「――遅いっ!」

 くわっと鋭利な歯を剥き出しにして、左右田和一君は僕を叱咤した。
 普段はにこにこ――いや、へらへらと誠実さの欠片も無い笑顔を張り付けているから忘れていたけど、改めて彼の顔面凶器具合を痛感する。
 肉食獣みたいな歯に、吊り上がった鋭い目付き。おまけに不良ですと言わんばかりに染められ、乱雑に逆立てた躑躅色の派手な髪。更に駄目押しの、髪と同じ色のカラーコンタクト。
 しかも今日はいつものニット帽を被っていなくて、つなぎ服でも希望ヶ峰学園の制服でもなく、フード部分が大きい真っ黒なパーカーと、白地に黒色と赤色の英字が印刷された物々しいTシャツ、銀色の鎖がじゃらじゃらと装飾されている黒いズボンという――何だっけ、パンクファッション? みたいな服装だから、妙な威圧感が半端無い。
 でも派手な容姿と合っているから違和感が無いんだなぁ、これが。よくモブだとか言われて弄られているけど、この顔の何処がモブなんだろう。物語の序盤で死にそうで死なずに最後まで生き残る顔だと思うよ。

「あはっ、ごめんね」
「あはっ、じゃねぇよ。反省してねぇだろ」
「凄い服だねぇ」
「お前はいつもと同じ格好だな――って、話を逸らすな! ったく――ああ、因みにこの服は田中に貰ったんだよ」
「田中君?」

 田中君とは超高校級の厨二病――じゃなかった。超高校級の飼育委員、田中眼蛇夢のことだろう。確かに彼ならこういう服を持っていそうだ。うん。

「これ彼奴が昔着てたやつらしいんだけど、もう小さいし着ねぇから捨てるとか言っててさぁ。捨てるくらいなら寄越せ、って言ったら呉れた」

 どやぁと自慢気に服を見せながら、タダってのは本当最高だぜ――と言って彼は莞爾として笑った。
 そういうところは逞しいんだよねぇ。そういうところは。

「成る程、無理矢理奪ったんだね」
「無理矢理じゃねぇよ、呉れたんだよ。まぁ『えっ? ああ、欲しいならあげるよ』って言われたけど」
「田中君の貴重な標準語が聞けて良かったね」
「彼奴、結構な頻度で標準語喋るぞ」
「それは君が唐突に絡んだり、突然変な発言をしたりするからじゃないかなぁ」
「嫌だなぁ狛枝くぅん、人をまるで変人みたいに言うなんてぇっ」

 彼はにこにこ笑いながら僕の頭を鷲掴みし、頭蓋骨を砕かんと万力のように握り締めた。みしみしという嫌な音が直接聴覚神経へ伝わってくる。
 やばい、割れる。

「ごめんごめん左右田君ごめんなさい骨の軋む音が骨伝導してやばい痛い」
「宜しい」

 必死の謝罪的な何かが功を奏したのか、彼は僕の頭から手を放してくれた。
 指が食い込んでいた部分がずきずきする。左右田君って、メカニックっていうインドアな才能の割に力持ちなんだよね。特に腕力とか握力。逃げ足もかなり速いし、意外と運動が出来るタイプなのかな。

「ああ、痛い痛い。ゴリラに頭を鷲掴みされたみたいだよ」
「誰がゴリラだっつうの。こんなにスマートな男前捕まえて何言ってんだ」
「スマートと言えばスマートだけど、僕の方が細いくらいには逞しい体格してると思うよ」
「ちょっ――男前に突っ込み入れろって、恥ずかしいじゃねぇか」
「僕は左右田君のこと男前だと思ってるよ」
「嫌味か美形め」

 彼は忌々しげに目を細めて僕を睨み、悔しそうに歯軋りをした。嫌味でも嘘でもないんだけどなぁ。

「個性的な容姿だけど、左右田君は男前の部類だと思うよ」
「褒めてんだか貶してんだから判断に困る御世辞有り難う。つうか美形はもう否定しねぇんだな」
「だって君がいつも美形美形って言ってくるんだもの、もう認めるしかないじゃない」
「美形だから美形って言って何が悪い。良いものは良いって評価したい年頃なんだよ、俺は。妬ましいけど」
「妬まなくても左右田君は充分に男前だよ」
「はいはい、ありがとよ」

 彼は軽く流すように礼を言いながら道を歩き始める。それを追い掛ける形で僕も足を動かした。

「もう映画館に行くの?」
「いいや。まだ時間あるし、近くのゲーセンで時間潰そうぜ」
「ちゃんと前売券は持ってる?」
「持ってるっつうの。お前こそちゃんと持ってんのか?」
「今はあるよ」
「今は、ってなぁ」
「だって僕のことだから、落としたり盗られたりするかも知れないじゃない」
「本当面倒臭いな、お前の才能」
「褒めても何も出ないよ?」
「憐れんでるんだよ」

 彼は肩を落として溜息を吐き、緩慢な動作で此方に手を伸ばして、俺が券持っとくわ――と言った。

「良いの?」
「お前が持ってるよりは安全だろ、多分」
「そうだね。じゃあ――はい」

 羽織っているパーカーのポケットから前売券を取り出した僕は、差し出された彼の手にそれを乗せた。券を受け取った彼はズボンのポケットから財布を取り出し、丁寧に折って中へ入れた。
 よく見たら彼の財布はズボンの鎖で繋がっている。ただの装飾品だと思っていたら、盗難や紛失防止も兼ねていたんだね。流石左右田君、賢い。

「お前さぁ、ポケットの中にそのまま入れて持ち歩くなよ。不運関係無く自業自得で落とすだろ」
「あはっ」
「あはっ、じゃねぇよ。さっきも言っただろ」
「ごめんね左右田君、僕の致命的な残念具合に失望したよね」
「安心しろ、最初から期待してない」
「辛辣だね」
「お前限定でな」

 お前なら安心だもんな――そう言って彼は嬉しそうに笑う。
 彼の指す安心って、一体何なんだろう。僕みたいな屑になら何を言っても良いっていう傲慢?
 それとも――僕になら気を抜いて軽口も叩いても良いっていう信頼?
 ううん、後者だったら良いなあ。

「ところで狛枝、何で遅かったんだ?」
「ああ、実は行く途中で花村君に捕まってさ。何処へ行くのかって聞かれたから、正直に全部言ったんだよ。そしたら『わぁお! 左右田君と休日デートかい? 一緒に映画だなんて、むふふ。暗闇であぁんなことや、こぉんなことをするんだね? するんだね! そしてその後ホテル街へ行っ』」
「花村の声真似してまで発言の再生しなくて良いから端的に説明しろ。あと寄宿舎に帰ったら花村殴る、お前も手伝え」
「大丈夫、もうチョップしたから」
「まじか」

 彼が意外だと言わんばかり僕を凝視する。そんなに意外なのかな。

「その場に左右田君が居たらやってただろうなぁ、って思って代わりに」
「成長したなぁ、自虐も少なくなってきたし」

 我が子の成長を喜ぶ母親のように、彼は態とらしく目元を手で拭った。
 ううん、そうなのかな。自分では判らないや。でも、そうだとしたら――。

「左右田君の御蔭だね」
「そうかい。で? 変態が絡んできて、それから?」
「えっと――取り敢えず花村君にチョップを食らわせて、先を急ごうとしたら西園寺さんに捕まって」
「捕まって?」
「グミ買って来ないと左右田君と僕が出来てるって言い触らす、って脅されたから急いで買いに行って」
「行って?」
「買ってきたグミを見せたら『これじゃない』って言われて泣かれて」
「泣かれて?」
「宥めていたら小泉さんが現れて、何を勘違いしたのか説教してきて」
「してきて?」
「三十分くらいして漸く僕の話を聞いてくれて、西園寺さんを回収してくれたんだけど」
「だけど?」
「今度は終里さんに絡まれ――いや襲われて、持ってたグミを強奪されちゃった☆」

 僕が明るく可愛く事の顛末を言い終えると、彼は顔を引き攣らせて苦笑した。

「うへぇ、何とまあ災難な。よく生きて此処まで来れたな」
「うん、もう生きているだけで幸運というか何というか。終里さんが飛び掛かってきた時は『あっ、死んだ』って思ったよ」
「何つうか、一緒に寄宿舎出た方が良かったな」

 申し訳無さそうに此方を見詰める彼に、僕は首を横に振ってみせる。

「こうなると思っていたからこそ僕は、外で待ち合わせしようって言ったんだよ。僕の不運に左右田君を巻き込む訳にはいないしね」
「でも俺が居たら回避出来てたかも知れねぇじゃん」
「更に事態が悪化した可能性は?」
「ひ、否定出来ねぇっ!」

 彼はぐぬぬと唸りながら自分の額に手を当てて歯軋りをした。鋭利でありながら並びの良い彼の歯から、鳴ってはいけない音が鳴り響く。

「身体に悪いから、あんまり歯軋りしない方が良いよ」
「悪ぃ、つい」

 僕が指摘したことで彼は歯軋りを止め、ふぅ――と一息吐いて立ち止まった。

「着いたな」
「そうだね」

 だらだらと雑談しながら歩いていても、歩いているのは確かな訳で――いつの間にか僕達はゲーセムセンターの前に到着していた。
 がやがやわいわい、がちゃがちゃがんがん。まだ中に入っていないのに、ゲーセン特有の喧騒が耳に届いてくる。
 いつも思うんだけど、もう少し静かにならないのかなぁ。五月蝿過ぎるよ。各筐体にヘッドホンを付けて、使用者だけがゲームの音を聞けるようにしてくれないかな。

「あっ。そういやお前、五月蝿いの駄目だっけ」

 ゲーセンが抱える騒音問題について考えていると、彼が申し訳無さそうに声を掛けてきた。
 ちょっと意地悪してあげようかと思ったけど、涙腺の緩い彼に泣かれると心苦しくなるから、努めて明るく笑ってみせる。

「あはっ、大丈夫だよ。確かに五月蝿いのは苦手だけど、苦手だからって死にはしないさ」
「だけどよぉ――」
「それに五月蝿いのが死ぬくらい駄目なら左右田君の傍に居てないよ」
「おい、それは暗に俺が五月蝿いってことか? ん? 言ってみ?」
「さぁ、ゲーセンに入ろう入ろう! クレーンゲームに新入荷が無いか気になるなぁ!」
「話を逸らすなよ!」

 ぎゃあぎゃあと怒鳴る彼を華麗にスルーし、僕はゲーセンの中へと逃げ込んだ。中は矢張り五月蝿く、耳がきぃんとする。
 でも、これくらいなら大丈夫かな。彼の作業場の方がもっと五月蝿いもの。金属同士がぶつかり合う音や、鼓膜が大丈夫か心配になってくるくらい大きな炸裂音とか。あれと比べたら充分堪えられるね。

「おい、お前俺のこと五月蝿――」
「あっ見て見て左右田君。あのクレーンゲームの縫いぐるみって『魔法少女ミラクル★ウサミ』のウサミちゃんだよ」
「だから話を――」
「ウサミちゃんって可愛いよねぇ。青年向け漫画の主人公とは思えない見た目だよね。どう見ても女児向けだし」
「――そうだな、うん」

 これ以上聞き糾しても無意味だと悟ったのか、彼は諦めて僕の話に同意してくれた。諦めって大事だよね。

「で、これ欲しいのか?」

 彼が聊か疲れた様子でクレーンゲームのケース内に並べられた縫いぐるみを指差し、僕に問う。話を逸らす為に振っただけの話題だったんだけど、欲しいか否かと聞かれれば――。

「まぁ、欲しいかな」
「まぁ、って何だよ。まぁ、って」

 僕のはっきりとしない中途半端な返事に対し、彼は鋭い目付きを更に鋭くする。
 本人はちょっと睨んでいる程度のつもりなんだろうけど、端から見れば所謂「眼を付けている」状態な訳で――うん、かなり怖い。
 でも「顔が怖いよ」なんて言ったら確実に泣くので、僕はぐっと堪えた。

「欲しいか否かで言うと、手に入れば嬉しいかなって」
「こういうのが趣味なのか」

 何とも言えない表情で彼は呟いた。もしかしなくても引かれたのかな。

「変、かな?」
「いや、結構可愛い趣味だなあと」
「骨格標本を嗜んでいる左右田君からすれば可愛いものだよね」
「おいこら、何でさっきから俺に対する態度が悪いんだよ。終いには泣くぞ」
「もう涙目じゃない」

 うっせぇ――と叫んで彼は頭に両手を這わせた。多分泣き顔を隠す為にいつものニット帽を引っ張りたかったのだろうけど、今日は被っていないから空振りになっている。
 被っていないことを忘れているのか、彼の手は忙しなく躑躅色の鮮やかな髪を掻いていて――何というか、うん。

「左右田君って、可愛いね」
「――は?」

 頭に手を這わせたままの状態で彼は硬直した。

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