真実
また、駄目だった。
また左右田を、正気に戻すことが出来なかった。
もし俺が「超高校級の精神科医」か「超高校級のカウンセラー」の才能を持っていれば、もう少し上手く左右田を救えていたのかも知れない。
俺が「俺」に戻った時、幾つかの才能は引き継げたが、そういった才能だけは持ってくることが出来なかった。
最初は別にそれでも良いと思っていたが――俺は今、その才能があったならばと毎日々々悔やんでいる。何の意味も無い、無駄な悔恨と後悔だ。
そう。無いもの強請りをしたって、意味なんか無いんだ。
もう亡い者を強請ったって、意味が無いんだよ。左右田――。
――――
現実世界に戻って来た時、俺達は全てを思い出していた。学園に入学してから、更生プログラムに参加させられ、強制シャットダウンに至るまでの全てを。
そう。俺達は絶望していた時のことも、全て思い出してしまったんだ。
でも、俺達は絶望したりはしなかった。プログラム内で得た記憶と絆が、確かに存在していたからだ。
勿論、左右田もだった。機械を弄り、プログラム内で死んでしまった皆を起こす為、一緒に頑張ってくれたんだ。
過去を思い出したことで、ソニアに対して恋愛感情を向けなくなったのには驚いたが、左右田が俺に言った言葉で何となく察することが出来た。
――俺にはな、何としてでも起こしたい奴が居るんだ。誰かまでは、恥ずかしいから言えねえけど。
其奴を起こしたら、先ず一発殴るんだ。よくも勝手に死にやがったなって。
それからな、優しく優しく抱き締めてやるんだ。お帰りって言いながら。
きっと彼奴、泣くだろうなあ。ごめんって謝りながら。何だかんだで泣き虫なところもあるし、多分泣くな。
楽しみだなあ、彼奴の泣き顔。早く見たいぜ。日向、お前にも見せてやるよ。彼奴の貴重で無様な姿をな。
俺は最初、田中のことを言っているのかと思っていた。
田中も勝手に死んだ人間だったし、普段醜態を見せない人間と言ったら――やっぱり田中しか居ないと思ったからだ。
まさか左右田と田中がそういう関係だったなんてと吃驚していたのだが――蓋を開けてみれば何とやら。違う意味でまた驚かされることになった。
左右田の起こしたかった相手は、田中ではなく狛枝だったからだ。
これには俺を含む皆――狛枝が一番最後に起きたから全員起きていた――が驚き、あまりの意外な組み合わせに吹き出す者も居た。
そんな中、左右田は宣言通りに狛枝を一発殴り、優しく抱き締めて狛枝を泣かせてくれた。
本当に貴重で、無様な泣き顔だったよ。
それから左右田と狛枝は、よく一緒に行動するようになった。
全員が現実世界に戻って来たことで、今までやらかしてしまったことに対する罪滅ぼしを始める為、各々が才能を発揮出来る場所へと行くことになったんだ。
しかし狛枝は癖の有る幸運という才能故に、何処かへ連れて行かれるということはなかった。良く言えば自由、悪く言えば必要とされない存在だったんだ。
でもそういう存在だったからこそ、狛枝は左右田と一緒に居られたんだから、結果的には良かったのかも知れない。
西園寺と小泉、弐大と終里、田中とソニアのように、離れたくなくても離れて行動しなければならない奴等のことを考えると、ある意味一番恵まれた立場だったんだろう。流石幸運と言うべきか。
時々行く場所が同じになって、その時によく雑談を交わしたりしたが、二人はとても幸せそうだった。
世界への贖罪に忙しいのは俺も彼奴等も同じなのに、恋愛というものは疲労すらも癒してしまうらしい。羨ましくもあり、少し妬ましくもあった。
だけど、幸せになって欲しかった。俺なんかが願うことじゃないかも知れないけど、二人には幸せになって欲しかったんだ。
世界を荒廃させた絶望であっても、少しくらい幸せになる権利はある筈だと、信じたかったんだよ。
だけど、絶望だった人間に、幸せなんて与えられなかったんだ。
プログラム内で漏らしていた、狛枝の言葉。ハイジャックやら、誘拐やら、病気やら――真実か嘘か判らない発言は、真実であり嘘だった。
ハイジャックの話も、誘拐の話も、病気の話も、全部真実で嘘だったんだ。
狛枝は確かにハイジャック事件に巻き込まれていたし、両親もそれで亡くした。
誘拐されて宝籤を手に入れ、莫大な金を手に入れていた。
そして――原因不明の病に罹り、希望ヶ峰学園に入学したんだ。
脳の病気どころではなかったんだ。彼奴は、狛枝は――いつ死んでも可笑しくない状態で、左右田に何も告げず傍に居たんだ。
何も言わず、何も悟らせず、平気な振りをして傍に居たんだ。
心配を掛けたくなかったのかも知れない。或いは真実を打ち明けて、拒絶されるのが怖かったのかも知れない。狛枝が何を思い、黙りを決めていたのか、今となっては判らない。
何故なら狛枝の意図を知る術はもう、この世に存在していないからだ。
あっさりと、狛枝凪斗は病によってこの世を去った。
その悲報が俺の耳に届いたのは、狛枝が死去してから一週間後のことだった。
もっと早く行ってやれていれば、結果は違ったかも知れない。今更そんなことを言っても、何もかも遅いけれど。
遅過ぎる知らせを受け、慌てて左右田の下へ行った時――左右田は「左右田和一」ではなくなっていた。
狛枝の遺骨が入った箱を部屋の隅へ追いやり、左右田は穏やかに俺へ笑い掛けたんだ。
――やあ、日向君。久しぶりだね、元気にしていたかい? 僕は元気だよ。
どうしたの、変な顔して。まるで化け物でも見たみたいな顔をしてさ。
ところで日向君、左右田君を見なかった? 一週間くらい前かな、突然居なくなっちゃったんだよね。僕を置いて行くなんて酷いよ。
えっ、左右田君? 日向君ってば何言ってるの? あははっ。
僕は「狛枝凪斗」じゃないか。
俺の知っていた「左右田和一」は、既に死んでいた。
狛枝の死を受け入れることが出来なかった左右田は、自らが「狛枝凪斗」となることで「狛枝は生きているんだ」と自分を騙して正気を保とうとしたんだ。それが狂気であるとも気付かずに。
だけど、誰もその狂気を指摘することをしなかった。いや、出来なかったんだ。誰も左右田に、現実を突き付けることなんて。
そんなことをしたら、左右田が本当に死んでしまうような気がして――誰も、左右田に真実を教えてやれなかったんだ。
でも、この儘じゃあ駄目なんだ。この儘じゃあ左右田は、本当に取り返しの付かない状態になってしまう。
だから俺は――俺はこうして時間のある時に、左右田のところへ行っているんだ。
少しずつで良いから、自分を取り戻して欲しい。そう願いながら話を聴いているんだ。
毎回同じ話をしてくるが、少しずつ変化が見えてきた。完璧に「狛枝凪斗」だった左右田から、少しだけ「左右田和一」の人格が出て来ているからだ。
さっきだってそうだ。段々と正気に戻りつつあるのか、話している途中で「左右田和一」の人格が出て来ていた。
もう少し。あともう少しだ。この歪な精神状態も、あと少しで戻る筈なんだ。
そうしたら左右田を連れて、狛枝の墓前に手を合わせるんだ。左右田はちゃんと「本物の狛枝凪斗」を供養してやらなきゃいけないんだよ。じゃなきゃ、狛枝が可哀想だろ。
死んだことを恋人に認めて貰えなくて、挙句恋人が狂って自分に成り代わり、ずっと彼奴は――狛枝は、独りで眠っているんだぞ。そんなの、幾ら何でもあんまりじゃないか。
だから左右田、早く現実に気付いてくれ。そして一緒に狛枝を弔おう。俺がお前を支えてやるから。
だって俺達、ソウルフレンドだろ。なあ、左右田。
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