F

 
「――や、やだぁっ」

 左右田君の怯えた悲鳴で目が覚めた。
 う、うわああああああああっ! 僕は何てことをしてしまったんだ。つい、つい出来心で。あまりにも左右田君が可愛くて、誘っているように見えた所為で、つい。
 恐る恐る左右田君を見る。彼は縋るような、助けを求めるような目で僕を見詰めていた。

「な、何で、こんなことを?」

 左右田君の口から絞り出すように吐かれた言葉には、きっと理由がある筈だ、何かの間違いだ――そう信じたい彼の想いが込められていた。
 こんな僕をまだ信じようとするなんて、左右田君は本当に人が良過ぎるよ。だからこそ僕は、死にたくなる程の罪悪感に苛まれる。
 こんな良い子に手を出してしまうなんて、希望に手を出してしまうなんて――僕はなんて屑なんだろう。ロリペド変態ホモ野郎と罵られても仕方ない程にどうしようもないよ!
 ――謝ろう。兎に角謝ろう。正直に言ってしまおう。そうすればきっと、左右田君も僕を見限ってくれる。

「ごめんね。つい、つい魔が差したんだ」
「魔が差した、ですか」
「うん。僕ね、左右田君が大好きなんだ。今までずっと我慢していたけど、本当はさっきみたいに触れ合いたいんだよ」
「――す、好き?」

 左右田君はそう言って僕の目を見詰めた。ちょっとだけ彼の顔が赤いのは気の所為かな。
 まあ良いや、正直に白状してしまおう。これで僕は終わりだ。

「うん、好き。大好き。友達とか家族とか、そういうのじゃなくて――恋人にしたいって意味の好きだよ」

 言った。遂に言ったよ。結構冷静に言えてしまえた自分に吃驚だよ。ある意味感動したよ。
 そんな奇妙な晴れやかさに浸っていると、左右田君が突然僕の腕に頭突きを食らわせてきた。とても痛い。やっぱり怒って――。

「ほ、本当にっ、僕のこと、好きなんですか?」

 ――あれ?
 左右田君を見ると、彼は薄暗い部屋の中でも視認出来るくらいに真っ赤な顔をしていた。恥ずかしそうにしながら僕を見る左右田君は、どう見ても怒っているようには見えなくて――あれ?
 怒って、いない?

「あっ、あのっ。僕っ、こういうの初めてでっ、どうしたら良いのか判らなくてっ。だからそのっ、えっと――ま、先ずはお友達から始めましょう?」

 凄く古風な返事を貰ってしまった! こんな子供に!
 いや、こんな子供に手を出してしまった僕にそんなことを言う資格は無いんだけどね。うん。
 いやいやそれよりも、拒絶されなかったことが吃驚なんだけど。普通襲われたら嫌うよね、軽蔑するよね。しかも同性だよ? 絶対に拒絶する筈だよ。それが自然な反応だ。

「左右田君、嫌じゃないの? 気持ち悪いとか思わないの? 男同士なのに」
「い、いきなりで驚きましたけど、気持ち悪いだなんてそんな。確かに男同士でってのは、ちょっと吃驚ですけど。でもっ、狛枝さん良い人だし、好きです。嫌じゃないです、嬉しいです」

 はにかみながらそう言って笑う左右田君は、正に天使そのもので――僕は幸福感で胸が一杯になり、思わず左右田君を抱き締めてしまった。
 拒絶されなかった。嫌われなかった。剰え好きと言われた!
 叶わぬ恋が叶う。これほどまでに幸せなことがあるだろうか。いや、無いよ!
 喩えこの子が左右田君であって左右田君でないにしても、僕はもう満足だよ。今なら死んでも良い。寧ろ、幸福に包まれたまま逝けるなら有り難い。

「愛しているよ、左右田君」
「あ、愛っ? あっ、ありがとうございますっ」

 どぎまぎしながら答える左右田君に愛おしさを覚えた僕は、彼をしっかりと抱き締め、眠りに就くまで愛を囁き続けた。




――――




 目を開けると其処には、超高校級のメカニックである左右田和一君が眠っていた。吃驚して声を上げそうになったけど、一歩手前でぐっと堪える。
 どういうことなの。
 昨日の夜まで彼は子供だった。一晩で成長するだなんて、御伽噺の主人公じゃあるまいし。自慢じゃないけど、左右田君は個性豊かで愛されるモブキャラなんだよ。主人公には向いてないよ。
 いや、そんなことはどうでも良い。問題は何故左右田君が元の年齢に戻っているのかだ。
 恐らく原因はウサミだろう。あれは魔法という得体の知れない力を持っているからね。左右田君が小さくなった原因――モノクマをぶっ飛ばすって言っていたし。
 でも元に戻すにしたって、タイミングというものがあるんじゃないかな。これは拙いよ。
 何が拙いって、左右田君が僕に抱き付いて寝ているのと、左右田君が全裸だってことが。パジャマは何処へ逝ったの。サイズが合わなくて弾け飛んだの? でも、それらしき服の残骸は見当たらない。もしかして、元に戻った時の弊害? 絶望的過ぎるよ!
 左右田君を見る。実に良い寝顔だ。思わずキスしたくなる程に――って、そういう場合じゃない。早く何とかしないと。
 元に戻ったということは、左右田君の記憶も元に戻っている可能性が極めて高い。つまり、左右田君の僕に対する嫌悪感も元に戻っているということで――この状況は非常に拙い。最悪殺される。こんなことで殺されるなんて、流石に御免だよ! 希望が無いよ!
 そ、そうだ。逃げよう。逃げてしまえば大丈夫――って、逃げられない! 抱き付かれているから逃げられない! 下手に動いて起こしてしまったら怖いよ!
 しかもよく考えたら此処って僕のコテージじゃないか。左右田君のコテージなら僕が何とかして逃げ出せば問題無いけど、これじゃあ左右田君が目を覚ました時、何で俺は狛枝のコテージで寝てたんだ――ってなるよ! 問題ありありだよ!
 しかも左右田君は全裸。良くない方向へ思考が回ること間違いなし。確実に僕が死ぬ。
 うわあああっ! 逃げ場が無い! どう足掻いても絶望じゃないか! 神様仏様幸運様っ、どうか哀れな僕に御慈悲を――。

「――んっ?」

 左右田君が、目を覚ました。
 この世には神も仏も居ないんだね。もう良いよ、僕は左右田君に殴られて縛られて解体されるんだ。そして魚の餌になるんだ。
 さようなら現世、こんにちは来世。願わくは、幸運の女神に愛されぬ人生を――。

「おはよう」

 あれ?

「え、あ、えっ? お、おはよう左右田君」

 余りにも普通に挨拶された所為で、どう返せば良いのか判らず、かなり吃ってしまった。
 えっ、何で? 何で怒らないの? ああ、そうか。今の状況が理解出来てないんだね、起きたばかりだから。ということはそろそろ現状に気付いて、僕に怒りの鉄拳を――。

「狛枝、俺のコテージへ行って服持って来てくれ」

 振るって来なかった。左右田君は僕から離れ、大きな溜息を吐いて頭を抱えている。
 よく判らないけど、とりあえず言われた通りにしよう。全裸のままは可哀想過ぎるし。僕はベッドから降りてコテージを出た。まだ起床時間じゃないらしく、外には誰も居なかった。
 波の音だけが響き渡り、まるで僕と左右田君以外の人間が居なくなってしまったように静かで――と、余計なことを考えるのは止めよう。実現してしまったら怖いしね。
 早々と左右田君のコテージへ入った僕は、箪笥から左右田君愛用のつなぎ服を引っ張り出し、シャツやパンツや靴、あと彼のチャームポイントであるニット帽も持って自分のコテージへ戻った。

「持って来たよ」
「サンキュー」

 そう一言だけ礼を述べた左右田君は、僕から受け取った衣服を緩慢な動作で着始めた。
 流石にそんな左右田君を凝視しているのは拙いと思った僕は視線を逸らし――この奇妙な現状に疑問を抱いた。
 何故左右田君がこんなにも温和しいのか。いつも賑やかな彼が、こんな不条理に巻き込まれて騒がないなんて可笑しい。もっとこう、ぎにゃああああああああっ! とか、あべしっ! とか叫ぶ筈なんだ。
 叫ばないにしても、泣くとか怯えるとか怒るとか何らかの反応があっても良いのに、それが全く無い。普通の人間でも、もっと驚いたりする筈なのに。
 何故だ何故だと考えを巡らせている間に左右田君は服を着終わり、また大きく息を吐いてベッドに座り込んでしまい――ぽつりと言葉を漏らした。

「まさか俺が、お前なんかに懐くなんて」

 ――えっ?

「左右田君、それってどういうこと?」

 そう聞くと左右田君は僕から顔を背けて、この変態ショタコンホモ野郎――と呟いた。
 あれ、もしかして――。

「もしかして今までのこと、全部覚えてる?」
「今すぐ忘れたいくらいにな」

 そうかあ、覚えているのかあ。
 って、うわああああああああっ! 僕の悪行がだだ漏れ状態じゃないか! 身体を撫で回したこととか、キスしたことも覚えてるってことじゃないか!
 ちょっとこれ、拙くないかな。いや拙いよね。修復不可能なレベルで左右田君に嫌われちゃったよね、これ。
 絶望的じゃないか。もう二度と話し掛けるなとか、俺の半径5m以内に近付くなとか言われるよね。衝動に駆られて遣らかした結果がこれだよ。後悔先に立たずとは正にこのことだね。
 後悔と絶望の波に飲まれ、僕は久しぶりに泣きそうになった。

「ごめんね、左右田君」

 許しては貰えないと知りつつも、そう言うことしか出来なかった。やっぱり僕はどうしようもない最低のヘタレなんだ。
 自分の駄目さ加減に失望しかけていると、左右田君は言葉にならない小さな唸り声を上げ、自身の頭をがりがりと掻いて口を開いた。

「別に、謝らなくて良いし」

 そう呟いた左右田君が僕を見る。彼の顔は、耳まで赤くなっていた。

「お、俺のことが好きとか、あれって本心なんだろ? だから別に、謝らなくて良いしっ」

 ニット帽の端を引っ張って目元を隠した左右田君は、俺のファーストキスを奪った償いはしろよ――と言って外方を向いた。
 これってもしかして、脈有りというやつなんじゃないのかな。そうだよね、そうだと捉えるよ僕は!

「償うよ、責任を取って君と結婚するよ!」
「っだああああっ! 馬鹿かお前っ! 男同士で出来るかぁっ!」
「じゃあ、じゃあ、同じ墓に入ろうよ!」
「そんな告白重てえよ! つうか友達から始めようって言っただろっ、そういうの止めろって!」
「友達の一線を越える予定なんだから、最初から攻めても良いんじゃないかな!」
「良くねえよ! 物事には段階ってもんがあるんだよ!」

 朝からぎゃあぎゃあと騒ぐ僕達に怒った日向君がこのコテージに乗り込んでくるまで、僕は左右田君と戯れ合った。
 漸く左右田君と仲良くなれた気がして、彼が小さくなったのは今に至る為の伏線だったのかな――なんてね。幸運も捨てたものじゃないね。




――――




「――い、痛いよウサミ。僕はまだ何もしてないのに」
「黙りなちゃいっ! 嘘を吐いても無駄でちゅよっ!」
「そ、そんなぁっ!」
「ウサミちゃんウサミちゃん」
「あれ、どうしたんでちゅか?」
「あのね、左右田君が元に戻ったみたいだよ」
「――ほえっ?」
「原因はよく判らないけど、何らかの不具合だったんじゃないかな――と思うよ?」
「ほ、ほえぇぇっ?」
「だから僕はやってないって言ったのに、しくしく。僕は悲しいよ」
「ご、ごめんなちゃいモノクマ」
「判れば良いんだよ、判れば」
「でも、モノクマってあれだよね。所謂バグだよね。バグは有る方が面白いものもあるけど、モノクマは無い方が良いバグだ――と思うよ?」
「えっ」
「確かにそうでちゅよね」
「えっ、えっ」
「バグは直さなきゃね」
「え、ちょっ、えっ、待って、今の僕、めちゃんこ弱いから待っ」
「ウサミパンチ!」
「ぐわああああああああああああああああっ! ああああんまりだああああああああっ!」

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