B

 



――――




 皆からの冷たい視線を浴びせられながらも持ち前のドM根性で乗り切り、左右田君を抱っこしながらソニアさんと小泉さんと共にマーケットへ来た僕は――。

「これなんて良いんじゃない?」
「わぁおっ! ちょべりぐーですわ!」

 ――僕は、左右田君が着せ替え人形状態になっているのを傍観している。
 左右田君が男の子だって忘れているのかな、二人共。今着せようとしている服、明らかに女の子用だよ。フリルだらけだし。左右田君が顔を真っ赤にして涙目になっていることに気付いてあげてよ。
 ううん、どうしようかな。

「――も、もうやだああああああああっ」

 突っ込もうか否か悩んでいると、我慢の限界が来たらしい左右田君が、泣きながら僕の下へ駆け寄ってきた。無理矢理着せられたフリル付きのワンピースが翻り、何だかとても危うい。色んな意味で。

「こ、狛枝さんっ、助けてくださいっ」

 そう言って左右田君は二人から隠れるように僕の後ろに回り込み、腰に抱き付いてきた。腕細いなあ。

「あらら、ちょっと遊び過ぎちゃったか」
「うむむ、左右田さんとってもぷりちーでしたのに」

 小泉さんは気拙そうに頬を掻いているが、ソニアさんは残念そうに此方を見詰めている。ソニアさんって天然鬼畜なのかな。

「もう変なの着せたりしないからさ、戻っておいで」

 小泉さんがおいでおいでと手招きをするけれど、左右田君は僕の傍から離れようとしなかった。それを見た小泉さんは口元へ手を当て、ううん――と唸ってから僕を見た。

「あっちゃあ、嫌われちゃったか。可愛いもんだから、つい調子に乗り過ぎたわね。ああ――うん、仕方無い。あんたに任せるわ」

 えっ。

「ぼ、僕?」
「あんた以外に誰が居るのよ。丁度あんたに懐いてるみたいだし、服見てあげてよ」

 そ、そんな。僕みたいな美的センスの欠片も無い下等生物如きが、超高校級のメカニック――今は超高校級じゃないけれど――である左右田君の服を見てあげるなんて、烏滸がましいにも程があるよ。
 僕なんかにはとても無理――。

「こ、狛枝さん、お願い、します」

 ああ、左右田君が僕にお願いしている。
 断れない。断れないよ。蛆虫以下の地位しか無い僕が、左右田君のお願いを断れる訳無いじゃないか!

「――勿論だよ左右田君! 僕如きでは左右田君に似合う服は選べないけど、ゴミカスなりに一緒に服を見させて貰うよ」
「な、何でそんなに自分のことを酷く言うんですか」
「事実だからだよ左右田君。君も大きくなったら、僕がどれほど愚かで下等な人間か判る――」
「お黙りなさい狛枝凪斗!」
「自虐は良いから早く見てきなさい!」

 二人に自虐ストップされちゃった。仕方無い、左右田君の服を見ようか。

「じゃあ行こうか左右田君」
「はいっ」

 ううん、素直で可愛いなあ。元の左右田君もこれくらい素直なら良いのに。いや、あのツンデレな態度も良いんだけれど。
 まあ、デレてくれたことは一度も無いけどね。
 ツンツンだよ、ツンツン。でも僕は、いつかデレるって信じているから。信じているから!
 けれどとりあえず今は、デレデレなショタ左右田君を愛でようか。
 与えられた幸運は残さず戴かなきゃね。勿体無い勿体無い。




――――




「で、結局それか」

 そう言って苦笑いを浮かべる日向君に、僕は何と返せば良いのか判らなかった。
 服を選び終わった僕達四人はホテルに戻ってきた。そして現在、日向君の視線の先には左右田君が居る。
 左右田君は僕と一緒に探した――黄色いつなぎ服を着ている。普段のつなぎ服と同じブランドではないけれど、奇跡的に子供用のつなぎ服があったからそれを選んだんだ。

「靴も黄色いし、これじゃあそのまま左右田を小さくしたみたいだな」
「僕みたいなゴミカスに服のセンスなんか無いんだから、仕方無いじゃない。変な格好にならないようにと、いつもの服と似たような物を必死に探すことしか出来ない愚かな――」
「はいはい、自虐はもう良いから」

 僕を軽くあしらった日向君は左右田君の傍に寄り、彼の頭を撫でた。

「似合ってるぞ、左右田」
「あ、ありがとう、ございます」

 恥ずかしそうにしながら御礼を言う左右田君が可愛くて、思わずにやけてしまいそうだよ。

「さて、これで連れ回しても問題無い訳だが――これからどうしようか」

 日向君はそう言って左右田君を一瞥し、ううんと唸った。

「元に戻すのはウサミが何とかするだろうけど、それまでの間がなあ。こんな子供に学級目標を手伝わせる訳にもいかないし」

 ああ、確かに。普通の修学旅行とは思えない物作りという名の学級目標は、今の左右田君には無理そうだしね。
 高校生である僕達でもちょっときついのに、小学生くらいになってしまった左右田君ではね。無理だよね。

「あの、学級目標って何ですか」

 僕の服を引っ張りながら、左右田君が怖々と尋ねてきた。
 そういえば修学旅行や学級目標については教えてなかったっけ。あはっ、うっかりうっかり。

「実はね、僕達は修学旅行でこの島に来たんだ。で、修学旅行中の学級目標として、物作りってのをやらないといけないんだ」
「物作り?」
「うん。材料も一から皆で集めなきゃならないし、とても大変なんだよ」

 そう教えてあげると左右田君は僕の服をまた引っ張り、僕もお手伝いしたいです――と言った。
 えっ。

「だ、駄目だよ左右田君。君には無理だよ」
「や、やってみないと判りませんし。それに僕、工作は得意なんですよっ」

 流石、将来は超高校級のメカニックと成る人間なだけある。既にその片鱗が表れているなんて。
 でもやっぱり子供には――。

「よし、じゃあ左右田にも手伝って貰うか」

 ――はい?

「日向君、正気なの?」
「正気かどうかなんて、お前にだけは聞かれたくないな」
「茶化さないでよ、本気なの?」
「本気だよ。というか、左右田が居ないと困る。今回作らなきゃならないウサミストラップ、ぬいぐるみじゃなくて機械――」
「機械っ!」

 日向君が機械と言った瞬間、今までのおどおどとした態度が嘘だったかのように左右田君が歓声を上げた。

「機械なんですかっ! 機械なら大好物です! 何ならそのストラップ、自律思考型ロボットにしましょうかっ!」
「いやいやいやいや! ロボットにしなくて良いから! ストラップで良いから!」
「では、ロケットにトランスフォームするストラップに」
「しなくて良いぞ! 腹を押したら喋る感じのストラップで良いぞ!」

 うわあ、左右田君って小さい頃からこんなんだったんだね。希望が満ち溢れているね、うん。
 ちょっと残念な子だなあなんて思ってないからね。思っていたとしても、それは1%くらいだからね。本当だよ。

「兎に角っ! 変な改造とかはせず、ストラップを作ってくれれば良いからな」
「う、ううっ。は、はい」

 どうやら話は纏まったらしい。けど、小さい左右田君相手に威圧するなんて、ちょっと日向君大人気無いなあ。左右田君、萎縮しちゃっているよ。

「よし、そうと決まれば今日の採集シフト発表だな。皆、朝飯の前で悪いけど、ちょっと集まってくれ」

 萎縮したままな左右田君の頭を撫でながら、僕は日向君の話を聞くことにした。
 と言っても、内容は判っているんだけどね。

「俺と七海は電気屋で――」

 次々と皆に採集場所を割り振っていく中、僕の名前は呼ばれない。何故か? それは――。

「で、狛枝は掃除頼むな」

 ――これだからだよ。
 僕の掃除レベル、皆と比べて遥かに高いからね。
 昔から掃除が得意だったからさ、修学旅行が始まってから進んで掃除担当をやるようにしたら、こうなったんだよね。固定化しちゃったんだよね、掃除担当。
 まあ、嫌じゃないけど。掃除くらいでしか人の役に立てない襤褸雑巾のような僕には、とてもお似合いの役割だからね。
 でも毎回々々一人で掃除って辛いんだけど日向君。誰か寄越してよ。
 皆のコテージやホテルを一人で掃除するって大変なんだよ。触っちゃいけない物とかあるし、特に女子。主に女子!
 皆僕に妙な信頼を抱いているけどさ、僕も男だからね。気を遣って欲しいよ。ただの希望中毒者だとか思わないで欲しい。
 特に終里さんのコテージなんかもうね、下着が床に落ちていたりするからね。色々と心臓に悪いから。
 だから掃除担当、もう一人くらい――特に女子が欲しいんだけどっ、日向君っ。この想いよ、君に届け!

「あ、あの、狛枝さんっ。僕もお手伝いして、良いですか?」

 違うところに想いが届いちゃったよ!

「ううん、そうだな。今の左右田じゃ採集には参加させられないし。狛枝のこと、宜しく頼むぞ」
「は、はいっ」

 宜しく頼まれちゃったよ。日向君、それは僕に言うべき台詞なんじゃないかな。何かが可笑しいよ。

「狛枝さん、宜しくお願いしますっ」

 苦悩する僕に向かって左右田君が笑みを浮かべ、仰々しく頭を下げた。
 何か可笑しいと思ったけど、どうでも良いや!
 こんなに可愛い希望に満ち溢れた左右田君と一緒に掃除出来るなら、もう何だって良いよ!
 女子のコテージ掃除が苦行なのは変わらないけど、もうどうでも良いよ! 可愛いは正義だよ、大正義なんだよ!

[ 225/256 ]

[*戻る] [進む#]
[目次]
[栞を挟む]


戻る


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -