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 いつもと同じように朝食を取った後、皆を見送ってから掃除をしている訳だけど――今日は一人じゃない。
 ぼっちじゃない。それだけで僕は、幸福を感じずにはいられないよ。
 しかも相手は左右田君。子供になった上に記憶も無いけど、僕に懐いてくれている可愛い可愛い左右田君! 希望が満ち溢れているよね!
 普段なら胃痛と闘いながら行う女子コテージの掃除も、さっさと出来ちゃうくらい左右田君で頭が一杯だよ!
 ああ、女子の部屋を掃除するってだけでがちがちに緊張している左右田君が初々しくて堪らない。
 いつもの彼なら緊張しつつも「こ、これが女子の部屋っ! テンション上がるぜ、エンジン全開!」とか言って五月蠅いだろうし。完全に憶測で予想で妄想で偏見だけど、大体合っていそうだよね。

「――あの、狛枝さん」

 箒を動かしていた手を止めて、左右田君が僕を見詰めながら話し掛けてきた。何だかとても真剣な表情をしている。一体何だろう。

「どうしたの?」

 真剣な態度に応えるべく真面目な表情でそう尋ねると、左右田君は言い難そうに暫く口を開閉させた後、ぎゅっと固く唇を閉じ、意を決したように口を開いた。

「――僕って、何で、此処に居るんでしょうか」

 外から聞こえる波音で掻き消えてしまいそうなくらい、小さな声だった。

「希望ヶ峰学園の修学旅行だってことは、判りました。でも、何でその旅行に、僕が? ついさっきまで家に居た筈なのに、どうしていきなり、こんな島に」

 それは今まで質問されなかったことが不思議なくらい、至極当然の質問だった。
 左右田君は意図的に、或は無意識に避けていたのかも知れない。その疑問を抱いてはいけない。聞いてしまえば、何かが変わってしまう――そんな気がして。
 嗚呼。遂に、断言しなければならない時が来てしまった。
 魔法とやらで島にやって来たのは本当だということと――左右田君は超高校級のメカニックとして希望ヶ峰学園に入学した高校生で、今は何らかの事情によって子供になってしまい、今までの記憶が無くなっていることを。
 ――あははっ。駄目だ、信じて貰える気がしない。
 無理でしょ、これ。無理ゲーだよ。大体さ、何らかの事情って何? どうやったら高校生が小学生になるっていうのさ。あれか、アポ何とかを飲まされて身体が小さくなりましたってやつ?
 そんなのは日向君が飲まされていれば良いじゃないか、バーロー。
 それに左右田君は海水しか飲んでないし。海水の所為って言うなら、潜った時に海水を少量とはいえ摂取した僕も小さくなる筈だよね。なっていないということは違うよね、多分。
 で――どうしたら良いんだろう。言うこと為すこと回りくどいってよく言われるし、僕は説明とか得意じゃないんだよね。絶対余計なこと言いそう。
 というか信じて貰えなさそう。
 さっきは奇跡的に日向君や皆が信じてくれたけど、僕の言動って全てが胡散臭いらしいし。
 普段の皆なんて、僕の言うこと殆ど無視するからね。まともに相手をしてくれるのは、日向君と七海さんと左右田君だけだから。
 特に左右田君は、僕のどんな言動に対しても毎回突っ込みを入れてくれるから好き。変な意味では無いよ!
 ああ、そんなこと今はどうでも良いんだった。どうしよう、何て言えば良いの。助けてエイリーク!

「あ、あの、狛枝さん? 大丈夫ですか?」

 頭を抱えて唸る僕を心配したのか、左右田君がおろおろしながら声を掛けてきた。
 ううっ、どうしよう。いつもの小賢しい脳味噌が仕事してくれないよ! 何て言えば良い。何て、何て――あ、ああ、ああぁぁ――。

「――君は超高校級のメカニックで今は何故か子供になってしまった上に記憶まで無いみたいなんだよ! あと魔法でこの島に来たからっ! 奇跡も魔法もあるんだよっ!」

 もうどうにでもなあれ。
 左右田君が僕を見ている。鋭い目を丸くさせて。
 きっと呆れているんだろう。いや、此奴は頭が可笑しいって思っているのかも。兎に角これで僕の信用は地の底に落ちたね。元々底辺だったけど。
 懐かれて嬉しかったのに、これで終わりなんて絶望的――。

「し、信じますっ!」

 ――ふぇっ?

「何だかよく判らないですけどっ、狛枝さんが言うなら、そうなんですよねっ。僕、信じます! 魔法とか、その、色々信じますからっ!」

 左右田君は焦ったように信じますと繰り返している。
 ああ、これはあれだ。頭が可哀想な人だと思われているパターンだ。
 否定はしないけどさ、頭がちょっと可笑しいって自覚はあるけどさ。その優しさが凄く刺さる、心に突き刺さるよ。こんなに小さい子に気を遣われるなんてさ、ちょっと悲しい。いや、とても悲しい。

「えっと、その、変なこと聞いてすみませんでした。あの、掃除再開しましょうか」

 ややこしい話を有耶無耶に出来たのは良かったけど、それと引き換えに大事なものを失った気分だよ。
 まさに絶望、まさに不運。次に訪れるであろう幸運が楽しみだよ、ははっ。




――――




 掃除を終えた僕達は採集から帰ってきた皆を出迎えて、それからいつもの自由時間が始まったんだけど――。

「和一ちゃんっ! 一緒に島を回るっすよ! あとライブハウスで唯吹の歌を聞かせてあげるっす!」
「左右田元おにぃっ、私と蟻さんぷちぷちしようよ! 蟹さん潰しでも良いよ!」
「あ、あのぉっ。そ、その前に、身体に異常が無いか調べさせてくださぁいっ!」
「うっさいゲロブタ! 自分の身体でも調べてろ!」
「す、すみませぇんっ!」
「左右田ああああああああっ! 儂の特別トレーニングを受けるじゃああああああああっ! 今からトレーニングに励めば、立派な選手になれるぞおおおおおおおおっ!」
「猫丸ちゃんっ! 和一ちゃんはメカニックっすよ!」
「メカニックで選手な人間になれば良いんじゃああああああああっ!」
「ふむふむ成る程、歌って踊れるアイドル的なもんっすね! うっひゃああああああああっ! テンション上がるっす!」

 何だか凄いことになっているよ。
 小さい子が――というか小さい左右田君がそんなに気になるのか、皆が寄って集っている。そして弄くり回している。
 左右田君、今にも泣きそうな顔をしているよ。あっ、こっち見た。

「――狛枝さぁんっ!」

 左右田君は半泣きになりながら此方へ駆け寄り、頭突きを食らわせる勢いで僕の腹部へ突っ込んできた。ぐふぅっ、愛が痛い。左右田君って石頭だったんだね。でもこれが幸運の代償になるなら甘んじて受けるよ――。

「――懐かれてるなあ、狛枝」

 後ろから声がしたので振り向いてみると、日向君がにこにこと笑いながら腕を組んで立っていた。何だか妙に声が冷たいのは気の所為かな。

「本当ならそのポジションは左右田のソウルフレンドである俺の筈なんだけどなあ。なあ、狛枝」

 あっ、気の所為じゃなかった。
 冷たい、声が冷たいよ。というか身体から漂っているオーラ的なものも冷たい、怖いよ日向君。
 確かに君の役得を奪っていることに関しては申し訳無さを感じているけれど、別に僕から進んで奪っている訳じゃないからね! 左右田君が来るからだから!
 言っておくけど、拒絶するなんて考えも選択肢も無いからね。未来の超高校級のメカニックである左右田君を拒絶するなんて、無能無価値な僕如きに出来る訳無いじゃないか!
 喩えそれによって日向君の希望が潰えたとしても、それによって日向君が僕に対して負の感情を抱いたとしても、僕はこの幸運を手放す気は無いよ! ごめんね私情混じりで!

「あはっ、ごめんね日向君」
「ごめんね、じゃないぞ! くぅっ、何故だ左右田ぁっ! あんなに毎日『日向ぁっ!』とか『ソウルフレンドっ!』って言いながら俺に付いて回っていたのにっ! ちょっと鬱陶しかったけど、何か寂しいぞ!」
「仕方無いよ、記憶が無いんだから」
「仕方無くない! 他の奴ならまだしも、選りに選ってお前っ。一番嫌われていたお前っ、何でだよっ」

 其処まで言わなくても良いと思うなあ。
 大体僕は、嫌われていた訳じゃないよ。あれはツンデレだよ。いつかデレた筈なんだよ。不運の後には幸運が来る法則だから、いつか確実にデレた筈なんだ。
 結果的に子供化して僕にデレている訳だけど――はっ。
 まさか左右田君が子供になったのって、僕の所為? あのままじゃデレないからって、僕の幸運が左右田君を子供にしたの?
 何てことだ、凄まじく冒涜的な真実に辿り着いてしまった。僕が悪いんじゃないか、何もかも。
 皆がこんな島に連れて来られたのも、奴隷のように毎日過酷な労働を強いられているのも、空が青いのも、ポストが赤いのも――全部僕が悪いんだ!
 いや、後半は僕の所為じゃないね。うん。
 兎に角、左右田君は僕の所為で子供になった可能性大だから、僕が責任を持ってお世話するべきなんだよ!
 下心なんて無いからね。純粋に罪滅ぼしをしたいのと、未来の超高校級のメカニックである左右田君の役に立ちたいだけだからね。
 お世話する過程でラッキーな何かがあるかも知れないけど、それな不可抗力だから。仕方無いことだから!

「これもきっと、僕に与えられた幸運なんだよ。大丈夫、左右田君は僕が責任を持って面倒見るから」
「やっぱり幸運だと思っているんだな、早く不運に見舞われろ」

 酷いよ日向君!
 でも残念ながら、まだ不運は僕に訪れないよ。そう囁いているんだ、僕のゴーストがね。

「こ、狛枝さんっ」

 僕の服をぐいぐい引っ張りながら、左右田君が僕を呼んだ。一体何だろう。

「どうしたの?」
「あの、今から自由時間なんですよね」
「うん、そうだよ」
「じゃ、じゃあ――あの、もし良ければ、この島を案内して戴けませんか?」

 何と。

「何で俺じゃないんだっ、何で俺じゃないんだ左右田ぁっ」
「仕方無いよ、諦めよう」

 悔しさを滲ませる日向君の隣から現れ、そう言ったのは七海さんだった。けれど日向君は往生際が悪いらしく、ううんと唸っている。

「けど、けど――あっ、そうだ。学級目標のやつを作るから手伝っ」
「まだ材料が集まって無いから作れないよ」

 七海さんの鋭い言弾に、日向君は論破された。何とか反論しようとしているのか、日向君は更にうんうん唸っている。
 日向君って人を論破するのは得意なのに、論破されるのは苦手なんだね。詭弁を弄すれば良いのに。
 僕と違って日向君は人が良いから無理だろうけど。誤魔化し合いとか嫌いそうだしね。

「くっ――今回だけだからな狛枝。左右田に変なことしたら、お前の髪をストレートにしてやる」

 どうやら日向君は諦めてくれたようだ。
 でも捨て台詞が地味に怖いなあ。ストレートヘアーにされたら僕の個性が潰れて、一部の方々から不評を買っちゃうよ。
 ああでも、一部の方々からは人気出るかもね。

「狛枝君、あんまり変なこと考えちゃ駄目だ――と思うよ?」

 えっ。

「変なことって何かな」
「えっと、メタなこととかかな」

 七海さんってエスパーなのかな。

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