冒涜的羊達の日常
それにしても、何故ツンデレという言葉を知っているのでしょう。冒涜的羊にとっても、ツンデレはメジャーな属性なのでしょうか。
「ツンデレ、可愛イ、ソウヒツジ、可愛イ」
キスをするように何度も口をソウヒツジの顔に押し当て、ヒツジナタは可愛い可愛いと繰り返し囁いています。
すると段々ソウヒツジの眉間に皺が寄り始めました。どうやら怒っているようです。
「ヒツジナタ、シツコイ、嫌イ」
「ガーンッ」
ソウヒツジの言弾がヒツジナタの心をBREAKしました。ヒツジナタは涙目です。ぷるぷる震えて酷く落ち込んでいます。今にも号泣しそうです。
それを見たソウヒツジはおろおろし始めました。言い過ぎたと思ったのでしょうか。
「嘘、嫌イ、嘘。好キ。ヒツジナタ、好キ」
ソウヒツジが先程の発言を撤回しましたね。矢張り言い過ぎたと思ったようです。好きだと言いながらヒツジナタの顔を舐めています。
すると徐々にヒツジナタも落ち着きを取り戻し始めました。
「本当? 好キ?」
「好キ、ヒツジナタ、好キ」
「好キ、俺、ソウヒツジ、好キ」
お互いの顔をぺろぺろと舐め始めましたね。あらあらうふふ、これは大人な展開になるのでしょうか。わくわくします。
「貴様等、変ナコトヲシタラ即マスターヲ召喚スルカラナ」
おっと、タヒツジが乱入してきました。惜しい。
「マスター? 誰?」
ソウヒツジが頭を九十度横に傾けてタヒツジに聞きました。ヒツジナタはお構い無しにソウヒツジの顔を舐めています。凄い執念ですね。
「我等ノ飼イ主ダ」
「アレ、マスター? 違ウ、餌」
まさかの餌扱いです。餌扱いされている飼い主さんが少し可哀想になってきました。
「餌デハナイダロウ。貴様ノ冗談ハ、冗談ニ聞コエナイ」
「ケケケ」
不気味な嗤い声を上げたソウヒツジは、冒涜的羊の名に相応しい凶悪な禍々しさを放っています。見ているだけでSAN値が削られそうです。私にはSAN値ありませんが。
「――冗談冗談。彼奴、良イ、人間。良イ、飼イ主。俺、好キ、本当」
どや顔で言い放ったソウヒツジからは、ついさっきまで放っていた禍々しさが嘘だったかのようで、悪意が微塵も感じられません。凶悪な時とのギャップが激しいですね。其処が良いのですが。
「そうか、好きか」
「好キ。彼奴、優シイ。楽シイ」
「そうかそうか、そんなに俺が好きか」
「好キ――エッ?」
ソウヒツジが小屋の外を見ると、其処には話題の飼い主さんが立っていました。にやにや笑いながらソウヒツジを見ています。
おや、ソウヒツジがぷるぷる震えていますね。顔も真っ赤です。
「――ギ、ギニャアアアアアアアアッ!」
ソウヒツジが絶叫しました。耳を劈く咆哮に驚き、その場に居た全員が硬直しています。その隙を狙ってソウヒツジは小屋から飛び出して行きました。
「あっ、ちょっと待て馬鹿! 待てって!」
飼い主さんがソウヒツジの後を追います。しかし人間がソウヒツジの全力疾走に追い付ける筈も無く、ソウヒツジはあっという間に夕闇に消えてしまいました。
「やっべえ、また脱走したんじゃないだろうな」
「大丈夫、俺、探ス」
「愚羊ノ世話モ覇王ノ責務、俺様モ探シテヤロウ」
「希望ヲ感ジルカラ僕モ手伝ウヨォ」
慌てる飼い主さんにそう言って三匹が駆けていきます。流石冒涜的羊、速いです。サラマンダーよりずっと速いです。
「希望センサーガ、ビンビンダヨォッ。アッチダヨォッ」
「アンテナ、同ジ、方向。反応、有リ!」
「奴ノ禍々シイ気配ヲ感ジル、感ジルゾ!」
三匹の頭頂部に生えている毛髪の一部が、意思を持った生き物のようにうねうねと動き回っています。とても冒涜的です。海藻にも見えますが――兎に角、三匹は毛髪の指し示す方向へ走っていきました。
走って行った先に白い塊があります。あれはソウヒツジですね。
「クァ――トゥ――イアイア――グン――」
何か呪文を唱えているようですね。
「インフィニティ・アンリミテッド・フレイム!」
そんなソウヒツジにタヒツジが体当たりをしました。詠唱妨害はダイレクトアタック、これは世界の常識ですね。
ソウヒツジはころころと地面を転がり、仰向けになったところで止まりました。
「痛イ」
「昼間ノ礼ダ。ソレヨリ、今何ノ呪文ヲ唱エテイタ」
「記憶、消ス」
ソウヒツジがそう言うと、タヒツジは呆れたように溜息を吐きました。実際呆れているのでしょう、表情が正に「開いた口が塞がらない」状態なので。
「愚カナ、何故其処マデスル」
「恥ズカシイ」
ソウヒツジはくるんと丸くなり、地面をころころ転がり始めました。正に丸い綿の塊です。
「恥ズカシガルコトハ無イヨォ、希望ガ満チ溢レテイルジャナイカ。希望ォォォッ、希望ォォォッ」
「ソレニ賛成ダ!」
「好意ヲ直隠シニシテモ、良イコトハ無イゾ雑種ヨ」
「ソレニ賛成ダ!」
「ヒツジナタ君、何デ『ソレニ賛成ダ』ハ流暢ニ喋レルノ?」
「ソレハ違ウゾ!」
「『ソレハ違ウゾ』モダネェ」
「ソレニ賛成ダ!」
謎の応酬を繰り広げ始めたヒツジナタとヒツジエダは無視しましょうか。
ソウヒツジはうんうん唸りながら綿の塊から羊の姿になり、タヒツジを見詰めています。
「良イコト、無イ?」
「無イナ。マスターニ嫌ワレタイノナラ別ダガ」
「嫌ワレル、ヤダ」
ソウヒツジは落ち込んだ様子で耳を垂れ下げています。
「ヤダ、ヤダ、ヤーダー」
ソウヒツジは首を左右に振りながら、歌っているような棒読みしているような奇妙で調子外れなリズムを刻み、四本の脚を巧みに使って「てちんてちん」と地団駄を踏んでいます。
何故冒涜的羊は足音が普通ではないのでしょう。冒涜的だからでしょうか。
「嫌ナラ堂々トシテイレバ良イ。俺様カラ言エルコトハソレダケダ、後ハ貴様次第ダカラナ」
心做しかタヒツジがどや顔をしているように見えますね。格好良いこと言ってやったぜ、みたいな自信が垣間見えます。
ソウヒツジは暫く不思議な踊りをした後、きりっと――当社比――顔を引き締めました。
「判ッタ!」
高らかに吼えたソウヒツジはふんふんと鼻息を荒げ、てちてちと歩き始めました。方向的に小屋へ向かっているようですね。
「おっ、戻って来たか。良かった良かった」
小屋で胡座を掛いて待っていた飼い主さんは、戻ってきたソウヒツジを見て胸を撫で下ろしました。
「お前を捜しにまた山を下りなきゃいけないのかと思ったわ。そろそろ麓の方から通報されそうで怖いっつうの」
「飼イ主、飼イ主」
ソウヒツジは飼い主さんの愚痴や文句を華麗にスルーし、耳をぱたぱた動かしながら飼い主さんに擦り寄りました。角がごりごり飼い主さんの胸に当たっています。痛そうですね。
「角が痛いから止めろっつうの」
矢張り痛いらしく、飼い主さんは角を退けようと両手でソウヒツジの身体を押しているのですが、手がもふもふに飲み込まれていくばかりで、ソウヒツジを退けることが出来ません。
「メメェェェン。飼イ主、俺、嫌イ? 嫌イ、ヤダ。好キ。好キ、ガ、良イ」
「おお、初めて片言じゃない台詞が。途切れ途切れだけど、何か感動した」
「感動? 好キ、ガ、良イ!」
「はいはい、好きだよ馬鹿羊」
飼い主さんはもっふもっふとソウヒツジの体毛を掻き混ぜて身体のようなものを撫で回し、激励するようにソウヒツジの頭をぺしぺしと叩きました。
「だからもう脱走とかしないで良い子で居てくれ」
「ソレ、ハ、別」
「この野郎」
「ギニャアアアアアッ!」
怒った飼い主さんの強烈な手刀を額に受けたソウヒツジは、聞くだけでSAN値が減りそうな悍ましい悲鳴を上げながら地を転げ回っています。余程痛かったのでしょうか。
「――ナンチャッテ、ナンチャッテ」
「いっ――てぇええええええええっ! やっぱり硬いっ、此奴の頭硬過ぎぃっ!」
飼い主さんの方が大ダメージだったようですね。ソウヒツジは先程の絶叫が嘘だったかのように平気な顔をして立ち上がり、頭を左右に振って奇妙なリズムを刻んでいます。まるで飼い主さんを小馬鹿にしているようです。
「糞ぉっ! この馬鹿羊がぁっ! その無駄にもふもふした毛玉を全部刈ってやるわぁっ!」
「丸裸! ヤダ! ヤダ!」
「なら五百円くらいのミステリーサークルを大量生産してやろうか」
「禿! ヤダ! ヤダ!」
「じゃあ虎刈りな」
「俺、羊! 虎、違ウ! ヤダ! ヤダ! ヤダァアアアアッ!」
「あっ、待て! うぉおおおおおおおおい! まじで! 待って! 冗談だからぁああああああああっ!」
余程嫌だったらしく、ソウヒツジが涙をぼろぼろと零しながら小屋を出て行ってしまいました。飼い主さんも慌ててその後を追います。
しかしソウヒツジに追い付くことは無いでしょう。飼い主さんは極々普通の、冒涜的羊を飼っている程度の人間なので。口は災いの元ですね、はい。
いやぁ、矢張り下界というものはとても面白いですね。冒涜的生物と人間が織り成す奇妙な生活、此方では見れないので面白いです。
扨、明日もまた観察を――。
「――ちょぉぉっと君ぃぃっ? なぁぁにサボってるのかなぁぁんっ?」
あ。
「熱心に下界見てると思ったらぁぁっ、なぁぁにぃぃっ? 冒涜的羊の観察ぅぅっ? 君の仕事はぁぁっ、良い感じに破滅してくれそうな人間を探すことでしょぉぉっ!」
すみませんすみません本当にすみません、反省しているので腕を引き千切らないでください痛いです痛いですとても痛いです。
「まぁぁったくぅぅっ、これだから最近の若い者はぁぁっ。君がそんなんだとぉぉっ、君の上司である私が上に怒られるんだからねぇぇっ! 全くぅぅっ、そういうのはぁぁっ、休日にしなさいよねぇぇっ!」
すみません、すみません。もうサボったりしません。許してください。
「判れば良いんだよぉぉっ、判ればぁぁっ。ところでぇぇっ――サボってた間は冒涜的羊の観察しかしてないのぉぉっ? 写真とか撮ってないぃぃっ?」
えっ? あ、録画はしていましたが。
「へぇぇっ――じゃあその録画したやつぅぅっ、私にも寄越しなさいよねぇぇっ。そうしたらぁぁっ、今日サボってたことは許してあげるぅぅっ」
あっ、仲間でしたか。
「もふもふは正義なんだよぉぉっ!」
判ります! 判りますよ! もふもふこそ正義、ジャスティスですよね!
「だよねぇぇっ! あの柔らかくて且つ弾力の有るもふもふは最強なんだよぉぉっ!」
さ、触ったことあるんですか!
「あるに決まってるでしょぉぉっ! もふもふ歴千八百五十七年を舐めんなよぉぉっ!」
ぷ、プロだ! プロフェッショナルだ! もふもふのプロフェッショナルだ!
「ふっふっふぅぅっ、若造よぉぉっ。玄人であるこの私がぁぁっ、もふもふについて熱く激しく教えてやるからぁぁっ、覚悟しなさいよぉぉっ!」
はい先生! いや、師匠!
そうして業務時間にも拘わらずもふもふについて語り合っていた僕達は、上司の更に上司に見付かってこっぴどく叱られた。
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