誤解を招く言動は慎みましょう

 私、実は左右田さんが好きなんです――そう告げられた時、俺の思考は停止した。
 はい? ソニアは何と仰いましたか? 左右田が好き?
 いやいや、いやいやいや。

「嘘だろ」

 思わず言ってしまった俺の言葉が癇に障ったようで、ソニアは目の前のテーブルを打ち叩いた。

「無礼者! このソニア、ゲロは吐いても嘘など吐きません! 日向さんは私を疑うのですか!」
「わ、悪かった悪かった。というか王女がゲロとか言ったら駄目だろ」
「あら、うっかり久兵衛でしたわ」

 色々突っ込みたいのは山々だが、そういう仕事は俺の役目じゃないので放置することにした。
 それよりも、だ。

「左右田が好き、なのか」
「いえす!」

 ソニアは満面の笑みを湛えながら、びしっと親指を立ててみせた。冗談のようにしか思えないが、さっきの様子からすると本当なのだろう。
 ううん、よく判らん。ソニアの思考が判らない。今までずっと左右田を蔑ろにしてきたのに、好きだったなんてそんな。一体何のプレイだよ。確かに左右田は喜んでいたけど。

「あんなに左右田のことを避けたり罵ったりしてたのに?」
「愛故に、ですわ!」

 どや顔してるけど、普通そんな愛は誰も喜ばないからな。左右田が上手く適応しただけだからな。
 勘違いしたら駄目だぞ、他の健全な若者達よ。

「愛故にやってたのは判った、うん。それはまあ良いとして、いきなり何でそんなことを俺にカミングアウトしたんだ?」

 そう、何故俺にそのことを言うのか。それが一番判らなかった。
 左右田に直接言えば両想いでハッピーエンドなんだから、俺に態々言う必要性が感じられない。ソニアくらいの度胸と根性と暴走――げふんげふん、勢いがあれば左右田の十人や百人落とせるだろ。好かれている訳だし。
 そう思って聞いてみると、ソニアは顔を赤らめて黙り込み、もじもじと両手を合わせながら俯いた。何だこの反応は。

「あ、あのっ、いざ告白、と言いますか、その――左右田さんに、えっと、す、すす好き、と言うのは――は、恥ずかしい、です」

 あっ、これは完全に内気な恋する乙女モードですわ。
 まさかソニアにこんな面があるとは思わなかった。ソニアのことだから、好きな相手に向かって仁王立ちで「私のものになりなさい!」とか言うと思ってたわ。漢らしい告白すると思っててごめん。

「そうか、恥ずかしいのか」
「は、はい。だからその、日向さんに助けて頂こうと」

 えっ? うぇええええええええいっ! 何で俺! 何で俺!
 彼女居ない歴=年齢の恋愛未経験者な俺に助けてだってええええええええっ!
 いやいやちょっと無理だって本当、全然判らないって男女のあれそれとか。というか何で俺に聞くの、そんなに俺ってモテオーラ出てるの? フェロモン出てるの?

「あのさ、何で俺?」
「日向さんは超高校級の相談窓口だと狛枝さんが仰っていましたので!」

 狛枝てめええええええええっ! 後でその綿菓子みたいな頭を虎刈りにしてやるぜええええええええっ!
 などと胸中で狛枝に殺意の波動を滾らせていると、ソニアがいきなり俺の手を掴み、真剣な眼差しで此方を見詰めてきた。

「お願いします日向さん。これはノヴォセリックの将来をも左右する重大な任務なのです」

 そ、そんな重大な任務を一高校生に押し付けないでくれよおおおおおおおおっ!

「いや、あの、ソニア」
「お願いしますね!」

 こんな時に超高校級の王女の才能を発揮しないでくれよおおおおおおおおっ! 断れないじゃないかああああああああっ!
 そうして俺は心の中で泣きながら、ソニアのお願いを聞くことになってしまった。




――――




 どうしたら良いんだ。大体助けるって、具体的に何をしたら良いんだよ俺は。
 正直な話、ソニアが左右田に言った方が早いと思うんだよな。うん。絶対失敗しないじゃないか、左右田はソニアのことが好きなんだし。
 直径5mくらいの全面当たりな的から30p離れて矢を投げるくらい簡単だと思うぞ。百発百中だぞ。えいって腕振ったら刺さるぞ。
 なのに何で俺、何故に俺。こういう系の経験無い上にノヴォセリックの未来とかも背負わされて、正直もう逃げたい気分だ。狛枝なら逃げちゃ駄目だ逃げちゃ駄目だとか言ってきそうだけど、俺にはそんなこと関係無い。
 厄日だ畜生。こういうのは本人と本人で話し合うべきだってアドバイスをして逃げるべきだった。妙な迫力で頼んでくるものだから、つい。畜生、本当辛い。
 つうか何気に左右田が俺より先にリア充になるのが気に食わない。あの極悪人面の解体&骨格フェチが、俺より先にリア充。
 許せんな。これは許せんな! この怒りは左右田をフルボッコにするまで収まらな――。

「おっ、日向ぁっ」

 いぃぃっ! 何というタイミング、まるで図ったかのようなタイミングで左右田が現れた! にこにこと嬉しそうに此方へ近付いて来る。今はその顔さえ憎たらしい!
 あっ、これは神が俺に与えた試練であり乗り越える壁だな。壁殴り代行屋を雇う金は無いから、俺が直接やってやる! 壁は乗り越えるものじゃない、ぶち壊すものだ!

「左右田ぁっ!」

 俺が大声を張り上げると、左右田はびくりと震えて縮こまった。何でいきなり怒鳴るの? という顔をして、涙が滲み始めた目で俺を見ている。
 本当に左右田は涙腺が弱いな。なのにリア充になるだなんて許せんな! 俺より先にリア充になるなんて、ソウルフレンドが黙ってないぞ!

「許さないからな」
「ふ、ふぇっ?」

 そんな可愛い声出しても許さないからな! 絶対にだ!

「俺というものがありながら、ソニアとらーぶらーぶしようだなんて――絶対に! 許さないからな!」

 弾丸を飛ばす勢いで叫び、俺は踵を返して立ち去った。
 ああ、凄くすっきりした。やっぱりあれだよ、左右田は可哀左右田が一番なんだよ。リア充になっちゃ駄目なんだ。
 正確には俺より先にな! だってソウルフレンドな訳だし、そういうのって大事だろ。ほら、童貞仲間というか。先に卒業って、ちょっと何かあれじゃないか。裏切られた気分というか、なっ。
 だから俺は悪くないんだ。先に裏切ろうとしたのは左右田なんだから。大体、左右田がソニアと付き合うだなんてそんな――ソニア?


 あっ、約束忘れてた。


 これは拙い。ノヴォセリックの未来があれやそれで、俺が死刑になるかも知れない。ソニアの想いを伝えずに、俺の想い――という名の嫉妬を伝えてどうするんだ。馬鹿か俺は。
 慌ててさっきのところへ行ってみるが、左右田は既に居なくなっていた。ガッデム! ド畜生!
 これは拙いよな、拙い。左右田が誰かに泣き付いて、それがソニアに伝わる可能性もある。
 やばい。死ぬ。これは確実に拙い展開だ。何処だ、何処へ行った――そうだ、電子生徒手帳! これで場所が判るじゃないか! 俺ってば賢いな! 流石主人公枠!
 ふんふんと鼻歌混じりで電子生徒手帳を弄ると、いとも容易く左右田を見付けることが出来た。左右田はホテルに居て――ソニアもホテルに居た。
 うわああああああああっ! うわ、うわああああああああっ!
 この気持ちを文章に書き起こせない! 兎に角もう、俺の首にギロチンの刃が近付いている感じしかしない! 命が危ない!
 俺は走った。遮二無二走った。保身の為に只管走った。間に合ってくれ――その一心でホテルに走り、何とか数秒で辿り着いた。
 幸いなことに、左右田とソニアはまだ接触していないようだ。ソニアはホテル前で田中と話し込み、左右田はプール近くでそれを見ている。
 良かった、田中グッジョブ! あとで向日葵の種やるからな!

「そ、左右田、ち、ちょっと」

 全力疾走した所為で息がやばいが、整えている間など無い。早く左右田に伝えなければ。ソニアの気持ちを、早く、早く!

「あのな、実は――」
「日向」

 ソニアはお前が好きなんだ――そう言おうとした瞬間、左右田が俺の言葉を遮った。ちゃんと聞けよこの野郎と思ったが、何故か左右田は真剣な表情で俺を見詰めていて、何も言えない雰囲気になってしまった。
 な、何だ。やっぱりさっきいきなり怒鳴ったことを根に持っているのか? 死ぬまでねちねち言うつもりなのか?

「さ、さっきは怒鳴って悪かった」

 とりあえず謝っておこう。左右田は何だかんだでちょろ――げふんげふん、優しいから直ぐに許してくれるさ。うん。
 すると左右田は首を左右に振り、俺の肩をがしりと掴んだ。

「怒ってねえよ」

 そう言う左右田の顔が妙に赤いのは気の所為だろうか。

「お前の気持ちに気付かなくてごめん」

 えっ、何のこと?

「お前がそんな、其処まで想ってたなんて」

 えっ、何を?

「お前の言葉で俺、気付いたんだ」

 左右田さん? 左右田様? ちょっと?

「俺も、お前のこと――好きだわ」

 ちょっ、えっ。
 えっ?
 そ、左右田ああああああああっ! なっ、ななな何を言ってるんだ? 暑さで頭が逝ってしまったのか? 何をどう勘違いしたらそうなるんだああああああああっ!
 あわあわしながらバックログを確認してみると――あっ、これはあかんやつや。完全に俺が左右田を好きみたいな発言だわ、うん。ソニアが俺の恋のライバルみたいな発言に見えるわ。
 やばいわ、どうしようこれ。

「――日向さん」

 凛とした威圧感のある声がした。声の主は判っている、ソニアだ。声のした方を見てみると、案の定ソニアが居た。後ろには田中が居て、この異常事態を察したのか、凄く逃げたそうにしている。

「日向さん、まさか貴方も左右田さんを狙っていただなんて」

 闘気的なものがソニアから溢れ出し、髪がゆらゆらと揺らめいている。左右田は急展開に付いて行けず、俺とソニアを交互に見ながらおろおろとしている。田中は逃げた。もう彼奴に向日葵の種はやらん。

「いやっ、ちがっ」
「問答無用!」

 島中に響いたんじゃないかと思うくらいの声で吼えたソニアは、びしっと俺に指を差した。

「問答無用、情け容赦無しです。日向さん、これから私達は恋のライバルです。肉を斬らせて骨を断ち、血で血を洗う闘いを繰り広げるライバルですわ!」

 何処の世界の闘いだ。少なくとも恋のライバルが繰り広げる闘いじゃねえよ。

「あの、ソニアさん。超展開過ぎてよく判らないんですけど」
「御安心なさい左右田さん。私が必ず勝ちますので!」
「えっ、えっ?」

 当事者である筈の左右田は完全に蚊帳の外である。何だこれ、喜劇か?

「さあ日向さん、掛かってらっしゃい! ノヴォセリック式CQCを食らわせてやりますわ!」
「ちょっと、ソニア落ち着けって。本当に誤解だから、なあ、ちょっと待っ――」
「どっせええええええええいっ!」

 漢前な掛け声と共に繰り出されたソニアの拳は俺の腹に深く突き刺さり、勢い良く吹っ飛んだ俺はプールに落ちた。
 俺は水底に沈みながら、誤解を招くような発言は慎むべきだなあと肝に銘じ、そのまま意識を手放した。

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