失せ物と得る者

 最近よく物が無くなるんだよね。
 昨日まで使っていた歯ブラシが、次の日には無くなっていたり。
 ずっと使っていたタオルが、いつの間にか無くなっていたり。
 捨てようと思っていたゴミが、知らない間に無くなっていたり。
 幸運の反動による不運の所為かと思って、あまり気にしていなかったんだけど――流石に愛用のコートが無くなるなんて可笑し過ぎるよね。だってコートだよ、コート。
 今まで無くしてきた物は、何処かで落としたり、間違って捨てていても可笑しくない物ばかりだったけど、流石にコートは可笑しいよ。可笑し過ぎるよ。
 愚かな凡人の僕でも気付くさ、誰かが僕の私物を盗んでいるって。
 無くしている訳じゃなく盗まれていると判れば、その犯人を突き止めたくなるよね。人として。
 言っておくけど僕は犯人を訴えたり、他の人に告げ口したりする気はないよ。僕なんかの私物を欲しがる変人が、一体誰なのか興味があるだけ。
 あと、コートを返して欲しいだけだよ。お気に入りなんだよね、あのカーキグリーンのコート。


 で、これから犯人探しをする訳なんだけど――無くなった物の大半が、僕の部屋に置いていた物ばかりなんだよね。
 僕の部屋は、希望ヶ峰学園内に設けられている寮の一室なんだ。希望ヶ峰学園の敷地内にある時点で、外部からの犯行ではない。
 世界一とも云われている学園の防犯システムを掻い潜るなんて、並みの泥棒じゃ到底無理だからね。
 もし防犯システムを掻い潜れるだけの技量がある泥棒の仕業にしても、僕如きの無価値無意味な私物を、態々危険を冒してまで盗みにくる理由が見付からない。
 よって、この可能性は皆無に等しい。


 となると内部犯に絞られてくるんだけど――予備学科の生徒は先ず有り得ない。
 予備学科の生徒の大半は、本科である超高校級の生徒に対して良い感情を抱いていない――ということを学園は既に把握しているから、予備学科の生徒が勝手に本科寮へ入ることは許されていないんだ。
 本科寮の周辺には監視カメラが設置されているし、出入り口には二十四時間体制で警備員が常に四人以上居る。もしこの警備を掻い潜ってこれる予備学科の生徒が居るなら、その人は「超高校級の泥棒」として本科に上げるべきだよ。
 よって、可能性は無きにしも非ずだけど、とりあえず無いものとする。


 外部犯でも予備学科の生徒でも無いとすると、犯人は教師か――同じ超高校級である、本科の生徒に絞られてくる。
 でも基本的に個人情報保護の観点から、寮への教師の立ち入りも禁止されているんだよね。あくまで基本的にだけど。
 けど、警備の人に聞いても「最近教師が寮に来たことは無い」って断言していたし、教師の可能性は無いんだ。
 となると、可能性が高いのは――本科の生徒なんだよね。疑いたくないけど、僕と同じ超高校級の生徒が犯人の可能性が高いんだ。


 一応補足しておくけど、警備員が犯人の可能性は殆ど無い。
 彼等は常に二人一組で行動していて、お互いを監視しているからね。それに盗聴器とカメラも装備させられているから、勝手に部屋へ入って盗みを働く――なんてことは先ず出来ないだろう。


 という訳で、可能性が高いのは本科の生徒なんだ。
 絶対に本科の生徒が犯人だという自信は無いし、信じたくも無いけど――そうであると仮定して考えるね。可能性が一番高いし、あははっ。
 で、本科の誰が犯人かってことなんだよね。監視カメラが寮内にも設置されていれば、こんなに悩まなくても犯人なんてすぐ判るんだけど――さっきも述べたように、個人情報保護の観点から、寮内には監視カメラが一切設置されてないんだよね。
 という訳で、推理して当てるしか手は無いんだけど――うん、とりあえず同じ寮で暮らしている人を挙げていこうか。
 先ず僕、超高校級の幸運である狛枝凪斗。ただ運が良かったり悪かったりするだけの、極々普通の凡人だ。
 次は超高校級の飼育委員である田中眼蛇夢君。破壊神暗黒四天王というハムスター達をストールの中で飼っている、ちょっと変わった人だね。
 次は超高校級のメカニックである左右田和一君。見た目は派手だけど、機械弄りと勉強が大好きで、ちょっと引き隠り気味なんだ。
 次は超高校級の日本舞踊家である西園寺日寄子さん。見た目は小さくて可愛らしいけど、結構な毒舌家だよ。家で暮らすのが嫌で、寮暮らしを選んだらしい。
 次は超高校級の保健委員である罪木蜜柑さん。いつもおどおどしていて、何かあるとすぐに脱ごうとするドジっ子だよ。
 僕を入れて、計五人。他の同級生は実家から通っている。超高校級の王女であるソニアさんは、学園内にある特別寮で暮らしているけどね。やっぱり王女だから、僕のような凡人と同じ寮暮らしでは駄目なんだよ。
 あっ、別に他の四人も凡人って言っている訳じゃないからね。ただ王女が普通の寮で暮らすなんて、学園側が安心出来ないからね。何かあった時、国際問題に発展しかねないし。
 因みに学年によって寮が違うから、一年生や三年生は僕達とは違う寮で暮らしている。なので、一年生と三年生の紹介は省くね。
 この寮の警備の人も「一年生や三年生は最近来ていない」って言っていたし、超高校級の泥棒なんて人は一年にも三年にも居ないからね。除外で良いと思うんだ。


 という訳で、寮暮らしの四人と王女を含めた本科の同級生――二年生が怪しいんだよね。
 超高校級の写真家、小泉真昼さん。
 超高校級の詐欺師、名無し君。
 超高校級の軽音楽部、澪田唯吹さん。
 超高校級の料理人、花村輝々君。
 超高校級の極道、九頭龍冬彦君。
 超高校級の剣道家、辺古山ペコさん。
 超高校級のマネージャー、弐大猫丸君。
 超高校級の体操部、終里赤音さん。
 寮暮らしの田中君、左右田君、西園寺さん、罪木さん、そしてソニアさん。
 この中に、犯人が居る可能性が高い。
 皆僕なんかの私物を欲しがるようには思えないんだけど――とりあえず、犯行が可能そうな人を調べていくしかないね。動機は犯人を見付けて、本人から吐かせれば良いんだし。


 で、此処から可能性を絞っていくんだけど――とりあえず花村君は除外かな。彼は確かに変態だけど、皆に好かれる変態だからね。こそこそ人の私物を盗むような真似はしない筈だ。
 あと、九頭龍君と辺古山さんもかな。相思相愛な彼等がそんなことすると思えないし、嫌がらせにしても極道にしては陳腐過ぎるし。
 弐大君と終里さんも除外だね。性格的にしなさそうってのもあるけど、彼等に鍵開けなんて技能は無さそうだし。何より鍵開けなんてせずに、扉を蹴破りそうだしね。
 ああ、言い忘れていたね。僕の部屋の錠は、まるで合鍵でも使って開けたかのように、傷一つ付いていないんだよね。だから気付くのが遅れてしまったんだけど――ん?
 ということは、合鍵を使ったってことなのかな。寮部屋の合鍵は警備室にしか無い筈だけど――警備室には必ず二人は警備員が居るし、勝手に持ち出すなんて無理だよね。
 詐欺師君なら警備員に成り済ませる――と思ったけど、体型的に無理だね。それに詐欺師は、あくまでも「正体が明らかでない時」にしか力を発揮出来ない。
 正体がばればれな希望ヶ峰学園内では、幾ら超高校級でも、プロ中のプロである希望ヶ峰学園の警備員は騙せないだろう。
 となると、田中君がハムスターを使って盗んだという可能性も無いね。希望ヶ峰学園の警備員は優秀だもの、蟻の一匹すら警備室への侵入を許さない筈だ。
 ――あれ? ということは、犯人はどうやって僕の部屋に入ったのかな。
 不規則に行動する僕が、部屋に居ない時を見計らって。何をどう使って、部屋に入ったのかな?
 どうやって錠を――あっ。


 まさかね。
 でも、彼なら出来るよね。
 超高校級のメカニックである――左右田和一君なら。


 同じ寮暮らしだから、寮の中をうろうろしていても怪しまれないし、警備員に引き止められたりしない。出入りが自由だ。
 そして彼は超高校級のメカニック。製作技術は誰よりも上だ。合鍵を造ることも容易いだろう。
 いや、態々証拠に成りそうな合鍵を造らずとも、錠の構造くらい彼なら把握している筈だ。手先が異常に器用な彼なら、鍵開けくらい簡単に為してしまうだろう。
 どうして不規則な生活を送っている僕の行動パターンが読まれたのかは判らないけど、左右田君が犯人である可能性は誰よりも高い。
 絶対に彼だという自信は無いけどね。もしかしたら他の人が、実は鍵開け技能を持っている――という可能性もある訳だし。絶対に彼であるとは限らない。
 でも現状では、彼が犯人である可能性が一番高いんだ。間違っていたら申し訳無いけど、とりあえず本人に聞いてみるしかないね。




――――




「――左右田君、左右田君。居るかい?」

 左右田君の部屋を訪れた僕は、扉をこんこんと軽く叩きながら呼び掛ける。
 返事は無い。留守だろうか。

「左右田君、もし居るなら返事を――あっ」

 少し強めに扉を叩くと、鍵が掛かっていなかったのか、扉が鈍い音を立てながら開いた。
 中は暗い。遮光カーテンで締め切っているらしく、まだ夕方なのに夜のような暗さだ。

「左右田君、居るのかな? 悪いけど、ちょっとお邪魔するよ」

 一応断りを入れてから、僕は部屋の中へ足を踏み入れた。
 電気を付けようとスイッチを手探りで捜すも、なかなか見付からない。僕と同じ部屋の構造じゃないのかな。
 スイッチを捜す為に、奥へ進んでみる。機械の部品や工具が床に散乱しているのか、脛を打ったり物を踏み付けてしまったりして、足がとても痛い。
 スイッチは何処だろう、スイッチ――あれ、奥の部屋から光が漏れてる。もしかして彼処に左右田君が居るのかな。
 物を蹴らないようにしながら慎重に進む。少しずつ部屋に近付くと、中から人の気配がすることに気付いた。やっぱり中に左右田君が居るんだね。
 漸く部屋の前に着いた僕は、手探りで取っ手を捜し、それらしき物を掴んだ。ゆっくりと捻り、扉を開ける。
 それに伴って光が暗闇に差し込み、視界が鮮明になってきて――えっ?


 左右田君が寝ていた。
 部屋の真ん中で、左右田君が眠っていた。
 僕が使っていた歯ブラシが、タオルが、様々な僕の私物が散乱した部屋の真ん中で――僕のコートに包まって、左右田君が眠っていた。
 部屋の壁や天井には、僕の写真が隙間無く貼ってある。どれもこれも撮られた覚えが無いし、カメラ目線でも無いから確実に隠し撮りだろう。
 部屋の机に日記帳らしき物がある。何が書いてあるのか見てみると――どうやらこれは、僕に関する観察日記のようだ。
 一頁一頁をしっかり読んでみる。ふむふむ、どうやら左右田君は僕のことをストーカーしているみたいだね。行動が読まれていたのは、僕の靴に発信機を付けていたからで、それを確認しながら部屋に入り、私物を盗んでいたらしい。
 部屋の錠は鍵開けじゃなく、合鍵を造って開けているみたいだ。「恋人なんだから合鍵くらい持っていても良い筈だ」なんて書いてあるけど、僕はいつから左右田君の恋人になったんだろう。吃驚だなあ。
 というか左右田君、ソニアさんが好きだったんじゃないの? いつの間に僕へ乗り換えたの?
 それとも「ソニアさんが好き」っていうのは演技だったの?
 それなら君は超高校級のメカニックだけじゃなく、超高校級の役者の称号も持つべきだよ。あと超高校級のストーカーの称号もね。泥棒でも良いけど。
 いやあ、参ったな。全然気付かなかったよ、左右田君の愛に。どうしよう、凄く――凄く嬉しいよ。
 だってこんなに愛されているんだよ、ストーカーをする程に。嬉しくない筈ないじゃないか。
 左右田君を起こさないように歩み寄り、そっと跪く。何て可愛い寝顔なんだろう、僕の夢でも見てくれているのかな。だったら嬉しいなあ。
 寝ている左右田君の隣へ横になり、彼の手を優しく握る。
 目を覚ました時、左右田君はどんな反応をするのかな――彼の反応を想像しながら、僕は目を瞑った。

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