ウサミの診断の結果、田中が絶望病に罹ってしまったことが判明した。
 左右田は狛枝病、罪木は西園寺病、そして田中は――。

「どうだ雌猫よ。今宵俺様と、灼熱地獄の如く激しい魔の儀式を交わさぬか」
「ふふふ、気持ち悪いので近寄らないでください」

 ――花村病に罹った。
 男女問わずにセクハラしまくる、あの――あの花村のように振る舞う田中は、見ていてとても可哀想になってくる。しかもソニアに思いっきり嫌われてるし。哀れだ。

「わぁお! まるで僕みたいだね田中君! どう? 僕と一緒に性なる高みへ昇らないかい?」
「ふははっ! 花村、良いセンスだ。性欲を持て余す!」

 実に、哀れだ。

「――はははっ、気持ち悪ぃなあ。下劣で下等な俺が言うのもおかしいだろうけど、田中の気持ち悪さは群を抜いているとしか思えねえよ!」
「ほう? 何を抜くだって? 俺様の何を抜く、だって?」
「――ば、ら、す」
「ストップ! 左右田と田中、ストォォォップ!」

 目を離すと何を言い出すか判らないセクハラ覇王様に、目を離すと何をしでかすか判らない究極自虐解体魔――ああ、もう無理! 俺には抑えられない!

「日向君、諦めたらそこでゲーム終了だよ」

 俺をそう励ましたのは七海だった。俺の天使!

「七海、抑えるの手伝って」
「ううん、それは無理」

 だと思うよ、もなしかよ。断言かよ。
 俺は孤独だ、孤独な苦労人なんだ。畜生、泣きたい。

「なあ日向。別に田中の一人や二人が居なくなっても、何の問題もないと思うんだよ。だからさあ、皆の輝かしい未来と希望の為に――此奴、殺そうぜ?」
「ふはははっ! 面白い、面白いぞ左右田和一よ。その殺る気を犯る気に変え、俺様にぶつけるが良い! その暁には貴様の胎内に、俺様の毒素をたっぷりと流し込んでやるからな!」
「はあ? 頼むから死んでくれねえかなあ。お前が生きているという事実が絶望的なんだよ。希望の邪魔になるから死ねよ」
「くすくす、田中さぁん。男同士でも、避妊具は付けなきゃ駄目ですよぅ?」
「笑止! 左右田を我が眷属にするためには、侵食を拒みし薄皮の魔具など邪魔なだけだ!」
「罪木。俺なんかが超高校級の保健委員であるお前にこんなことを言うなんて、身の程知らずも良いところなんだけど――田中みたいなコミュニケーション障害を拗らせた糞ゲイ野郎なんかと、絶対に性行為なんてしないからな」
「ふはっ! ゲイではない、俺様は――生きとし生けるものを愛する覇王だ!」
「ちょっと黙っててくれねえかな、俺はお前になんて話し掛けてねえんだよ」
「うふふふっ。ゲイとヘテロの泥沼な修羅場って、とっても面白いですねぇっ!」

 罪木さん、俺は全然面白くないです。
 というか皆、此奴等を見てみぬ振りするなよ。俺に任せるなよ。俺には無理だって、本当。

「左右田。これから俺様の領域内にて、猟奇的で扇情的な契約の儀を執り行おうぞ!」
「は? 何でこの俺がお前なんかとそんなことしなきゃならねえんだよ。身の程を弁えろよ」
「えへへっ。良いぞもっとやれぇっ」

 罪木さん、煽らないでください。




――――




「疲れた」
「お疲れ様」

 そう言って狛枝は、自販機で買ってきたラムネを俺に渡した。
 あれから俺は、狂ってしまった三人を放置し、狛枝と一緒にロケットパンチマーケットへ寄ってから、ジャバウォック公園でまったりと自由時間を過ごしている。
 えっ? 三人を放置して良いのかって? ははははは――知るかボケ。

「――あ、そうだ。狛枝、ごめんな」
「えっ? 急にどうしたの?」
「いや、田中が暴走した時にさ。お前、弐大を連れて戻ってきただろ」
「ああ、うん」
「あの時さ、お前が逃げたのかと思って――ごめんな」

 何だ、そんなこと気にしなくて良いのに――と微笑み、狛枝は自分の分であろうブルーラムを呷った。

「誤解を生むようなことをしたのは僕だし、実際日向君は僕が居なくなったことで死にかけたし――謝らなきゃいけないのは僕だよ。ごめんね」

 おや、あの鬱陶しい自虐が入らなかったな。普通の謝罪も出来るんだな。

「まあ、結果的に助かった訳だし。お前の判断は間違っちゃいなかったよ」
「そう? そう言って貰えると嬉しいな」

 何だ此奴、結構良い奴じゃないか?
 狛枝病――いや、狛枝相手に狛枝病と云うのはおかしいけど――とにかく、自虐と希望中毒さえなければ、普通に良い奴なのかも知れない。
 ずっとこのままなら良いのに――なんて考えながら貰ったラムネを軽く呷ると、視界の端に二つの影が見えた。あれは――。

「あれ、田中君と左右田君?」

 狛枝も気付いたのか、俺と同じもの――田中と左右田を見つめていた。

「どうしたんだろうね。あんなに仲が悪かっ――いや、左右田君が一方的に嫌っていたのに」

 何だか普通に仲良さそうだよね――と言って、狛枝は再びブルーラムを呷った。
 確かに。狛枝の言う通り、二人は――左右田の顔が嫌悪感で満ち溢れていることを除けば――とても仲が良いように見えないことも無きにしも非ずだ。
 いや、仲が良いか否かは問題ではない。
 あんなに田中を拒絶していた左右田が、田中と一緒に居ることがおかしいのだ。しかも嫌そうにしながら。無理をしてまで一緒に居る必要なんてない筈なのに――。
 ――まさか。

「――まさか、左右田君。田中君の命を虎視眈々と狙っているんじゃあ」

 まるで俺の思考を読んだかのように、俺の考えたことと同じことを狛枝が呟いた。
 狛枝の目から見てもそう思うということは――。

「――拙いな。狛枝、あの二人を見張るぞ」
「あれ、放置するんじゃなかったの?」
「放置して、殺し合いでも始まったら拙いだろ」

 僕は殺し合いが始まっても良いけどなあ――などとほざく狛枝の頭を叩き、俺は二人の跡を追った。




――――




「ふははっ! あれだけ拒絶の魔法を唱えていたというのに、この俺様の誘いに乗るとは――貴様、伝説のツンデレという属性を持ちし選ばれた存在だったのだな!」
「は? 誰が、いつ、お前にデレたんだよ。幻覚でも見たんじゃねえのか?」
「――善い、善いぞ左右田! 貴様の熟れた唇から紡ぎ出される、悪魔の如き残酷な詠唱! 俺様に封印されし大いなる魔力が溢れ出してしまいそうだ!」
「抽象的表現でセクハラ発言するの止めてくれねえかなあ、マゾヒストの覇王様。実に不快で不愉快だ」

 ――うわあ。
 見た目だけなら仲良さそうにも見えたのに、会話が酷過ぎる。会話のドッジボールどころじゃない、会話のボウリングだ。ストライク。

「あはは。二人共――いや、左右田のぎすぎす具合は異常だね」

 これは酷いなあ――と、二人に気付かれないよう小さな声で狛枝が言った。

「お前さあ、他人事みたいに言ってるけど――今の左右田、お前と同じ性格してるんだぞ?」
「あはっ。僕は超高校級の飼育委員である田中君に、あんな酷いことを言わないよ」
「じゃあ――田中が超高校級の飼育委員じゃなかったら?」
「論外だね」

 無能な人間に構ってあげる程、僕は優しくも暇でもないし――と、例の作り笑いを浮かべながら狛枝が言った。
 うわあ、やっぱり狛枝病だわ。

「お前、やっぱり性格悪いぞ」
「よく言われる」
「なら直せよ」

 などと、二人を――ばれないように建物や植物の影に潜んで――尾行しながら狛枝と戯れ合っていると、二人はとある場所に辿り着いた。其処は――。

「――遊園地?」

 そう。某遊園地を真似したかのような――色々と危ない、あの遊園地だった。

「へえ、二人でこんなところに来るなんて――デートかな?」

 そう言って狛枝は笑ったが、俺は内心はらはらしていた。
 そんなデートで大丈夫かと。
 左右田に何回かお出掛けチケットを使った俺は――知っている。
 左右田はお化け屋敷も、ジェットコースターも大嫌いだと。
 一度お化け屋敷に連れて行った時なんて、そりゃあもう怖かった――左右田が。
 こんなデートコース最悪だぜ、俺が女じゃなくて良かったな、と言って笑った左右田の目は――全く笑っていなかった。
 その日を境に俺は、左右田を誘う時は必ず軍事施設へ行くようにした。
 だって本当に怖かったんだもん。

「ふはっ! 左右田よ。俺様は悟ったのだ、何事も順序が大事だと。故に! こうして貴様を世界に喧嘩を売る遊戯場へ誘い出し、俺様の魔力によって魅了の魔術を施してやろうと――そう思ったのだ!」
「――は? 端的に述べろよ」
「俺様は気付いたんです、何事も順序が大事だって。だから一緒に遊園地で遊び、俺様のことを好きになって貰おう――そう思ったんです」

 田中の貴重な標準語シーンですよ、奥さん。

「田中君って標準語喋れたんだ。ボイスレコーダー持ってくれば良かったなあ」

 録音してどうする気だよ。

「――へえ? 好きになって貰おう、ねえ?」

 こんなことを言ったら左右田に失礼かも知れないけど――元の顔が悪人面なだけに、今やってるその――人を軽蔑したような冷たい表情がとても様になってる。

「あはっ。左右田君って、悪い顔がとてもよく似合うよね」

 狛枝よ。何でお前は、俺が敢えて口にしなかったことをさらりと言ってしまうんだ。

「――あのさあ、何で俺に固執してる訳? 博愛主義者を気取るなら、他の奴等と戯れていれば良いじゃねえか。お前みたいなコミュ障に付き合ってやる俺の身にもなって欲しいんだけど?」

 フルボッコだドン!

「お――俺様は、貴様のことが、前から好きだったのだ。だから、その――仲良くなりたいんです」
「は? 嫌なんだけど」

 もう一回叩けるドン!

「あはは。左右田君ってば酷いね、僕より酷いよ。僕ならもう少し明るい声で言うよ」

 言う内容はあれで良いのかよ。

「ああ、俺みたいな低脳で物覚えの悪い羽虫以下の軽い頭の人間が言うのも変だけど――前にも言ったよな? 生理的に受け付けないって。超高校級の飼育委員であるお前が、そんなことも覚えてねえのか?」

 フルボッコだドン!
 絶妙なまでの自虐に見せかけた皮肉!
 ここまでくるといっそ清々しいな。

「――お、覚えている」
「じゃあ――」
「――でも、俺様は左右田と仲良くしたいんです!」

 半ば絶叫に近い声を上げた田中は、左右田の手を握り締め――自身の胸に引き寄せた。

「わ、判るか左右田よ。俺様のこの、心の臓の高鳴りが」

 そう言って田中は、左右田の掌を自分の胸――心臓辺りに当てている。
 顔を真っ赤にしながら自分の胸を触らせている全身真っ黒な男と、胸を触らされている嫌悪感ばりばりの悪人面な派手男が――見つめ合っている、この光景。
 田中には悪いけど、とてもシュールな光景です。

「うわあ――何? 本気っぽくて気持ち悪ぃんだけど。手、離してくんねえかな。お前の鼓動なんざ感じたくねえんだよ」

 ですよねえ――って、あれ?
 左右田の顔をよく見てみる。嫌悪感ばりばりなのに変わりないが――何かちょっと赤くなってないか?
 それに力尽くで振り払えば良いものを、そうせずに温和しく手を田中の胸に当てている。
 あるぇっ?

「左右田よ、俺様の想いを受け入れて欲しい」
「は? 無理に決まってんだろ。それより――さっさと遊園地回ろうぜ。そのために来たんだろ? 俺だって暇じゃねえんだよ。付き合わせるなら付き合わせるで、それなりに有意義な時間にしてくれなきゃ困るぜ」

 言っとくけどお化け屋敷とジェットコースターは却下だからな――と早口で捲し立てた左右田の顔は、先程とは比べ物にならないくらい赤くなっていた。
 あるぇぇっ?

「日向君、あれって所謂――ツンデレなのかな」

 左右田君ってば素直じゃないなあ――と笑う狛枝を一瞥し、俺は二人を見つめる。
 果して其処には――お互いを見つめ合い、顔を真っ赤にしている男が二人居た。
 ――あるぇぇぇっ?
 あまりにも超展開過ぎて、俺は展開に付いて行くことが出来なかった。

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