好き好き大好き

 目を覚ますと俺様は、見知らぬ部屋の寝台に転がされていた。
 両手両足には鉄の枷が付けられ、その枷は寝台の端に括り付けられていて、全く身動きが取れない。
 何とか部屋を見渡してみるも、やはり見知らぬ部屋で――何故こんなところに自分が拘束されているのか、理解出来ないし身に覚えがない。
 突然の異常事態に混乱する脳を叱咤し、俺様は昨日の出来事を振り返ってみた。きっと其処に謎を解く鍵がある筈だ――そう睨んだからである。


 そう、確か昨日は――左右田と一緒に外出したのだ。希望ヶ峰学園も、普通の学校と同じように休みがある。昨日はその休みで、左右田と共に外出したのだ。
 一緒に動物園へ行ったり、電気屋へ行って、レストランで食事をしたり、雑談を交わして、それから――それから、どうしたのだ?
 可笑しい。記憶がぼやけている。霞が掛かったように、酷く曖昧だ。何をした? 何をされた?
 いや、ちょっと待て。左右田は――左右田はどうした?
 まさか左右田も、俺様と同じ状況に陥っているのか?


 ということは、もしかしてこれは――誘拐?


 希望ヶ峰学園の生徒である、超高校級の飼育委員とメカニックの誘拐――有り得る、有り得るぞ!
 俺様や左右田も裕福な家庭の生まれではないが、希望ヶ峰学園からすれば貴重な才能。学園へ身代金を要求すれば――いや、ちょっと待て。
 あの学園相手に、そんなことが出来るか?
 超高校級の才能を束ねる大規模な組織を相手に、身代金目的の誘拐を企てる馬鹿が、本当に居るのか?
 幾ら馬鹿でも、それがどれだけのリスクを孕んでいるかくらい、本能で察するだろう。真の意味で命懸けの誘拐になるのだから。
 ということは、誘拐という可能性は限り無く0になった訳で――あれ?
 じゃあ俺様は、何で拘束されているのだ?
 誰が俺様をこんな目に――と思った刹那、部屋の扉が開いた。その中から現れたのは――。

「――そ、左右田?」

 紛う事無き左右田和一、本人だった。
 左右田はにこにこと嬉しそうに笑い、俺様へ歩み寄ってくる。その手には――武骨なサバイバルナイフが握られていた。
 俺様は恐怖した。飢えた猛獣相手に大立ち回りをした時以上に――恐怖した。
 何故なら左右田から、殺気とは違う異様な気配を感じ取ったから。明らかに可笑しい、今まで見たこともない表情をしていたから。ナイフをべろりと、長い舌で厭らしく舐めたから。
 俺様の知っている左右田は、こんな人間ではない。

「田中、おはよう」

 あくまでも笑みを崩さず、左右田らしき人間が俺様に声を掛ける。その声は明らかに左右田だが、左右田はこんな穏やかに俺様を呼んだりはしない。
 一体、此奴は誰だ?

「貴様――左右田を何処へやった」

 圧倒的に不利な立場だが、俺様は決して弱みを見せないよう、高圧的に振る舞った。脅えを見せたが最後、きっと俺様は此奴に――殺られてしまう。そう感じ取ったからだ。
 左右田らしき人間は俺様を不思議そうに見詰め、鋭い歯を剥き出しにして口角を吊り上げた。

「おいおい田中、俺の顔も忘れちまったのかよ。左右田だよ、左右田。左右田和一、判るだろ?」

 からからと笑う様子は、正に左右田和一本人のものだったが、やはり何かが可笑しいのだ。
 何かが、大事な何かが壊れたような――左右田和一を構築していた、大事な何かが壊れたような――そんな印象を受ける。まるで別人にでもなってしまったような――別人?
 まさか左右田は、二重人格?

「ふ、ふはっ! 貴様の正体は見破った! 貴様は左右田和一の身体を借りし、偽りの左右田和一なのだろう!」
「違えよ」

 あれ?

「田中が何を言いたいのか、何となくでしか判らねえけど――俺は正真正銘、左右田和一だぜ」

 そう言いながら左右田は、ナイフを片手に我が身を抱き締め、不気味な笑みを作った。元から怖い顔だとは思っていたが、益々恐ろしいことになっている。
 目を逸らしてしまいたいが、此処で逸らせば殺られる。猛獣と対峙した時も、目を逸らせば殺られるのだ。
 じっと見据えていたのをどう捉えたのか判らないが、左右田はナイフの刃先を俺様の額に突き付け、ぞっとするくらいの無表情で口を開いた。

「信じてくれねえの? なあ、田中」

 信じない――そう言えば確実に喉を掻き斬られる、そんな未来が見えた俺様は「信じます、信じますから」と情けないくらい震えた声で、左右田に命乞いをするしかなかった。
 俺様の返事に満足したのか、左右田はナイフを下ろして莞爾とし、刃の腹で俺様の頬をぺちりと軽く叩いた。

「だよなあ。田中が俺のこと、信じない筈がないもんなあ」

 ぺちりと、再び刃の腹が頬を打つ。自分の命を左右田に握られているという恐怖と絶望が、俺様の思考をがりがりと削り取っていく。
 怖い。怖い。何の意味も、理由も判らない儘、殺されてしまうかも知れないのが――怖い。
 つうっと、刃先が首筋に当てられた。冷たくて熱い感覚に、思わず悲鳴を上げそうになる。

「なあ、田中。俺な、お前のことが好きなんだ」

 ぐっと刃先が首に押し当てられる。ぴくりとも動けない。息も出来ない。少しでも動けば皮膚が、肉が、斬られてしまう。
 左右田がうっとりとしながら、勢い良くナイフを引いた。鋭い痛みと共に、首から生温かい液体が――血が垂れている感覚が、俺様の思考を狂わせる。狂わせる。狂わせる。
 斬られた、首を、斬られた。左右田に、俺様は、何で? 何で、こんな、こんな。
 俺様の首を撫でて、指で血を掬った左右田が、その血を口に含んで――美味しい、と言って微笑んだ。

「田中、好きだ。好きなんだ。大好きなんだよ」

 俺様の血で濡れた唇で、左右田が狂人じみた――いや、狂人のそれと同じ目で微笑を湛えながら、俺様の胸をごりごりと、肋骨がへし折れるくらいの強さで揉んできた。
 みしみしと、肋骨が軋んでいる。痛い。痛い、折れてしまう。痛い。

「田中ぁっ、愛してるって言ってくれよ」

 そう言って左右田が、ナイフを振り翳した。いつでも刺せるように、俺様に、刺されるように。刺される、刺されてしまう。刺し殺されてしまう。
 声も出せずに口を開閉させていると、左右田は目を見開き、狂気で濁りきった瞳で、俺様を射抜くように見据え――ゆっくりと口角を上げ、歌うように囁いた。

「愛してるって、言わなきゃ殺す」

 ぐっと、左右田がナイフの柄を握り締めた。
 殺される。殺される。殺される。本気で此奴は、左右田は俺様を殺す気だ。そんな理不尽で、意味不明で、理解不能な理由で、俺様を殺すつもりなのだ。
 本気で、俺様を、殺す――。

「――あ、愛してる。愛してる、左右田、愛しています」

 死にたくなかった。こんな死に方は、あまりにも酷過ぎて、滑稽で、情けないではないか。だから俺様は、生きる為に、死にたくないから、生きる為に足掻いて――嗚呼、左右田が嬉しそうに笑っている。笑っている。嗤っている?

「俺も愛してるよ、田中。ずっと一緒に居ような。ずっと、此処で、ずっとな」

 左右田の顔が近付いてきて、俺様の唇に左右田の唇が押し当てられる。
 初めてした接吻は、腥くて鉄臭い、血液の味がした。

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