門にして鍵なる者と結ぶ彼は

 希望ヶ峰学園に超高校級のメカニックとして入学したが、俺は常に孤独だった。
 同級生と会話を嗜んだり、とある女子を「好きだ」と言って追い掛け回したりしているが――俺は誰も信じず、信じられず、今日まで生きてきたのである。
 信じられば裏切られる。それを嫌と言う程に思い知った俺は、同級生や女子から一線を引き、誰もその線を越えて来ないようにしてきたのだ。
 だから俺には、親友なんて者は一人も居ない。居るのは上辺だけの友人のみである。
 勿論、この先もずっと一人――のつもりだったのだが、何故か俺に親友が出来てしまった。
 親友の名は日向創。希望ヶ峰学園の予備学科として入学した、至って普通の男である。
 出会いは至って普通で、学園内をふらふら散歩していた時に偶然出会い、軽く話しをしたら意気投合。それから何度も会うようになり、いつの間にか親友と呼べる存在になっていたという訳だ。
 人の心が読めているのではないかというくらい優しく、するりと人心を掴んでしまう様は感服に値する。
 人など信じるものか――と壁を作っていた俺に親友と思わせたのだから、奴は本当に凄い男だ。他にも友人が沢山居るようで、一癖も二癖もある超高校級の奴等とも繋がりがあるらしい。本当に凄い男である。


 何故このような男が、予備学科で甘んじているのか判らないくらいに。


 これほどのコミュニケーション能力があれば、充分に超高校級ではないのかと思うのだが――日向は予備学科という位置で満足している。
 俺が学園長に言ってやると言えば、日向は「そんなことしなくて良いぞ」と笑うだけだった。
 判らない。希望ヶ峰学園に態々大金を払って予備学科へ入ったのに、何故上を目指さない?
 日向にはそれだけの実力と人徳と才能がある。俺には判るのだ。なのに日向はそれを表に出さず、裏で皆を支えている。
 可笑しいじゃあないか。優れた者は表に出るべきだ、俺のような一生裏方で生きるしかない人間と違うのだから。
 日向のように素晴らしい人間は、輝かしい未来を約束されるべきなのだ。俺とは違う、明るい場所で人に囲まれて生きるべき人間なのだ。
 なのに、なのに――判らない。日向の目的が判らない。有象無象の烏合の衆に埋もれ、残りの人生を平々凡々に生きるつもりなのか?
 同級生の希望狂いに賛同する訳ではないが、希望を秘めた人間が凡人の波に飲まれてしまうのは惜しい。
 俺とは違うのだ、日向は。日向はもっと、光の当たる場所に居るべき人間なのだ。
 なのに、なのに、なのに――それじゃあまるで、態と目立たないように生きているみたいではないか?
 何故だ? 理由は?
 これほどまでに人の心を惹き付けて止まない男が、何故裏方で居ようとしている?
 話を聞いている限りでは、何も疚しいことのない、平凡な家庭の生まれで――あれ?


 俺は日向の家へ、遊びに行ったことはあったか?


 俺も日向も学園の寮で暮らしているが、俺は何回か日向を実家に連れて行ったことがある。造りかけのエンジンや、バイクを見せる為に。
 だが、日向の実家に行ったことはあったか? 場所すらも知らない。
 俺は家族のことを話したが、日向は家族のことを話したことがあったか?
 日向の家族構成は? 親はどんな仕事をしている? 一人っ子? 兄弟は?
 よく考えたら――俺は日向のことを、何も知らないではないか。
 俺は日向のことを何も知らないのに、日向は俺のことを知っていて――それで、親友?
 ぞくりと、身体が震えた。俺は得体の知れない男を、何の疑いもなく親友と呼んでいたのか?
 確かに日向はよく出来た男だが、自分の情報を殆ど出さない人間を――俺は信じたのか?
 人間不信に陥っていた、この俺が?
 可笑しい。何かが可笑しい。幾ら人の良さそうな男であっても、自分のことを何も話さない人間を信じられるものか?
 可笑しい。まるで――まるで、魔法にでもかけられていたかのような気分だ。気味が悪い。恐ろしい。
 だが――それでも俺は、日向を信じたい。薄気味悪いことに変わりはないが、今まで交流してきた事実は変わらない。俺は日向を信じたい。信じたいのだ。
 だから知りたい。日向のことを。日向のことを知りたいのだ。喩え日向が碌でもない生まれの人間でも、俺は引いたりなどしない。逃げたりしない。
 だって、信じたいから。日向という人間を、俺は信じたいから。何もかもを受け止めて、これからも日向の傍に居たいから――俺は、日向のことが知りたい。知りたいのだ。

「――日向」

 いつもと変わらない日向の寮部屋。俺の部屋と違って、綺麗に物が整頓されている。綺麗過ぎて、落ち着かないくらいだ。
 そんな部屋に据えられた寝台に腰掛けた日向が、俺を見詰めて微笑んだ。

「どうした? 何か悩みでもあるのか?」

 お前のことだよ――なんて言える筈もなく。俺は日向の隣に座り、表情を窺うように日向の顔を覗き込んだ。
 いつもと変わらない、人好きのする顔だ。

「あの、さ。俺、お前のことが知りたいんだよ」

 恐る恐る、日向に言った。もしかしたら嫌われるかも、拒絶されるかも知れないと思ったから。
 だけど日向は驚いたように目を見開き、そして――嬉しそうに笑うだけだった。

「そうか、解けたのか」

 解けた? 何が?
 日向の呟いた言葉を理解する前に、俺は日向に抱き締められていた。吃驚して押し退けようとしたが、びくともしない。体格は日向に負けているが、俺の方が力はある筈なのに。

「ひ、日向?」

 厭らしい手付きで背中を撫で回してくる日向に恐怖を覚えるも、俺はぐっと堪えて話し掛けた。情けないくらいに、声が震えている。
 すると日向はくすりと笑い、俺の耳元で囁いた。

「知りたいんだろ? 俺のことを」

 教えてやるよ、お前になら――そう言った日向の背中から、透き通った虹色の玉が、ぼこりぼこりと生えてきた。大きさや形が不揃いな球体の中には、真っ黒な何かが入っている。
 ――何だ、これ。
 無意識に手を伸ばそうとした時、日向が「止めろ」と言って俺を強く抱き締めた。ぎしぎしと骨が軋む程に。痛い、苦しい。日向はこんなに力があったか?

「それに触ると、身体が壊れるぞ」

 壊れる? 何で?
 日向、お前は一体?

「――左右田」

 日向が俺を呼んでいる。身体が傾いて、背中に衝撃を感じた。天井と日向が見える。俺は、寝台に押し倒されたのか?
 日向の背中から綺麗で悍ましい球体が溢れ、部屋にふわふわと漂い始めている。だけど、俺に向かっては来ない。俺の手が届かないところで、宙に浮いているのだ。

「もう、後には戻れないからな」

 ぼこぼこと玉を噴き出しながら、日向が歪な笑みを浮かべた。
 人の形をしているのに、人じゃない。人の皮を被った何かが、日向の姿をして喋っている。俺の着ているつなぎ服のファスナーに手を掛け、ゆっくりとそれを下ろしている。
 何を、するつもりだ?

「ひな、た? 何、を」
「言っただろ、後には戻れないって。暇潰しのつもりだったけど、まさかこんなに面白い人間が見付かるなんて――素晴らしい巡り合わせだよな」

 面白い、人間?
 何だ、その言い方は。まるで自分は人間じゃないみたいな――人間じゃ、ない?
 日向は、人間じゃない?
 人間じゃない、のか?

「魔術に耐性があるなんて、本当に珍しい――ん? どうしたんだよ左右田ぁっ、顔色が悪いぞ?」

 そう言って日向が俺の頬を撫でた。温かい。日向の手だ。日向の、手だ。慈しむように、労るように頬を撫でている手は、日向の手じゃないか。
 人間か否かなんて、どうでも良いじゃないか。
 そうだ、信じたいから知りたかったのだ。知りたかったのだ。日向のことを知って、お互いを理解し合って、そして、ちゃんとした親友に――なりたかった、だけなのに、何で?
 判らない、理解したくない、理性がぐるぐると意識を掻き乱し、本能が逃げろ逃げろと喚いている。
 五月蠅い、黙れ、俺は、俺はもう、裏切られたくないのだ。信じたいのだ、日向を、日向創を。じゃないと俺は、俺は、また親友が、俺はまた独りに、独りに――。

「――な、何でもない、何でもないから。日向、俺を独りにしないで。独りはやだ、嫌なんだよぉっ」

 判らない。判らない。判らない。理解したくない。
 日向の姿をした何かの胸に縋り付いている自分が、何を言っているのか判らない。玉虫色の球体が部屋中に溢れている。幻想的で冒涜的で、夢の中に居るみたいだ。
 これが夢なら、醒めれば良いのに。

「独りになんかしないって。俺達、ソウルフレンドじゃないか」

 日向が俺の手を握り、人好きのする顔で笑みを作った。何者かも判らない、けどそれは正しく日向で――嗚呼、もう、考えるのが面倒だ。
 ぎゅっと手を握り返して、口角を吊り上げる。笑えているだろうか、判らない。判らないけれど、笑わなければ。笑わなければ。
 だって日向は、俺の、俺の――。

「――そう、だよな。俺達、ソウルフレンドだもん、なぁっ」

 涙声でそう言えば、日向は俺の頭を優しく撫でて、ソウルフレンドだよ――と囁きながら俺の額に口付けを落とした。
 するりと、日向の手がつなぎ服の隙間に入ってくる。愛撫するように、日向が俺の胸を、シャツ越しに触っている。何をするつもりなのか、判らない。判りたくない。判りたくない。

「なあ、左右田。お前なら良い子が産めると思うんだよ。俺の子、孕んでくれよ」

 胸から腹に移動した日向の手が、ゆっくりと這い回る。腹筋をなぞるように、妊婦の腹を撫でるように。
 訳が、判らない。

「ひ――日向、俺、男だ」
「大丈夫」

 びりっという、嫌な音が鼓膜を震わせた。つなぎ服が、日向の手によって引き裂かれていた。
 普通の人間ならば素手で裂くことは不可能な筈なのに、いとも容易く日向は裂いてみせた。下着ごとびりびり裂かれて、下半身が剥き出しされて――。

「――性別なんてものは、俺にとっては無いに等しいからな」

 日向の顔をした日向が、日向と同じように笑っている。だからこれは日向で、俺の親友で、ソウルフレンドで――独りは嫌だから、これは、受け入れるしか、ないの、か?
 恐怖で戦慄く我が身を抱き締め、ふわりふわりと浮く虹色の球体達を見詰めながら、ゆっくりと力を抜いていく。そんな俺の反応に満足したのか、日向は嬉しそうに笑いながら俺の唇に唇を重ねてきた。
 嗚呼、これが初めてのキスだなんて――俺は目を瞑り、思考を停止させることにした。これ以上余計なことを考えたら、俺の精神が崩壊してしまいそうだったから。
 願わくは、事が終わっても俺が俺でありますことを――。

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