悪魔で神様

 彼と初めて出会った時、僕は彼を超高校級のメカニックとしか思っていなかった。
 勿論それは世界の未来を担う素晴らしい希望の一人であるという意味で、彼を格下に見ていた訳じゃないよ。寧ろ、格上の相手だと思って接していたんだ。
 だけど彼は、良い意味で気取っていなかった。超高校級のメカニックと謳われる程の実力と知識があるにも拘わらず、彼は親しみ易くて愛嬌があり、こんな僕にも優しく接してくれたんだよ。
 今までそんな優しさに触れたことが無かった所為かな、そんな彼を好きになってしまったのは。後悔はしてないんだけどね。
 いや、ちょっと後悔してるかな。今の状況を招いた原因だからね。

「ん〜♪」

 御機嫌な様子で、最近流行っている曲を鼻歌で唄っている彼は、僕の両手に手錠を掛けて、それをベッドの柵に固定していた。
 万歳お手上げ状態のまま僕は思う。何故こうなってしまったのかと。僕はただ、勇気を振り絞って彼に告白しただけなんだ。好きだって、愛してるって。無理だと思っていたんだけどね。彼には好きな人が居たし、男同士だから。
 だけど彼は僕の告白にOKしたんだ。判った、お前と付き合うって。
 正直吃驚したし、今でも夢なんじゃないかなって思うくらいの展開だったよ。今の状況も夢だと思う。覚めて欲しいな。
 ああ、話を戻すね。それから彼と一緒にデート――と言っても友達同士で遊びに行くみたいな感じだったけど――兎に角、そうやって少しずつ彼と同じ時間を共有するようになったんだ。そして今日の夜、僕は彼に部屋へ来るように言われたんだよ。
 期待したよ。希望ヶ峰学園に入学し、彼と付き合うようになって数ヶ月は経っていたしね。期待しない方が可笑しいよ。しかも夜だなんて、考えられることは一つしかないじゃない。
 だから期待して行ったんだよ。僕も彼も学園の寄宿舎に住んでいたから、こっそり部屋を抜け出してさ。だけど彼の部屋に入った途端、彼は僕の腕を掴んでベッドへ放り投げ、僕に伸し掛かり――さっきの状態になったんだよ。
 何なんだろうね、この展開。

「あの、左右田君」

 勇気を出して話し掛けてみても、彼――左右田和一君は、僕のことを見ながら愉快そうに微笑んでいるだけだった。

「狛枝ぁっ」

 彼はべろりと長い舌で自身の唇を舐めながら、鼻に掛かったような声で僕の名前を呼んだ。
 彼の手は僕の下腹部を擽るように撫でている。服越しではあるけど、擽ったくて堪らない。それに変なところを触ってくるから、ちょっと反応しそうになる。

「したい?」

 悪人面によく似合っている妖艶な笑みを浮かべ、彼は僕に問う。僕がどう答えるか、彼はきっと判っている。判っていて聞いているんだ。

「し、したい」

 懇願するようにそう言えば、彼は一層笑みを深くし、僕の股間を撫で回し始めた。

「何がしたい?」

 彼はズボンの上から扱くように僕の陰茎を指で擦り、じっと僕の目を見詰める。その何かを求めるかのような目に見詰められ、思わず生唾を飲んでしまった。
 彼は僕がどう答えるか判っている。判っているんだ。

「君と、セックスがしたい」

 正直に、自分の欲望をぶち撒けた。すると彼は満足そうに笑い、僕が着ているシャツの下に手を入り込ませた。

「だぁめっ」

 そう言って彼は僕のシャツを捲り上げ、触り心地を確かめるように肌を撫で始めた。
 嗚呼、今の彼が悪魔に見えるよ。これは所謂、生殺し状態というやつなのかな。聞いておいて駄目なんて、幾ら何でもあんまりだ。僕だって男なんだ、したいのにさせて貰えないなんて辛過ぎるよ。

「左右田君、お願い」
「駄目」

 必死のお願いも即答で却下された。こうなったら実力行使――と言いたいところだけど、両手が拘束されていて思うように動けない。それに動けたとしても、彼に力で勝てる訳が無い。インドア派な彼だけど、機械弄りで身に付いた筋力は、凡人の僕より遥かに上だもの。
 両足は自由に動かせるんだけど、彼を蹴り飛ばす訳にもいかないし――というか彼を蹴るだなんて、あまりにも冒涜的過ぎて命で償っても償い切れないよ。
 それに彼を蹴ったところで両手の拘束は解除されないし、寧ろこのまま放置されるか蹴った分の倍返しを食らうだけで、良い結果が訪れる未来が見えない。
 正に八方塞がり。こんなことになるなら、温和しく手錠を掛けられるんじゃなかった。行き成り過ぎて対応出来なかった過去の自分が少し憎い。
 などと自己嫌悪に陥っていると、彼がすっと僕の顔に自身の顔を近付けてきた。ぎしりとベッドが小さく軋む。
 もしかしてキスされるのかなと思ったけど、予想は外れた。目と鼻の先――ちょっと身を乗り出せばキス出来てしまうくらいの近さで彼は僕を凝視し、恍惚とした表情で僕の髪を指で梳いた。

「やっぱり、その表情最高だわ」

 うっとりとした様子で、彼はそう呟いた。

「お前って酷い目に遭っても平気な振りしてるけど、偶にそういう顔するよな。泣きそうな、でも無理して笑ってる顔。すっげえ興奮する」

 彼は輪郭を確かめるように僕の頬を指先で撫で、愉悦に満ちた微笑を湛えながら吐息を漏らした。僕を見ているようで僕を見ていない正気を失った彼の双眸は、仄暗い邪念を宿しながら爛々と輝いている。
 今の彼を喩えるなら――捕まえた獲物を前にし、これからどう甚振って喰らおうかと考えている肉食獣そのものだ。容姿が容姿なだけに、恐ろしいくらい様になっている。だけど普段の彼はこんな人間ではなく、加虐心を煽るような振る舞いをする草食動物そのものなんだ。
 なのに、どうして。どうして彼は今、嗜虐的に笑っているんだろう。これが彼の――本性?

「もっと見せろよ、その顔」

 そう言って彼は、僕のズボンの中――正確にはパンツの中――に片手を滑り込ませた。直に陰茎を握られ、思わず息が止まる。

「あれ、もう硬くなってる。ちょっと触っただけなのに反応しちまったのか?」

 如何にも愉快であると言わんばかりに彼は笑い、玩具を手遊びするように僕の陰茎を指の腹で擦り始めた。漸く得られた快感に全身が震えたけど、パンツやズボンが汚れてしまうことを考えると、その快感に集中出来ない。

「左右田君、ズボンを脱がせてくれないかな」

 何とかしようと思って彼にお願いしてみたけど、彼は愉しそうに僕の陰茎を弄ぶだけだった。

「あの――」
「出しちまえよ」

 もう一度お願いしてみようとした瞬間、彼は僕の言葉を遮るように囁いた。

「出しちまえよ、中に。パンツもズボンも、ぐっちゃぐちゃの精液塗れにしちまえよ」

 ぎらぎらと異常な輝きを見せる目をした彼は、とても冗談を言っているようには見えない。興奮で紅潮した顔に嗜虐的微笑を浮かべ、彼はもう一度囁いた。

「出しちまえよ」

 耳を愛撫するような甘ったるい彼の声が、僕の鼓膜をねっとりと犯していく。それと共に僕の陰茎を弄ぶ彼の手の動きも速まり、急速に絶頂へと追い詰められていった。
 このままでは本当に拙い――そう思って悪足掻きと知りつつ身動いでみるも、彼に押さえ込まれて動けない。
 しかもこの反抗的な態度が気に食わなかったのか、彼は空いている方の手で僕の乳首を抓り、もう片方の乳首を甘噛みし始めた。痛いのに気持ち良いというか、擽ったいのに不快じゃない未知の感覚に、つい変な声が出そうになる。

「胸弄られて感じてんの?」

 彼は歪に口角を吊り上げ、僕の乳首を舌で転がすように舐め始めた。偶にその鋭い歯で優しく噛んだり、態とらしく音を立てて吸ったりしてくるものだから堪らない。痺れるような甘い感覚が身体中に疾り、気を抜いたら達してしまいそうになる。
 それが判っているのか、彼は手の動きをそれ以上強めることもしなければ、弱めることもしない。逝くか逝かないかの絶妙な匙加減を保ち、僕に快楽地獄を味わわせているんだ。
 何て酷い、正に悪魔の所業だよ。

「そ、左右田君、お願いだからっ」
「逝きたいなら逝っちまえよ」
「ひっ」

 一際強く陰茎の裏筋を擦られ、情けない声で鳴いてしまった。足が、足ががくがくする。これ以上手淫されたら、本当に逝っちゃう。

「お、お願い、左右田君、やめてっ」
「止めて欲しいのか」

 ぴたりと、彼の手が止まった。彼は僕の陰茎を握ったまま、身動き一つしない。じっと僕の目を見据え、飄々たる態度で口を開く。

「止めて欲しいなら、止めるわ」

 そう言って彼は莞爾とし、僕のズボンに突っ込んでいた手を引き抜いた。僕の先走りで濡れた手を一瞥し、彼はベッドから下りてさっさと洗面所へ行ってしまった。

「――えっ?」

 無意識に僕は声を漏らしていた。まさかこんなに呆気なく終わらされるなんて思わなかったから。本当に止めるとは思わなかったから。
 残ったのは絶頂寸前まで追い詰められた下半身と、手を拘束されて動けない上半身。まさか――このまま僕は、放置されるの?
 処理しようにも手が動かないし、どうしようも無い。逝きたいのに、逝きたいのに逝けない。刺激を求めて腰が勝手に揺れる。ズボンと擦れて気持ち良いけど、全然物足りない。苦しい。辛い。
 どうしてこんな目に遭うんだろう。幸運の前触れにしても、これは酷過ぎるじゃないか。助けて。この苦しみをどうにかして。

「――まじ泣き? やっぱりお前って可愛いなあ」

 直ぐ傍で彼の声がした。洗面所から戻ってきたんだね。彼は僕の下半身を見詰め、ちろりと舌を出して自分の唇を舐めた。
 彼はこうなると判っていて途中で止めたんだ。僕を焦らす為に。やっぱり彼は悪魔かも知れない。
 でも僕は、そんな彼が大好きだ。酷い扱いをされても、その想いは掻き消えなかった。いや寧ろ、もっと好きになってしまったよ。
 僕という人間が、どれだけ愚かで醜い下等生物であるかを思い知らせ、苦痛と快楽を同時に与えてくれる今の彼は――僕の理想の神様だから。

「――左右田君、逝きたい」

 神に慈悲を求めるように、僕は彼に泣いて懇願した。その反応が頗る琴線に触れたのか、彼は悦楽に満ちた笑みを漏らしながらベッドに乗り、僕の身体を覆うように伸し掛かった。
 彼は地べたを這う蛇のような手付きで僕のズボンの中にするりと手を入れ、再び陰茎を扱き始めた。さっきまでとは違う、逝かせるつもりの激しい扱き方で。痛いくらいに裏筋や亀頭冠を擦り、指を捩じ込むように尿道口を苛む彼の手によって、僕はもう――。

「んんっ」

 逝く――という瞬間、彼が僕の唇に噛み付いた。少し血の味がする彼の舌が口内に入り込み、僕の舌に絡み付いてくる。愛撫するような優しい舌の感触が心地良い。段々と頭がぼうっとしてきて、目の前で光がちかちかと瞬き――僕は彼の手によって達した。

「うへぇっ、手ぇ洗ったばっかりなのにぃっ」

 嫌そうな声とは裏腹に、彼は至極嬉しそうな顔をしている。そして彼は僕に見せ付けるように、緩慢な動作で精液に塗れたその手を舐め始めた。指を一本々々丹念に舐めながら、ちらりと彼が僕の下半身を見る。

「パンツもズボンも、ぐっちゃぐちゃだな」

 僕に言ったのか独り言なのか判らない呟きを漏らし、彼は手を舐めるのを止めて僕の目を見据えた。そして彼はべろりと自分の唇を舐め、妖艶な笑みを浮かべた。

「俺ともっと凄いこと、したい?」

 鼻に掛かったような甘ったるい声で、彼が僕に囁いた。どう答えるべきか、僕はもう判っている。彼の望んでいる答えを。

「したい」
「だぁめっ」

 僕の答えを、彼はにっこり笑って切り捨てた。そして彼は僕を拘束していた手錠を外し、にこにこ笑いながら僕の頭を撫でた。

「今度、なっ」

 彼はそれだけ言うと僕をそのまま部屋から追い出し、また明日なと言って扉を閉めてしまった。
 何て酷い人なんだろう、正に悪魔だ。でも、そんな彼が愛おしい。彼は僕の神様だ、僕に絶望と希望を与えてくれる!
 僕は精液塗れのズボンという絶望を孕んだまま、いつか来るであろう「今度」という希望を抱き、彼が唄っていた鼻歌を唄いながら自分の部屋に帰った。

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