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「わああああああああっ! 凄いっ、戦車! 生の戦車っ! 本物の戦車っ!」

 軽い説明をしながら一から順に島を回り、最後の島を回った僕と左右田君は今、ジャバウォック軍事施設に居る。
 左右田君は戦車に夢中で、装甲を触ってみたり下へ潜ってみたり、更にはキャタピラーを弄ったりして遊んでいる。見ていて危なっかしいけれど、ウサミ曰く、この島に危ないものは置いていないらしいから多分大丈夫だろう。
 それにしても、高校生の時とあまり反応の違いが無いんだけど。良くも悪くも、左右田君は歳を取っても少年のままってことなのかな。あはっ。

「狛枝さんっ! この戦車って、乗っても良いんですか?」

 僕が左右田君を生温かい目で見守っていると、彼は目をきらきらと輝かせながら尋ねてきた。

「うん、乗っても良いよ」
「本当ですか! じゃあその、狛枝さんも、一緒に」

 えっ、僕も戦車に?
 ううん、僕あんまり戦車には乗りたくないというか。僕が乗ったら勝手に動き出しそうというか。爆発しそうというか。
 そろそろ不運が来るかも知れないし、危険物には近付きたくないんだけど。左右田君の為にも。

「――あ、あのっ。駄目、ですか?」

 か細い声を上げながら左右田君は瞳を潤ませ、今にも泣きそうな表情を浮かべて僕を見詰めている。
 ちょっと。
 ちょっとそれは反則だと思うなあ僕は。そんな顔をされて断れる訳無いじゃない。此処で拒否したら鬼畜だよ。フラグブレイカーだよ!

「だ、駄目じゃないよ! 乗るよ、僕は乗るよ! 喩え泥船だったとしても、僕は乗るよ!」
「わあ、ありがとうございます!」

 嬉しそうに笑う左右田君の顔が見れて、僕はもう満足だよ。このまま召されても良いや。

「じゃあ乗りましょうっ!」
「足下に気を付けてね」
「はいっ」

 元気良く返事をした左右田君は器用に戦車をよじ登り、僕もその後に続いた。
 足下に気を付けてと忠告した僕だったけれど、途中で足を踏み外しそうになったから、ちょっと恥ずかしかった。左右田君は普通に心配してくれたけどね。
 ――高校生の左右田君だったら、どうだったのかな。心配してくれたのかな。それとも笑ったのかな。
 ああ――よく考えたら僕、今まで左右田君とお出掛けなんてしたこと無いんだ。左右田君の反応云々も日向君から聞いただけで、実際に僕が見た訳じゃない。
 ――あれ、何だかちょっと悲しくなってきた。

「狛枝さん、どうかしましたか?」

 僕の異変に気付いたのか、戦車のハッチを開けた左右田君は、心配そうに此方を見ている。
 ああ、駄目だなあ僕は。折角左右田君が楽しんでいるのに、妙な気を遣わせてしまうなんて。

「何でも無いよ、さあ入ろうか」
「そう、ですか? じゃあ入りましょう」

 腑に落ちない様子だったけど、それでも左右田君は僕の意思を尊重したのか、それ以上何か聞いてくることは無かった。
 左右田君って、こういう時は空気読むよね。いつもは敢えて読まずに突っ込んでいったりするのに。小さい頃からだったんだね、そういうところ。

「――わあっ! 凄いっ、これが内部! こうなってるのか、凄いっ」

 そして切り替えが早いところも。
 子供のように――子供なんだけど――はしゃいで彼方此方を弄くり回す左右田君を見守りつつ、僕は邪魔にならないよう隅の方に腰を下ろした。
 僕は別に戦車の中身に興味は無いからね。どちらかと言えば、左右田君の中身が気になるかな。いや、変な意味じゃなくてね。
 本当はどんな人間なのかな――ってさ。
 幾ら愚鈍な僕でも、左右田君が自身を演じている節があることくらい察するよ。男子高校生らしい振る舞いや、ソウルフレンドと言って日向君に懐く姿とは裏腹に――人との距離を置いているような、妙に冷めた目をする時があるって。
 僕は毎日、左右田君を見続けてきたからね。皆が彼を見ている時も、皆が彼を見ていない時も。僕はずっと見てきたから、判るんだ。
 でも、何で左右田君がそんなことをするのかは判らない。だって僕は、彼に嫌われているから。彼とまともに会話したことなんて、今まで一度も無かったから。
 左右田君を見る。今の左右田君は左右田君であって彼じゃない。きっと元に戻ったら、左右田君は僕をまた嫌うだろう。この生温くて居心地の良い幸運も終わるんだ。
 嗚呼、このままずっと続けば良いのにな――。

「――狛枝さん」

 いつの間にか左右田君は戦車を弄るのを止め、僕の傍に居た。床に膝を突き、僕の様子を窺っている。

「あれ、戦車はもう良いの?」

 そう尋ねてみると、左右田君は頭を横に振った。

「いえ、まだ見たいんですけど」
「なら見ておいで」
「でも――何だか狛枝さんが、寂しそうで」

 ――寂しそう?

「まだ知り合ったばかりですし、狛枝さんのこと何も判らないですけどっ、僕で良ければ、その――仲良くさせて、くださいっ」

 はにかみながら笑い掛けてくる左右田君を見て、僕は反射的に左右田君の身体を抱き締めていた。
 しまった――と思ったけど左右田君は嫌がる素振りも無く、寧ろ甘えるように僕の胸に擦り付いている。
 温かい。今までずっと欲しかったけれど、手に入れられなかった温もり。それが今、僕のものになっている。
 ――駄目だ、これ以上求めちゃ駄目だ。
 頭では理解しているのに、身体が言うことを聞かない。してはいけないと思っているのに、僕の手は左右田君の身体を撫で回し、その柔らかさを存分に堪能している。

「く、擽ったいです、狛枝さんっ」

 這い回る僕の手によって身悶え、左右田君は艶めかしい声を上げている。そんな左右田君を見て、思わず僕は生唾を飲んでしまった。
 僕は彼をどうしたいのだろう。愛でたい? 触れたい? ――犯したい?
 確かに僕は左右田君が好きだ。希望の象徴である、超高校級の人間だから。でも他の超高校級と比べたら、やっぱり左右田君が一番好きだ。
 皆は僕のこの性格や人格に対し、一種の諦めとも取れる受容的反応しか返さないのに、左右田君は真っ向から僕に突っ込んでくれるから。僕が可笑しい、間違っていると思い知らせてくれるから。
 左右田君は僕にとって神に等しく、僕に戒めを与えてくれる。だから大好きなんだ。大好きだから、他の誰よりも興味深い。興味深いから、知りたいんだ。
 脅えた顔も、泣きそうな顔も、笑顔を作る仮面の下にある本当の顔も――僕は全部見たい。

「こ、狛枝、さん?」

 左右田君の声が震えている。僕の顔を見ながら、左右田君は脅えた表情を浮かべている。今の僕は、一体どんな顔をしているのかな。自分では判らないや。
 そっとつなぎ服のファスナーを下ろし、開いた隙間に手を入れ、左右田君の柔肌を指先で軽く撫でる。すると左右田君は身体をびくりと震わせて、僕の服にぎゅっとしがみ付いた。
 何て可愛らしい反応なんだろう。もっと見たい、左右田君の反応が。僕だけに、僕だけの――。

「――狛枝、さん」

 僕の胸に顔を埋めながら、左右田君は僕の名前を呼んだ。涙声で。
 あ――。
 僕は何てことをしようとしていたんだ。この子は左右田君だけど、左右田君じゃない子なのに。そんな子供に、僕は――僕は、やっぱり最低な人間だ。下劣で卑しい生き物なんだ。

「――ごめんね」

 こんな言葉で許されるとは思わないけど、それでも謝りたかった。

「ごめんね、怖がらせて」

 もう一度謝り、左右田君を引き離そうと手で優しく押して――あれ、動かない。何故だろうと思って見てみると、左右田君は僕の服をぎゅっと握り締めて離れまいとしていた。
 ――どうして?
 僕が怖いんじゃないの? 何で離れないの?

「左右田君――」
「許しますっ」

 何故離れないの――そう問う前に、左右田君が声を上げた。

「狛枝さんのこと、好きですから。さっきのこちょこちょ攻撃は許してあげますっ!」

 ――こ、こちょこちょ攻撃?
 ああ、そうか。この歳の子に、そんな知識ある訳が無いんだよね。左右田君にとって今のは、ただの擽りなんだよね。
 僕にとっては違うんだけど。

「そっか、ありがとう」
「でも、次やったら倍返しですよっ」

 ぎろりと睨むその双眸は、正に左右田君そのもので――有無を言わさない迫力を感じる。今は子供なのにね。

「あはっ、肝に銘じておくよ」
「絶対ですよっ」
「うん」

 ならば良し――そう言って僕から離れた左右田君は、再び戦車内を弄くり回し始めた。
 自由気儘というか何というか、左右田君って結構フリーダムなのかも知れない。いや、欲望に忠実なだけなのかな?

「操縦してみたいなぁっ、戦車なら速くないだろうし。エンジン全開っ」

 がちゃがちゃと操縦席らしきところを弄りながら独り言ちる左右田君を見て、僕はくすりと笑ってしまった。

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