きょう、依存
狛枝はいつも、俺に付き纏っていた。付いてくるな、近寄るなと拒絶しても、狛枝は俺に付き纏っていた。
朝起きて身支度をし、コテージを出たら狛枝が居て「やあ、お早う左右田君。愛しているよ」などと言ってくる。
レストランで朝食を取っている時も傍に居て「左右田君。はい、あーん」なんて言いながら、口移しで物を食べさせようとしてくる。止めろと言っても止めないから、とても困る。
無事に朝食の時間が終わっても、何故か狛枝と同じ採集場所になり、其処でもまたべたべたと引っ付いてくる。山でも海でもロケットパンチマーケットでも関係無い。作業効率を無視して、俺にへばり付いてくるのだ。
その苦難を乗り越えて自由時間を迎えても、狛枝はまだ俺に付いてくる。俺が日向やソニアさんのところへ行こうとしても、狛枝まで付いてくるから話も碌に出来ない。
昼食の時も「あーん」をしてくるから、本当にどうしようもない。何処へ行っても何処へ逃げても、狛枝は俺を追って来るのだ。
そうして自由ではない自由時間が終わり、夕食の時間が来ても、やっぱり狛枝は俺の傍に来る。そしてまた「あーん」をしてくる。しつこいくらいに毎日々々してくるのだ。飽きないのが不思議な程に。
それから漸く寝る時間が来て、俺は狛枝から解放される。本当は一緒に寝たいらしいが、それだけは勘弁してくれと泣いたら渋々了承してくれた。
此方が圧倒的に被害者なのに、何故加害者である狛枝に頼まなければならないのか。その点は甚だ疑問ではあるが、下手に穿り返して「やっぱり一緒に寝る」などと言われても困るので、俺は未だに口を噤んでいる。
以上のように、狛枝は俺に朝から晩まで付き纏っているのだ。毎日欠かさず、欠かさずに。
なのに、今日は付き纏ってこない。
あれほど俺にべたべたしていたというのに。
朝にコテージを出た時も「お早う左右田君」と言ってきたのに。
朝食の時も「あーん」をしてきたのに。
採集の時も効率を考えずにへばり付いてきたのに――自由時間なのに、狛枝が居ない。
狛枝が、居ない。傍に居ない。何処にも居ない。俺の近くに、見えるところに居ない。
気配がしない。匂いがしない。温もりが無い。息が当たらない。鼓動が聞こえない。狛枝が居ない。居ない。居ない。
可笑しい。採集の時までは、いつもと同じだったのに。いつもと同じで、傍に居たのに。いつの間にか何処かへ行ってしまった、俺を置いて。置き去りにして。
居ない、狛枝が居ない。いつも傍に居るのに、狛枝が居ない。傍に居ない。落ち着かない、酷く胸が苦しい。掻き毟りたくなる程に、気持ちが悪い。
何処へ行った。狛枝は何処へ行った? 俺の傍から離れて、一体何処へ行ったというのだ。
「――左右田。おい、大丈夫か? 何か顔色が悪いぞ」
ふらふらと狛枝を探しながら島を彷徨っていると、日向に出会した。日向の傍に狛枝は居ない。
「体調が悪いなら、罪木を――」
「狛枝を知らねえか?」
日向が何か言っているが、そんなことはどうでも良い。狛枝、狛枝だ。狛枝に早く会いたい。狛枝、狛枝、狛枝が居ないと落ち着かない。落ち着かないのだ。
「狛枝? それならさっきソニアと――あっ」
しまった――とでも言うように日向は口を手で押さえ、気拙そうに俺を見ている。
狛枝が、ソニアさんと? ソニアさんの傍に、狛枝が居るのか?
「そ、左右田。あの、ソニアは狛枝のこと、何とも思ってないし。だから、えっと、落ち込むなよ」
俺のことを放って、ソニアさんの傍に居るというのか。
「ほら、希望の欠片集める為だけだって。なっ」
いつもいつも、俺の傍に居た癖に。
「それより左右田、お前体調悪いんだろ。肩貸してやるから、罪木のところへ――」
「大丈夫」
心配そうに俺を見てくる日向に、俺は一言だけ残して立ち去った。
後ろから日向が俺の名前を呼んでいる気もするが、そんなことはどうでも良い。
今大事なのは、狛枝のことだ。何故俺を放ってソニアさんのところへ行ったのか、それが大事なのだ。
何故? 希望の欠片なんて、もう集まっているではないか。
何故? 交流なんて俺の傍に居ても出来たし、いつもそうしていたではないか。
何故? 何故? 何故?
何故――ああ、そうか。狛枝は俺の傍に飽きたのか。
そうか、だからソニアさんに乗り換えたのか。俺の傍では満足出来ないから、ソニアさんのところへ行ったのか。
そうか、そうか、そうか――許さない。許さない許さない許さない。絶対に許さない。
狛枝は俺の傍に居るべきなのだ、ソニアさんの傍ではない。ソニアさんだけじゃない、誰の傍にも居るべきではない。狛枝は俺の傍に居るべきなのだ。俺のものなのだ。俺の傍に居なければ駄目なのだ。
だって狛枝は、毎日々々俺に付き纏って、俺の傍に居て、俺のことだけを見ていたのだから。これから先もそうすべきなのだ。
俺にしてきたことを、他の奴にもするなんて許さない。絶対に許さない。俺だけの特権なのだ、権利なのだ、俺だけの狛枝なのだ。
喩え相手がソニアさんでも――いや、ソニアさんだからこそ許せない。狛枝を俺の傍から引き剥がすなんて、許せない。
狛枝は俺のだって知っている癖に。毎日俺と狛枝を見て「仲良しさんですね」と言っていた癖に。知っている癖に、何で。何で。
可笑しい。間違っている。ソニアさんも狛枝も間違っている。何もかもが可笑しい。俺を一人にする狛枝が可笑しい。落ち着かない。身体が震える。呼吸がし難い。狛枝が居ない。可笑しい。
どうしたら良いのだ。どうしたら狛枝は、俺の傍に戻ってくるのだ。
何故飽きられた?
何故捨てられた?
何故? 何故? 何故?
ああ、もしかして――。
――――
「左右田君、一緒に御飯を食べよう」
夕食の時間になり、レストランへ行くと、狛枝が俺の傍へやってきた。
にこにこと、嬉しそうに笑っている。俺に笑い掛けている、俺の傍に狛枝が居る。
「はい、あーん」
いつものように狛枝が食べ物を口に銜え、俺に食べさせようと顔を近付けてくる。
俺にだけ、俺にだけしているのだ。周りの皆は「また狛枝が馬鹿やってる」などと囃し立てているが、気にもならない。狛枝が傍に居る。俺の傍でいつものように、いつものように――。
「――んんっ」
嬉しくて思わず、狛枝の銜えていたものに食い付いてしまった。いつもなら「止めろ」と言って無視をするのに、無視出来なかった。
いや、しなかったのだ。俺はもう、決めたから。狛枝を傍に置く為なら、何でもすると決めたから。
西園寺が「彼奴等ホモだよ」と喚いているが、どうでも良い。花村が「僕にもして欲しいな」とほざいているが、どうでも良い。ソニアさんが「お二人はらぶらぶですね」と言っているが、どうでも良い。
今重要なのは、狛枝の反応だけだ。
「――あはっ、まさか食べて貰えるなんて思わなかったよ。嬉しいな、漸く僕の愛が通じたのかな」
ああ、通じた。通じたとも。
痛いくらいに。全身が震える程に。息が出来なくなる程に。目の前が真っ暗になる程に。
どうしようもないくらい、絶望してしまう程に。
「――夜、俺のコテージに来い」
狛枝にしか聞こえないくらいの声量で言えば、狛枝は口角を少しだけ上げて小さく頷いた。
――――
「――狛枝、俺は考えたんだ。考えて考えて、漸く答えに行き着いたんだ」
皆が寝静まった夜。呼び出し通りにやってきた狛枝をコテージへ引き摺り込み、そのまま寝台へ放り投げた。狛枝は状況がまだ把握出来ていないのか、目を見開いて俺を見詰めている。
大丈夫、すぐに判るから。
「何故お前が俺に飽きたのか、捨てようとしたのか。俺はやっと理解したんだ」
「あ、飽きた? 捨てようとした? ちょっと待ってよ左右田君、何を言っているのかさっぱり――」
「判ってる、皆まで言うな。お前は俺と一緒に寝たかったんだよな。だからソニアさんのところへ行ったんだよな、判ってる。俺がちゃんと応えてやらなかったから、傍から居なくなろうとしたんだろう? 判ってる、判ってるぜ」
ぼうっとしている狛枝に、俺は伸し掛かった。寝台がぎしりと軋む。俺は狛枝が着ているズボンに手を掛け、パンツごとそれを下ろしてやった。
「狛枝、お前は俺の傍に居ないと駄目なんだ。駄目なんだよ。もう拒絶したりしねえから。俺のこと、好きにして良いから。傍から離れるなよ、俺の傍にずっと居ろよ」
「そ、左右田君――」
「お前の気配がしないと落ち着かないんだ。お前の匂いがしないと落ち着かないんだ。お前の温もりが無いと落ち着かないんだ。お前の息が当たらないと落ち着かないんだ。お前の鼓動が聞こえないと落ち着かないんだ。お前が傍に居ないと落ち着かないんだ」
露わになった狛枝の恥部を撫で回し、優しく優しく擦り上げる。ぐっと息を飲み込む狛枝に、俺は安心させる為に笑い掛けた。
「大丈夫、大丈夫。痛いことなんてしねえから。お前がずっと俺に望んでいたことを叶えるだけだから。大丈夫、これもあれなんだ。お前の大好きな希望への布石、踏み台なんだよ。お前が俺の傍に居続ける為の儀式、通過儀礼なんだ。だから心配することなんて、何一つ無いんだよ」
手の中で段々と硬く、熱を帯びてくる狛枝のそれが愛おしい。
どちらが上でも下でも、ネコでもタチでも何でも良い。既成事実を作ることが重要なのだから。
遣ることを遣ってしまえば、狛枝はずっと傍に居てくれる筈だ。俺だけの傍に、他の奴のところになど行かない筈なのだ。
俺だけのものだ。ずっとずっと、俺だけの狛枝凪斗に――。
「――左右田君」
視界が反転し、寝台が悲鳴を上げる。背中に柔らかい衝撃を受け、俺は狛枝にひっくり返されたのだと理解した。
ついさっきまで伸し掛かっていたのは俺なのに、今は狛枝が俺に伸し掛かっている。正気と狂気を綯い交ぜにした、恍惚の笑みを浮かべる狛枝が。
「――素晴らしいよ。まさか君が、これほどまでに僕を必要としてくれるなんて。気紛れで自由時間をソニアさんと過ごしただけなのに、こんなにも嫉妬に狂ってくれるなんて――ああ、僕は幸せ者だ。愛する左右田君に、こんなに愛されているなんて!」
狛枝が息を荒げながら、俺の着ているつなぎ服へ手を伸ばした。そしてファスナーに指を絡め、それをゆっくりと下ろしていく。
「左右田君。大丈夫、大丈夫だよ。君の愛は、僕にしっかりと伝わった。だから大丈夫、ずっと君の傍に居るよ。君の傍だけに、ずっとずっと僕は居る。居続けるから」
ファスナーが完全に下ろされた。にっこりと笑む狛枝の手が、服と肌の隙間に差し込まれる。
少し冷たい狛枝の手が、俺の腹を撫でた。慈しむような、愛でるようなその手付きに、気が狂ってしまいそうな程の歓喜を覚える。
ああ、これで、これで漸く――。
「――左右田君、僕はずっと傍に居るよ」
「ああ、狛枝。お前はずっと、俺の傍に居ろ」
俺のつなぎ服を剥ぎ、喰らい付くように俺の身体を貪る狛枝を見詰める。
傍に居る。狛枝が、傍に居る。狛枝の気配がする。狛枝の匂いがする。狛枝の温もりがある。狛枝の息が当たる。狛枝の鼓動が聞こえる。狛枝が傍に居る。
俺は独りではないのだ、狛枝が傍に居るから。俺は独りじゃない。独りじゃないのだ。
「――左右田君、愛しているよ」
そう言ってキスをしてくる狛枝を抱き締め、俺は漸く――漸く、安心感を得ることが出来た。
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