観光で慣行に物申す

 食われる覚悟で付いて行くと、何か怪しい教会みたいなところに辿り着いた。冒涜的な邪教の香りがぷんぷんするぜぇ。

「何だ此処」

 一応ソウダコに聞いてみると、俺の予想通り教会らしい。はいアウト。

「まさかお前、俺を生贄にするとかそういう」
「んな訳ねぇだろ」

 俺の質問を即斬り捨てた挙句、呆れた面で溜息を吐きやがった。
 何だよこの野郎! 未開の地に連れて来られた俺の不安と恐怖と愛しさと切なさと心強さを理解しろよ!
 むかついたので文句の一つでも言ってやろうと思ったが、奴がさっさと教会の扉を開けて中に入ってしまったので空振りになった。
 何だか振り回されっ放しの流されっ放しだなぁと思いつつ、俺も仕方無くその後を追う。入った途端に頭からがぶり、とかないだろうな。止めろよ本当、そういうのは絶対に。


 恐る恐る中に入ってみると、頭からがぶり――なんてことは無く、全体的に薄暗くて怖いが、テレビとかでよく見る普通の教会が其処に在った。
 祭壇に髑髏が飾ってあったりとか、迷える仔羊達が座る長椅子に赤黒い染みがあったりとかは全く無い。普通だ。吃驚するくらいに普通だ。

「クズリュウ! クズリュウ居るかぁ?」

 拍子抜けな有り様に安心して呆けていると、ソウダコが大声で誰かの名前? を呼んだ。
 クズリュウ? なぁんか何処かで聞いたことがあるような――。

「――うるっせぇんだよボケが! んなでかい声で呼ぶんじゃねぇっ!」

 軽快な破壊音と共に教会の奥から小柄な蛸? 人? 上半身は人間で下半身は蛸で、背中から蝙蝠のような禍々しい翼が生えたスキュラ種のような者が現れた。
 どっかで聞いたことがあると思ったら、クトゥルフの別名クトゥルーと名前が似てんだな。翼があるところも似てるし。
 外見は随分と小柄な上に童顔で、一見すると金髪坊主頭の少年に見える。顳辺りに剃り込みが入っていて、やや厳つい感じもするが。
 あ、口の右下に黒子が。何かエロいな。いや、俺はショタコンじゃないぞ。違うからな!

「ようクズリュウ。俺みたいな歩く騒音発生器が騒音を撒き散らすことは仕方無いことだと思うけど、不愉快にさせたのなら謝るわ。ごめんな」
「全然悪いって思ってねぇだろ、ボケが! ったく、テメェの所為で扉蹴破っちまっただろうが! 修理しろ修理!」

 どうやらさっきの破壊音はこのクズリュウ? とやらが扉を蹴破った音らしい。こんなに小柄なのに、あんな分厚そうな扉を蹴破るなんて。矢張り冒涜的生物は恐ろしい。

「で、テメェは何だ?」

 クズリュウはへらへら笑いながら破壊された扉を直し始めたソウダコを一瞥してから、ぼうっと突っ立っている俺に話し掛けてきた。
 ぴゃあっ! 怖っ! 何か睨んでる! 睨んでるよ!

「いや、あの、俺はソウダコに連れて来られただけで、その」
「あ? 人間嫌いの彼奴が?」

 クズリュウは珍しいものでも見るように、値踏みするように、俺のことを頭の先から足の先までまじまじと舐めるように見てきた。
 だから怖いって。極道を相手にしてるみたいで怖いって。

「ふぅん――おいソウダコ、何で此奴を此処に連れて来た」
「迷惑掛けたお詫びと俺の暇潰しを兼ねて、海底の観光旅行に御招待しただけだぜ」

 いつの間にか扉を直して暇そうにしていたソウダコは、クズリュウの質問に対して爽やかな笑顔を振り撒きながら答える。クズリュウの眉間に血管がびきぃっと浮き出た。

「暇潰しって――テメェ、表に出ろや。上との関係を絶って今まで平和に暮らしてきたのに、暇潰し程度の理由で人間拉致ってくんなや!」
「拉致じゃねぇよ。合意の上でだよ」
「黙れ馬鹿! 何かあってからじゃ遅ぇんだぞ、上の半魚人共が乗り込んできたらどうすんだよ! テメェ脚詰めろや!」
「生えてくるから良いぜ」
「腹斬れボケが!」

 俺のこと放置でぎゃあぎゃあと揉め出した訳だが。何か寂しいので混ざってみようか。

「もしもしクズリュウさん。上との関係を絶ってきたとか、半魚人が乗り込んでくるとか、此処の住人って何か訳有りなんですかね?」

 恐々敬語で尋ねてみると、クズリュウは少し困ったような表情を浮かべた。

「いや、訳有りっつう程じゃねぇんだが。上の奴等は新しいもんに毒されて、今までの伝統や習慣を捨てやがった糞野郎共なんだよ。おまけにこっちにまでその新しいもんを押し付けてきやがる。俺達は昔からの伝統や習慣を大切にしていきてぇのによぉ」

 やれやれだぜ――とでも言いそうな様子で吐き捨てたクズリュウを見て、俺は思った。
 冒涜的生物にも頭の古い奴が居るんだなぁ、と。

「確かに、昔ながらの伝統や習慣は大切ですね」

 古くから伝わる文化を大切にしていくことは、確かに大事だ。昔が在ったからこそ今が在る訳だし、古き良き伝統を守り続けることによって、先人達の意志を伝えていくことも大事だ。
 けど――。

「けど、新しいものを蔑ろにするのはどうかと思う」
「あ?」

 俺の発言が癇に障ったのか、クズリュウが物凄い形相で睨んできた。一睨みで魂を握り潰されたかのような錯覚に陥り、俺の足ががくがくと笑い出した。
 やばい、失言だ。完全に失言だわこれ。何でこんなこと言ったの俺。馬鹿か。馬鹿だわ。
 でも、でも一人の教師として、俺は言いたい。教えたい。

「――いつまでも停滞して、過去に縛られて、保守的に生きる種族に、未来は無いと思うぞ」

 はい終わった! 俺の人生終わったわ!
 さらば糞生徒共、俺が居なくても立派な大人になるんだぞ。
 直ぐに訪れるであろう己の死を覚悟した俺は固く瞼を閉じた。
 ――閉じたよ?
 ん?
 んん?
 あれ、まだ生きてる? 俺、生きてる?
 瞼をそうっと開けてみると、クズリュウは苦虫を噛み潰したような顔をして俺を睨め付けていた。酷く不機嫌そうだが、手を出してくるつもりはないようだ。
 良かった。手を出された日には、確実に御臨終だったわ。こんな生物に勝てる訳ないもん。

「――解ってんだよ、んなこたぁ」

 ぽつりと、クズリュウが吐き捨てるように言葉を漏らした。

「解ってんだよ、このままじゃ駄目だって。でもな、そんな簡単に受け入れられねぇんだよ。特に年寄り連中はな」

 へぇ、老害っつうのは何処にでも居るんだなぁ――などと失礼なことを考えていた俺だったが、段々と教師としての性が鎌首を擡げ始めた。このままではいかんだろうと。
 未来在る糞餓鬼が老害文化に押し潰されるなんて、そんな馬鹿な話があってたまるかよ。
 俺はそんな世の中が嫌だから教師になったんだ。糞餓鬼が一人でも救われるように、糞餓鬼共の未来が明るくなる為に。色んなことを教え、考えさせ、自立させる為に。
 此奴等は今日初めて会った赤の他人だ。きっと今回の旅行がなければ、一生出会うことすらなかったであろう奴等だ。
 でも、俺達は出会った。訳判らん絡み方をされ、こんな深海に沈められた縁だが、縁は縁だ。袖振り合うも多生の縁だ。前世があるか知らんが、こうして知り合った以上、此奴等はもう俺の糞餓鬼だ。
 年上だとか年下だとかは関係ねぇ。教える者と教えられる者に、年齢差なんざ関係ねぇんだよ!

「――おう、クズリュウ。ソウダコ」

 覚悟しろよ冒涜的生物共。

「俺がお前等に教育してやんよ」

 この世界の素晴らしさってやつを、叩き込んでやる!




――――




 あれから何日経っただろうか。あっ、一週間か。
 結局三日間深海に隠って冒涜的生物共を教育してた所為で、旅行らしい旅行が出来なかったな。何しに旅行に来たんだか判んねぇ休みだったわ。
 でもまぁ、珍しい深海生物とか間近で見たり触れたりしたのは凄い経験だと思う。絶対出来ないだろ、普通は。メンダコ触るとか。そう考えたら、それなりに有意義な旅行だったのかも知れんな。


 ――るっくとぅざすかーい♪ うぇいあぷぉんはーい♪


 のんびりだらだらしていると、俺の携帯が軽快で冒涜的でおどろおどろしい着信音を鳴らした。この着信音に設定したのは――。

「あぁはいもしもし?」
「よぉ、生きてるかぁ?」

 妙に粘っこくて明るいソウダコの声音が、携帯越しに俺の鼓膜へ纏わり付いた。
 魔術で電波をあれそれして深海からでも地上に電話したりネット出来るようにしたらしいが、どういう仕組みなのか全然判らない。とりあえず言えることは、魔術ってスゲー。
 つうか、まだ一週間しか経ってないのに生きてるかはねぇだろ。

「巫山戯んな糞蛸。高々一週間でぽっくり死ぬか、人間舐めんな」
「いやあ。お前って何か不幸な香りがするから、もしかしたらって」
「縁起でもねぇこと言うんじゃねぇ。熨斗蛸にすんぞゴルァッ!」
「おお、怖い怖い」

 相変わらずむかつく奴だな此奴は。

「ったく、何の用だよ糞蛸」
「あぁ、忘れるところだったわ。昨日『島を覆う影』観たんだけどさぁ、他にお勧めの映画とか無い?」

 何か遭ったのかと思ったら――。

「――そんなくっだらねぇことで電話してくんなバーカ!」
「何だよ、くっだらねぇことを聞いたり聞かされたりする為の道具だろ、携帯電話って」
「そういう面もあるけど、本来は緊急時に連絡を取る為のものなんだよ! 大体そんなことくらいググれよカス!」
「ググってみたけどさぁ、上から目線な糞レビューしかなくて参考にならなかったんだよ」
「お前も上から目線だなぁ、おい」
「そんな――アメーバにも劣る思考回路しか持たない俺如きが、他人様を見下すなんてことする訳ないじゃねぇか。馬っ鹿じゃねぇの、お前」
「今俺のこと思いっ切り見下してんだろうがぁっ!」

 罵倒する為に電話してきたなら切るぞ――と言って切ろうとしたら、短気は損気だぞ人間――とソウダコが呟いた。

「やれやれ、冗談も通じないなんて絶望的だなぁ」
「どっから何処までが冗談なんだ? ん? 言ってみろや」
「映画云々からだよ。で、本題に入るんけどよぉ――」

 ――今からお前ん家行くから。
 はぁ?

「えっ、意味判らん。何で? えっ、つうか住所知ってんの? 教えた覚えないぞ?」
「魔術を使えばちょろいちょろい」

 魔術って本当に凄いな糞が!

「何しに来るんだよ!」
「地上観光に決まってんだろ? はぁ、これだから人間は」
「人間とか蛸とか関係ねぇよバーカ! 観光なら勝手にやれや! 俺を巻き込むな!」
「やだなぁ、深海観光させてあげたじゃねぇか。借りを返すと思って泊めてよ、な?」
「な? じゃねぇよ! 何が借りだ、文明の光を差してやっただろ! お釣りが来るくらい返したわ!」
「じゃあ人助けだと思ってさ。ね? ね?」

 人じゃねぇだろうが! と突っ込んでやろうかとも思ったが、さっきまで巫山戯ていた癖に、やたら真剣に頼んできやがるものだから――あぁもうっ!

「判ったよ! でも二日だけだからな!」

 鬼に成れない俺を笑えよベジータ。畜生。

「流石! よっ、お人好し!」
「一言余計なんだよバーカ! 手土産持参しろよ!」
「じゃあ『ディープ・ワン』で良いか?」
「おう、ケースで持って来い」
「はいはい」
「『はい』は一回!」
「はい」

 ったく、こんなのが家に来るのか。
 あ、掃除しなきゃ。あと近所で観光出来そうな良い場所探さねぇと。別にあんな糞蛸なんてどうでも良いんだけどな、地上が深海よりつまらねぇとか思われたらむかつくだろ。
 えっ、地上ってこんなにつまらない場所なのかよ。どうしようもないな人間――とか言われたらむかつくだろ!
 だからな、別に彼奴が来るのを楽しみにしてる訳じゃないんだよ。これは闘いなんだ。あの糞蛸を打ち負かす為の闘いなんだよ!
 という訳で掃除始めるか。こんな汚いところに住むなんて、これだから人間は――とか言われたくねぇし。
 まぁでも、悪い気分じゃねぇってことは認めてやるよ。あの糞蛸には絶ッッ対に言わないがな!

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