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 ああ、今日も清々しい朝だなあ。
 突然南国の島に連れて来られた時は吃驚したけど、何だかんだで普通に適応出来たし。
 殺し合いが起きなかったのはとても残念だけど、皆で物を作るとか仲良くしていくとか――こういう平和で安全な生活も悪くないかな。
 反動が怖いけどね! いつ不運が来るかって、びくびくものだよ!
 でも良いんだ。喩え幸運の揺り返しで不運が訪れ、僕の命が刈り取られたとしても。
 だって超高校級の幸運としてこの場に居られるだけでもう、僕はいつ死んでも良い――という覚悟を背負って生きているからね!
 いつ死んでも良い! 希望の為なら死んでも良いよっ!

「――おい狛枝、俺のコテージ前で気持ち悪い表情を浮かべながら天を仰いでんじゃねえよ。邪魔だ邪魔」

 僕が悦に入っていると、突然声が掛けられた。声の主を見てみる。
 果して其処には――僕の大好きな希望の一人である、超高校級のメカニック――左右田和一君が、不機嫌そうな顔をして立っていた。普段の三割増しで顔が怖い。

「やあ、おはよう左右田君。今日は一段と悪人面に磨きが掛かっているね」
「――朝から喧嘩売ってんのか?」

 本当のことを言っただけなんだけど、どうやら左右田君の逆鱗に触れてしまったらしい。普段の七割増しで顔が怖くなったよ。

「あはっ、喧嘩なんて売ってないよ。左右田君の素晴らしい相貌を褒めただけさ」
「嫌味か公式美形め」
「左右田君に容姿を褒められるなんて、今日はグングニルの槍でも降ってくるのかな」
「そのまま胸に突き刺さっちまえ」

 辛辣な言葉を浴びせられても僕は傷付かない。
 いや寧ろ、希望の一人である超高校級のメカニックに貶して貰えるなんて――幸運だよ、幸運だよね! やっぱり僕は付いている。
 左右田君の口から吐き出される罵倒が、僕如きに向けられたものだと思うだけで、幸運過ぎて死んでしまいそうだ。

「――き、気持ち悪っ! 涎垂らしながらこっち見んな!」

 おっと、いつの間にか涎が出ていたらしい。左右田君の指摘が無ければ、僕は見苦しい姿を他の皆にも見せてしまうところだったよ。
 ああ、やっぱり左右田君は優しいね!

「左右田君のさり気ない優しさに、僕は烏滸がましくも幸福を感じてしまうよ」
「や、優しくねえよ! 意味判んねえ、お前マゾなのか」
「超高校級のメカニックである左右田君からの罵倒なら御褒美だよ」
「げっ、やっぱりマゾだ」

 そう言って左右田君はたじろぎ、僕から距離を取りながらホテルに向かおうとし始めた。僕を警戒しているのか、此方を睨みながら移動するものだから――。

「左右田君、ちゃんと足下を見て動かないと海に――」
「うわっ!」

 落ちるよ――と教える前に左右田君は僕の視界から消え、大きな水柱が目の前に出現した。
 ああ、遅かった。もう結構此処で生活しているから、左右田君は水上コテージに慣れたと思っていたのに。
 まさかこんな間抜けな――いや、僕が悪いんだよね。僕が此処に居なければ、左右田君は海に落ちることは無かった筈だし。
 ああ、何てことだろう。僕みたいなゴミカスの所為で、超高校級のメカニックである左右田君が不運に見舞われてしまうなんて!
 やっぱり僕はどうしようもない屑で、下等で、愚かな――あれ?
 左右田君が上がってこない。
 あれ? あれあれあれ?
 何でだろう、もしかして――溺れてる?
 やばい。

「――左右田君っ!」

 やばいと思った時、既に僕は海に飛び込んでいた。脊髄反射って言うのかな? いや、本能かな。
 超高校級の人間を助けなきゃいけないという、狛枝凪斗の本能がそうさせたんだと思う。多分。
 ざぶんと身体が水に沈む。痛いのを承知で目を開けたけど、視界がぼやけてよく判らない。
 どうしよう――と一瞬不安が過ぎったけど、左右田君の派手な黄色いつなぎ服の御蔭で、案外あっさりと彼を見付けることが出来た。
 腕を伸ばして彼の服を掴む。水の中だからかな、何だか手応えが小さい。中身――左右田君らしきものは入っているんだけど、可笑しいな。とりあえず引き揚げて、それから確認すれば良いか。
 僕は水面に顔を出し、息を吸ってから彼の身体を持ち上げて――あれ?
 何か小さい。
 とても、小さい。物理的に。
 確かに左右田君は僕より身長が低いし、小さいことは小さいんだけど、こんなに小さくなかった筈だ。
 これじゃあまるで、まるで子供――。

「――あ」

 波がつなぎ服を揺らし、中身が露わになる。果して其処には――ぐったりとした黒髪の少年が、眠るように目を瞑っていた。
 あれ? あれあれあれ?
 左右田君じゃないよ? 左右田君はこんなに小さくないよ?
 左右田君は黒髪じゃなくてピンク髪だよ?
 可笑しいよ? この子は誰? 左右田君は?
 もしかして――まだ水の中?
 どうしよう。どうしようどうしようどうしよう。兎に角、左右田君を助けなきゃ。でもこの子も早く水から揚げないと――。

「――っ、げほっ」

 少年が水を吐いた。口を大きく開けながら、げほげほと咳をしている。だけど其処は重要じゃない。
 重要なのは――大きく開かれた少年の口内に、人の歯とは思えない鋭利な牙が、ずらりと生え揃っていることだ。
 こんな歯、左右田君以外に見たことないよ。というか左右田君以外居ないよ、こんな歯をした人間なんて。
 僕が茫然としながら少年を見詰めていると、少年がすっと目を開いて此方を見た。鋭い目付きだ。まるで左右田君のような鋭い目付きだ。
 ああ――よく判らないけど、判りたくないけど、もしかしなくてもこの子って――。

「――左右田君?」

 ぽつりと漏らしたその問いに、少年は――。

「――何で、僕の名前を」

 と、か細い声で問い返した。
 はい。やっぱりそうなんだね。予感的中だね。しかも僕のことを知らないようだ。今までの記憶が無いのかも知れない。
 ――どうしてこうなった。
 もしかしなくてもウサミの所為? 魔法とか使えるし。ああでも、ウサミにぶっ飛ばされたモノクマ? って奴も怪しいな。どっちが原因? というか何でこんな、漫画みたいな展開が?
 大体魔法って何だよ、この世に魔法なんて在る筈ないでしょ。何か可笑しいよ、この世界可笑しいよ。まるでゲームみたいな――。

「――へっくち」

 左右田君らしき少年が嚔をしたことで、さっきからずっと水の中に浸かっていることを思い出して――僕は慌てて彼を持ち直し、陸へ揚がることにした。




――――




 左右田君らしき少年――いや、左右田君を自分のコテージへ連れて行った僕は、とりあえず服や身体に付いた潮水を落とす為、彼と一緒を風呂場へ行き、服と身体を洗った。
 洗っている最中、案の定記憶が無くなっていたらしい左右田君が僕に「此処は何処?」「貴方は誰ですか?」と色々質問してきたから答えたけれど、左右田君はあまり納得していない様子だった。
 そりゃあそうだろうね。いきなり南国の島に魔法で来たとか、普通は誰も信じないよ。
 でも希望ヶ峰学園や超高校級の存在については知っているようで、僕が超高校級の幸運だと教えたら「凄い!」と目を輝かせて僕を見詰めてきた。
 君も超高校級だし、君の方が数億倍凄いよと教えてあげたかったけれど、これ以上は余計な混乱を招いてしまうかも知れないから言わないことにした。
 君は超高校級のメカニックなんだよ――なんて、小学校低学年くらいの年齢になってしまったこの左右田君に言っても、馬鹿にしているか騙そうとしているか、どちらにしても悪いようにしか捉えられないでしょう?
 折角、超高校級の幸運ということで多少は信頼して貰ったばかりなのに、余計なことをして疑心暗鬼陥られても困る。特に左右田君はその傾向が強いって日向君が言っていたから、信頼を裏切るような真似だけは避けたい。
 左右田君を見る。彼は僕の渡したバスタオルで身体を拭いている。身体と服を洗うのと、質問に答えるのに必死だったから気付かなかったけれど――小さい頃の左右田君って、結構可愛いんだね。
 何だか色々小さくて、庇護欲を擽られるというか。この歳で既に手や腕が火傷や切り傷だらけなのは、流石未来の超高校級のメカニックってことかな。でも他のところは傷が無く、つるつるの肌をしている。
 あっ、無意識に生唾を飲んでいた。やだな、どうしよう。今まで小さい子と接する機会が無かったから判らなかったけど、僕ってそっちの気があったのかな。
 どうしよう。小さい左右田君が可愛くて仕方ない。
 柔らかそうな臀部とか、筋肉の無い胸部や腹部とか、この年頃の子供にしては細い手足とか。あらゆる部位が愛おしくて仕方ない。思わず撫で回したく――おっと、駄目だ駄目だ。性犯罪は良くない、良くないよ!
 況してやこの子は左右田君、超高校級のメカニックである左右田和一君だ。未来の希望を担う彼に、僕のような薄汚い屑が手を出すなんて――烏滸がましいを通り越して万死に値するレベルの悪行だよ。断罪だよ、死刑だよ!
 という訳で落ち着くんだ、落ち着け僕。落ち着きやがれ僕!
 出しちゃ駄目だ、出しちゃ駄目だ、手を出しちゃ駄目だ!

「――狛枝さん?」

 左右田君からの呼び掛けで、僕は我に返った。

「あ、ああ。どうしたのかな、左右田君」

 僕がそう尋ねると、左右田君はバスタオルで自分の身体を隠しながら、服はありませんか――と聞いてきた。
 あっ、服が無い。今の左右田君サイズの服が。今からロケットパンチマーケットへ一緒に――って、外に出る為の服が無い。僕が見繕ってくるという手もあるけど、大量にある中から彼好みの服を探すなんて僕には出来ないよ。
 ううん――仕方ない。

「とりあえず、これを着てくれないかな。どれも綺麗だから安心してね」

 そう言って左右田君に手渡したのは、僕のシャツだ。パンツもズボンも大きさ的に穿くのは無理だけど、今の彼の大きさならシャツだけで充分下も隠せるし。問題無い問題無い。
 少し戸惑いつつ、左右田君は怖ず怖ずと僕のシャツを着――あっこれは拙い。
 これ、彼シャツ状態じゃないか。
 しかもあれだ。全体的にシャツが大きい所為で、シャツに着られている感じがして――何だか凄く可愛い、ときめきを隠せない。これは拙い、色々な意味で。

「狛枝さん、どうかしましたか?」

 身長の低さから、必然的に左右田君が上目遣いで僕を見詰めてきて――ああっ! 鎮まれ、僕の邪な煩悩! 悪霊退散!

「だ、だだだだ大丈夫だよ。あは、あははははっ」
「大丈夫そうには見えないんですけど」
「大丈夫、大丈夫大丈夫。僕はショタコンじゃないから、喩えショタコンだったとしても良いショタコンだから」
「し、ショタコンって何ですか?」

 俗世の穢れを知らない純粋な眼差しが痛い。

「知らなくても良いことだよ、左右田君」
「そ、そうですか」

 何かを察したのか、それ以上何かを聞いてくることは無かった。子供ってそういうのは敏感だよね。
 成長するにつれて鈍感になっていくけど。色々なことを知って穢れていくからかな、あはは。
 何てことを考えている場合じゃないね。僕も早く服を着て、左右田君と一緒にロケットパンチマーケットへ行かなきゃ――。

「――狛枝ぁっ! お前いつまで寝て――ん、だ?」

 僕は三つの過ちを犯した。
 一つは、早く服と身体を洗いたかったから、急いでコテージに入って鍵を閉め忘れたこと。
 一つは、今日が採集の日で、時間通りにホテルへ集まらなければならないことを忘れていたこと。
 最後の一つは――左右田君にシャツを着せたのは良いものの、自分は腰にバスタオルを巻いただけの、ほぼ全裸状態で居たことだ。
 そして、この過ちから導き出された結果は――。

「――ぜ、全裸姿の狛枝が見知らぬ子供をコテージに連れ込んで自分のシャツ着せてるううううううううっ!」

 突然やってきた日向君に、有らぬ誤解と絶叫をさせることだった。

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