可愛い君が大好きな僕を好きにならない君が可愛い

 

 君はとても可愛い。ちょっと弄っただけですぐに泣くけど、宥めてあげればすぐに笑う。単純なところがとても可愛い。
 でも、君の心は複雑だ。いつも人の顔色を窺って空気を読み、偶に嫌われそうで嫌われないギリギリの言動をし、空気があまり読めていないような振る舞いをする。本当は何もかも判っていて、計算尽くで行動しているところがとても可愛い。
 誰の視点からも「好きでもなければ嫌いでもない」位置に居る君はとても可愛い。付かず離れずの距離感を保ち、人の心に踏み込まず、自分の心に踏み込ませない態度がとても可愛い。
 好きだ好きだと言って彼女にアピールする君はとても可愛い。本当は好きじゃないから、万が一にも好かれないよう、比較的嫌われる振る舞いをしている様はとても可愛い。
 君の好きな彼女が好意を寄せている相手に噛み付き、ぎゃあぎゃあと騒ぐ君はとても可愛い。必死になって噛ませ犬、三枚目キャラクターを演じている君はとても可愛い。
 本当は誰かを信じたいのに、裏切られるのが怖くて誰も信じられない君はとても可愛い。如何にも相手を信じているかのように振る舞い、心の中では常に疑っている冷静で冷酷な判断はとても可愛い。
 僕が近付けば近付く程、僕から離れようとする君はとても可愛い。逃げられないように抱き締めた時、縋るように僕を見詰めた君の目はとても可愛い。
 無理矢理キスしたら、声も上げずに涙をぽろぽろと流す君はとても可愛い。勢いの儘に押し倒して首筋に噛み付いた時、小さく鳴いた君の声はとても可愛い。
 君の全てがとても可愛い。一挙手一投足、君によって齎される事象の全てがとても可愛い。
 君に頭を殴られたい。
 君に首を絞められたい。
 君に胸を貫かれたい。
 君に腹を裂かれたい。
 君に手足を千切られたい。
 可愛い君に殺されたい。君が一生忘れられない、残酷な殺し方で殺して欲しい。
 可愛い君の傍に居たい。誰よりも近く、君の傍に存在していたい。
 可愛い君を僕だけのものにしたい。誰かのものになる前に、独り占めにしたい。
 どうか、僕のものになってくれないかな――左右田君。

「――は?」

 僕の一世一代の告白を聞いた左右田君は、僕に押し倒された儘で間抜けな顔をしていた。

「いや、えっ? 何今の、告白? 犯罪予告的なあれ?」

 的外れな――多分態と話を逸らそうとしている――ことを言って左右田君は無理矢理笑い、僕から逃げようと藻掻き始める。
 だけど僕には左右田君を逃がす気なんて無い。僕は彼の両手首を掴み、床に縫い付けた。

「僕は本気だよ」
「笑えねえ冗談だな」

 左右田君は顔を引き攣らせながら僕を睨む。逃げるのは諦めたらしく、身動ぎすらしなくなった。温和しく僕に捕らわれている彼も、とても可愛い。

「冗談じゃないよ、僕は本気だ。君のことが好き、大好きなんだよ」
「俺はお前のことなんか好きじゃないし」
「君が僕を好きじゃなくても良いよ。僕は君が好きだから」

 僕がそう言うと左右田君は眉を顰め、小さく溜息を吐いた。酷く面倒臭いと言わんばかりの態度も、とても可愛い。

「片想いってか。その割に自分のものになれとか、他にも言ってること滅茶苦茶だし。我儘過ぎんだろ」
「君がそう言うなら、僕は我儘なのかも知れないね」

 かもじゃねえよ――と左右田君は吐き捨て、僕から目を逸らす。

「大体さ、お前がさっき言ってたこと、大半間違いだから」
「間違い?」

 僕が聞き返すと、左右田君は目を逸らした儘で喋り出した。

「顔色窺ってるとか、空気読んでるとか。計算尽くでなんて動いてねえし。付かず離れずの距離感なんて判んねえし。俺はソニアさんが好きだし。別に好きで噛ませ犬になってる訳じゃねえし。それに――裏切られるのが怖いとか、そんなのねえし」

 左右田君の声が微かに震えている。気の所為かもと思ってしまうくらいの、ほんの少しの異常。でも僕には判った、彼が少し動揺していることに。
 嗚呼――やっぱり君は、とても可愛いね。

「怖いんだね」
「怖くねえよ」
「怖いんだね」
「怖くねえって言ってんだろ」

 眼力だけで人が殺せるんじゃないかと思える程に、左右田君は僕を睨み付けた。
 彼の目が此方に向いてくれた。

「やっと僕を見てくれたね」

 僕がそう言うと左右田君は目を見開き、また僕から目を逸らしてしまった。余計なことを言わなければ良かったね。

「気持ち悪い。何なんだよ、意味判んねえ。何で俺なんだよ、他の奴じゃ駄目なのかよ。俺に構うなよ、近付くなよ、触んなよ」
「自分の身を守る為に他の誰かを犠牲にするつもりだなんて、左右田君もなかなか腹黒だね。でも残念、僕は左右田君が良いんだ。他の人じゃ駄目なんだよ」
「何でだよ」
「君が可愛いからさ」

 僕の言葉によって、左右田君は再び僕を見た。理解出来ないものを、得体の知れない化物を見るような目で。

「さ、さっきから何なんだよ。可愛い可愛いって。俺は男だぞ」
「男とか女とか、性別なんて関係無いよ。君という存在が僕にとって可愛い存在だからこそ、僕は君を可愛いと評しているんだから」
「ぐだぐだ五月蠅えよ!」

 先程まで温和しくしてくれていた左右田君が、突然暴れ始めた。僕の身体を蹴り、必死に身を捩って逃げようとしている。
 足掻き、喚き、この状況から逃れようとする左右田君は――。

「――やっぱり可愛いね」

 にこりと微笑み掛けてあげると、左右田君は動きを止めた。彼の身体が震えているのは気の所為じゃない。

「可愛いよ、君は可愛い。その利口さも、愚鈍さも、狡猾さも、滑稽さも。一言では説明出来ない君の、単純で複雑で理解不能なその思考と行動も――何もかもが可愛くて可愛くて仕方がないよ」

 僕がそう言って左右田君の唇にキスを落とすと、お前なんか死んでも好きにならねえ――と言って彼は僕の唇に噛み付いた。

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