とある予備学科の話
昔々あるところに、日向創という男の子がおりました。
日向創は平凡な両親から生まれ、平凡な家庭で育ち、平凡な少年になりました。
でも日向創は、平凡な自分が嫌で嫌で仕方ありませんでした。
誇れるものが何も無い、有象無象の中に埋もれていく自分が、嫌いで嫌いで仕方がなかったのです。
誇れるものが欲しい。自分だけにしかない、誰からも認められるような、誇れるものが欲しかったのです。
そんな日向創は、誇れるものを沢山持った人が通う、希望ヶ峰学園へ入学しました。
両親に無理を言ってお金を出して貰い、入学させて貰ったのです。予備学科として。
本科の生徒は、誇れるものを持った素晴らしい人材です。
予備学科の生徒は、もしかしたら本科に上がれるかも知れない――という希望を餌にした、学園のお財布的存在です。
予備学科から本科に上がれる可能性がある――なんて学園は言っていますが、その可能性は殆ど無いに等しいのです。
日向創は、そのことを知っていました。知っていた上で、それでも希望に縋りたくて学園へ入学したのです。
けれど、希望はやはり希望でした。
何も変わらない平凡な日々、平凡な自分。日向創は絶望しました。
折角両親に無理をさせてまで入学したのに、自分は何も変われていないことを。
誇れるものを何一つ手に入れていないことを。
日向創は、静かに静かに絶望していました。
しかし、そんな日向創に一本の蜘蛛の糸が垂らされたのです。
有象無象から抜け出せる、希望に満ちた一本の糸が。
日向創は掴みました。何の躊躇いも無く、誇れるものを手に入れる為に。
糸を掴み取った日向創に、糸を垂らした先生が言いました。
「君に才能を授けてあげよう」
「但し、喜びの感情を貰うよ」
日向創は頷きました。
誇れる自分に成る為なら、何を犠牲にしても構わないと思っていたからです。
そして日向創は喜びを失い、才能を一つ手に入れました。
でも、一つだけなら本科の生徒は皆持っています。まだ自分を誇れません。
日向創は先生に言いました。
「もっと才能が欲しいです」
すると先生は言いました。
「なら、怒りの感情を貰うよ」
日向創は躊躇い無く頷きました。
日向創は才能を二つ手に入れました。喜びも怒りも無くなりましたが、日向創は後悔していません。
でも、まだ足りません。二つ程度では、まだ誇れる自分になれません。日向創は、二つくらいでは満足出来ませんでした。
日向創は言いました。
「もっともっと才能をください」
すると先生は言いました。
「なら、哀しいと楽しいの感情を貰うよ」
日向創は、頷きました。
日向創は才能を四つ手に入れました。
でも、まだ満足出来ません。誰よりも何よりも素晴らしい、誇れる自分に成りたいのです。
だから日向創は、先生に言いました。
「感情全て渡しますから、全ての才能をください」
すると先生は言いました。
「勿論だとも」
日向創はあらゆる才能を手に入れました。
ゲーマーの才能も。
幸運の才能も。
写真家の才能も。
詐欺師の才能も。
軽音楽部の才能も。
メカニックの才能も。
王女の才能も。
飼育委員の才能も。
保健委員の才能も。
料理人の才能も。
日本舞踊家の才能も。
極道の才能も。
剣道家の才能も。
マネージャーの才能も。
体操部の才能も。
アイドルの才能も。
御曹司の才能も。
探偵の才能も。
野球選手の才能も。
スイマーの才能も。
風紀委員の才能も。
文学少女の才能も。
殺人鬼の才能も。
暴走族の才能も。
プログラマーの才能も。
格闘家の才能も。
同人作家の才能も。
ギャンブラーの才能も。
占い師の才能も。
軍人の才能も。
ギャルの才能も。
本科の生徒達が持っている才能だけではなく、日向創はあらゆる才能を手に入れました。
日向創は、才能の全てを手に入れたのです。
でも日向創は、誇れる自分に成れませんでした。
あらゆる才能を手に入れた代償に、あらゆる感情が無くなったので、何も感じなくなってしまったのです。
あれだけ何かを必死に得ようとしていた自分は、一体何だったのでしょう。
あんなにも必死に誇れる自分に成ろうとしていた自分は、一体何だったのでしょう。
今の日向創には、何も判りません。何も感じることが出来なくなってしまったからです。
そして彼は毎日機械のように、こう言うようになってしまいました。
「嗚呼、ツマラナイ」
おしまい。
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