その所為で彼は、絶望的に絶望してしまったんだから。


 僕の所為なんだ。
 彼が絶望して、あの女の言うことを聞くようになってしまったのも。人を殺す機械を造り始めたのも、全部僕が悪いんだ。
 だけど僕には、どうすることも出来なかった。
 僕の頭を撫でてくれた彼の手が、他人の血で真っ赤に染まっても。
 僕とキスを交わしていた彼の唇が、悍ましい罵詈雑言を吐き出すようになっても。
 僕に笑い掛けてくれた彼の顔が、狂気に満ちた笑みしか作らなくなっても。
 僕には、それを見ていることしか――共に絶望を蔓延させることしか、出来なかったんだ。


 ――よう、裏切り者。お前のお蔭で、俺は絶望的に絶望したぜ。ありがとうな。
   いや、もう同志か。そうだよな。お前は既に、こっち側の人間だもんな。
   なあ、また俺のこと裏切ってくれる? またあの、最高に絶望的な絶望を味わわせてくれるか?
   ああでも、裏切られる期待を裏切られるのも堪らねえな。どっちに転んでも最高なんて、絶望的過ぎて泣きそうだぜ。
   信じてるぜ。裏切ることを、裏切られることを。裏切らないことを、裏切られないことを。
   だから、待ってる。ずっとずっと、その時を待ってるからな。
   だって俺達、恋人だもんな。


 会う度に、彼は彼じゃなくなっていった。
 骨の髄まで絶望に染められて、絶望そのものに成りつつあった。
 勿論、この僕もだ。
 憎くて憎くて堪らなかった絶望が、好きで好きで堪らなかった希望が、どちらがどちらだったのか判らないくらいに――僕は絶望の深みに嵌り過ぎていた。
 絶望を希望、希望を絶望と見紛う程に。
 だから――芽生えた希望を踏み躙り、絶望的な絶望を撒き散らし、全てを最低最悪な絶望へと引き摺り込んでしまったんだ。
 僕はね、嘗ての後輩達を絶望へ叩き落とすことに何の躊躇いも感じなかったくらい、反吐が出る程絶望的に絶望だったんだよ。
 最悪だよね。最悪だよ。思い出すだけで、死んでしまいたくなる。そんな僕が、こうして生き長らえているなんて――本当、罪悪感で息が止まりそうだ。
 ああ、話が逸れちゃったね。戻そうか。


 そうして僕等は暴虐の限りを尽くしていたんだけど――後輩達の手によって、あの女は死んだんだ。
 最高だったよ。僕の大嫌いな絶望が死に絶えたんだから!
 それから僕は混乱に乗じて、あの忌々しい女の死体から左腕を持ち帰ったんだ。
 えっ、何故かって? それはね、大きな絶望を取り込んで、大きな希望を引き寄せたかったからだよ。今思うと、本当に馬鹿馬鹿しいけどね。そんなことしたって、意味なんて無いのに。
 でもあの時の僕は正気じゃなかったから、平気で自分の左腕を切断して、あの女の左腕を縫い付けちゃったんだよ。
 普通なら他人の腕なんて適合する訳が無く、腐り落ちてしまう――筈だったんだけど、僕の才能の所為かな。見事に腐ることなく、あの女の腕は僕の一部と成り果てたんだ。流石に、自分の手のように動かすことは出来なかったけどね。


 こうしてあの女の腕を手に入れた僕は、彼と一緒に――絶望から逃げたんだ。
 他の皆があの女の意志を継ぎ、最後の悪足掻きとも言える絶望的破壊行為に明け暮れる中、僕は彼を無理矢理捕まえて逃げたんだよ。もう絶望を撒き散らす意味は無かったからね。
 絶望の時代は終わったと、僕は確信していたんだ。あの女が死んだ、あの日からずっと。だから彼を連れて逃げたんだ。希望に満ちた未来へ、彼を――彼だけでも送り届ける為に。
 それが罪滅ぼしになると思ったんだ。彼を絶望させてしまった僕に出来る、最初で最後の希望だと思ったんだよ。
 だけど――まあ、今の僕を見て貰えば判るよね。彼だけを未来に生かすつもりだったのに、僕まで希望に捕まっちゃったんだよ。こんなゴミ屑が生きていても、何の役にも立たないのにね。
 おまけに更生させるとかで、変な島に連れて行かれるし。彼とは引き離されるし。最悪だったよ。
 あはっ。僕如きが文句を言うなんて、烏滸がましいにも程があるよね。ごめんね。
 ああでも、あらゆる才能を持った希望に出会えたのは素直に嬉しかったな。
 ほら、君のことだよ。覚えてない? 僕もあまり覚えてないけどね。何て会話を交わしたかな、思い出せないや。
 まあ良いか。忘れちゃったものは仕方ないしね。
 ええっと、それから島に着いて、変な機械に放り込まれて――ああそうだ、記憶を奪われて、修学旅行を満喫しろって、縫いぐるみの先生が言い出したんだよね。
 希望ヶ峰学園のことは忘れろ、ってさ。
 不可解なことばかりだったけど、あっさり受け入れちゃっていたのはプログラムの所為だったのかな。今となっては謎の儘だよ。


 まあ結局、あの忌々しい熊が現れて全てが絶望に染まって有耶無耶になったから、掘り返しても意味が無いんだけど。
 本当に残念だよ。あの時の僕はあんなことをしてしまったけど、今の僕ならあんなこと絶対にしなかったのに。
 殺し合いなんて、絶望を絶望的に撒き散らすだけの愚かな行為だ。あの時の僕に会えるなら、一発殴って遣りたいよ。
 僕があんなことをしなければ、もしかしたら殺し合いが始まることもなく、皆で協力していけたかも知れないのに。そうしたら未来機関の彼等が、僕達を無事に救い出してくれたかも知れないのに――って、今も時々考えてしまうよ。
 今更そんなこと、考えても意味が無いのは判っているけどね。でも考えてしまうんだ、遣り直せたらって。
 あの時、僕があんな紙を送らなければ。
 あの時、僕が裏切り者以外を皆殺しにしようとしなければ――なんてね。
 本当、僕は皆に迷惑を掛けてばかりだよ。ごめんね、本当に申し訳無いと思っているよ。
 いっそのこと、僕が仮死状態になっている時に殺しておいてくれれば――なんて思ったけど、こうして起こして貰えた以上、僕は皆の為に生きたいと思っているよ。本当だよ、嘘じゃない。


 それにね、何だかんだで嬉しいんだ。こんなどうしようもない最低最悪な僕だけど、また彼と生きて会えたことが嬉しいんだよ。
 それに――ほら、あの忌々しい女の腕。もう無いでしょ? これはね、彼が僕に造ってくれた義手なんだよ。凄いよね、流石メカニックだって思うよ。
 これから彼の手が、再び希望を生み出していくのかと思うと――僕は今にも死んでしまいそうになるくらい、幸福に満たされるよ。
 漸く彼は、本来の彼に戻るんだから。僕の大好きな彼に。あの頃の彼にね。
 そうしたらね、また彼と愛し合いたいな。今の彼は贖罪の為に奔走しているから、忙しくて会えないけど、時間が出来たらあの頃みたいに甘えたり、甘えられたりしたいよ。
 僕達みたいな犯罪者がそんなことをするのは烏滸がましいかも知れないけど、少しだけ許して欲しいな。君もそう思わない?
 君にも恋人が居るよね。ほら、プログラムの中だけどさ。
 あれ? 違うの?
 そっか、ごめんね。勘違いしちゃっていたみたいで。あまりにも仲が良いから、そういう関係なのかなって。


 僕は良いと思うよ、相手が生きた人間じゃなくてもさ。喩えデータであっても、其処に確かに存在して、自分という人格を認識している個であるならば、それは人間足りえると思うんだよね。
 大体さ、人格というもの自体も曖昧なんだから。気にすることないと思うんだ。
 ほら、解離性同一性障害って言うの? 後輩にも一人居たよね。一つの身体に二つの人格が在るっていう人。ああいう例もあるし、人格なんて曖昧なものなんだよ。
 だからさ、データだからってだけで人間として見ないのは間違っている気がするよ。僕達人間だって、身体というハードウェアに人格というソフトウェアが入っているようなものなんだからさ。
 今回の更生プログラムで、痛い程に理解したよ。痛い程にね。
 えっ、しつこい? ごめんね。ただ、データだから気が引けているのかと思って後押しを――ああ、余計なお世話だよね。ごめんね。でもそういう関係になるなら、僕は応援するからね。きっと彼もそうするだろうし。


 あれ? もう行っちゃうの?
 ああ、そうか。君は僕と違って色んな才能があるから、忙しいんだよね。僕は幸運なんていうゴミみたいな才能しかないから、君みたいに必要とされないんだよ。
 ああ、僻みじゃないからね。誤解しないでね。僕みたいな産業廃棄物が君を僻むだなんて、身の程知らずも良いところじゃないか。ゴミ虫な僕だけど、それくらいは弁えているよ。
 うん? 体調? 大丈夫だよ、いきなりどうしたの? そんなこと聞いて。僕はいつでもエンジン全開――あれ、可笑しいな。あははっ、彼の口癖が移っちゃったかな。ずっと一緒に居るからね、仕方ないよね。
 ――あれ? 違うね、ごめん間違えちゃった。
 そうだよ、彼は贖罪の為に奔走しているから、今は居ないんだよね。うっかりだなあ、僕って。いつも一緒に居るような気がしていたよ。
 まあ、身も心もずっとずっと繋がっているけどね。
 ああ、ごめんね。惚気たつもりじゃないんだけど――うん? どうしたの、そんな顔して。君らしくないね、泣きそうじゃないか。僕の所為かな、ごめんね。
 ごめんな。


 ああ、今度こそ行っちゃうの? 行ってらっしゃい。今のところ僕は暇だから、また遊びに来て欲しいな。君くらいしか、僕と会話してくれないし。
 僕が話し掛けたら、皆さっきの君みたいに泣きそうな顔をするし。彼の憧れだった王女さんなんて、僕を見るや否や逃げちゃうし――何でだろうね。
 やっぱり僕は嫌われているのかな。プログラム内であんなことをしたし、仕方ないだろうけどね。少し淋しいな。彼もまだ帰って来ないし、一人は辛いよ。
 あっ、ごめんね。引き留めちゃって。つい、話すのが楽しくて楽しくて。
 うん、僕は大丈夫だから。平気だよ、彼の造ってくれた義手があるし。これを撫でているとね、彼が傍に居るような気がして安心出来るんだ。だから大丈夫だよ。
 ああもう、大丈夫だっつうの。お前は本当に心配性だなあ。ほら、行けって。俺は大丈夫だから。
 ――あれ。あっ、ごめんね。ごめん。ちょっと、ちょっと、ごめんね。間違えちゃったんだ、うん。ごめんね。もう行ってくれて良いから、大丈夫。僕は大丈夫だから。何かあったら、皆に相談してみるし。それに未来機関の彼等も居るから。うん、大丈夫だよ。
 大丈夫だ。


 じゃあ、また今度。
 あっ、そうだ。次に来る時、コーラを持って来て欲しいな。
 勿論、糖類ゼロじゃないやつをね。
 何でかな、無性に欲しくて堪らないんだよ。そんなにコーラが好きって訳じゃないのに。
 我が儘言ってごめんね。出来たらで良いから。うん。うん、ありがとう。待ってるよ。
 またね、日向君。
 ――またな、日向。

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