もう繋げない

 



 狛枝の手が好きだった。俺より指が細くて、肌が白くて、裂傷や火傷の無い、狛枝の綺麗な手が好きだった。
 皮膚や肉に覆われた中にある、狛枝の手の骨が好きだった。肉付きが薄いから、触るだけで骨格が確認出来て、暇さえあればいつも握っていた。
 俺は右利きだったから、俺は右手で狛枝の左手を握っていた。しっかりと感触を確かめる為に、俺はいつも狛枝の左手を握って歩いていた。
 体温が低そうで俺より高い、狛枝の手の温度が好きだった。冷たい俺の手に狛枝の体温が移るくらい、俺は狛枝の手を握り締めていた。
 好きだった。
 狛枝の手が、俺は好きだった。
 だけど、俺にはそれを握ることは出来ない。何故ならもう、俺の両手は――。




――――




 左右田君の手が好きだった。僕より指が太くて、機械弄りで付いた裂傷や火傷だらけの、左右田君の恰好良い手が好きだった。
 色々な物を生み出したり造り替える、左右田君の手が好きだった。希望と才能に満ち溢れているから、僕如きが触るなんて烏滸がましいと言ったのだけど、左右田君は暇さえあればいつも僕の手を握っていた。
 左右田君が右利きだったから、僕は左手で左右田君の右手を握っていた。左右田君の手の感触を確かめながら、僕はいつも左右田君の右手を握って歩いていた。
 体温が高そうで僕より低い、左右田君の手の温度が好きだった。冷たい左右田君の手に僕の体温が移るくらい、僕は左右田君の手を握り締めていた。
 好きだった。
 左右田君の手が、僕は好きだった。
 だけど、僕にはそれを握ることは出来ない。何故ならもう、僕の左手は――。




――――




 肩から先が無い、俺の両腕。代わりに在るのは、俺が造った腕の模造品。
 肘から先が無い、僕の左手。代わりに在るのは、左右田君が造ってくれた腕の模造品。


 もうあの頃の、俺の腕は無い。感触も温度も判らない、動かせることが出来るだけの模造品だ。
 もうあの頃の、僕の手は無い。感触も温度も判らない、動かせることが出来るだけの模造品だ。


 狛枝の手に触れても、何も判らない。あの時に感じていたものを、感じることは出来ない。
 左右田君の手に触れても、何も判らない。あの時に感じていたものを、感じることは出来ないんだ。


 絶望の為だけに俺は両腕も両脚も捨てて、機械に造り替えてしまったから。
 希望の為だけに僕は左手を捨てて、絶望的に絶望的な手を付けてしまったから。


 自業自得と、人は言う。
 自業自得だって、皆が言う。


 だけど俺は、もう一度だけ――。
 だけど僕は、もう一度だけ――。


 ――もう一度だけ、狛枝と手を繋ぎたかった。
 ――もう一度だけ、左右田君と手を繋ぎたかったよ。

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