第一次きのこたけのこ戦争
それは、人によっては詰まらない内容で、人によっては重大な問題だったんだ。
人間皆拘りというものがあるし、相反する者同士が争うこともある。
嫌いなものを好きになれなんて言えないし、俺だって桜餅を食えと言われたら相手を殴るだろう。
だけど――。
「――愚民如きが茸の良さも判らずに、がたがた文句を言うんじゃない!」
「うっせえ糞豚がぁっ! 筍を馬鹿にしやがって、煮詰めて魚の餌にすんぞ!」
「黙れ! 機械油でも飲んで出直して来い!」
「ああっ? 豚カツにして喰うぞテメェ!」
だけどこれは、ちょっと酷過ぎるんじゃないかな。
――――
事の発端は、ロケットパンチマーケットで俺が見付けた、茸と筍を模したチョコレート菓子だ。
それをレストランへ持って行って、俺が一人で食べていたところに十神と左右田がやってきて――この有り様である。
茸派の十神と筍派の左右田が、凄まじい口論をし始めてしまったのだ。俺は悪くない。悪くないからな。
「愚民はこれだから困る! よく考えたら判るだろう、どちらがチョコレートを多く含んでいるかを!」
其処かよ。
「はぁ? チョコレートの含有量にしか目がいかねえとか、本当にどうしようもねえな! あの生地とチョコレートの組み合わせが美味いんだろうがよぉっ!」
それに賛成だ!
「はっ! これだから愚民は! 茸の方が美味いだろうが、味覚音痴め! それに茸の方がグラム数も勝っているのだ! チョコレートの量も多く、そして美味くて量が多い! 筍如きが茸に勝てる道理はない!」
それに賛成だ!
「んだとゴルァッ! 筍の方が売り上げ良いし人気なんだよ! つまり世間は筍を求めている! 茸なんざお払い箱なんだよボケェッ!」
それは違うぞ!
「貴っ様ぁっ! 茸をお払い箱扱いとは、死にたいのか!」
そんなことで殺されるのか。
「殺れるもんなら殺ってみやがれ、この【――自主規制――】野郎!」
ちょっ、口悪っ!
「何だとぉっ!」
今にも殴り合いか殺し合いを始めそうな勢いで、二人がお互いの胸座を掴み合った。
他の同級生と比べて穏便派な二人が――しかも片方は悪人面で、もう片方は巨漢――殺気丸出しで睨み合っているものだから、声を掛けるに掛けられない。
こういうのに慣れていそうな超高校級の極道――九頭龍でさえも二人から目を逸らし、我関せずを貫いているのだから、俺みたいな才能が何かも思い出せない人間が、二人を止められる筈がないのである。
止められないので、心の中で突っ込みを入れるくらいしか出来ないのだ。
「おい豚ぁっ、好い加減に筍が一番だって認めろよ。そうしたら腕一本でチャラにしてやっからよぉ」
左右田、お前もう極道行け。九頭龍と兄弟になれ。
「黙れチンピラ、貴様こそ茸こそが至高であると認めるが良い。そうすれば貴様の愚行を、菓子一年分で許してやろう」
菓子一年分で許すとか、御曹司はちょろいのか?
「あ? 舐めてんのか【――自主規制――】が! お前の【――自主規制――】して【――自主規制――】すんぞ! 糞豚ぁっ!」
だから口悪いって! 西園寺より酷いって!
「ふんっ、低俗な愚民め! 貴様のような下等な人間には、筍がお似合いだな!」
煽るなって! 煽ったら駄目だって!
「へえ――今日の夕飯は豚の丸焼き確定だなあ、おい」
ちょっ!
「いや、鶏の丸焼きだろうな」
お前までっ!
ああもう! 流石にこれは拙い、殺し合いが始まってしまう!
何とか、何とか話を逸らさなければ。茸と筍から話題を剃らさなければ!
何かないか? ないか? 話題を逸らせそうなものが――ん?
これは――。
「――まあまあ二人共、ちょっと落ち着けよ」
「あぁん?」
「何だ?」
悪人面と巨漢に思い切り睨まれ、思わず悲鳴を上げそうになったが堪えた。俺偉い、本当に偉い。
自分で自分を褒めつつ、俺は震える手であるものを二人に差し出した。そう、そのあるものとは――。
「――とりあえずコアラのマーチでも食べて、少しは落ち着けよ。なっ?」
そう、茸でも筍でもない菓子だ。これならきっと話題を逸らすことが――。
「――日向、テメェ舐めてんのか?」
「貴様、この俺を馬鹿にしているのか?」
あれ?
「日向、失望したぜ。まさかお前が――ロッテの回し者だったなんてなぁっ! この裏切り者!」
えっ?
「所詮は貴様も愚民だったということか。ロッテの犬め!」
えっ、えっ?
「――ん? 十神、お前も明治派なのか?」
「ふんっ、当たり前だろう。でなければ茸に固執する訳がない。そういう貴様も、明治派か?」
「当ったり前だっつうの! 明治こそ菓子メーカーの天辺に立つべき会社だぜ!」
「ほう――左右田、貴様とは良い菓子談義が出来そうな気がするぞ」
「へへっ、俺もだぜ! えっと、何つうか、その――悪かったな。茸も明治の目玉だっつうのに、あんな酷いこと言って」
「いや、俺の方こそ悪かった。筍も明治の主力商品であり、売り上げに多大な貢献をしているというのに――あのような言い方はなかった、すまない」
「いやいや、俺の方こそ」
「いや、俺が――ふっ、このままでは埒が明かんな。お互い水に流すということで、此処は手打ちにしようではないか」
「そうだな! じゃあ、仲直り!」
一戦交えた後のような爽やかさを漂わせている二人が、にこやかに握手を交わした。
良かったなあ――と俺が思う間もなく、二人は俺を見て「裏切り者」とか「愚民め」と言い残し、二人仲良くレストランを去って行った。
理不尽だ。理不尽過ぎる。理不尽過ぎる!
何で俺がこんな目に遭わなきゃならないんだよ!
理不尽に二人から拒絶された悲しみに打ち拉がれていると、九頭龍が黒糖花林糖が入った袋を持って此方へやってきた。
そっと、九頭龍が俺に花林糖を差し出す。
「食えよ。チョコレート菓子も良いけどよ、こういう素朴なのも美味いぜ?」
それさっきの二人に言ってくれよおおおおおおおお!
俺は心の中で怒りを爆発させたが、指が無くなるのは嫌なので、ぐっと我慢して九頭龍から花林糖を貰って食べた。
甘い筈の花林糖は、少しだけ涙の味がした。
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