「――ははっ、今日も素晴らしい採集日和だなあ! そう思わねえか、日向ぁっ」
「ああ、そうだな」

 俺は今、狛枝病を発症した左右田と共に電気屋へ採集に来ている。
 それは何故か? ウサミが、絶望病は自然治癒を待つしかないと言ったからだ。
 何故採集に連れてきたか? 人手が足りないからだ。
 不幸中の幸いと言うべきか、左右田も罪木も、性格が豹変しただけで――身体は健康そのものだったのだ。
 いっそ高熱で倒れてくれれば――とも思ったが、元気なのは良いことだ。良いことの筈だ!

「こんな愚鈍で無能な俺なんかが、日向と一緒に電気屋へ来ることが出来るなんて――光栄過ぎて死んじまいそうだ!」

 やっぱり高熱出して倒れてくれないかなあ。そうしたら人手不足にも、諦めが付くんだけどなあ。

「ふっ、雑種よ。俺様を数に入れぬとは――良い度胸だ、と褒めてやろう」

 あ、忘れてた。
 左右田の自虐があまりにも五月蠅いから、田中が居ること忘れてた。ごめん田中――。

「――はぁ?」

 ――吃驚した!
 何だ今のは、左右田か? 今の低い声は左右田なのか?

「――ああ、やだなあ。何でコミュニケーション障害を患って拗らせた厨二病患者のお前如きに、この俺が褒められなきゃならないんだよ。身の程を弁えろよハムスターちゃん」
「えっ」

 田中も吃驚したのか、上擦った声を上げて固まっている。
 えっ、というか、えっ?

「そ、左右田さん?」
「――ん? どうしたんだよ日向。そんな、俺如きにさん付けなんてしなくて良いんだぜ? 何なら俺のことをゴミ虫と呼んでくれても――」
「――ああ、はいはい」

 あるぇっ? やっぱり狛枝だよな。自虐的な狛枝病だよな。

「ふ、ふはっ! この俺様をハムスターちゃんなどと呼ぶとは、命知らずな――」
「――ちょっと黙っててくれねえかなあ。俺は日向と話してんだよ」

 やっぱり気のせいじゃないわ。田中にだけ辛辣だわ。
 声のトーンも明らかに低いし、真顔だし、何より――殺気に近い嫌悪感が溢れ出てるし!
 何で田中にだけきついんだよ左右田さん。田中もちょっと涙ぐんでるぞ。止めたげてよぉっ。

「あのさ、左右田。何で田中に冷たいんだ?」
「ん? そんなことないぞ?」

 気のせいじゃねえかなあ――と続けて、左右田はにっこりと――狛枝を彷彿とさせる作り笑いを浮かべた。
 あかん。これはあかんやつや。触れたらあかんやつや。

「――そ、そうか。気のせいかあ、あはははは」
「ひ、日向! 貴様、俺様に向けられし魔の弾丸口撃を無視する気か!」

 そんなこと言われても、俺まで左右田に辛辣な態度されたら死ぬし。俺のメンタル、結構弱いんだぞ。豆腐並みなんだぞ。

「くうっ! 雑種――いや、左右田よ! 貴様、俺様に何か恨みでもあるのか!」

 俺に頼ることを諦めた田中が、左右田に詰め寄った。うわあ、あからさまに左右田が嫌そうな顔してる。

「恨み? 恨みなんてねえよ。そうだなあ、強いて挙げるなら――ソニアさんと仲良いのが気に食わないし、その抽象的且つ難解な物言いで煙に巻く根性も気に食わないし、それに何より――生理的に受け付けない――ってところかな!」

 もう止めたげてよぉっ! 田中泣いてるよぉっ!

「――そ、そのっ。と、友達、には――」
「――うん、絶望的に成れないな!」

 だって俺、お前のこと大っ嫌いだし――と言って、左右田はまたにっこりと微笑んだ。
 フルボッコだドン!
 ――何て、馬鹿なこと考えてる場合じゃないよな。

「左右田、幾ら何でも酷いぞ。もう少し、こう――オブラートに包むとかあるだろ」
「オブラート? ああ――オブソニアさんと仲良いのが気に食わないし、その抽象的且つ難解な物言いで煙に巻く根性も気に食わないし、それに何より――生理的に受け付けないラート」

 ベタなボケかましてんじゃねえよ。というか無駄に記憶力あるのな、流石元がり勉。
 ――って、んなことどうでも良いんだよ!

「お前なあ、田中だって生きているんだぞ。そんなこと言うのは酷いだろ!」
「日向、貴様も何気に酷いことを言っているぞ」

 気にすんな!

「――酷いこと、ねえ。俺は田中に聞かれたから答えただけなんだけどなあ。何の価値もないスクラップ以下の俺が、超高校級の飼育委員である田中の質問に答えないなんて、失礼窮まりないと思ったから――正直にはっきりと嘘偽りなく真意を述べて差し上げたんだけど――ねえ?」

 そう言って左右田は、俺の顔を見て嗤った。ああ、また瞳がぐるぐるしてる。あかんわ。

「判った、お前の言い分は判った。もうこの話は止めよう。田中、お前も――今の左右田とは関わらない方が良い」
「ぐっ――わ、判った。今の奴は、悍ましき瘴気に冒されているからな。仕方あるまい」
「ははっ、またそうやって誤魔化す。本当にお前って、どうしようもないコミュ障だな!」
「ストップ! 左右田ストォォォップ!」

 ああもう――早く治ってくれよ!
 採集の時間はまだ、始まったばかりだ。
 俺はこれから数時間、この辛辣な狂人と哀れな厨二病を相手にしなければならない訳で――うわぁ。
 俺は痛み出した胃を押さえながら、落ちていた釘を拾い上げた。




――――




 判ったことがある。
 狛枝病に罹ると、嫌いな相手にはとてもとても辛辣になること。
 そして――。

「罪木おねぇっ。蟻さん潰し、楽しいね!」
「楽しいですねぇっ。このぷちぃっ、って感触が堪らないですぅっ!」

 ――西園寺病に罹ると、西園寺と仲良くなることだ。
 どういうことだ。あれか、類は友を呼ぶ的なやつか。良かったな罪木、ゲロブタクソビッチから罪木おねぇに昇格して。

「日向君、採集どうだった?」

 俺が蟻さん虐殺現場を見ていると、狛枝がいつもの爽やかでいやらしい――これは偏見かも知れない――笑みを浮かべながら声を掛けてきた。

「ああ、散々な目に遭ったよ」

 左右田は田中をじわじわ苛めるし、田中は半泣きになって採集に身が入らないし、俺は俺で二人が気になって採集どころではなかったしで――左右田が一番素材を集めたという、それはそれは散々な成果だった。
 おまけに狛枝病の左右田が、こんな俺が一番素材を集めてしまうなんて身の程知らずでごめんな――などと俺に言ってくるものだから、余計に疲れた。

「あはは、お疲れ様」
「本当だよ全く――」
「――ごめんな日向。俺如きがお前みたいに優秀で有能な人間と一緒に行ってしまったばかりに、苦労と迷惑と不快感を与えちまったよな」

 後ろから突然、自虐なのか皮肉なのか判らない左右田の声が聞こえた。
 ゆっくりと振り返る。果して其処には、左右田が居た。

「――い、いつから居た?」
「えっ? 採集からずっとだけど」
「え、そうなのか?」

 マジかよ、全く気付かなかった。

「――ははっ、仕方ないよな。存在感のない、空気中に含まれるヘリウム以下の俺が悪いんだから。ごめんな日向、俺がどうしようもないくらいの透明人間なばかりに、お前を驚かせちまうなんて――本当、俺って最低最悪の蛆虫だよなぁっ!」
「あ――いや、ごめん! 自虐は止めろって!」

 いや、これ自虐か? 何かめっちゃ楽しそうなんだけど。本当、狛枝病は謎だらけやでぇっ。
 などと、左右田を見ながら暢気に考えていると――。

「左右田君。君程の希望と才能溢れる人間が――ヘリウム以下の存在感な訳ないじゃないか! それなら僕なんて、素粒子レベルの存在感しかない無価値なゴミ屑野郎だよ!」

 ――狛枝の狛枝スイッチが入ってしまった。

「は、はははっ。狛枝ぁっ、お前には超高校級の幸運っていう、素晴らしい才能があるじゃねえか。それに比べて俺なんて、こそこそと裏方で物を造ることしか出来ない――居ても居なくても誰も困らない、塵芥な才能しかないんだぜ?」
「そんなことないよ。僕の幸運なんて、不運という代償付きの――くだらない、畑の肥やしにもならない糞以下の、最低辺窮まりない最悪な才能なんだよ。君のような素晴らしい才能と比べるなんて――烏滸がましいにも程があるよ」

 うわあ、何だこの自虐と賞賛の応酬は。
 見つめ合うと素直にお喋り出来ないとか言った奴は誰だ。めっちゃお喋りしてるじゃないか。
 というか此奴等の目、目がめっちゃ怖い! ぐるぐるしてる、めっちゃぐるぐるしてる!
 狂気で濁った仄暗い瞳が、めっちゃぐるぐる混沌してる! めっちゃ怖い!

「――はははっ」
「――あははっ」
「は――ははははははは!」
「あは――はははははは!」

 しかもお互いを見つめ合いながら笑い出したよ。もう駄目だよ此奴等、どっかに閉じ込めておこうよ。隔離しようよ。

「――日向よ」

 はっ、その声は田中?
 おいおいおい、今は拙いって。左右田が居るし。またフルボッコだドンされるぞ。

「田中、今はちょっと拙いから用事なら後で――」
「――そんなつれないことを言うな。俺様と今から、一時の過ちを犯し尽くそうぞ!」

 ――ふぁい?

「えっ、ちょっと、田中?」
「どうした特異点、俺様と貴様の仲だろう。その忌まわしき拘束衣から肉体を解き放ち、俺様と交わり合うが良い!」

 何言ってんのかよく判らないけど、多分これセクハラだわ。

「――おい、日向に何言ってんだよハムスターちゃん」

 ぞっとするくらいドスの利いた、左右田の低い声がした。お前、狛枝と笑い合ってたんじゃ――って、狛枝が居ねえっ! 彼奴、逃げやがったな糞が!

「ふはははっ! 何だ雑種よ、貴様も加わりたいのか? 良いだろう、俺様が全身全霊魔力を込めて貴様の肉体を――じっくりねっとりぐっちゅぐちゅに愛し尽くしてくれるわぁっ!」

 ――うわぁ。
 左右田の顔を見る。左右田の目は死んだ魚のように濁り、無表情で田中を見つめていた。
 そしてつなぎ服のポケットを漁り、折り畳みナイフを――って。

「――駄目だ駄目だ駄目だ落ち着け左右田ああああああああっ!」
「止めないでくれ日向。此奴は殺さなきゃ、殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺さなきゃ殺殺殺殺――」
「誰かぁっ! 誰か助けてくれぇっ! 左右田を止めてくれええええええええっ!」
「ふはははっ! 刃物によるSMプレイか? 良いセンスだ! だが俺様は、刃物で刺されるより鞭で叩かれる方が――」
「――ばらす。頭の先から足の先までばらばらにしてやる、ばらばらに、ばらばらに、ばらばらばらばら――」
「田中ぁっ! 頼むから黙っててくれよぉっ!」

 それから俺は、狛枝が弐大を引き連れて戻ってくる十分間――左右田の斬撃と、田中のセクハラタッチを躱し続けた。

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