観光で慣行に物申す

 
「浦島太郎については自分で調べな。じゃあ俺はもう行くから」

 そう言って別れようとした俺だったが、腕に柔らかくて弾力があってぬるぬるとした肉の鞭――スキュラソウダコの脚が絡み付いていて動けなかった。
 何なんですか、もう。

「何だよ、教えろってことかよ」
「違ぇよ。いや、違ぇこともねぇけど。何でお前そんなに俺から逃げ――あぁ、そうか。やっぱり俺みたいな最低最悪の害蛸なんかと一緒に居たくないんだな、仕方ねぇよな。仕方ない、仕方ない仕方ない仕方ない」

 とか言いつつめっちゃ締め付けてきてるのは何でなんですかねぇ。骨が軋んでるんですが。腕折れそう、止めろ。止めてください!

「っうわああああああああっ! いたたたた! 腕! 腕痛い! 放せ! 取り敢えず放せ! 折れる! もげる!」
「――あっ、ごめん」

 必死の訴えが届いたようで、何とか俺の腕は圧し折れる前に解放された。締め付けられていたところが紫色に変色してる。これ大丈夫か? 大丈夫なのか?

「ったく、何なんですかぁっ! 俺に何か怨みでもあんのか? あぁん?」
「うっ、いや、そのぉっ――お、お詫びがしたいんだよ!」

 お詫び? ならもう俺を解放してください――なんて言ったら殺されるな、うん。止めておこう。
 という訳で、何か代わりの要求をすべきだが――どうしよう。別に困ってないし。此奴の所為で困ってはいるけども。何か、何か代わりの――あっ。

「じゃあ案内してくれよ」
「へっ?」
「案内だよ案内。俺は此処へ旅行しに来たんだよ。だからさ」

 お前が案内してくれると助かるなぁ――そう言いながらソウダコを見遣ると、ソウダコは眼をきらきらと輝かせ、任せろ人間――と言って触腕を豪快に地面へ叩き付けた。
 衝撃で地面に罅が入ったような気がするけど、見なかったことにしよう。

「じゃあ早速海ん中へ行くぜ!」

 などと言いながらソウダコは俺の腕を触腕の一本で掴み、手近な浜辺へ突撃し始めた。
 ちょっと待てや。

「ちょっと待てや蛸」
「何だよ」
「何だよじゃねぇよ馬鹿。海ん中? おいおいおい、俺を殺す気か? 俺は人間なんですよぉ、水の中じゃあ息出来なくて死ぬっつうの。それとも酸素ボンベ持ってんのか、あぁん?」
「持ってねぇけど大丈夫だ! 海の藻屑に等しい俺でも、魔術くらいは知ってるんだぜ」

 自虐を織り交ぜつつ自信満々で言い放ったソウダコは、人間が用いる言語とは違う得体の知れない言語を呟き始めた。
 魔術って何する気だおい――と思いながら傍観していた俺は、段々と自分の身体に違和感を覚え始めた。主に首の辺りが。何だと思い触ってみると――。

「――え、鰓があるううううううううっ!」

 突然の変化に絶叫し、何度も何度も自分の首を撫でる。やっぱり鰓だ、半魚人の首にある鰓だ! いやああああああああっ! 人間辞めちゃったああああああああっ! うりぃいいいいいいいいっ!
 SAN値がごっそり削られていく感覚に身を浸していると、ソウダコがきょとんとした様子で口を開いた。

「何でそんなにびびってんだよ」
「びびるに決まってんだろ馬鹿ぁっ! 俺は極々普通の人間だぞ! いきなり人間辞めさせられたらびびるわぁっ!」
「人間辞めるってそんな。元に戻せるから大丈夫だって」

 へ?

「そ、そうなのか?」
「一生そのままにすることも出来るけどな」

 どや顔してんじゃねぇぞ、この蛸助。

「戻せよ! 絶対後で戻せよ!」
「――それは『振り』ってやつか?」
「違ぇよ蛸! 何でテレビ知らねぇのにダチョウ倶楽部は知ってんだよ! 振りじゃねぇから!」
「はいはい、じゃあ海の中へレッツゴー!」
「話を聞けぇええええええええっ!」

 俺の言うことを聞いてるのか聞いていないのか判らないマイペースな糞蛸は、俺を軽々と持ち上げ、八本の脚を発条のようにくねらせて力強く跳んだ。
 わぁ、地面が遠いや。何m跳んでるんだろうこれ。凄いなぁ、スプリングパワーって。
 何て軽い現実逃避をしていると、あっという間に海岸へ着き、そのまま海へダイブすることになった。服のまま。

「せめて着替えさせてくれよ馬鹿! 服が! 服が!」
「服くらい良いじゃねぇか」
「これちょっと高いんだぞ! 海水で傷むじゃねぇか!」

 俺はごぼごぼと海中で声を荒げ、非常識なソウダコに文句を――ん?

「水中なのに喋れてる」
「魔術の力だぜ」

 魔術の力ってスゲー!

「って、誤魔化すんじゃねぇよ! もぉおおおおおおおおっ! 服が傷んだら恨むからな!」
「あはっ、恨まれるのは慣れてってから大歓迎だぜ」
「無駄に強いそのメンタルを何とかしてくれませんかねぇええええええええっ」

 ソウダコと口論を繰り広げながらも、俺はソウダコに連れられるまま、凄まじい速度で海の底深くへ沈んでいく。
 大丈夫なのか、帰れるのかこれ。俺一人じゃ絶対帰れない距離な気がするんだが。もし此奴が気紛れを起こして俺を放置したら――うん、死亡確定!

「おい蛸、お前こんな海の底で俺を放置するとかすんなよ。絶対にすんなよ」
「それは『振り』か?」
「だから違うって言ってんだろ! 食うぞゴルァッ!」
「おぉ、怖い怖い」

 こっちは真面目に言ってんのに!
 あぁ。此奴に目ぇ付けられて捕まった時点で、俺の運命は決まったも同然だったってことか? 畜生、不幸だ。成るように成りやがれ。
 半ば自棄糞になってソウダコに身を任せていると、段々と辺りが暗くなってきた。深海には光が届かないからだろう。
 って、光が届かないレベルまで潜ってるってことかよ! 何処まで行く気だよ! 本格的にやばいぞ俺!

「なぁ、お前何処まで行く気なの? かなり深くまで行ってるみたいなんだけど」
「もう少し待ってな」

 何を待てと言うんだ。こんな真っ暗な海の底に何かあるって言うのか? 一体何が――あっ。
 明るい。深海なのに底が明るい。点々と青白い光が灯っている。その光景は海の底とは思えないくらい綺麗で、御伽噺の世界に迷い込んだかのように幻想的で――俺は思わず息を飲んだ。
 と思ったけど海水だった、塩辛い。

「何だあれ」

 喉を焼くような塩辛さで眉を顰めながらソウダコに聞いてみる。すると奴はにやりと口角を吊り上げた。

「俺の住んでる村だぜ」

 ――村?

「えっ? 海底に村?」
「知的で冒涜的な海洋生物である俺達が、海底に村を作っているのがそんなに可笑しいか?」

 知的で冒涜的――あぁ、そういやそうだったな。此奴等人間様より知的で冒涜的だったわ。村の一つや二つ作っても可笑しくないわ。

「いや、可笑しくねぇよ。寧ろ都市が無いことに驚きだわ」
「都市計画はあったぜ」
「まじかよ」
「まじまじ。でもこの辺りの景観を大事にするべきって意見とか、地上に居る人間達への配慮とかで都市計画は頓挫しちまった。あの頃の人間はまだ刀で遊んでたからなぁ」

 刀って、一体何百年前の話なんだよ。

「これまた随分昔の話だな。で、何に対する配慮なんだ?」
「異端は殺せ! 化物は殺せ! なぁんて考えの野蛮な猿人間に干渉しちまったらヤバいじゃん。都市なんて規模のもんを海底に作ってみろ。規模がでかい分、人口は増える。人口が増えりゃあ群全体の統率力が弱まり、考えの違う派閥が生まれる。地上に行きたがる奴も出てくる。そしてそんな奴が刀を振り回す野蛮な猿人間に出会ったら――」
「斬り殺されるな」
「いや、返り討ちにしちまう」

 返り討ちかい。

「刀で斬られても平気なのかよ。お前等やっぱり化物だわ」
「冒涜的生物舐めんな。俺はカスだけど、他の奴等は強いんだぞ」

 お前も充分化物なんだけどなぁ。

「はぁ。つまり無駄な争いが起こらないよう、小規模な村で落ち着いたと」
「そんなところだ。でも結局その数百年後に村の誰かが人間と接触しちまって、色々酷い目に遭った訳なんだけど」
「お前等も大変だったんだなぁ」
「まぁな。爆弾落とされたり――なんてことは無かったけど、見付かったら即虐められたなぁ。その所為で此処の村人は十年に一回の偵察以外、陸に上がることなんて殆ど無くなったし」

 引き隠らざるを得ない状況だった訳か。何だか哀れだな。
 ――ん 偵察?

「偵察ってなんだ」
「偵察は偵察だ。まぁ偵察とは名ばかりで、人間が何か変なことしてないかとか、ちゃんと生きてんのかとか見てるだけなんだけど」
「ちゃんと生きてんのかって、虐めてきた奴等を心配してくれてるのかお前等」
「人間の生み出す負の感情とかは神の贄になるからな」
「何だよ感動して損した」
「人間なんか心配するかっつうの。って、長話してる場合じゃねぇよ。早く行くぞ」

 そう言いながらソウダコは降下速度を上げ、水底へと着地した。それに続いて俺も着地する。下は砂か。足が取られて歩きにくそうだな。まぁ水中だし、関係ないけども。
 それよりこの村よ。村というか外国の古代都市みたいな――西洋風な建造物が何個も建っていて、村というより町に見える。
 イメージと全然違う。藁葺きの家とかをイメージしていたわ。よく考えたら深海に藁葺きなんて在る筈ねぇよ、馬鹿か俺は。でも何というか――。

「村って感じしねぇな」
「人間の感覚ではそうなのか」
「村って言えば何かこう、畑とか田んぼがあって、爺ちゃん婆ちゃんが縁側でのほほんとお茶してるイメージがな」
「へぇ、人間の村ってそんなんなのか」

 あっやべ、信じやがった。

「いやいやいや、さっきのはかなり古いイメージでな。最近は村って括りでも田畑が無かったり、爺ちゃん婆ちゃんが縁側に居ないこともあるからな。全部が全部という訳じゃないが」
「何でもかんでも鵜呑みにする性質じゃねぇから、そんな必死に訂正しなくても良いって」
「あ、あぁ、そう」

 慌てた俺が馬鹿みたいじゃねぇか、畜生。
 何とも言えない悔しさに歯噛みしていると、ソウダコが町――いや、村の中を歩き始めた。置いて行かれては困るので、俺もその後に続いて歩を進める。
 家々の壁には電灯のように青白く光っている丸い物体がある。近くで見ても正体がさっぱり判らん。触っても大丈夫なのか?

「なぁ、この光ってる物体Xって何なの?」

 軽い好奇心でソウダコに尋ねてみると、奴はにっこりと嫌に上品な笑みを浮かべ、何だろうねぇ――とだけ言ってそれ以上何も言わなかった。
 よし、これは知らない方が良いものだな。学習した。

「ところでソウダコ君や。一体君は俺をどうするつもりなのかね?」
「まぁまぁ、付いてくれば判るさ」

 話を逸らすつもりで聞いたのだが、ソウダコはそう言うだけで教えてはくれなかった。
 何なんだ一体。まさか俺を生贄にして邪神召喚とかするつもりじゃねぇだろうな。止めろよそういうの、笑えねぇから。
 はらはらどきどきがくがくぶるぶるしつつも、帰る当ての無い俺は素直にソウダコの後に付いて行くしかないのであった。
 何となくドナドナを思い出したわ。売られていく俺、何円で売れるかな。あはは。

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