愛してください

 

 誰かに愛して貰いたかった。
 誰かに認めて欲しかった。
 自分は此処に居ても良いのだと、誰かに言って欲しかった。
 そんなことを願うことすら許されない、最低最悪の屑であることを理解していても、僕はやっぱり誰かに愛されたかった。
 幼い頃に両親が死んでしまったからだろうか。愛がとても足りなかった。欲しくて欲しくて堪らない程に。
 でも、僕なんかに向けられる愛なんて存在しない。だから僕は愛そうと決めたんだ。
 人を、希望を、未来を――自分が好ましいと思う全てを愛し、見返りを求めない姿勢で愛し抜いた。
 いや、本当は求めていたんだ。見返りを、愛を。愛すれば愛されると思っていたんだ。だから僕はずっとずっと愛を貫き続けたんだ。
 でも、無駄だった。今まで誰一人として何一つとして、僕に愛を与えてくれるものは無かった。
 愛されたかっただけなのに。愛されたかっただけなのに――何で僕はこんなにどうしようもない、愚かで情けない人間に生まれてしまったのか。
 もっとちゃんとした人間だったら、皆僕を愛してくれた筈なのに。
 皆のように上手く出来たら、愛して貰えた筈なのに。
 ねえ、愛してよ。
 こんな僕でも良いと言ってよ。
 ねえ、愛してよ。
 愛してるって言ってよ。

「――や、あっ」

 彼が鳴いている。ぼろぼろと涙を流しながら、泣いて鳴いている。そんな彼を揺さぶるように貫けば、彼は一際甲高い声で鳴いた。
 ナイフで切り裂いた彼の服はベッドに散乱し、外界に晒された彼の陰茎は少し勃ち上がっている。彼の排泄孔は僕の陰茎を根元まで飲み込み、僕の律動に合わせて締め付けていた。

「ねえ、気持ち良い?」

 僕がそう聞くと、彼は唇を噛み締めて首を左右に振る。抵抗しようと藻掻いているけど、彼の手は既にベッドの柵に縄で縛り付けてあるから大丈夫。
 寝込みを襲って縛ったのは申し訳無いけど、自由に動けない彼を見ていると少し興奮する。これが征服欲って言うのかな。

「気持ち良いんでしょ? ほら、ちょっと勃ってるし」

 ぐちゅぐちゅと厭らしい音を立てながら彼の陰茎を扱くと、彼は死にかけの蟲みたいに身悶え、押し殺した吐息を漏らした。
 堪えなくて良いのに。もっと喘いで、正直になって、本能に従えば良いのに。

「気持ち良いから勃ってるんでしょ? ねえ、素直になってよ」

 彼の腸壁を陰茎で穿ちながら、彼の陰茎を思い切り扱く。それでも彼は首を振って歯を食い縛り、僕の求める反応を返してくれない。
 どうして抵抗するんだろう。こんなにも僕は愛しているのに。彼を愛しているのに。
 何故彼は、僕を愛してくれないの?

「――っ、な、何で、泣いてんだよ」

 彼が漸く、僕に声を掛けてくれた。でも、泣いてる? 僕が泣いてる?
 自分の目に手を当ててみると、確かに少し濡れていた。あれ? 何で僕は泣いてるんだろう。
 何も悲しいことなんて無い筈なのに。

「意味、判んねえ。こんなことしておいて、今更何で泣くんだよ。こっちが泣きてえよ」

 そう言って彼は鼻を啜り、涙が浮かんだ眼で僕を睨み付ける。圧倒的に不利な立場だというのに、それでも僕に反抗的な態度を取る度胸は凄いと思う。
 まあ、彼の場合は何も考えず反抗している気がするけど。

「なあ、お前何がしたいんだよ」
「君を愛したい」

 涙声で聞いてくる彼に、僕は即答した。そう、僕は愛したいんだ。彼を愛して愛して、それから――。

「――俺を愛して、どうするんだよ」

 彼の声が、酷く冷たい響きを纏っているように感じる。

「俺を愛して、何をして欲しいんだよ」

 責めるような彼の言葉が、僕の心に突き刺さっていく。

「答えろよ」
「愛されたかった」

 言わなければならないような気分にさせる彼の鋭い一言で、僕は正直に想いを吐き出した。

「愛されたかっただけなんだ。誰かに、何かに、愛して貰いたかったんだ。でも、誰も僕を愛してくれない。だから僕は愛そうと決めたんだ。愛せば愛してくれると思ったから」

 彼はじっと、僕を見詰めている。僕に呆れているのかな。僕を蔑んでいるのかな。それとも――。

「――馬鹿だろ、お前」

 ああ、哀れんでいるんだね。
 彼の方が哀れな状態なのに、それでも僕を哀れんでくれるんだね。

「馬鹿、かな」
「馬鹿だよ。馬鹿、大馬鹿野郎。物事には順序ってものがあるだろ。何もかもすっ飛ばして、こんなことしやがって」

 そう言いながらまた涙をぽろぽろ零し、彼は僕を睨み付けた。さっきまで感じなかった罪悪感が、怒涛のように僕へ押し寄せてきている。
 どうやら僕は悪いことをしてしまったようだ。

「ごめん、なさい」

 謝っても多分許して貰えないけど、謝ることくらいしか出来ない。
 また僕は愛される機会を失った、自業自得だ。僕はこうして何度も過ちを繰り返し、独りで生きていく運命なんだ。
 僕は、出来損ないの屑だから。皆僕から離れていくんだ――。

「――ゆ、許してやるよ」

 ――えっ?
 彼を見る。彼はぐずぐずと泣いている。泣いているのに、辛そうなのに、悲しそうなのに、彼は僕にそう言った?
 何で?

「何、で?」
「何でも良いだろ、理由なんて」

 判らない。解らないよ。

「良くないよ。理由が判らないなんて、良くない。教えてよ、ねえ」

 ぐっと彼に寄り掛かると、彼と繋がったままだった僕の陰茎が奥へ入り込み、彼は顔を引き攣らせて叫んだ。

「お、お前のことちょっと好きなんだよ! 察せよ! つうかいつまで突っ込んだままなんだよ、抜けよ馬鹿! 変態! 阿呆! あと服は弁償しろよな!」

 ちょっと、好き?
 顔を真っ赤にしながら叫んで暴れている彼は、嘘を言っているように見えない。
 好き? 僕のことが?

「僕のことが好きなの?」
「ち、ちょっとだけな! つうか抜けって本当、何かぞわぞわするから」

 ちょっとだけでも嬉しい。僕のことを好きって言ってくれた人は、今まで誰も居なかったから。
 嬉しい。ああ、これが愛なんだね。心臓が壊れてしまうんじゃないかと思うくらい、どくどくと脈を打っているよ。今死んでしまっても、後悔無く逝けるくらいに嬉しい。

「好き、なんだね」
「だから、ちょっとだけだって」
「僕を愛してくれるんだね」
「お、おう。まあ、ちょっとだけなら」
「僕も好きだよ、愛してるよ」
「わ、判ったから、判ったから抜い――んぐっ」

 五月蠅い口は口で塞いでしまおう。目には目を、歯には歯をって言うしね。

「やっ――ちょっ、何で」
「此処で止めたらお互い辛いし、最後まで遣っちゃおうよ」

 彼の双眸を見詰めながら、僕はにっこりと笑った。彼の顔がこれ以上ないくらい真っ赤になっているから、これは良いってことなんだよね?

「大丈夫、沢山逝かせてあげるから」
「全然大丈夫じゃねえよ!」

 最後の抵抗と言わんばかりに吼えた彼だったけど、僕が動き始めたら可愛い声で鳴き始めた。
 これからもっと泣かせて鳴かせちゃうけど、きっと彼なら許してくれるよね。彼はこんな僕を愛してくれるお人好しだから。
 愛してるよ――そう囁きながら彼に優しくキスをすると、彼は俺もだ畜生と叫んで、僕の唇に噛み付くようなキスをした。

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