皆が幸せになりました

 

 九頭龍冬彦は、左右田和一を自分の支配下に置きたいと思っていた。
 あわよくば舎弟、出来れば義兄弟くらいに成りたいと考える程に、左右田という人間を欲していたのである。


 切っ掛けは、些細な日常の中に在った。
 左右田という男はどうしようも無く臆病で、何かあればすぐに泣き、大声で騒いでは同級生に叱られ、そしてまた泣くという――誰もが哀れに思ってしまうくらい、頼りの無い男なのである。
 そんな左右田は毎日のように九頭龍へ泣き付き、延々と取り留めの無い愚痴を漏らし、思い出してはまた泣いてを繰り返していたのだ。
 初対面の頃、左右田は九頭龍が極道であることを理由に避けていたが、実は情に厚い良い漢だと知ってからは、拾われた捨て犬のように付いて回ったのである。
 名誉の為に補足しよう。左右田は九頭龍の背負う極道という看板を盾にしたいから――などという浅ましい理由ではなく、九頭龍冬彦は良い奴だからという、至極単純で純粋な好意により、九頭龍に付いて回っていたのである。
 勿論、そのことは好かれている本人――九頭龍もひしひしと感じ取っていた。
 感じ取っていたからこそ九頭龍は、左右田のことを鬱陶しく思いつつも可愛がり、時には一緒に出掛けて遊び、互いに良好なコミュニケーションを取り合っていたのである。


 そしてある日――九頭龍は知ってしまった。左右田が昔、親友に手酷く裏切られたことを。
 何気ない日常会話の中で、左右田がうっかり漏らしてしまったのである。
 話を聞いた九頭龍は憤慨した。その親友を見付け出して左右田の前に跪かせ、両手両足の指を一本々々切り落としてやろうかと本気で考える程に、九頭龍は怒り狂ったのである。
 そして――九頭龍は気付いた。いや、気付いてしまったのだ。
 自分が左右田に対し、並々ならぬ情愛を抱いてしまっていることに。
 ただの同級生なら、其処まで感情移入することが出来るだろうか。
 ただの友人なら、これほどまでに愛おしいと思えるだろうか。
 ただの親友なら、害悪から守り抜いて愛してやりたい――などと思えるだろうか。
 答えは一つ、九頭龍は左右田を好きになってしまっていたのだ。
 それが庇護欲から来たものなのか、将又父性愛から来たものなのか判らないが――何れにしても九頭龍は、左右田に対して尋常ならぬ情愛を抱いてしまったのである。
 それに気付いた九頭龍は当初、困惑に困惑した。男である自分が、まさか男を好きになるなんてと。
 しかし、切り替えは早かった。組の中にも同性愛者は少なからず存在し、九頭龍自身もそれに理解を示していたからである。
 そう、九頭龍は切り替えが早かった。左右田に対する考え方も――接し方すらも。


 九頭龍は毎日、左右田に対してアピールをし始めた。
 やれ将来は自分の組へ入れだの、やれ俺の舎弟になれだの、やれ俺と義兄弟になれだの――兎に角、周りも左右田自身も驚く程に、積極的な勧誘を行い始めたのである。
 それまでの九頭龍は、皆から比較的クールな漢という認識であった為、その豹変振りに誰もが困惑した。勿論左右田も、彼の幼馴染である辺古山ペコも。
 辺古山は尋ねた、九頭龍にその真意を。そして九頭龍は告げたのである、己が抱いている左右田への愛を。
 それを知った辺古山は、かなり動揺した。まさか幼馴染であり、自分の主君である九頭龍が男に疾るだなんて、夢にも思っていなかったからだ。
 しかし、辺古山も切り替えが早かった。九頭龍同様そういうものに対しての理解が有ったことと、どんな形であれ、九頭龍が幸せになれるならそれで良いと思っていたからである。
 それに、辺古山は安心していた。相手が左右田で良かったと。
 これが碌でも無い馬の骨相手だったならば、辺古山は裏から手を回し、相手を抹殺するなり消すなりしていただろう。しかし相手は左右田和一、それならまあ良いか――と思ったのである。
 左右田は確かに頼り無い。すぐに泣き喚き、びびり、そしてまた泣く男だ。だがしかし、その性根は派手な外見とは裏腹に清く真面目であり、誠実には誠実で返す賢い漢である――ということを、九頭龍や辺古山を含めた同級生達は、皆知っていた。
 だからこそ左右田がどれだけ醜態を晒そうとも、皆は蔑んだり見下したりせず、愛在る弄りを交えながら左右田を可愛がっていたのである。
 それに辺古山自身、左右田のことを結構気に入っていた。メカニックとしての才能も然る事ながら、その生来の悪人面も極道向きであると思っていたからである。
 そんな左右田が相手だったからこそ、辺古山は九頭龍の恋を応援することに決めてしまったのだ。
 そう、決めてしまったのだ。


 九頭龍の恋を応援すると決めた日から、勧誘に辺古山も加わるようになった。
 九頭龍組は良い奴ばかりだ、中には怖い奴も居るが、根は良い奴だったりする。もし何かあれば私と坊ちゃんが全力でお前を守るし、絶対に安心安全だ。だから九頭龍組に入ってみないか――という、露骨であからさまな勧誘であった。
 しかし左右田は、二人の勧誘をのらりくらりと躱していた。
 臆病者ではあるものの、自分の将来をしっかりと見据えていた左右田は、極道への道を拒否していたのである。
 左右田の夢はロケットを造って打ち上げることであり、極道に入って人間を打ち上げることでは無いのだ。
 だからこそ左右田は二人の熱心な勧誘に対し、頑なに拒絶の意を示していたのだが――とある人物の発言により、それの意志が揺らぐことになった。
 その人物とは――九頭龍冬彦の妹である。超高校級の妹とも謳われている完璧に妹な彼女が、兄の気持ちを悟り、左右田に対して働き掛けたのだ。
 九頭龍組がスポンサーになれば、ロケットくらい簡単に打ち上げるよ――と。


 左右田は動揺した。左右田の夢はあくまでもロケットを造り、それを天高く打ち上げることである。
 その製作環境やスポンサーについて、左右田は全く考えておらず、兎に角ロケットさえ造れれば良い――という行動理念の下で動いていたので、その誘惑はとても魅力的に映った。
 しかし、左右田は拒否した。そのような下心で九頭龍に取り入ろうだなんて、あまりにも非道であり、九頭龍や九頭龍組に対して失礼であると考えたからだ。
 だがその拒否によって、左右田は益々九頭龍や辺古山、九頭龍の妹に気に入られてしまった。


 ――流石俺の見込んだ漢だ、その真摯な態度に益々惚れちまったぜ。
 ――流石坊ちゃんや私が目を付けた漢、益々気に入ったぞ。
 ――兄貴やペコちゃんが気に入るだけあるね、益々引き入れたくなっちゃった。
 そう言った三人の眼は、完全に獲物を狙う肉食獣のそれであったと、後に左右田が語っているとかいないとか。


 それから本気の本気になった三人は強かった。
 あらゆる人脈を駆使して手を回し、逃げられないように囲いを作り上げ、左右田の両親すらも納得させ――左右田が気付いた時には、何もかもが遅かった。
 超高校級のメカニックという才能があるだけで、対人スキルは一般人並みにしか無い左右田が、対人スキルが振り切れている極道とその妹、そして剣であり盾である剣道家相手から、そう易々と逃げられる訳が無かったのである。


 結論から述べると、左右田は九頭龍組に入った。いや、入らざるを得なくなってしまったのである。
 九頭龍組の坊ちゃんが、とあるメカニックに執心している――その噂が他の組や組織にも流れてしまっていた所為で、左右田はあらゆる危険な人間から狙われる羽目になったからだ。
 ある組は対九頭龍組の人質として使う為に左右田を狙い、またある組織は九頭龍組へ取り入る為に左右田を狙い――左右田の平和な日常は非日常と化し、安全地帯がもう九頭龍組しか残されていなかったのである。
 勿論、噂を流したのは九頭龍組であり、態と流したものだ。態とそうすることで、左右田が自ら九頭龍組に入るしかない状況を作り出したのである。
 相手を追い詰めることに関しては、極道の右に出るものは無い。流石極道と褒めるべきか貶すべきか、それは貴方の意志に任せよう。


 何れにしても九頭龍組に入ったことで、左右田の日常に平和は訪れた。それは確かなのである。
 九頭龍は左右田を組に引き込んで傍に置くという目的を達成し、辺古山は九頭龍の願いが成就して満足し、九頭龍の妹は兄の願いが叶ったことと、優秀な人材の確保が出来て大いに喜んでいる。皆が皆、己の幸福を掴み取ったのだ。
 そして左右田も将来的にはロケットを造り上げ、夢を叶えることが出来るであろう。何せ左右田は、九頭龍組という巨大なスポンサーを、半強制的に手に入れたのだから。
 左右田和一も、確かな幸福を掴み取ったのである。




 HAPPY END

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