出来ることをしよう

 四月二十八日。
 今日はあの、希望狂いの才能厨――超高校級の幸運、狛枝凪斗の誕生日だ。


 不本意ではあるが、狛枝とそれなりに仲良くしている俺は、仕方無く――あくまで仕方無くだからな――狛枝の誕生日を祝ってやろうかなと、思わないこともないこともないことも――。
 自分でも何を言っているのか判らなくなった。とりあえず俺は、狛枝の誕生日を祝ってやることにしたのだ。
 僕如きが左右田君に誕生日を祝って貰うだなんて、烏滸がましくて申し訳無いよ――などと言ってきそうではあるが、自虐を無視して祝ってやるつもりである。
 祝いたいから祝うのであり、狛枝の意志など俺の知ったことではないのだ。
 大体、狛枝は素直じゃない。本当は祝われたい癖に、それを拒絶したりするのだ。本当に素直じゃない。もう少し素直になれば可愛いのに――おっと失言、忘れてくれ。
 兎に角そういう訳で、俺は狛枝の誕生日を祝いたいので――。

「――狛枝。お前の誕生日を祝ってやるから、何して欲しいか教えろ」

 本人に直接聞いてみた。
 狛枝は目を見開き、口をぽかんと開けて俺を見ている。酷い間抜け面だ、折角の美形が台無しだぞ。

「僕如きが左右田君に誕生日を祝って貰うだなんて、烏滸がましくて申し訳無いよ」

 案の定というか、狛枝は申し訳無さそうな表情を浮かべ、俺の想像通りの言葉を返してきた。本当に素直じゃないな。

「もう良いって、その口上は。お前だって本当は人に祝われたりしたいだろ、素直になれよ。別にお前のことなんて好きでも何でも無いけど、誕生日を祝ってやりたいくらいには好きなんだから」
「な、何だか矛盾してないかな。好きでも何でも無いのに、誕生日を祝うくらい好きって」

 細かいことに食い付くなよ、耳聡いな此奴。

「細かいことは良いんだよ、兎に角お前は俺に祝われろ。何でもしてやる、出来る範囲内でな」
「――何でも?」

 さっきからおろおろとしていた狛枝が、俺の発言に対して反応を示した。期待を孕んだ眼差しで、狛枝が俺を見詰めている。
 ううん。何でもしてやるというのは、軽率な発言だったかな。

「あ、あくまで出来る範囲内でだからな。今日中に自転車を時速三百q出せるようにしろとかは無理だからな。二日は掛かるし」
「ふ、二日で出来るんだ! やっぱり凄いね、左右田君は」
「御世辞は要らねえっつうの。で、何して欲しいんだよ」

 俺がもう一度尋ねると、狛枝は顔を赤らめ、もじもじと身体を悶えさせた。少し気持ち悪い。

「あの、それは一つだけなのかな?」

 一つだけ?

「何が一つだけなんだよ」
「頼める御願いの数だよ」

 ああ――そういえば、幾つ聞いてやれば良いのか考えていなかった。どうしたものか。
 ううん――まあ、幾つでも良いか。誕生日くらいサービスしてやろう。

「幾つでも良いぜ。但し、出来る範囲内でな」
「本当に? じゃあ――先ず、キスしても良いかな」

 ――はい? キス?

「――あ、ああ。あの細長くて綺麗な食用魚の」
「鱚じゃないよ! そのキスじゃないよ! 接吻だよ、口付けだよ!」

 話を逸らしてやろうとしたのに狛枝この野郎。

「巫山戯んな馬鹿! 何でお前にキスされなきゃなんねえんだよ! お前ホモだったのかよ、そんな気はしてたけど!」
「それは違うよ!」

 下級生の苗木誠みたいにびしっと反論した狛枝は、いつものねっとりさが嘘だったかのように、はきはきと勢い良く喋り出した。

「確かに僕は左右田君が好きだ、今まで隠していたけど左右田君が好きだ! キスしたいくらい好きだ! でも僕はホモじゃない!」

 知りたくなかった新事実!
 何となく判っていたけど、本人の口からは聞きたくなかった!

「ホモだよ! 紛う事無きホモだよ!」
「違うよ! 僕がそういう感情を抱いているのは左右田君だけで、男が好きな訳じゃないんだ! 男なら誰でも良い訳じゃないし、男が好きって訳でもないんだ!」

 真剣な表情で断言してくるものだから、不覚にも少しときめいて――しまう訳が無い、巫山戯るな。

「う、うう五月蠅えよ馬鹿! そう言って俺をその気にさせて、弄ぼうって魂胆か! そしてその後、皆にばらして笑い者にする気だな! この外道!」
「被害妄想が酷いよ左右田君! 流石の僕も吃驚したよ!」
「うっせうっせ、外道ホモ野郎! お前の言うことなんか信じねえからな! 嬉しくなんかねえからな!」
「その割には顔が赤いけど」
「お、俺の顔をまじまじと見んな!」

 見るなと言っているのに、狛枝が俺にずいと寄ってきた。すぐ目の前に狛枝の顔がある。近い、近過ぎる。

「僕は本気だよ、左右田君が好きだ。あとホモじゃないから」

 ホモ否定必死過ぎる。が、まあ――これだけ真摯に言っているのだし、信じてやっても良いかな。

「そ、其処まで言うなら、信じてやっても良いぜ」
「本当に? じゃあキスして良いよね」

 何故そうなる。

「じゃあキスして良いよね――じゃねえだろ! 嫌に決まってんだろ馬鹿!」
「出来る範囲内でって言ったじゃない!」
「どう考えても範囲外だろ! 出来る範囲を思い切り越えてるだろ!」
「左右田君はキスの一つも出来ない童貞野郎だったの? がっかりだよ!」
「そういう意味じゃねえ! 男とするのが嫌なんだよ!」
「僕は左右田君が相手なら大丈夫だよ」
「俺が大丈夫じゃねえんだってば!」

 何て自分勝手な奴だ、俺の思いが何一つ通じない。
 やっぱり此奴なんかの誕生日を祝うのは止めよう――と思い始めた瞬間、狛枝が捨てられた子犬のような目で俺を見詰めてきた。

「僕が相手じゃ、嫌なんだね」

 そんな態度は反則だと思います。

「――そ、そんなことねえよ! 判った、判ったから。一回だけだから、一回だけだからな」

 ああ、情に絆されて許可してしまった。狛枝が嬉しそうに笑っているし、今更「やっぱり駄目」なんて言えない。
 畜生、覚悟を決めろ左右田和一。初めてが此奴とか泣けるけど、頑張るんだ俺!
 覚悟を決め、顎を上げて狛枝の目を見詰めれば、彼奴は目を細めて俺を見詰め返し、そっと俺の頬に手を添えた。

「それじゃあ――戴きます」

 ゆっくりと狛枝の顔が近付いてきて、唇に柔らかいものが触れる。多分ではなく、確実に狛枝の唇だ。彼奴の唇が、俺の唇に――ああっ、俺のファーストキスが。
 泣ける。無駄に柔らかくて気持ち良いのが腹立たしくて泣ける。というか此奴、俺を見ながらキスするなよ。目を閉じろよ、目を。
 俺が胸中で文句を垂れていると、狛枝がすっと離れ――長いようで短かった、俺の初めては終わりを告げた。

「――左右田君、顔真っ赤だよ」

 開口一番にそうほざき、俺を見詰めながら微笑んだ狛枝に――俺は脊髄反射で平手を食らわせてやった。べちりと軽い音を立て、狛枝の頬に紅葉が咲く。

「そ、左右田君、痛いよ」
「う、うっせうっせ! 何が、顔真っ赤だよ――だ! 照れてねえからな! これはな、初めてをお前に取られた、悔しさと怒りで赤いんだ! 断じてお前とキスして恥ずかしいとか、嬉しいとかじゃねえから!」
「あ、う、うん。初めてだったんだ、ありがとうございます。僕も、あの、初めてでした」
「此方こそありがとうございます――じゃねえよ! 嬉しくねえよ、そんな情報! つうかさっき俺のこと童貞野郎とか言った癖に、人のこと言えねえじゃねえか!」
「ご、ごめんね。煽れば許可して貰えるかなって思ってさ」

 だからその、捨てられた子犬のような目は止めてくれ。許してやらなきゃ駄目って気持ちになるから。狡いぞ。

「ま、まあ、白状したから、許してやらないこともない」
「本当に? あはっ、ありがとう! じゃあ次の御願いなんだけど――」

 ちょっと待て。

「おい、ちょっと待て。まだこの上に要求しようってのか、満身創痍なこの俺に」
「あれ? でも左右田君、さっき幾つでも良い――って言ったよね?」
「うっ」
「あと、出来る範囲内なら何でもしてやる――とも言っていたよね?」
「ううっ」

 ああ、やっぱり俺は軽率だった。
 ちゃんと考えてから発言するべきだった。誕生日だからと、つい油断してしまった。
 此奴相手に軽率な発言をするなんて、自殺行為に等しいというのに!

「という訳で左右田君、これから僕とデートをしよう。勿論、左右田君ならデートくらい出来るよね? デートも出来ないチキンじゃないよね? 其処まで童貞拗らせてないよね?」

 ああ、拒否権が見当たらない。

「はい、出来ます」
「あはっ、流石超高校級のメカニックだよね! じゃあ行こう。そして出来ることを沢山、沢山しよう――ねっ、左右田君」

 そう言ってにやりと意味深長な笑みを浮かべる狛枝に、俺は何をさせられるのかとどきどき――いや、はらはらしながら狛枝が差し出してきた手を握り、処刑場へ連行される囚人の如き心持ちで付いて行った。

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