白詰草で縛り合う
「左右田君。もし良ければ、この四つ葉のクローバーを貰ってくれないかな」
そう言いながら狛枝凪斗が差し出した掌には、大量の四つ葉のクローバーが乗っていた。
あまりにも大量過ぎて、最早草の塊にしか見えない掌を見遣り、左右田和一が顔を引き攣らせる。
「何でこんなにあるんだよ」
「暇潰しで探していたら、こんなに見付かっちゃって。ほら、僕って超高校級の幸運だし」
「幸運の無駄遣いにも程があるだろ」
そう言いつつも左右田は手を伸ばし、クローバーを全て鷲掴みにした。
「あれ、全部貰ってくれるんだ」
嬉々として問う狛枝に対し、左右田は口角を少しだけ吊り上げ、目を細めて舌を出す。
「全部渡すつもりで持ってきたんだろ?」
何もかもお見通しと言わんばかりに左右田が告げると、狛枝は困ったように笑い、やっぱりばれちゃったか――と言った。
「ばればれだっつうの。大体、一つ見付けたらそれで満足しろよ。何で根刮ぎ取ってんだよ、自然破壊か。自重しろ、自重しろ」
「ごめんね。どうしても沢山、左右田君にあげたかったから」
狛枝はそう言って爽やかな微笑みを湛え、クローバーを鷲掴みにしている左右田の手に、自分の手をそっと添える。
「――僕の気持ち、受け取って欲しいな」
何を考えているのか判らない、明るくも暗い眼で左右田を見据えながら、狛枝が左右田の手を撫でた。壊れ物でも扱うかのような、優しくて丁寧な動きで。
擽るように肌の上を這い回る狛枝の手を振り払うことなく、左右田は自分の手を撫でる狛枝の手を見詰め、ただ静かに――静かに、薄笑いを浮かべていた。
――――
「狛枝、これやるよ」
そう言って左右田が、狛枝の頭に何かを乗せる。
何だろうと思った狛枝がそれに手を伸ばし、手に取って見てみると、それは白詰草で編まれた花冠だった。
「どうしたの、これ」
狛枝が不思議そうに首を傾げながら問うと、左右田は歯を剥き出しにして笑い、花冠を指差す。
「ほら。この前、四つ葉のクローバーくれただろ。それのお返しだ」
そう言いながら左右田が手を伸ばし、狛枝の手から花冠を取り上げると、再び狛枝の頭に乗せた。
纏まりの無い、所謂天然パーマのそれである狛枝の髪を、左右田が指で整える。生け花を活けるように、編み込むように、花冠を髪に絡ませて。
暫くそうして満足したのか、左右田は手を止めて狛枝を見詰めた。
「ああ――お前の髪、真っ白だから同化しちまった」
左右田の言う通り、白詰草と狛枝の髪は同化してしまい、ぱっと見では白詰草が何処にあるのか判らない。
狛枝が自分の頭に手を遣る。執拗に髪で編み込まれた花冠は、簡単に取り外すことが出来そうに無い。
「酷いなあ。こんなにしっかり固定されちゃあ、取れないじゃない」
苦笑を漏らして狛枝が髪を弄っていると、左右田は口を閉じてにっこりと微笑む。
「取れなくても、良いだろ?」
見開かれた左右田の双眸は、全く笑っていなかった。
「――そう、だね。取れなくても良いよ」
射抜くような左右田の眼差しを受け――狛枝は、歓喜に打ち震えた。
自分の気持ちに対し、左右田がこれほどまでの想いを返してくれるとは考えもしていなかったから。
きっと自分の想いに気付かず、そのまま忘れてしまうに違いないと思っていたから――狛枝は、歓喜に打ち震えたのだ。
「――俺の気持ち、受け取ってくれたか?」
らしくない、鼓膜に纏わり付く粘着質な声で左右田が尋ねれば、狛枝は口の端を歪に吊り上げ、充分に受け取ったよ――と言って、白詰草の花冠を慈しむように撫でた。
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