのタグに引っ掛かって、そのまま縫いぐるみを引き摺っていって開口部へ落としちゃったんだもの。
 彼は悠々と開口部の底の蓋を開けて獲得した縫いぐるみを取り出し、感嘆している僕に差し出した。

「――どやぁっ」

 口で言うものではないと思うよ、左右田君。
 って、それよりも――。

「もしかして僕に呉れるの?」

 差し出した縫いぐるみを一瞥してから彼を見詰めて問うと、彼は呆れたと言わんばかりに大きな溜息を吐いた。

「流れで判るだろ、流れで」
「うん。でも僕なんかに本当に呉れるとは」
「なんか、ってのは止めろっつうの、もうっ。まだ自虐癖が残ってんのな」
「根本的な性質は変わらないものだよ」
「偉そうに言うな! ったく、ほらっ」

 ぶつぶつと文句を言いながら、彼は押し付けるようにして縫いぐるみを僕へ手渡した。見た目以上にもふもふしていて手触りが良いフェルト地の縫いぐるみだ。もふもふ気持ち良い。そして可愛い。

「あはっ、有り難う」
「どう致しまして」
「左右田君ってさ、超高校級のクレーンゲーマーにもなれるんじゃないかな」
「其処まで凄いことじゃねぇだろ。弄ったことあるやつだったから動作とか知ってて、上手くいっただけだ」
「でも結構クレーンゲームしてるんでしょ? もっと極めればいつかは」
「弄ったっつうのは解体したことがあるって意味で、ゲーム自体はそんなにやったことねぇぞ」
「あっ、そっちかぁ」

 流石、超高校級のメカニックだね――と笑いながら僕が言うと、お前そのフレーズ好きだよなぁ――と言って彼はからからと笑った。
 本当に彼はよく泣くし、よく怒るし、よく笑う。ころころと変わる表情は、ずっと見ていても飽きない。やっぱり可愛いなあ。

「扨、他に何やるかねぇ」
「まだクレーンゲームするの?」

 きょろきょろと辺りを見回し、次の獲物を物色している彼に問い掛ける。すると彼は少しだけ目を見開き、首を横に振った。

「いやいや、もうクレーンゲームはしねぇよ。これ以上増えたら映画観る時に邪魔だろ」
「あはっ、そうだね。じゃあ音ゲーでもやろっか」
「五月蠅いの駄目なんじゃねぇの?」
「音楽と騒音は別だよ」
「あぁ、そう」

 お前の基準が判んねぇ――そう言って彼は苦笑し、音ゲーのコーナーへ歩いて行った。僕も彼に続き、足を運ぶ。

「結構五月蠅ぇぞ」

 彼が、大丈夫か? と言うような視線を僕に寄越す。
 何だかんだで彼は心配性で他者に気を遣う。その気遣いを女の子にも向けられたら結構モテそうなんだけど――女の子相手だと空回りする残念な男の子だから詮方無い。
 僕としてはそれが彼の良いところだと思うけどね。だって彼が女の子にモテちゃったら、僕と遊んでくれなくなっちゃうだろうし。

「プレイすれば気にならなくなるよ、ボタン操作で必死になるから」
「あぁ、何となく判る」

 うんうんと頷く彼を横目に、僕は空いている筐体の前に立ち、財布から百円を取り出して硬貨投入口へ入れた。

「あ、俺は見てるな。その縫いぐるみも俺が持っとくわ。邪魔になるだろ」

 いつの間にか僕の隣に居た彼がゲーム画面を見ながらそう言い、僕が持っている縫いぐるみを一瞥した。

「隣の筐体空いているよ?」
「音ゲーすんの苦手なんだよ、見てる方が楽しい」
「そっか」

 じゃあ良いところ見せないとね――と言って僕は微笑み、彼に縫いぐるみを預けてゲームを操作する。ユーザー登録とかはしてないからゲストプレイでね。
 難易度を一番難しいのにして適当に知っている曲を選ぶと、軽快な音楽を鳴り響かせてゲームが始まった。指定されたタイミングで決められた幾つものボタンを押していく。

「うわぁ、すげぇ」

 よくもまぁそんなに手が動くな――と言い、彼は楽しそうにまじまじと僕の手を凝視している。こんなに注目されながらゲームをするのは初めてだから、何だかとても恥ずかしい。うっかり失敗してしまいそうだ。
 でも左右田君が見ているから、こんなにも僕を見てくれているから――絶対失敗しない、してなるものか。
 彼が喜んでくれるなら僕は喜んで踏み台になるし、ゲームだって――。

「――パーフェクト、っと」

 完璧にクリアしてみせる。

「うわっ、すげぇっ! ノーミスかよ、お前凄いな!」

 すげぇすげぇと連呼しながら左右田が、ばしばしと僕の背中を叩いてきた。
 ちょっと痛いけど、嬉しいな。マゾだからじゃないよ。何かこう、本当に喜んで貰えてるなって感じがして嬉しいんだ。

「お前そんなに凄いプレイ出来るなら、ユーザー登録すりゃあ良いのに。データとして残せるじゃん」
「そうしたいのは山々なんだけどね、僕の不運って物を壊したり無くしたりするでしょ? だからユーザー登録してもカードを無くしたり、何故か僕のデータが抹消されていたりしてね――登録は諦めたよ」
「ああ、そっか。じゃあ――」

 左右田君は苦笑いを浮かべながら僕の双眸を見詰め――。

「じゃあ俺がお前のデータ、記憶しといてやるよ」

 そう言ってまた僕の背中を叩いた。
 記憶しといてって――。

「僕の為に左右田君の脳内メモリを使ってくれるの?」
「お前が音ゲー上手いってことを覚えといてやるってだけだよ」
「それでも良いよ! 大好きな左右田君の記憶に僕のデータを残して貰えるなんて、すっごく嬉しいよ!」
「う、うっせぇっ! ほら、もう一回出来んだろ。早く曲選べって!」

 燥ぐ僕にデコピンを食らわせた左右田君は、ゲーム画面を指差してぎゃんぎゃん吼えた。左右田君の顔が真っ赤になっているような気がするけど、見ない振りをしてゲームをプレイすることにした。




 結果は勿論パーフェクトクリア。
 ゲームのサーバーにはデータは残らないけど、左右田君が覚えていてくれるから――何の問題もない。左右田君だけが知っている僕のデータ。何だか気恥ずかしいな。

「そろそろ出るか」

 左右田君が携帯を見ながら僕に声を掛けた。そういえば映画に観に行くんだったね、忘れてた。

「じゃあ出ようか」
「おう」

 左右田君から縫いぐるみを受け取り、僕達はゲーセンを後にして映画館へ向かった。すっかりゲーセン特有の騒音に慣らされていたようで、外に出たらあまりの静かさに吃驚してしまった。

「うへぇ、まだ耳がきんきんする」

 眉を顰めながら左右田君が呟いた。

「いっつも凄い音を立てて機械弄りしてるのに、五月蠅いの駄目なの?」
「あ? 五月蠅ぇ音がするような場合は耳栓してんだよ。じゃねぇと聴覚障害になっちまうだろうが」
「えっ、耳栓してるなんて初耳だよ。それならそうと言ってくれれば僕も耳栓して行ったのに」
「いや、作業中に来なけりゃ良い話だろうが」

 馬鹿じゃねぇの此奴と言わんばかりのじと目で睨まれ、僕は少しむっとした。
 だって左右田君の傍に居たいのに、彼がその才能を発揮しているところを見たいのに、来なけりゃ良いだなんて酷いよ。

「僕は出来るだけ君の傍に居たいんだよっ」

 少し怒気を含ませて左右田君に告げると、彼は目を丸くして――僕から顔を背けた。

「あ、そ、そう。じゃあ好きにしろよ、うん。まぁ次から耳栓でもコーラでも持ってくれば良いんじゃねぇかな」

 左右田君は僕から顔を背けたまま捲し立て、早足で道を進んでいった。

「待ってよ左右田君、僕を置いて行く気?」
「うっせうっせ! 早く来いよ、間に合わなくなっても知らねぇぞ!」

 まだ時間に余裕があるんだけどなぁ――と思いつつ、左右田君が判り易いくらい挙動不審なので、僕は何も言わずに温和しく左右田君の後を追い掛けることにした。




――――




「いやぁ、最高の映画だったよな」

 左右田君はそう言い、両腕を上げてうんと伸びをした。
 確かに凄い映画だったよ、ある意味で。
 未来から来た狸型ロボットが主人公含む高校生達をとある島に閉じ込めて殺し合いをさせ、何人かが生き残って狸型ロボットに闘いを挑んだ――と思ったらいきなり何かよく判らない新キャラ? が出て来て主人公達が空気になるし、狸型ロボットと味方の猫型ロボットの熾烈で長い闘い――多分映画の半分を占めていた――が始まるし、最後は最後で狸型ロボットが逃げてエンドだからすっきりしないし――正直、主人公達が空気過ぎて可哀想だったよ。
 途中で自殺に見せ掛けた他殺の自殺で死んだマジキチの方がよっぽど主人公やってたね。

「そう、かな」
「おう、バトルシーンは最高だったぜ。ストーリーは――まぁ、うん」

 そう呟く左右田君の目は若干死んでいた。
 左右田君も僕と同じことを思ってたんだね。

「でもバトルシーンは、バトルシーンは良かったぜ。迫力あったし、ロボット格好良かったし」

 露骨なフォローは止めようよ、泣けてくるから。

「バトルシーンは凄かったよね」
「おぉ。次は――次はバトルシーンもストーリーも最高な映画観ようぜ」

 左右田君はにっと歯を剥き出しにして、僕に笑い掛けた。
 次は――か。次があるんだね。僕なんかと一緒に、また遊んでくれるってことなんだよね?
 左右田君は僕のことを想ってくれてるって――ちょっとだけ期待しても良いのかな?

「うん、次も――次も一緒に行こうね」
「おう!」

 嬉しそうに笑っている左右田君を見詰めながら、僕は左右田君から貰った縫いぐるみをぎゅっと抱き締めた。

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